新たな暮らし
「ありがとうございましたー」
花屋にて、初めてのお客さまを見送りました。
あれから一週間が経ち、ようやく念願の花屋でのお仕事が始まりました。トリフォリウムは基本的には王宮で魔法使いとして勤めていて、本人も言っていた通りお店は週一日のみでした。
このお店はトリフォリウムの今は亡きお祖母さまのお店で、小さい頃から訪れていて遊び場の様なものだったそう。十歳でご両親を亡くして、それ以降はお祖母さまと二人で暮らしてきたトリフォリウムにとってこのお店は大切な形見でもある為、手放さずにいるのだとか。とは言え、魔法使いのお仕事があるので毎日営業はできません。でも、「花屋」としてのこの場所を愛しているのでどうしても営業したい、ということで、王宮でのお仕事がお休みの日のうち一日だけを花屋として過ごしているとのことでした。
今日までの一週間は、この国での暮らしやお金のことやその他諸々を教えて頂きながら、まぁ穏やかに過ごすことができました。
お店は週一日のみですので、生活を保障して頂く対価としては全く足りない為、家事労働をすることとなりました。現代日本程ではないものの魔法道具が充実しているおかげで、家事も思った程負担ではありません。それに何より家主であるトリフォリウムが、普段から魔法の研究や勉強を主としている為、口うるさく言われないのも助かっています。
そして、現在、トリフォリウムと一緒に花屋でのお仕事をしている次第です。トリフォリウムは、契約農家から仕入れた切り花をそのまま売っているだけでした。でもどこの花屋もたいていそんな感じだそうで、注文があればブーケや花束を作ったり配達したりするくらいなのだそうです。
ブーケはナチュラルステムブーケが主流。ナチュラルステムとは、花をツイスト状に束ねていき茎をそのままみせる、その名の通りナチュラルな可愛らしさが魅力のブーケです。現代日本では、アレンジメントを作る際、スポンジの様な給水できるフォームに花を挿して型を作るのが主流でしたが、こちらにはそういうものはない様です。ブーケ用の給水フォームをセットできるブーケホルダーというものもありましたが、それももちろんありません。となりますと、アレンジメントは、投げ入れと呼ばれる、花器に直接花を挿していくシンプルな手法しか無さそうです。でも、それが一番花に負担がなくて良いのですけどね。
ちなみに、この世界、花の種類は現代日本とほぼ同じで、名前は同じ呼び方のものもあれば違うものもある様です。生産者さんやお花屋さんはもちろんきちんと覚えていますが、一般の人はあまり花の名前を気にしないそうなので、私もこれまでの知識通りに呼ぶことにしました。
そして、ここのお店はただ切り花を売っているだけでしたので、トリフォリウムの許可を得てミニブーケを作ることにしました。ガーベラにカーネーション、ピンポンマムをまとめて、マトリカリアを散らしましょうか。お色は黄色系で春らしく。このブーケを手にした人に元気を届けられます様に、と願いを込めて束ねていきます。トリフォリウムは感心した様に私の手元をじっと見ているので、少し緊張します。
「できた」
色合いの可愛さににまにましながらできたブーケを少し掲げる様にして見上げると、手元がぽわっとした温かいものに包まれた様な感じがしました。気のせいかな?と思っていると、側で見ていたトリフォリウムが、ブーケを持っている私の右手をガシッと掴みました。いつも穏やかなトリフォリウムの少し乱暴な動きに、私は固まります。
「今・・・」
「な、何・・・?」
「今、何をした?祝福がかけられた様だけど、何か特別なことした?」
慌てた様に聞いてきます。特別なことなんてしていません。ただ、いつもの様に、花を手にする人を思い浮かべながら束ねただけ。私はいつも、花をいける時は花を見る人や手に取る人を思い浮かべてささやかな願いを込めます。お誕生日プレゼントならば、素敵なお誕生日になります様に、と。愛の告白ならば、気持ちが伝わります様に、と。お見舞いならば、早く良くなります様に、と。そんな風に願いを込めて花をいけていることを、トリフォリウムに話します。
「なるほど・・・。花に込めた願いが、祝福となって花にかかるのか。強い力ではないけれど、このブーケを手にした人は確実に明るく元気になれるだろうね」
花に触れたい私と祝福を見たいトリフォリウムは、その後もミニブーケを作り続けたのでした。