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半月の探偵  作者: 山田湖
第二夜 金の軍団
14/52

システムと罠を人々に

「それでカフェの方は何か収穫は?」

「それが……ウェイターに聞いても何も情報が……その……出なかったんだ」

 白谷と大津がカフェに出向いた3日後の捜査会議の時だった。白谷は彼に問われ、しどろもどろになって返答する。大津と白谷はあのカフェで少し高いコーヒーを飲んだだけで特に何の情報も得られていない。


 とりあえずなにを言われてもいいように覚悟を決める。

 報告を受けたメンバーの反応は主に二つに分かれた。

 彼は少し考え込むように、「なるほど……」とただ一言。

 他のメンバーは口には出さないが、「なんで行ったんだろ」という目を向けてくる。


 すると、彼は「ということは犯人は相当のプロか店内にいなかったかのどちらかでしょう」と今この場で推測したであろう内容を口にした。

 この言葉を聞いた白谷は少し驚いた。大津も面白そうに笑みを作る。


「プロか店内にいなかった?どうしてそんなことがわかる?」と生活安全局の刑事が訝しそうに聞く。その刑事からは害虫を始末するが如く、彼を叩き潰してしまいそうな威圧感が出ていた。

 1件目の事件を知らない生活安全局の刑事にとっては彼はまだ普通の中学生にしか見えないのだろう。

 しかし、彼は刑事から発せられる威圧感をものともせず「まあ大体・・・」と店での大津の発言とまったく同じような話をする。


 現場に行っていないのにそこまで考えを巡らせる、彼の想像力に白谷は少し感謝した。これで自分たちが責められることはなくなったからだ。


「ああ、でも聞いておきたいことは1つだけ」と話し終わった彼は人差し指を立てる。

「なんだい、匠くん?」


「………そのお店にWi-Fiはありましたか?」


 この瞬間、一気に室内が夕凪の静けさを帯びる。恐らく、彼がすでに推理したことをメンバーに話したのだろう。他の面々もさっきと違って期待したような目を向けてくる。

 白谷は昨日のようにカフェでのことを覚えていたつもりのはずだったがそこまで細かくはうまく思い出せない。なんというか、その時の画像が脳内に映し出されないみたいに。そして、昨日の晩ご飯が頭に出てこないときのように。

 白谷はうんうんと唸りながら記憶を辿って、辿って、やっとのことでドアに貼ってあったフリーWi-Fiのステッカーを思い出し「ああ、あったよ」と答える。


 その瞬間、つぼみのように固く閉ざされていた室内の空気が、花が咲くように柔らかくなった。


「どうやら、僕の推測はあっていたようだな」と表情を変えずに言う彼。

 対照的に周りのメンバーは喜び半分、安心半分という感じだった。


「それで、WiFiを使ってどう金をとるんだい?」と大津が聞く。

 WiFiなんて今の時代どこにでもあるが、それがどう犯罪に使われたのか疑問に思ったらしい。刑事局や生活安全局の刑事たちはサイバー犯罪対策局の人間ほど電子機器に詳しくないものが多い。


 「ああ、それは簡単です。


–––()()()()()()()()()()ですよ」


 これを聞いた大津は怪訝そうに顔をしかめたが、「なるほど、トロイの木馬がつかわれたわけか」と白谷が即座に使われたであろうウイルスの名前を出す。

 こと電子機器においては大津よりも白谷の方が頭が回る。週末に自作PCを組んだり、プログラミングを趣味としている白谷にとってはコンピューターウイルスは天敵のようなものだ。


「そういうことです」

と彼は満足そうに頷き、仮設推論を紡ぐ。

「大体の流れはFree-Wifi、とは言っても暗号化されているアクセスポイントを使用したところでウイルスは侵入できませんから、犯人はそういうお店を選んだのでしょう。それを通してカフェにいる全員のスマートフォンにトロイの木馬をインストールします。多分、トロイの木馬を感染させたメールを送り、それを自分でタップし感染させたのでしょう。そこから、銀行口座をスマートフォンで管理している人の口座番号を確認し、お金を盗る。それだけです。なのでスマートフォンを使用している且つ銀行口座を開いた10人が今回のターゲットになったのでしょう」

 ここで一人の刑事から疑問が飛ぶ。「……一つ聞きたいことがあるのですが」と今まで黙っていた刑事局刑事、冬木努が前に出る。冬木はすこし長い黒髪に眼鏡をかけた20代後半の気難しそうな風貌の刑事だ。


「大津さんと透が来る前から疑問に思っていたのですが、コンピュータウイルスが侵入してきたタイミングで被害者にばれるということはないのですか?」

 確かにコンピュータウイルスが自身の電子機器に侵入してきた場合、何かしらのセキュリティーが働くはずだ。

「基本トロイの木馬などは悪質なサイトを普通のサイトに見せかけたり、メールやSNSなどを通じて感染させます。セキュリティソフトやアプリを入れている場合はそこで警告が入りますが、そもそも入れていなかったら気が付かないことがほとんどです。おまけにFree-Wi-Fiの設定を自動接続にしていた場合、電源が入ってさえいれば、犯行は可能となる。入ってきた瞬間からフリーWi-Fiに接続されますからね」


――利便性を得るにはそれ相応の対価が必要だ。昔から言われてきたこの言葉は今回の事例にぴったりであろう。FreeWi-Fiはスマートフォンのデータ容量を節約できる良い手ではあるが、それは蜘蛛の巣に自分からかかりに行ってしまう危険性を孕む。

 システムが発達すればそれだけ犯罪も発達する。システムが発達すればそれだけ人の自身を守ろうという警戒レベルは下がる。

 システムに見守られ、その恩恵を人が享受するこの世界はもしかしたら犯罪者からすれば格好の狩り場になっているのかもしれない。


 どたどたという足音が廊下にぼんやりと反響し、それがはっきり響き始めたとき「すいません、遅れました」と鈴木涼がすこし遅れて入ってくる。この男とても遅刻が多い。

 そして何故かちらちらと後ろを確認しながら「ちょっと電話していて……」と言い訳する。

「なんか、電話多くないか、君?」と大津が言う。その後ろで国本が「あなたもですけどね」と小さく呟いたのを聞いたものはこの部屋にはいなかった。


 すこし空気が緩んだのを感じた彼は本題へと話を移す。

「まあ、2件目のカフェは客層が客層だけにある程度無作為に犯行を行っても結果は出るのですが。……じゃあなぜ、1件目は被害者が別々の場所かつ多くの人間がFree-Wifiを利用するような場所にいたのに狙ったように被害者3人から大金が取れたのでしょうか?」

 会議室の中の人間が水を打ったかのように沈黙する。

「1件目の被害者が共通して遭っている例のストーカー事件が関係してくると仮定して、もし、そのストーカーが犯人だとしたら……。それじゃあ、ストーカーはどうしてこの3人が大金を貯金していると分かったのでしょうか。どんなに広い家で暮らしていても、どんなにいいものを身に着ていても大金を貯金しているとは、限らないのに」


 ここで大津が何かを理解したかのように目を見開く。ただ、彼の目で見たその時の大津は驚愕と同時にできれば気づきたくなかったと後悔しているように見えた。

「彼の言ったことが正しければこのストーカーは被害者たちの銀行口座の貯金残高を()()()()()()()ということになる。今のこの国で人々の貯金情報を知っているであろう機関は3つある。一つは財務省、そして、警察の公安局と生活安全局。あくまで推測だが財務省の人間が犯人だったら持っている権力上ここまで複雑な手は使わないだろう。最悪何か理由をつけて取り立てということもできるわけだからな」


 白谷も理解したようだ。大津と同じ表情を無意識に作る。

 「ということは犯人は……警察内部の人間かもしれないということか?」


 彼は黙って、そしてすこし重々しく、頷いた。

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