我が家は修行場
「ここ?」
相談をした日から一週間経過した土曜日、奏が父に修行場として案内されたのは、家の敷地内にある井戸の前である。
普段は蓋と鎖で封印されていたはずの井戸が、今は蓋が開いた状態になっている。
「うむ。我が家に伝わる修行場、その入り口だ。」
「家の中に修行場があったんですか?」
「うむ。」
「どうして今まで教えてくれなかったんですか?」
そしたらもっと早く修行が出来た。そうすれば、助けられなかあった彼女も助けられたかも知れない。そんな不満を込めて少し頬を膨らませる。
「お前にはまだ早いと思ってたんだが、そうだなもっと早くに言っておくべきだった。」
「わかりました。」
「それに長く使ってなかったので、整備する必要もあったしな。」
「それで最近業者さんが出入りしていたんですね。」
ここ数日、建築や陰陽関係の業者が出入りしていた。どうやら彼らは修行場の整備点検をしていたらしい。
「じゃあ行ってきます!」
「ちょっと待て!」
常在修行、その気持ちで早速井戸に入ろうとしたら止められた。
「その恰好で行くつもりか?」
「もちろん!」
奏の今の恰好は学校指定のジャージ姿である。動きやすく修行向きの服装だ。
「修行装束あるだろう。クリーニングに出しておいたやつが。」
修行装束はいわゆる山伏のような恰好の和装である。
確かに父に言われて奏がクリーニングに出して、一昨日受け取っていた。
「あれは……動きにくいです。」
「そうかも知れんが、あれを着て修行するのが伝統だから」
「古いです!」
「古い!?」
娘からのまさかの反論に父の声が裏返る。
この令和の時代に修行をしようと言う娘からの言葉に呆気にとられたようだ。
「大切なのは恰好ではありません。いかに動きやすいかです。」
「いやまあ。」
確かに修行の注意を記した書には、『動きやすい恰好、修行装束等』と記載されているだけで、修行装束でなければならないとも、ジャージはいけないとも書いていない。
すなわちジャージでの修行は否定されていない。
「ならばわたしはこの恰好で行きます!」
「わかった。」
いつの間にか随分と口が達者になった娘に呆れながらも学は許可を出す。
「格好についてはもう言わん。ただ注意だけは聞いてくれ。」
「注意ですか?」
「うむ。まず危ないと思ったら戻ってくること。」
「はい。」
「中に入ったら案内の式神がいるから、それに従うこと。」
「案内の式神?」
初耳だ。
確かにこの家には家についてる式神がいくつかある。
その1つだろうか?
「うむ、初代様が従えたと言われる伝説の式神だ。失礼のないように。」
「わかりました。」
「注意点は以上だ。繰り返しになるが、危なくなったら戻ってくるんだぞ。」
「わかってます。」
同じ注意をされて奏の返答も少し投げやりになる。
「では行ってこい。気をつけてな。」
「はい!」
奏は元気に返事をして井戸の中へと入っていった。