家族の夢
トリフォリウムとヘリアンサスと三人で食事をして、ヘリアンサスの豪華な馬車で送って頂いて帰宅しました。さて、早速お風呂の用意をします。
こちらの世界は近代ヨーロッパ的な感じですが、魔法があるので見た目の印象程不便には感じません。蛇口もシャワーもあるし、魔法道具でお湯も沸かせます。うん。ありがたい。
お風呂を頂いた後、トリフォリウムに髪を乾かしてもらいながらお話しをするのが、この一週間で日課の様になりました。便利な魔法道具がたくさんあるこの家ですが、髪を乾かす道具は無いのです。トリフォリウムは手からほんのりと温かい熱と微風を出してくれて、ドライヤーよりも優しく乾かしてくれます。
「本当に真っ黒だね。まっすぐで艶があって。僕もマリカみたいなまっすぐな黒髪だったら良かったのになぁ」
乾かした後、指で梳かしながらそんなことを言います。兄もよくこうして髪を梳かしてくれました。
「トリフォリウムの髪も綺麗なミルクティー色じゃないですか。美味しそうで私は好きですよ?」
直毛な私と違い、トリフォリウムの髪は柔らかい猫っ毛。手触りも優しくて・・・って、何故そんなことを知っているかと言いますと、毎朝トリフォリウムの寝癖を直してあげているからです。研究や学びが好きなトリフォリウムは自身の身嗜みや容姿に無頓着なところがある様で、初対面の時と同様、寝癖と目の下のクマは標準装備でした。なので、私が寝癖を直すのが、これまた習慣となりつつあるのです。そんな訳でトリフォリウムの髪の柔らかさを知っている私ですが、私からしたら、黒くて硬い直毛よりも優し気なミルクティー色の髪を羨ましく思うのですが。お互いに無い物ねだりなのでしょう。
ふふ、とお互いに笑って、おやすみの挨拶をして、それぞれの部屋に戻りました。
今日は初めての花屋のお仕事でとても疲れましたが、それ以上に楽しかっです。やっぱり花は良い。
私の青春は花に捧げてきたと言っても過言ではない程にずっと花ばかりでしたが、間違ってはいなかったと思えます。残してきた家族や、あちらであった筈の未来を思うと胸が痛みますが、帰れない以上はこちらで生きていく覚悟を決めなくてはなりません。今は家事と週一回の花屋のお仕事で過ごしていますが、いずれはこの家を出て自立しなければならないでしょう。その時に花だけで生きていける様に、こちらで頑張らなければ。
そんなことを思いながら、心地よい疲れに身を委ね眠りについたのでした。
「・・・茉莉花・・・茉莉花!」
誰かが私を呼んでいます。
「茉莉花!聞こえる?返事をして!」
「茉莉花!」
はっきりと聞こえます。父と母と、兄の声。
どういうこと?私、帰ってきたの?
「パパ、ママ、お兄ちゃま。心配かけてごめんね。ただいま」
「茉莉花、答えて!」
「返事をしてくれ!」
「茉莉花!」
あら?私の声、聞こえないの?
「パパ、ママ、聞こえてるよ?私、ここにいるよ?」
それでも、私の声は届きません。どうして?何がどうなっているの?声は聞こえるのに真っ暗な世界で、誰の姿も見えません。不安で心細くなり、家族を探すべく手を伸ばします。
「お兄ちゃま?どこ?どこにいるの?」
ぎゅっと手が握られました。温かく大きな手。安心できる優しい手。私はこの手を知っています。
「お兄ちゃま・・・。怖かったの。良かった。本当に良かった・・・」
その手を頬に寄せて心から安心したところで、何も聞こえなくなったのでした。