それはある日突然に
「うん。可愛くできた」
完成したティアドロップ型のブーケを見て、私は満足気に頷きました。
フラワーデザイナーをしている母親を持ち、子供の頃から花に囲まれた生活をしてきた私。そのままでも充分に奇麗な花に、更に手を加えることによってより奇麗にし、人を喜ばせる母親に小さな頃から憧れて来た私が母と同じフラワーデザイナーを目指すのは、ごくごく自然なことだったと思います。
大学に入ってからは母親の下でアシスタントとして経験を積み、少しずつ少しずつ実力を付けていきました。ブーケやウエディングの花、レストランの花、オフィスのエントランスの花等々、たくさんの花をいけました。いけた花を見て喜んでくれる人を見て、私自身もとても満たされた日々を送っていたのでした。
そんな日々の中、アシスタントとしてではなく、私自身にブーケの依頼をしてくださるお客さまが表れました。なんて嬉しいことでしょう。あまりに嬉し過ぎてつい舞い上がってしまいましたが、舞い上がって失敗する訳にはまいりません。大切な日の大切なブーケですからね。初めての依頼といえど失敗しては大変ですので、私は本番前に練習あるのみ!と、意気込んで母のアトリエで試作に励んでいたのでした。
バラにラナンキュラスに、ところどころジャスミンを散らした可憐なブーケ。全て白で纏めていますが、それぞれが少しずつ違う白でなかなか良い感じです。うん。我ながら良くできているのではないでしょうか。自画自賛ですが。
仕上がりに満足した私はブーケをセロファンで丁寧に包んで、アレンジメントやブーケに使うワイヤーを入れた細い筒状のケースを肩に掛け、ハサミや資材を詰め込んだバッグを斜めがけにしてアトリエを出ました。今日は母はアトリエには来ないと言っていましたから、早く帰宅して母にブーケを見てもらおうと考えた為です。
褒めてもらえると良いな、なんてことを思いながらアトリエを出ますと、私の耳にぼんやりと声が聞こえてきました。
「助けて・・・お願い・・・・・助けて・・・力を貸して・・・」
切羽詰まった様な、女の子の声。振り返ってみるも、誰もいません。
え、何?怖い。気のせいよね?
恐る恐る、声のする方へ導かれる様に近付いていきます。近付くにつれて、声がはっきり聞こえてきます。あら?気のせいじゃない?
「お願い・・・・あなたしか・・・助けて・・・」
止せば良いのに更に近付いてみますと、不意に視界が真っ白になりました。右も左も上も下もわからない真っ白な世界。その真っ白な世界で、何が起きたのかと困惑していると、急に足元が崩れる様な感覚に陥ります。階段を踏み外した?と思ったと同時に落下している様な感覚を覚え、私はそのまま意識を手放したのでした。