住まいとお仕事
「祝福?」
はて。何のことでしょう?祝福なんてかけた覚えもありませんし、そもそもかけ方も知りません。
「魔法とは違う力だからわかりにくいけど、間違いないよ」
「ほら見ろ。やっぱり巫女姫だっただろう」
ヘリアンサスが、何だか的外れなことを言ってきます。
「でも私、何も知りません。確かにそのブーケは私が作りましたけど、祝福なんてかけていませんし、方法もわかりませんし。」
「無意識か・・・。少し調べてみれば何かわかるかも知れないね」
トリフォリウムは、握った手を口元に当てて考え込んでしまいました。片手にはブーケを持ったまま。改めてじっくり見てみると、ミルクティー色の髪はところどころ跳ねて目の下にはクマがあり、整ってはいるものの、最初の印象通り不健康そうな容姿をしています。詳しくはわかりませんが、魔法使いと花屋の兼業なのだから忙しいのかしら。
「マリカ、ここで働いても良いよ。その代わり、条件がある」
「条件、ですか」
「うん。僕と一緒に僕の家で暮らしてほしい」
「はい。えっと、それだけですか?」
「うん。それだけ」
なんということでしょう!お仕事だけでなく、住むところまで確保できました!なんて親切なのかしら!
「待て待て待て待て!いきなり何を言っているんだ!いくらマリカの力に興味があるからと言って一緒に暮らすなどと・・・。マリカも何で即答するんだ!」
「え、何か問題が?」
「大有りだろう!出会ったばかりの男女がいきなり一緒に暮らそうとか、おかしいだろう!きみに警戒心はないのか?!」
確かに。そう言われてみますと、どうして即答したのかしら。小さい頃から、知らない人に着いていかない様に言われて育ってきましたのに。知らないおじさんに連れていかれそうになったことも何度かありましたし、その都度言い聞かせられてきましたし、自身でも注意をしてきました。でも何故かしら。トリフォリウムに対しては全く警戒心が湧きません。この世界にきて最初に助けてくれた人だから、刷り込みの様に信頼してしまっているのかしら・・・。でも、本当に何の問題もない様に思えてしまうのだから不思議なものです。
「言われてみれば、確かにそうですね。でも、トリフォリウムなら安心というかなんと言うか・・・」
「僕だって、別にいかがわしいことを考えているわけじゃないよ?近くにいればマリカの力をよく観察することもできるし。それに、 何れにしても誰かがマリカを保護しなくちゃならないでしょう?なら、僕でも良いんじゃないかと思うのだけど」
「おまえがいかがわしいことを考えていないことはわかっている。だが、おまえは一人暮らしだ。未婚の男女が二人きりで暮らすのはよろしくないだろう。おまえだけでなく、マリカの評判に傷が付く可能性もある。だったら、うちで暮らした方が良いだろう。うちなら家族も使用人もたくさんいるから怪しまれないし、十分なこともしてやれる」
なるほど。それなら未婚の男女二人きりという訳ではありませんね。と言うか、私はそもそもこちらの人間でもありませんので、評判も何も関係ない気もしますが。
「でも、きみは結婚間近じゃないか。いくら巫女姫と言っても、若くて綺麗な女の子がきみの側にいるのはアネモネ嬢にとって気分の良いものではないと思うよ」
「う、それは確かに・・・」
決まった様です。ただ、今の会話を聞いて気になることがひとつできました。
「トリフォリウムは、婚約者とか恋人とか大丈夫なのですか?あらぬ誤解を受けては大変です」
「どちらもいないから心配ないよ。それに、平民の魔法使いが誰と暮らそうと誰も気にもしないよ」
「おまえは何もわかっていないな・・・」
にこやかに答えるトリフォリウムとは対照的に、ヘリアンサスはこめかみを押さえて溜息を吐いていました。