表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/71

トリフォリウムの気持ち

 ひどく魘されている声がして、マリカの部屋に入った。独身女性の部屋に無断で入るのは褒められたことではないけれど、仕方がない。

ベッド脇まで来てみると、苦しそうに魘されながら泣いていた。ぽろぽろと涙を流している。


 気丈に振る舞ってはいるけれど、やはり寂しいのだろう。当然だ。突然、家族や友人、住み慣れた世界から切り離され、全く知らない世界へたった一人で放り出されたのだから。

 それでも、マリカを見つけたのが僕たちだったのは、幸いだったと思う。召喚主はきっとろくでもないことの為にマリカを召喚したのだろうから、そいつの前に現れていたら何をさせられていたかわかったものじゃない。他のヤツだとしても同じことだ。僕たちの前に現れてくれて、本当に良かった。


 あの日、王宮で大きな魔法が使われたことはわかっていた。王宮に張られた結界が反応したから。でもそれに気付いたのは、筆頭魔法使いである僕と、僕の師匠でもある魔法師長だけだった。王宮で誰かが召喚魔法を行なったことは間違いなかったが、誰かまではわからなかった。全く腹立たしい。

 魔法師長には、巫女姫が召喚されたこと、そしてその巫女姫を保護したことを伝え、国王陛下にはヘリアンサスが伝えた。

 禁術とまではいかないが、暗黙の了解で禁術の様な扱いであり、今は行われていない召喚魔法を許可なく勝手に行なったのは重罪といえるだろう。見つかれば厳罰に処される筈だ。そんなリスクを冒してまで術を行使した目的も人物もわからない以上、マリカの存在はしばらくは秘匿しておくこととなった。


 市井の人間は巫女姫について詳しくは知らない。強大な癒しの力を持つ、黒髪黒眼の異世界の少女ということは知られているけれど、昔のこと過ぎて特に興味は無い様に思う。それに黒髪黒眼は珍しいものの決していない訳ではないので、マリカが巫女姫だと思うものもいないだろう。近所の人には、異国の血を引く遠い遠い親戚だと言ってあるし、きっと誰も疑っていない。・・・と思う。多分。


 マリカを初めて見たときは、ものすごい衝撃だった。少し黄味がかった滑らかな肌に艶やかな長い黒髪、アーモンドの様な形の黒い大きな瞳は神秘的で、とても美しい少女だった。年齢を聞いたら少女じゃなくてびっくりしたけど。

 マリカの持つ祝福の力はほんのささやかなものだけれど、彼女の人柄を表している様で何とも好ましい。あの力を悪用されないことを願うばかりだ。


 そんなことをつらつら考えながらマリカを見ていると、右手を伸ばしてきた。誰かを探す様に空を彷徨っている手を両手で握ると、ホッとした様に息を吐く。


「お兄ちゃま・・・怖かったの。良かった。本当に良かった・・・」


 そう言って僕の手に頬擦りをして、そのまま静かになった。家族の夢でも見ていたのかな。そして僕を兄君と思い、安心して眠りについたのだろう。


 空いている方の手で髪を撫でると、涙を零しながらも気持ちよさそうな顔を見せてくれた。頭を撫でられるのが好きなのかな。ずっと寂しさを堪えて頑張ってきたきみが穏やかに眠れる様に、もう少しこのままでいてあげよう。

 これ以上、マリカが辛い思いをしない様に願いながら。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ