花のチカラ
それからの数日は、私はあまり使い物になりませんでした。少しでも気を抜くとぼんやりしてしまい、更には涙が溢れてきてしまいます。こんなことではいけないと思いつつも、気がつくとそんな状態になっていました。こんなにメソメソしている人、うっとおしいだろうと思うのですが、トリフォリウムはそんな態度も表情も全く見せず、変わらず接してくれていました。
今朝も、魔法使いらしい黒いローブを羽織って出掛ける準備を終えたトリフォリウムを見送る為に、後ろから着いて行きます。
「じゃあ、行ってくるね。ゆっくり過ごしていると良いよ」
そう言って私の頭を撫でます。あの夜以来、トリフォリウムはやたらと私の頭を撫でる様になった気がします。小さい頃から兄に頭を撫でられるのが好きだった私にとって、それはとても落ち着く行為でした。
お見送り後、ゆるゆると家事をして、お言葉に甘えてゆっくりと過ごします。ソファに横たわって近くのチェストの上にいけた花をぼんやりと眺めると、何本かの萎れかけた花が目につきました。
「萎れてきちゃったね。水切りしましょうか。そうしたらまた元気になるかも」
萎れた花を花器から抜いて水切りをします。水切りとは、水の中で茎を切ることで、それによって花の水揚げが良くなるというものです。水切りをしてしばらく置いておくと、萎れかけていた花がだんだん元気になってきました。
「元気になって良かったね。もう少し頑張って咲いてね」
言いながらいけ直すと、何だか気持ちが上向いてきました。花が私に元気を分け与えてくれている様。
そうです。私には花があります。花はいつも私に元気をくれますし、花に触れられればいつだって幸せ、そう思っていたことを思い出しました。どうして今まで忘れていたのかしら。真っ直ぐに咲いている、さっきまで萎れかけていた花に触れていると、急激に元気が湧いてくるのを感じます。我ながら単純なものです。
ついさっきまでウジウジメソメソしていたのが嘘の様に、明るく前向きな気持ちになっていきます。
どれだけ嘆いても帰れないものは仕方がありません。治安の悪い場所に来た訳でもありませんし、酷い目にあっている訳でもありません。優しい人に助けて頂いて、こうして花にも触れられます。見ず知らずの私にそこまでしてくれる人に助けて頂けたなんて、こんな幸運なこと無いですよ?
家族や日本のことを忘れることはもちろんできないけれど、今の幸運にもっと感謝するべきだと思い至りました。
この数日間、ジメジメと暗い顔をする私に嫌なお顔ひとつすることなく接してくれたトリフォリウムに、きちんと感謝の気持ちを伝えなければ。そう思った私は、数日振りに夕食の準備をするべく町へ買い物に出掛けたのでした。