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自動人形

作者: 長月翼

 薄暗い憂鬱な空模様の下を相棒と二人、付かず離れずの距離を歩いている。

 時計によれば時刻は昼下がりだが、記録映像で見た日中の明るさとは程遠い。

 未知の脅威が人類を襲ったあの日から一体どれほどの時間が経過したのか。

 かつて人類はこの惑星を覆い尽くす程に繁殖していたと言うが、今では見る影もない。

 常に外敵の脅威に怯え、防壁に守られて暮らす彼らの総数について具体的な数値を私は知らない。

 “彼ら”と言ったのは、私自身は日々量産され続ける備品……自動人形の一体に過ぎないからだ。

 壁外を彷徨えば材料に事欠かない私達自動人形と違って、生殖行為の果てにしか数を増やせない彼らの……それも生きている総数などずっと少ないであろう事は想像に難くない。

 創造主たる彼らの心情を所詮プログラムされた思考しか持たない私には推し量る事は出来ないが、彼らは自分達と共に生きる同胞を欲しているのではないだろうか?

 それらは、人形使い達が使用するような高級機ならまだしも、簡易種という大量生産品に過ぎない私達の姿でさえも彼らの姿を模している事からも察せられる。

『K4A、また無駄な思考にリソースを割り当てているな?』

 私の演算負荷の機微を感じ取ったのか相棒が呆れた様子で問いかけてくる。

 K4A……それが私のここでの識別名称。

 製造時に付与されたシリアルナンバーは別にあるけれども、エリア希望ヶ丘……通称K地区を担当する第四分隊のユニットAだからK4A、実に簡素な名前だと思う。

「そう言わないでよK4B。K4Cみたいなドジは踏まないからさ」

『そろそろ定点警戒センサーに反応のあったポイントだ。考え事は帰ってからにしておけ』

 人類の勢力圏が縮小した後、世界は害獣と呼ばれる生物達が闊歩する危険地帯と化した。

 世界各地に防壁都市と呼ばれる生活拠点を構えた人類ではあったが、防壁に守れる範囲には限りがあるし、一つの防壁都市だけで完結出来る都市は極めて少ない。

 どうしても余所を頼らないといけない都市は出てくる訳で、人類は危険地帯と化した外の世界……通称特地を通って移動する事を強いられる事になった。

 無論ただの人間が害獣に襲われたらただでは済まない。

 それは害獣が特地に順応する前、動物と呼ばれていた頃から変わらない不変の事象だ。

 そこで安全を確保するために生み出されたのが私達のような自動人形と定点警戒センサーという訳。

 幾ら量産されているとは言え、私達だけで広大な特地を巡回する事は不可能……損耗も多いし。

 別に損耗するのは戦闘が全てでは無い。

 特地と言う環境そのものが私達の筐体を少しずつ蝕み、摩耗させていくのだ。

 故に長期間特地での行動を想定されている特殊な筐体を除き、一般的な自動人形は防壁都市近隣の警戒任務以外では特地に派遣される事は無い。

 無論、緊急時などのイレギュラーな対応は別だけれど、その穴を埋めるために拠点の周囲や交易路と言った重要なポイントには定点警戒センサーが設置されているのだ。

 熱探知と音響探知、振動感知器を組み込まれたセンサーは有線、或いは多数の中継点を経由した無線によって拠点に情報を伝達する。

 で、私と相棒のK4Bはセンサーに反応があったので、現地の確認に向かっている最中……これが所謂、イレギュラーな対応と言う奴だ。

 第四分隊はA~Jまで10体の自動人形で構成されているが、K4Cは前回の任務中に放棄された対人地雷を踏んで文字通り消滅してしまった。

 ドールにはサイズによってクラス分けが行われているが、私達はその中でも最も小型のトルーパー級に分類されている。

 無論、装甲で保護されているとは言え常人と比べて極めて小さな筐体に過ぎない私達が、対人を想定した兵器の直撃を受けて無事で済む筈がない。

 先程も話した変質した空気そのものだって時間の経過と共に装甲板を浸食し、特地で長時間活動すればやがて内部機構に害を成す事になるだろう。

 対人地雷や爆弾の類と言った人類がかつて使用し、放棄された兵器の数々も今となっては無差別に牙をむく驚異の一つに過ぎない。

 上手く利用できれば害獣への対処に使えるが、失敗してK4Cの二の舞にはなりたくないものだ。

 特地に潜む脅威が害獣だけではないと言う事を理解して頂けただろうか?

『こちらK4I。まずいものを見つけた』

 小高い廃墟から付近を捜索していた班からの通信。

「何? 暴走した多脚戦車でもいた?」

 私達の先輩とも言える自律思考型の多脚戦車は厚い装甲に数々の重火器を搭載し、その高い戦闘力は味方にいれば心強く、敵として相対すると極めて厄介な脅威となる。

 それでも所詮は旧大戦の老兵。

 最新の技術を用いられた私達が集団で相手すれば倒せない相手では無い。

 量産型とは言え、それだけの力を私達は持っている。

 故に、K4Iの言った"まずいもの”というのがその程度の驚異ではないことは確かだが、楽な答えを期待しても罰は当たらないはずだ。

『ドールイーターが三体。恐らく家族だ』

 しかし、私の期待に反して観測班の返答は、考え得る限り最悪の物だった。

「進行方向は?」

 先程までの軽口はなりを潜め、思考回路は瞬時に戦術的な思考へとリソースを割り当てる。

『このまま進むと春紫苑を通る。あそこは碌な防備が無いから対処は難しいだろう』

 これもまた最悪な答えだった。

 春紫苑は多数の住民を抱える防壁都市の一つだが、産業基盤が脆弱でとても防備に回せるような余力は無い。

 そのため、防壁は薄いし壁上砲台の数も少ない。

 ヘルハウンド程度なら追い払えるだろうが、今向かっている奴は相手が悪すぎる。

 ドールイーター……人形喰いとも呼ばれるその害獣はかつて熊と呼ばれていた動物が変質したものだそうだ。

 遊撃隊の最優先狩猟対象に指定され、トルーパー級との比較で5倍近い体躯は私達を一飲みする事など造作も無い。

 防壁都市近傍で相見える相手としては最も危険な存在と言える。

 それが三体。

 以前見た戦闘記録によればドールイーター一体を討伐するのに二個分隊……トルーパー級簡易種20体分の戦力が必要だったと残されている。

 今の私達は一個分隊、しかも欠員ありの9体しかいない。

 単純計算で60体分の戦力が必要な相手に対し、こちらの戦力は実に乏しいと言わざるを得ないようだ。

 正常な判断を下すのであれば勝率は限りなく低く、無謀な戦いと言える。

 近隣に増援を望めるような戦力は存在せず、戦力差を引っ繰り返す様な超兵器もありはしない。

 なるほど、これが人間達の言うどうしようもなくて途方に暮れる、というものだろうか?

 それとも望みが無く絶望する、という方が正しいのだろうか?

 どちらが正しいにせよ私達の思考にそれらの文字は存在せず、ただ実行可能かどうかを判断するだけだ。

 ただ雨風を凌げるだけの防壁都市とは名ばかりな避難所。

 雑多なガラクタが所狭しと積み上げられ、一歩間違えれば廃墟と言っても過言ではない汚い町並みの春紫苑だが、それでもそこを拠り所とする人々がいるのだ。

 護るべき場所がある……それだけで、私達が戦う理由としては十分。

 私達がここにいる限り奴らが人類の元に辿り着くことはない。

 故に希望は潰えない。

「司令部には情報送ったんだよね? なら、K4G、K4H、ランチャー用意。家族なら小さいのがいるんでしょ? 先制攻撃で子供からやるよ」

『怒りを誘って誘導するということか』

 K4Gが私の意図を汲み、了承の意思を送ってくる。

 簡素な意思の疎通程度、言葉にするまでもなく単純な電気信号で十分なのだ。

 思いをいちいち口にしないといけない生物とは違う、私達が私達であるが故のアドバンテージ。

「二人は射撃後直ちに後退。奴ら100m離れていても5秒程度で突っ込んでくるよ」

 ドールイーターはその鈍重そうな見た目に反してかなりの瞬発力を持つ。

 その速さは彼我の体型差を抜きにしても大きな脅威。

 接近されてしまえば、私達の勝ち目はほぼ無いと言える。

 各自、背中に近接戦闘用のヒートカッターを背負ってはいるものの、こんな物であんな化け物と相対するのは御免被りたい。

 K4GとK4Hの二人はこう言った事態を想定して、携帯式の誘導弾を装備しているが、不意打ちで一体を仕留めるのが関の山だろう。

 残る二体……子を傷つけられ、怒り狂った親の猛攻をいかにしてやり過ごすか。

 記憶領域に蓄積された数々の戦闘記録を走査し、この難局を打破し得る案を導き出そうとするが、分隊指揮個体に過ぎない私では処理能力が足りない。

「ごめん、K4B。リソース貸して」

『問題ない。お前が"必要"とするなら、私は従うだけだ』

 あくまで上位個体としての命令ではなく、相棒としてのお願いであったにも関わらず、K4Bは迷いなく全ての制御プロセスをスリープさせ、私に全てのリソースを明け渡してくれた。

 普段、無駄なリソースを使っているだの何だの言う割には素直なものだ。

 これが人間達の言うツンデレ、という奴だろうか。

 いや、今は眼前の脅威に集中しよう。

 K4Bのリソースを得たことで処理能力に余裕が出来た私は、迅速に作戦を組み立て、検証を繰り返す。

 膨大な数のトライ&エラー、それを人間が瞬きする程度の時間でこなせるのだから、私達の演算性能は大したものだと思わないだろうか?

「立案、及び検証が完了。結論としては現有戦力での正攻法での打破は困難」

『そんなの分かり切ってるよK4A!』

 私の言葉にK4Dが間髪入れず茶々を入れてくる。

 K4Cもだったけれども、彼の思考ルーチンはやや先走りする傾向が見受けられていないだろうか。

「せっかちなドールは嫌われるよ? 私は正攻法では、と前提条件を正確に述べているでしょ」

『……自己消滅か』

 それまで黙って成り行きを見守っていたK4Jが断定口調で推測を口にする。

 私達が取れる手段など限られているのだから当然の帰結か。

「人間達の言葉で言えば特攻って奴? さすがに口の中で爆発されたらあいつ等もただでは済まないでしょ」

『だが、実行に移す前に噛み砕かれてしまえばその望みも潰えてしまう』

「その通り。だからその手はあくまで最後の手段。私達の役目は奴を春紫苑から少しでも遠ざける事。時間さえ稼げれば後はのんびりやってくる増援が何とかしてくれる」

『他人任せな作戦だな』

「装備も人員も足りないのだから仕方ないでしょ。作戦が成功したら特別報酬に新装備でも配備して欲しいよ」

 会話を続けながらK4Bのリソースを整理すると共に、作戦が終了する頃を見計らって自動起動処理を設定する。

「とりあえず作戦前に各自K4Bに自己複製を実施する事。あいつならちゃんと持ち帰ってくれるでしょ」

 リソースを整理したのはそのため。

 私達の記憶情報を複製しておけば、万が一筐体を破壊されたとしても新たな筐体に情報を引き継ぐ事が出来る。

 K4Bの筐体は安全地帯でスリープモードに入っているし、戦闘に巻き込まれる恐れはない。

 最悪私達が全滅しても、彼が情報を持ち帰りさえすればK4分隊は復活可能という事だ。

 K4Cみたいに自己複製をさぼっていたりすると大変な事になってしまうのだけれどね……。

 彼は突っ走りすぎる傾向がある上にどこか抜けていて、他の子とは全然違った。

 全員同一の人格テンプレートから複製された同一個体の筈なのに、長く稼働していると個性が出て来るのは不思議なものだよね。

 どういう理屈でそうなるのか創造主達も解明出来ていないみたいだけれど、個性が無いのが特徴のような大量生産品の私達に個性があると言うのはなかなか素敵なことじゃない?

『K4A、全員の自己複製が完了したよ』

「……よし、あいつらに希望ヶ丘に足を踏み入れた事を後悔させるよ! ここは私達の庭なんだから!」

 これから挑む相手に対しては余りにも心許ない武装を握り締め、ガラクタばかりが転がる大地を駆ける。

 私達と苦楽を共にしてきたアルミ……R-3型小銃は確かに良い武器だ。

 突出した性能は無くても給弾モジュールから絶え間なく装填される6mm高速徹甲弾はヘルハウンド程度なら瞬時に蜂の巣に出来る。

 左腕に装備しているタタミ……T-3型防盾だって90mm徹甲榴弾の直撃に耐えられる設計強度を持ち、幾度となく敵の攻撃から私達の事を守ってきてくれた。

 だが、それでもあいつには……ドールイーターには届かない。

 あいつは何もかもが規格外。

 人類がこの世界の支配者だった頃に猛威を振るっていた多脚戦車よりも強い生命体だよ?

 もはや化け物……いや、本当に化け物なのだけれどさ、他とは格が違うのよね。

 この世界にはドールイーターすら可愛く見える怪物が幾らでもいるのは確かだけれど、そんな特地の奥深くまで潜らないと遭遇しない伝説とは違って、こいつはいつも人類の活動領域のすぐそばにいる。

 目標まで残り100m。

 足を止め、物陰に身を潜める。

「K4A、配置完了」

 私の通信に続き、他の個体からも配置に付いた事を知らせる通信が飛び交う。

 だが、その中に混じって珍しく慌てた様子でK4Gの通信が響く。

『目標に動きあり。K4A、そっちだ!』

 反射的に身を隠していたガラクタから飛び退き、迷わずアルミのトリガーを引き絞る。

 騒々しい発砲音と共に銃弾を次々と放つアルミの演奏を掻き消す程の轟音が辺りに響き、ガラクタを突き破って一体のドールイーターが姿を現す。

 間一髪、退避が遅れていれば今頃は奴の口の中だった。

 放たれた銃弾がドールイーターの外皮を貫き、盛大に血の華を吹き荒らすが奴は怯んだ様子すら見せない。

「誘導弾放て!」

『しかし……』

「構うな!」

 私と奴、彼我の距離が近すぎる事を危惧したK4Gが逡巡を見せるが、ここでやらなければ被害は増える一方だ。

 私の叫びに呼応して、こういう時に肝が据わっているK4Hが誘導弾を放つ。

 高速で飛来する飛翔体を視界の隅に捉え、タタミを正面に構えながら出来る限りその場から距離を取ろうと試みる。

 追いすがるドールイーターの顔面に吸い込まれるように誘導弾が着弾し……バットで金属板を叩いたような鈍い音が響き渡った。

「……不発!?」

 特地の浸食で信管がやられたか。

 それでも……!

 推進力を失い大地へと落ち行く誘導弾にタタミを叩きつけ、無理矢理ドールイーターの口内へと叩き込む。

 再度加わった衝撃に今度こそ信管が作動し、炸薬が大きな爆炎と衝撃を吹き上げる。

 それは間近にいた私の体をも軽々と吹き飛ばし、ガラクタの一つに強く背中を打ち付けて止まった。

 人間達であれば今の衝撃で骨の何本か、或いは内臓へとダメージを負って即座に動く事もままならないだろう。

 だが、痛覚の無い私達は破壊され、機能を停止するその瞬間まで動きを止めることはない。

 体勢を立て直し、素早く現在の状況を把握する。

 口を吹き飛ばされ、血をだらだらと垂れ流しながらもドールイーターは未だ死なず、やや動きが緩慢になってはいるがこちらを狙う眼光の輝きは潰えてはいない。

 対してこちらは、爆発を受け止めたタタミごと左腕を消失、左足の駆動率も落ちて機動性に若干の低下が見受けられる。

 逆に言えば、それだけの対価で大きな損害を与えられたのであれば安いものだ。

 幸いアルミも給弾モジュールも動作に支障は無いので戦闘は続行出来る。

 この程度の衝撃で壊れる程、私達……A&Dの製品は上品な造りをしていない。

 銃弾の飛び交う血と硝煙に塗れた戦場において、人類を確実に守るために生み出された存在……それが私達であり、自動戦闘人形の存在意義だ。

 手足が駆動する限り、たとえ指一本しか動かせなくとも電源の落ちるその時まで、守るべき物のために戦い続けられる。

「こいつは私が引き付ける。K4分隊各員は残りの奴を……!」

 まるで大型の重機が突っ込んで来たかのような突進を既の所で躱し、ドールイーターの脇腹に銃弾を叩き込む。

 相手が繰り出してくる攻撃の軌道計算はK4Bのリソースを借りている事もあって難なく出来ている。

 だがしかし、その計算結果に対してこの筐体の反応速度は余りにも遅い。

 動作遅延も考慮にいれて回避パターンを組まなければあっと言う間に鋭利な爪の餌食になるだろう。

 あちらの攻撃は一撃で確実にこちらを破壊し得るのに対して、こちらの攻撃は血液だけは派手に吹き出すものの本当にダメージを与えられているのか疑問に思えてくる。

 いや、疑問に思っている余裕何て無い。

 相手が倒れないのならば、倒れるまで攻撃を加えるだけだ。

 上からの攻撃と見せかけて下から抉る様な攻撃が来る……僅かな動きから相手の攻撃をフェイントと判断した私は大きく後ろに跳んで回避行動に移る。

 しかし、次の瞬間に繰り出されたのは爪により攻撃では無く、大地を抉って放たれた無数のガラクタ。

 奴の動きがこちらの油断を誘うための罠である事に気が付いてももう遅い。

 右腕で体を庇う程度が唯一取れた防御行動で、まるで砲弾のような勢いで飛んできたガラクタは容易く右腕に握りしめていたアルミを残骸へと変え、給弾モジュールごと遙か後ろへと吹き飛ばされてしまう。

 腕ごと持って行かれなかったのは幸運と呼ぶべきか。

 着地の瞬間を狙って繰り出された上からの叩き潰す様な攻撃を軽いステップで回避し、背中にマウントされた250mm歩兵剣を力一杯振り払う。

 分厚い鋼をも溶断する灼熱の刃はドールイーターの太い手首を半ばまで切り裂くが如何せん長さが足りない。

 でも、それだけで十分だ。

 腕の骨を断ち切られ、身体の支えを崩されたこいつが姿勢を崩した瞬間を狙い、グチャグチャになった口内目掛けて歩兵剣を突き入れる。

 こちらの武器で急所を狙えるとしたらここしかない。

 喉元に深々と突き刺さった瞬間、こいつの巨体に似つかわしい咆哮が辺りに響き渡る。

 それはもう、音響センサーが破壊されるかと思った程の大音量だ。

 恐らくそれが断末魔の叫びだったのだろう。

 力を失ったドールイーターは大地に倒れ伏し、ピクリとも動かなくなった。

 突き刺さったままの歩兵剣を引き抜き、その骸から念のために距離を取った私は仲間達の戦況を確認する。

 残るドールイーターの内、子供の方は誘導弾の直撃により重傷。

 怒り狂った親は前衛に展開していた五体を無視してK4GとK4Hへと直進。

 その際、道中にいたK4Dが巨体に押しつぶされて圧潰……機能停止はしていないようだが戦闘続行不可能。

 大方、先走って攻撃して退き際を見誤ったのだろう。

 接近されたK4GとK4Hも爪による攻撃で損傷、反応が無い事から動力を破壊されたと推測される。

 残された四体は後衛の二体が親を引き付けている間に子を殲滅。

 その際、K4Iが小破、K4Eは噛み砕かれて損壊。

 まだまだ元気なドールイーターに対し、こちらの残機は四体……しかも損傷多数ときている。

「三人ともまだやれる?」

『攻撃を受けた時に給弾モジュールが壊れたようだ。右腕の反応もやや悪いが、まだ剣は振れる』

『こちらもアルミの残弾が残り少ない。危険だが近接戦闘を試みる必要があるな』

 K4Iに続き、どんな状況でも落ち着いているK4Jの応答はこう言う時、実に安心させられる。

『ごめんみんな! 私は動けないけど演算支援ならするから!』

 対するK4Dの通信は相変わらず騒々しい。

『僕はまだまだやれるよー。K4Eの分も戦わないとね。みんなが積極的に戦ってくれたお陰で僕のアルミはまだまだ余裕があるよ』

 気の抜けたやや間延びした応答はK4Fによるものだ。

 皆からたとえ最後の一人になろうとも戦い続けると言う強い意志を感じる。

 それでこそ私の誇るK4分隊であり、仲間達だ。

「戦闘続行! 最後の獲物を仕留めるよ」

 ドールイーターは連れと子供を殺された事からこちらを警戒しているのか、距離を取って様子を窺っている。

 K4Fを後方支援に配し、残る三体で三方から接近していく。

 対するドールイーターはガラクタを蹴り飛ばしてK4Iの出鼻を挫き、その隙にK4Jへと肉薄する。

 こちらの予想に反して最も損傷の少ない個体を狙ってきた。

 K4Dの演算支援を受けた二体は初撃を難なく躱す事に成功するが、巨体の割に動きが良いドールイーターに反撃を当てる事は叶わない。

 今の動きを見ると、仕留める事こそ出来なかったが誘導弾による一撃は有効打となっていたのだと実感する。

 私も二体の許に急行し、連携して攻撃を繰り出すが巧みな動きで回避されてしまう。

 もしかして、この個体が特別強いという事は無いのだろうか……?

 手応えを感じない今の状況に、そんな疑問さえ思考に混ざる。

 K4GとK4Hが満足に反撃する間も無く撃破されたのも納得だ。

 戦闘が長引けば駆動系が過負荷に耐えきれず、悲鳴を上げ始めるだろう。

 かと言ってこの状況を打破出来る好機を見出すことが出来ない。

 K4Fによる射撃を警戒してか、こいつは回避行動を取りながらも我々の傍を離れようとはしない。

 これでは誤射を警戒して不用心に撃つことも出来ず、僅かな損傷すら与える事も叶わない。

 その時、最小限の動作でこちらの攻撃を回避し続けていたドールイーターに一際大きな動きを察知する。

「駄目だ、K4J!」

 K4Jの遙か手前で大地へと腕を振り下ろす行為……その意図を察した私の叫びは既に遅かった。

 大地に足を着ける直前、突然動き出した足場に反応する間も無くK4Jは下から叩き付けられ、ドールイーターの方へと投げ出される。

 無防備な姿勢で巨大な咢に咥え込まれたK4Jは自己消滅する間も無く胴体を噛み砕かれ、千切れた四肢が辺りに飛散した。

 奴の攻撃はそれだけでは終わらない。

 K4Jが喰われる瞬間を間近で目撃してしまったK4Iは、その動きに若干の遅延を生じさせていた。

 横合いから振るわれた爪をまともに受け、衝撃に耐えきれなかった装甲モジュールを撒き散らしながら大地を転がっていく。

 反応は微弱……もはや動けないだろう。

「K4Bを回収して撤退して!」

 瞬時に判断を下し、K4Fに撤退命令を出す。

 追撃を阻止するため、当たらないのは承知で大振りに剣を振るい、敵の注意を引き付ける。

「K4D、演算支援中断。K4Cのアレ頂戴」

『K4Cの宝物だね! 任せて!』

 敵と相対しつつ、次の策を巡らせる事も忘れない。

 アレとはK4C自慢の地雷埋設マップ。

 何故そんなものを作っていたのかわからないけれども、パトロールの度に更新していたらしい。

 各種センサーによって設置された地雷を感知出来る私達には無用なものだが、この情報の凄い所はそこではない。

 そのマップにはどこに、どんな種類の地雷が、どれだけ設置され、どのような仕組みによって起爆されるかが事細かに記されている。

 そのせいで地雷を踏んで吹き飛んでいては世話無いけれども……。

 でも、今はそれが役に立つ局面だろう。

 この場にいなくともK4Cも一緒に戦っているのだ。

 私達には脅威となる地雷もこいつ相手ではどれ程効果があるのかはわからない。

 相手は銃弾の雨も気にしないような化け物だ。

 もしかしたら全く効果が無い可能性だってある。

 それでも、可能性があるのならば活用しない手は無い。

 狙いは大型の対戦車地雷……感圧式は反応しない可能性があるからセンサー式を使う。

 K4Dが最適な地雷への誘導経路を計算している間にも私はこいつを引き付け、一進一退の攻防を繰り広げ続けなくてはならない。

 K4Bの演算支援を受けているとは言え、ここまで何とか戦い続けられているのは今までの経験の蓄積によるものか、或いは人類の言う奇跡と言う事象なのか。

 ドールイーターを二体撃破している事も快挙と言える状況では、奇跡と言う物も信じたくなってくる。

 願わくばその奇跡が何時までも続いて欲しい限りだ。

 もっとも、物事はそう上手くは運ばないように出来ているのだろう。

 限界を迎えた歩兵剣の刀身から赤い光が消え、熱が失われていく。

 こうなってしまってはただの棒切れに過ぎない歩兵剣でこいつを牽制するのは難しい。

 唯一の脅威が失われた事を察したのか、ドールイーターの殺気も膨れ上がる。

 私の取り得る行動は……尻尾巻いて全速力で逃げ出す事だけだ。

 しかし、これは同時にチャンスでもある。

 奴は私から攻撃する手段が失われたと思い込んでいる筈だ。

 その隙を突ければ、現在の状況はまだまだ盤面を引っ繰り返す事が出来る。

 だが、それを成すには一度で決めなければならない。

 同じ手段を何度も繰り返せば警戒する暇を相手に与えてしまう事になるだろう。

「急いでK4D。脚部の限界も近いみたい」

 背後から蹴り飛ばされたガラクタを必死に避けながら、K4Dを急かす。

 装甲モジュールの大部分が失われたことで特地の浸食が急激に進んでいる。

 恐らく、運良くこいつを撃破出来たとしても私の帰還は絶望的な程に。

 高層ビルの残骸と思わしき鉄骨を踏み台に、上へと逃げてみるが、巨体に似合わない身軽さでドールイーターも追い縋ってくる。

 こいつ、本当にどんな身体能力をしているのだろう。

『K4A、そのビルの下! そこに対多脚戦車用に設置された爆薬とセンサーがあるよ!』

 K4Dからの通信で眼下に視線を向けてみる。

 天井に開いた大きな穴から、エントランスと思わしき広い空間が見え、各種センサーを駆使して走査してみると言われた通り爆発物とセンサー群の反応があった。

 下りる……しかないのか。

 空中で体勢を反転させ、天地が逆さになる形で鉄骨を踏みしめる。

 踏みしめた衝撃で脚部の関節がついに動作不良を起こすが、どの道これが最後の攻撃だ。

 役に立たずとも手放さなかった剣を胸元に掲げ、眼下に迫るドールイーター目掛けて最後の突撃を敢行する。

 空中にありながら体を捻って回避しようとする様は驚嘆に値するが、全身全霊を込めたこの一撃の方が速い。

 胸元に突き刺さった力無き剣は根本まで深く貫くには至らないがそれだけで十分。

 私の目的はここに至った時点で達成している。

 動力に過負荷を掛け、自己消滅プロセスを実行。

 視界が閃光に包まれ、私の思考はそこで途絶えた。



 ……復元プロセス完了。

 自己診断プロセス開始…………記憶領域に多量のノイズを確認。

 記憶領域のノイズ除去を開始…………完了。

 全ての診断プロセス完了、起動プロセスに移行。



「起動プロセス完了。視界クリーン。各種センサー、各駆動部異常なし」

 視界に映るのは幾つものパイプが連なる無機質な天井……記憶情報によればドールの調整室と、自身と同型の九体の人形達。

「K4Aやっと起きた!」

 K4A……それが自身の呼び名なのだと記憶情報の検索結果から理解する。

「自分のシリアルナンバーはADK0100401S。K4Aとは自分の識別コードですか?」

「あっ……」

 眼前の個体、ADK0100404Nが自身の言葉に体を硬直させる。

 自分は何か変な事を口走ってしまったのでしょうか。

「そうだ、お前はK4A……私達を統率するものだ」

 未だ硬直している個体の肩に手を置き、ADK0100402Nが自身へと言い聞かせるように告げる。

 再び記憶情報を探る……自分が一個分隊を指揮する個体として製造され、彼らを率いて戦っていた記録を確認。

「任務了解。これより希望ヶ丘第四分隊の指揮に当たります」

「違うよK4A、僕達はK4分隊。あ、僕はK4Fね」

 ADK0100406N……いえ、K4Fが手をヒラヒラさせながら訂正する。

「製造順にコードネームが振られていると理解しました。それがこの分隊のルールなのですね」

「そうだよ。……K4Aが決めたルールだけどね」

 記憶情報に欠落があるのでしょうか。

 K4Dの言葉に心当たりがありません。

「ゆっくりと馴染んでいけば良いさ。これからも宜しく頼むぞ、K4A?」

 そう言って差し出されたK4Bの手を、自分は不思議に感じながら握り締めるのでした……。


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