救出
ゆったりと室内に入室するトリフォリウムは、私と目が合うと安心した様に薄く微笑みました。
今日はいつもの黒いローブではなく、何やら装飾のたくさん付いた紺色のローブを羽織っています。不健康そうな白い肌にミルクティー色の髪の、全体的に色素の薄いトリフォリウムに良く似合っています。魔法使いの正装なのでしょうか。でも何故正装?
トリフォリウムの後ろから、ハイアンシス王太子殿下とヘリアンサス、そして騎士が数名入ってきます。白い騎士服を着ていますので、近衛騎士でしょうか。しかも、ヘリアンサスもいつもより装飾の多い騎士服を着ています。こちらも正装かしら。
「な、何故・・・?」
ディアンツスさまは唖然としたまま言いました。
そんなディアンツスさまに向かって、トリフォリウムがすっと右手をかざす様に上げると、氷の柱が無数に飛んできて彼の周りを取り囲む様にグサグサと突き刺さりました。
「なっ・・・!」
言葉にならない声を上げて、その場に座り込んでしまいました。心なしか、お部屋全体が寒くなっている様な気がします。
「おい、落ち着け。マリカ、無事か?何もされていないか?」
ヘリアンサスがトリフォリウムの肩をぽん、と叩きながらこちらへ声を掛けてきました。
私は驚いて声も出せませんので、小さく頷きます。すると、王太子殿下がこちらへ進みながら、いつもの美貌を輝かせつつ楽しそうに言います。
「そうか?随分と可愛らしい格好をさせられている様だが」
私は自分の格好を改めて見ます。そうでした。ヒラヒラふわふわのラブリーなネグリジェを着させられていたのでした。スケスケではないので問題無いかと思うのですが、どうやらそうでも無い様です。
トリフォリウムがハイアンシス王太子殿下を押し退けて私の側まで来ました。自身の着ていたローブを私に掛け、そのままぎゅうっと抱きしめます。
「良かった・・・」
掠れた声で小さく言いました。抱きしめられて安心したのか、私の目から安堵の涙が溢れてきます。どうあっても明日には解放されるだろうから大丈夫と思ってはいましたが、やっぱり不安だった様です。
今になって体もガタガタ震えてきます。そんな私を宥める様に、トリフォリウムは優しく頭を撫でてくれました。ああ、いつものトリフォリウムです。
安心して身を委ねていると、お部屋の外から慌てた様な叫び声が聞こえます。
「これは一体どういうことだ!何が起こっているんだ!」
見ると、四十代くらいの赤い髪の男性が頭を抱えて立っていました。もしかして、この家の主の公爵でしょうか。
「公爵、あなたは先程否定したがこれが現実だ。本当にあなたは何も知らなかったのか?」
「殿下、私は何も存じません!ディアンツス、どういうことだ!お前は何をした?」
やっぱり公爵だった様です。燃える様な赤い髪が、リコリスさまとそっくりです。
ヘリアンサスの指示の下、近衛騎士に縄を掛けられているディアンツスさまは力無く項垂れたままで答えません。余程ショックだったのでしょうか。
すると、眠そうに目を擦るリコリスさまが侍女の方に付き添われながらやって来ました。ふぁ、と欠伸をしていましたが、この惨状を見て目を瞬かせました。うん。目が覚めた様ですね。
「え、ハイアンシス兄さま?え?何?どういうこと?」
「リコリス。ああ、寝ていたところ済まないね。お前の騎士が何かやらかした様なのだが、何か知っているか?」
慌てたリコリスさまに公爵が優しく問いました。リコリスさまはお部屋を見渡すと、近衛騎士に捕らえられている自身の騎士に目を留めてそこへと走りだりました。
「ディアンツス!どうしてそんな姿に?あの、騎士さま、ディアンツスはわたくしの騎士ですの。どうか放してくださいませんこと?」
「それはできかねます。彼にはマリカ・ツバキダニの誘拐容疑がかかっています」
ヘリアンサスが即答しました。
「マリカ・ツバキダニ?誰ですの?」
リコリスさまは私の名前をご存じなかった様です。確かに、一度も名乗りませんでしたものね。聞かれなかったのでつい名乗りませんでしたが、大人としてよろしくなかったですね。反省です。
ヘリアンサスが私の方を見るとリコリスさまもこちらを見て、すぐに「ああ!」とにこやかに笑いました。
「彼女のことなら何も問題ございませんわ!彼女はわたくしが異世界から召喚した巫女姫ですもの!」
再び場の空気が凍りつくのを感じました。




