馬車の中での妄想
いつもの様に侯爵家の馬車でそのまま家に送ると言うヘリアンサスに甘えて馬車に乗り込んだ矢先、ヘリアンサスからアニュアス邸に寄っていかないか、と提案されました。
「母上がマリカに会いたがっているんだ。良かったら、マリカから花を渡してやってくれないか?」
言いながら、ハーブたっぷりのブーケを私に手渡します。
夕食を頂いた後ですし、初めてお伺いするには遅い時間だと思うのですが良いのでしょうか?どうお返事するべきかわからずトリフォリウムを見ます。
「もう遅いし、本当に挨拶をするだけだよ?」
トリフォリウムが承諾しましたので、私も頷きます。
「もちろん、挨拶だけで良いよ。マリカ、ありがとう」
キラキラな笑顔でそう言います。お礼を言われる様なことなのかわかりませんが、私も笑って頷きます。いつもブーケはお母さまに渡している様ですし、ヘリアンサスはお母さまっ子なのでしょう。いえ、ヘリアンサスはもう二十六歳とのことですので、お母さま思い、と言った方が良さそうですね。
侯爵夫人ってどんな方なのかしら、高貴なご婦人、つまり貴婦人なのですよね。ぼんやり考えながら手元のブーケを見下ろしますと、そのまま自分の装いに目がいきました。私の今日の服装は、ハイネックで首元にフリル、胸元にレースがあしらわれたベージュの綿のワンピースです。ふと気になり、ヘリアンサスに尋ねます。
「あの、侯爵夫人にお会いするのに、こんなにも軽装で良いのでしょうか?」
ヘリアンサスのお母さまだから、怖い方ということは無いのでしょうが、「無礼者!」なんて罵られたりしないかしら?
「問題ない」
「大丈夫でしょ。僕だって普段着だし」
トリフォリウムが自身の黒いローブを摘まんで言いました。何ともあてにならない答えです。
「トリフォリウムはヘリアンサスとは仲良しだし侯爵夫人ともお知り合いだから良いでしょうけど、私は初対面ですよ?」
「急に誘ったのはこちらだし、母上はそんなことは気にしない。本当に問題無いから気にするな」
それは確かにその通りなのですが・・・。とは言っても、家に帰ったところでドレス等の正装がある訳でもありませんので、その言葉を素直に信じることにします。
窓の外を見てみると、いつの間にか住宅街になっていました。貴族のお屋敷街なのでしょう。豪邸なんていう規模ではない、とんでもない屋敷が建ち並んでいます。小学生の頃に旧華族の同級生のお屋敷にお招き頂いたことがありますが、ここまでではなかった様な。
花のお仕事には、パーティー会場の装飾というものもありますが、こんな大きなお屋敷ですと飾りがいもありそうです。それどころか、飾っても飾ってもきりがなさそう。クラシカルな空間にはどんな花が合うのかしら。やっぱり大輪のバラの様な豪華な花かしら?それとも、逆にシャープなデザインの花かしら?いけばなっぽい、線を生かしたシンプルな花も合いそう。あぁ、ワクワクします!
そんなことを考えているうちに、侯爵夫人との初対面への不安はどこかへ消えていってしまったのでした。