魔法使いの優しさ
目が開け辛い・・・。何か固まっている様な。思い切って力を込めて目を開くと、「ばりっ」という音と共に目が開きました。ああ。昨夜夢の中でたくさん泣いた気がするけれど、どうやら実際にも泣いてたのですね。涙が固まっていた様です。
おなかに重みを感じて体を見ると、トリフォリウムがベッド脇の椅子に座ったまま、私のおなかの辺りに上半身を突っ伏して眠っていました。その手は、私の右手をしっかりと握っています。
えーっと、これは一体・・・。
取り合えず、トリフォリウムを起こした方が良いでしょう。この体勢は辛いでしょうからね。そう思い、私は上半身を起こしてトリフォリウムの髪を撫でてみます。
「んん・・・。おはよう・・。あれ・・・?あのまま寝ちゃったのかな・・・?」
寝起きのよろしくないトリフォリウムが、ぼんやりしながら起き上がって私を見ました。
「・・・大丈夫?ちゃんと眠れた?昨夜、随分魘されていたけど・・・」
ああ、そうか。私は魘されていたのね。それで心配して来てくれて・・・。手を握ってくれたのはお兄ちゃまではなくトリフォニウムだったのですね。そう・・・お兄ちゃまではなかったの・・・。
トリフォリウムの優しさに感謝しつつも、家族に会えた訳でもなく、兄と触れ合えた訳でもなかったことに落胆するのを隠すことができません。それに、昨夜の、私を呼ぶ家族の声。何かがわかってしまった様な、そんな気がして涙が溢れてきます。止めようと思っても、どんどん溢れて零れだしてしまいます。
トリフォリウムが、やさしく指で涙をすくってくれました。どうしてそんな辛そうなお顔をするのかしら。辛いのは私なのに。私は下を向いてぽろぽろと涙を零しました。
突然に、トリフォリウムの両手が伸びてきて私を抱き寄せました。そのまま、頭を優しく撫でています。その包まれる感じが優しくて心地よくて、私は声を上げて泣きました。声を上げて泣くなんて何年振りかしら。悲しい気持ちと共にそんなことを思いながら、これまでにない程大声で泣き続ける私を、トリフォリウムは何も言わずに抱きしめてくれていました。
気が付くと、またベッドの中でした。泣きながら寝てしまった様です。大人なのに恥ずかしい・・・。
ノックの音がして、トリフォリウムが扉からお顔を出します。
「少し遅めだけど、朝食にしよう」
食事の準備は私の役目なのに、申し訳ないことをしてしまいました。
「ありがとうございます。その、ごめんなさい。準備をさせてしまって」
「たまには良いよ。さ、起きられる?」
移動して、二人でゆっくりと遅めの朝食を食べました。
なんとなくですが、本当にもう現代日本には帰れないことを、あの夢で確信しました。帰れないことはわかっていた筈なのに、心のどこかで認めていなかったのかも知れません。会いたいけど、本当にもう二度と会えない大好きな家族。悲しい気持ちと寂しい気持ちと虚しい気持ちでいっぱいになりますが、温かいカモミールティーにほっと気持ちが安らぐのを感じます。
私がリラックスできるようにと、紅茶ではなくカモミールティーにしてくれたのですね。目が合うと、目を細めてにっこりと微笑んでくれます。
気になることはあるでしょうに、何も聞かずに私の心情を慮って接してくれる優しい魔法使いには、感謝しかありません。この世界に来て最初に会ったのがこの人で本当に良かったと、心の底から思ったのでした。