私達のこれから
あれから少し時は流れ、短い秋も終わりに近付きすっかり冬の訪れの気配を感じられる様になりました。ひんやりと肌寒くなってきた今日この頃です。
今日はハイアンシス王太子殿下のお部屋に花をいける為、王宮へ来ています。花を抱えて王宮内を歩く私をちらちら見てくる人はいますが、声を掛けてくる人は殆どいません。時々、花屋のお客さまのご令嬢が声をかけてくれるくらいです。
花は、リンドウにアストランティア、ビバーナムを合わせて青系に、そこにハシバミの枝を合わせてみました。殿下は意外に素朴な花がお好みの様で、こういう野の花風な組合せをたいそう喜んでくれるのです。
「うん。今日もお前の様な可憐な花だな。週に一度と言わず、毎日花をいけに来てくれても良いのだぞ?」
いけあがった花を見ながら、相変わらずふざけたことを言って私を揶揄います。目の覚める様な美貌で微笑みながら私の頰に手を伸ばしますが、あと少しというところで見えない壁に遮られました。
「またお前か」
「僕の婚約者に気軽に触れようとなさらないでください」
どこからともなくトリフォリウムが現れました。うんざりした様に殿下が言いますが、このやり取りもすっかりお馴染みとなりました。
そう。私はトリフォリウムの婚約者となったのです。ヘリアンサスから後見人がいた方が良いと言われたあの日、なんとトリフォリウムからプロポーズされました。
「マリカと初めて会ったあの時から、ずっとマリカが大好きだ。マリカ、僕と結婚してほしい」
あまりに突然の展開に私はびっくりしていたのですが、そう言われて、急に私も自分の気持ちを自覚しました。
触れてくれている手が離れると寂しく感じたことや、ピアスが私を守る為のものだと言われて少しがっかりしたりしたことを思い出します。それは、私もトリフォリウムを、その、す・・・好きだから、だったのですね。
そうして、私達は婚約者という関係になりました。既に一緒に暮らしているのだからすぐに結婚すれば良いのでは、とトリフォリウムは言ったのですが、どうもそうはいかない様で。婚約期間をもうけるべきだという周囲の意見に押されて今に至ります。
そして今、トリフォリウムと殿下がぶつぶつ言い合っているのを眺めている訳ですが、この風景もすっかり私の日常となりました。
こうして大切な人と穏やかな日々を過ごせることが嬉しくて、私はつい声を上げて笑ってしまいます。それが珍しかった様で王太子殿下はしばらくぼかんとしていましたが、やがて一緒になってからからと笑いました。
「じゃあ気を付けて帰ってね。帰りに店に寄るから、ちゃんと待っている様にね」
トリフォリウムが私の耳に付けているピアスに触れながら言いました。王太子殿下のお部屋に花をいけた帰り、王宮の門の前まで送ってくれるのも日常となっています。私はもう誰かに攫われる心配は取り敢えずは無い筈ですので一人で歩いて帰るのですが、トリフォリウムはそれが少し心配な様でここからのお小言がいつも長いのです。
私は町歩きが楽しくてついつい寄り道をたくさんしてしまいますので、それに対する注意を細かくされます。私の行動はざっくりとではありますがピアスを通して伝わっている様で、トリフォリウムに話していないことまで知られてしまっています。
それでもどこに寄り道しようかとわくわくしている私に、トリフォリウムは「仕方ないなぁ」とでも言う様にこちらを見ながら私の頭に手を乗せます。ぽんぽんと頭を撫でた後その手がするりと後頭部に下がり、優しく引き寄せて私を抱きしめました。私は突然のことに声も出ません。
すると、何か柔らかいものが頭頂部に当たる感触がしました。
え、え?えっと、あら?今のはもしかして・・・?じわじわと顔全体に熱が集まるのを感じます。
「あの、トリフォリウム?」
見上げると、少し意地悪そうなお顔で私を見下ろしていました。
「無事に家に着く様に、僕からのおまじない」
ぎゅうっと抱きしめて、頭を優しく撫でて言いました。
「そ、そうですか。そうですね。おまじない。おまじない、ですね」
私は真っ赤になって、よくわからないことを言いながら自分を納得させていました。そう、無事に家路に着く為のおまじないだから良いのです。何が良いのかよくわかりませんが。一体誰に言い訳しているのかしら。
「僕達はもう婚約者なのだから。これからは少しずつ、この距離感に慣れていこう。楽しみだね、マリカ」
何が楽しみなのでしょう?にっこりと笑うトリフォリウムの言葉の意味にプチパニックに陥りながらも、その腕の中のあまりの心地良さに安心しつつ、私はこれからのことに思いを馳せるのでした。
本編完結です。
後日談を少し投稿予定ですので、引き続きよろしくお願い致します。




