そこはお花屋さん
「大丈夫?聞こえる?大丈夫?」
呼ばれて目を開けました。すっかり意識を失っていた様ですが、何故でしたっけ?ぼんやりと記憶を辿ります。
「良かった。気が付いた?」
目の前には男性が二人、こちらを覗き込んでいます。二人とも、どう見ても日本人ではないお顔立ちと、髪色と瞳の色をしています。
「え、誰?何?どこ?え?」
プチパニックに陥りながら周囲を見回すと、そこは花屋の様でした。あまりたくさんの花が置いてあるわけではないけれど、可憐な花で纏められた可愛らしいお花屋さん。
「えっと、一つずつ答えるね。僕はトリフォリウム・レペンス。ここは花の王国の王都ハイドランジアで、僕の店だよ。きみは?どうやってここに来たかわかる?」
二人のうちの一人、ミルクティー色の髪と深緑の瞳の、若干不健康そうな男性が答えつつ質問してきます。が、名前が長い・・・。えっと、レペンスさん、ですね。と言うか、花の王国ってどこ?なんてファンタジックな国名!と言うか、聞いたことないですよ?
「あの、私、椿谷茉莉花と申します。ここは、その・・・日本では無いのですよね?何だか、助けを呼ぶ声が聞こえて、その声を追ってきたらここに来てしまった様なのですが・・・」
答えているうちに、意識を失う前のことを思い出しました。この二人が何か知っているのなら是非教えて頂きたいです。そんな期待を込めて見つめますと、二人は黙ってしまいました。しかも、何やらぶつぶつ話し込んでいます。
「あの、何か間違ってここに来てしまったと思うのです。帰ろうと思うのですが、帰り道とかご存じではないですか?」
しばしの沈黙。ナゼ?
「・・・とても言いにくいのだが、きみは恐らく帰ることはできない」
「え?」
「調べてはみるけどね。ちょっと難しいんじゃないかな・・・」
もう一人の、黄味がかった金髪に茶色の瞳をした端正なお顔立ちの男性ががまず答えてくれました、帰ることはできないってどういうこと?
「恐らくだけど、きみは魔法でこの世界に召喚されたのだと思う。かつてこの国では、何度か異世界より巫女姫を召喚した事があるのだけど、今の状況は召喚時の状況と酷似しているし、何よりきみのその姿が異世界の巫女姫の特徴と一致しているしね」
レペンスさんが言いました。いやいや、魔法って・・・。唖然として言葉が出ない私に、金髪の人が補足してくれます。
「黒髪も黒眼もこの国では珍しくないが、両方揃うとなるとかなり珍しい。そしてそれは、歴代の巫女姫の特徴でもある」
なんてこと。私、知らないうちに異世界とやらに来てしまったの?しかも、帰れないって・・・?
「その、歴代の巫女姫の中で、元の世界に帰った人はいないのですか?」
「資料を見る限り、いない。それに、召喚の魔法はあるけれど、送還の魔法は確立されていないんだ」
その答えにがっくりと項垂れます。どうしよう。二度と帰れないなんて。知らない声に反応したばっかりに、両親にも兄にももう会えないなんて。二週間後にはブーケの引き渡しもしなきゃならないのに。
ふと顔を上げると、二人がとても心配そうに私を見ています。知らない人達だけど、事情を説明してくれた親切な人達にあまり心配をかけるわけにはいきません。落ち込んだ顔を少し引き締めます。
「そうですか・・・。あの、色々と教えてくださってありがとうございます。レペンスさま。と、それから・・・」
「ヘリアンサス・アニュアスだ。失礼した」
名乗り遅れたのを少し恥じる様に、金髪の人が答えてくれました。




