鬼、再び
人は闇を恐れた。
本能的に闇は世界の境界をも塗りつぶすということを知っているから。
塗りつぶされた境界の向こうから、ならず者達がやってくることを知っているから。
「待ちなさい!」
「お、お前は!」
奏が声をかけたのは、言葉を操りながらも人ではない。
形は人の形だが。赤い肌に不自然に盛り上がった筋肉。
鬼。闇に紛れて境界を超える彼らはそう呼ばれている。
人間が暮らす世界とは、異なる世界。
それは確かに存在しており、闇はその境界を曖昧に染め上げる。
向こう側より現れし鬼共を前に、人間はあまりにも無力。
「ここで会ったが10日目、覚悟してもらいます!」
鬼に出会えば、人は己の無力を呪い叫びをあげる事しか出来ない。
ただ一つの存在を除いては。
「貴様、この前の陰陽師だよな?」
「そう……わたしはお前に敗北して以来修行を重ねた。」
修行場で三つの修練をクリアし、奏の力は前に戦った時よりも遥かに上がっている。
「出でよ式神・雪丸!」
ポケットからカードを取り出して、式神である雪丸を召喚した。
「またそいつかよ。」
奏の横を飛ぶ雪丸を指差して鬼が言う。
「雪丸もわたしと一緒に強くなった。行け!雪丸!」
「チチチチチ!」
高い声を上げながら雪丸が鬼へと向かう。
雪丸は鳥の式神、高い飛行能力と小さな嘴を武器に勇ましく鬼へと襲い掛かった。
「待ってください!」
鬼に襲いかかった雪丸をスパンとコンビニの袋で叩き落としたのは、この前に鬼に襲われていた女性である。
「トモちゃん!」
「雪丸!」
鬼は女性の元へ、奏は雪丸の元へとかけていく。
「私は本田朋美といいます。」
「野守奏です。」
丁寧な挨拶に思わず奏も頭を下げる。雪丸は体をプルプル振るだけで復活。大したダメージにはなっていなさそうだ。
「私の話を聞いてください。」
「まず雪丸に謝ってください。」
急に現れた女性にコンビニの袋で叩き落とされた雪丸に謝って欲しい。
いったい彼が何をしたというのか?
「ごめんなさい。」
「チチ、チチチ?」
あっさりと雪丸は女性を許した。それどころか気づかう言葉までかける。
「彼は悪い鬼じゃないの。」
「え?」
「ただの悲しい鬼なのよ。」
「トモちゃん………」
そんなことを言われても奏の心は揺るがない。
傷つけられた雪丸。そして、厳しい修行をした自分の成果のために。
「彼は……友達がいないの。」
「………は?」
朋美の言葉を聞いてから鬼を見ると、気まずそうに目を反らした。
「友達自体はいるし。」
「でも!一緒にゲームしてくれないんでしょ?」
「それは………」
「ねえ奏ちゃん。」
「はい。」
急に話しかけられて困惑しながらも返事をする。
「それが大人になるってことなの。」
「はあ………」
「大学生の頃は一緒にゲームをやっていた友人が、就職、結婚、妊娠、出産……一緒にゲームをしてくれなくなる。それが大人になるってことなのよ。」
「……はあ、そうですか。」
世知辛い話ではあるのだろうが、それがどうしたとしか思えない。
「そして彼は不器用だった。でも悪い鬼じゃない。私が1年目で絶好調になっても笑って許してくれた。3年も続いたのに。」
何かしらのエピソードなのだろうがよくわからない。
鬼と彼女が出会ってからも10日しか経っていないはずだ。それなのに3年とはどういうことだろうか?
「そんな優しい彼に私は惹かれていった。」
「待って、何の話が始まったの?」
「私達、付き合ってるのよ。」
「へ?」
「彼はあなたの友達に暴力をふるった。それは謝らなければならない。」
「どっちかっていうと俺は襲われただけ」
「何か言った?」
「いえ、何も。」
朋美が笑顔で鬼を見ると、鬼は小さくなった。
「すまなかった。」
「お願い。彼のことを許してくれないかしら?」
「え、あ、もう好きにしてください。」
奏は真面目になっていた自分が恥ずかしく、なんだかもうどうでも良くなって、話を切り上げた。
「ホントにごめんね。ほらあなたも!」
「本当にすまんかった」
「ちゃんと謝る!」
「すいませんでした。」
叱られながら闇の中に消えていく二人を見ながら、彼女は立派な鬼の嫁になるのだろうと思う。
立派な鬼嫁に。
そんな益体のないことを思いながら、奏は去っていく二人を見送った。