祝福の巫女姫
私は、これからどうするべきなのでしょう。誰に召喚されたのかもわかりませんし、こちらには家族もいません。しかも帰れない。家や仕事、その他諸々について考えなければなりません。どうしましょう、どうしましょう・・・
ふと手元を見ると、先程作ったティアドロップブーケがしっかりと握られていました。ああ、無意識に強く握っていたから、一緒に世界を渡ってきたのね。じっとブーケを眺めていると、名案が浮かんできた様に思いました。私は勢いよく顔を上げて言います。
「ここで働かせて頂けませんか?」
「「は?」」
二人はそのまま動かなくなってしまいましたが、構わず続けます。
「あの、私、お花屋さんの経験はないのですが、小さい頃から花に触れて育ってきました!大学に入ってからは、フラワーデザイナーの母のアシスタントもしてきました!お店での実務も、きっとちゃんと覚えますから!どうかお願いします!」
両手でブーケの柄を握りしめて、トリフォリウムを見つめます。「僕の店」って言っていたから、彼がオーナーなのでしょう。あら?でも先程、王宮筆頭魔法使いと言っていた様な。お花屋さん兼王宮筆頭魔法使いということかしら?
「この店は週に一日しか開けていないのだけど・・・。と言うか、そのブーケ、ちょっと見せてもらっても良い?」
トリフォリウムにブーケを渡しました。何やら難しそうなお顔をして、いろんな角度からブーケを眺めています。ティアドロップブーケはこちらでは珍しいのかしら。このブーケはワイヤリングして作りましたが、こちらの技術やデザインはどういう感じが主流なのかしら。急激に興味が湧いてきました。
「マリカは巫女姫なのだから、無理して働かなくても良いだろう。この国では、貴族女性は基本的には働かないものだ」
「私は貴族ではありませんし、巫女姫でもないと思いますよ。それに、働かないと生きていけませんし」
「マリカがどう思おうと、マリカは巫女姫だ。我が国のものに勝手に召喚されたのだから、国が責任をもって生活と安全を保障するべきだ」
「でも、国が私を召喚したわけではないのですよ?それでも、責任を取って頂けるものなのですか?」
「それは・・・。だが、俺とトリフォリウムで掛け合って、必ず責任は取らせる」
ちなみに、ヘリアンサスは近衛騎士だそうです。しかも、第一近衛騎士団長。第一近衛騎士団長と筆頭魔法使いが、巫女姫について掛け合うのだからなんとかなるだろう、と。そううまくいくものかしら。と言うか、そもそも巫女姫じゃないと思うのですが。
「巫女姫というのは、国の安寧の為に召喚されていたのですよね?ということは、何らかの特別な力を持っていたのでしょうか?」
「とても大きな癒しの力を持っていたと聞く。疫病が蔓延したときや戦争で疲弊したときに召喚され、広く国と国民を癒してくださったのだそうだ。魔法とは違う不思議な力なのだと記されていたな」
「それなら、やっぱり私は巫女姫ではないです。そんな力、持っていませんもの」
「だとしても、」
「そうでもないと思うよ」
ヘリアンサスの言葉を遮る様に、それまで黙ってブーケを観察していたトリフォリウムが口を開きました。
「このブーケには、わずかだけれど祝福がかけられている。きみは祝福の巫女姫なのだと思うよ」