鬼滅の式神
人は闇を恐れた。
本能的に闇は世界の境界をも塗りつぶすということを知っているから。
塗りつぶされた境界の向こうから、ならず者達がやってくることを知っているから。
「いや、いやあ!」
闇の中に追い詰められた女の悲鳴が響き渡る。
彼女の声はどこにも届かず、闇の中へ吞み込まれた。
「声などどこにも届かない。闇に足を踏み入れた己の愚かさを恨むんだな。」
少女を追い詰めているのは、言葉を操りながらも人ではない。
形は人の形だが。赤い肌に不自然に盛り上がった筋肉。
鬼。闇に紛れて境界を超える彼らはそう呼ばれている。
人間が暮らす世界とは、異なる世界。
それは確かに存在しており、闇はその境界を曖昧に染め上げる。
向こう側より現れし鬼共を前に、人間はあまりにも無力。
「楽しませてもらおうか。」
鬼に出会えば、人は己の無力を呪い叫びをあげる事しか出来ない。
「待ちなさい!」
ただ一つの存在を除いては。
「なんだあ?」
せっかくの楽しい雰囲気に水を差された鬼が不機嫌そうに声の主を睨みつける。
視線の先にいたのは、女と呼ぶにはまだ幼い少女。
年の頃は小学生、あるいは中学生ぐらいだろう。
「闇に紛れて世に現れる魔性の鬼。大人しく闇に帰りなさい。」
「いきなり現れて随分な物言いだな。」
「さもなければ、」
帰るつもりがなさそうな鬼に、少女はポケットからカードのようなものを取り出した。
「退治します。」
「貴様!陰陽師か!」
「出でよ式神・雪丸!」
カードが光り、光が形を作り出す。
式神、陰陽師が従える法外の存在だ。
「………えっと、それなんだ?」
「我が式神、雪丸。」
「その……白い塊のことだよな?」
鬼が指さしているのは、少女の周りをふわふわ飛んでいる手のひらサイズの白い塊。
式神・雪丸である。
「式神って鬼神とか十二神将とか、なんか強そうな奴らだよな?」
「我が雪丸を見た目で侮るとは愚かな。」
「ほう。」
少女の気迫に鬼も拳を固める。
「行け!雪丸!」
「チチチチチ!」
高い声を上げながら雪丸が鬼へと向かう。
雪丸は鳥の式神、高い飛行能力と小さな嘴を武器に勇ましく鬼へと襲い掛かった。
「てい」
それを鬼がぺチンと払い落した。
「雪丸!」
少女は慌てて雪丸を拾い上げる。
雪丸。彼女にとって一番の親友であり、陰陽師としては最初に従えた式神。
そして、最後に従えた式神でもある。
「チチ……」
「雪丸!」
「チチチチチ」
「そんな!諦めちゃダメ!約束したじゃない!二人で最強の陰陽師を目指そうって!」
「チチ……」
「いや!あなたを置いていくなんて出来ない!」
「チチ……チ」
「雪丸?……雪丸ー!」
少女は雪丸を抱え声を上げて泣き始めた。
「……なんかごめんな。」
鬼もいたたまれなくなって思わず謝罪した。
「俺はただ桃鉄を一緒にやる友達が欲しかっただけで」
「桃鉄をやるためだけにか弱い乙女に襲い掛かり、そして雪丸まで………」
「いや式神に関しては、そっちにも責任が」
「雪丸は私にとってはただの式神じゃない、大切な友達……」
「その友達を鬼に飛ばしたのはそっちで」
「黙れ!」
少女はその小さな体から出たとは思えぬほどに大きな一喝を放った。
「鬼め……」
「いや鬼だけども。」
「貴様など人ではない鬼だ!」
「だからそうだって言ってるだろ!」
鬼の反論も復讐の怒りに燃える少女には届かない。
「許さない。あなただけは絶対に………」
少女は雪丸をそっとポケットに入れて立ち上がる。
許さない。だけど、今の少女の力ではこの鬼を倒すことは出来ないだろう。
「今日のところは見逃してあげる。だけど……次は絶対に滅してみせる。」
「いや、あの……」
さっそうと去ってい行く少女に、鬼が困ったような声を上げた。
「えっと、とりあえず桃鉄やりますか?」
先ほどまで襲われていた女も困ったように鬼を桃鉄に誘った。