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翠の子  作者: 汐の音
1章 原石を、宝石に
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7 食べ歩きと仮の宿

 『――宿? うちに泊まってきなよ。その方がなにかと便利だろ?』


 契約を交わし、「宿を取らないといけないので……」と去ろうとした師弟を、細工師の青年は当然のように引き留めた。ご丁寧に、黒髪のおっとりとした魔術師の肩にぽん、と大きな手をかけて。



 師弟は今、下町に程近い(いち)にいる。

 生活雑貨はもちろん、食料、小物、書籍、安価なアクセサリー、あやしげな薬……とにかくごちゃ混ぜだ。


 ひとの量も多い。

 旅人、地元民、流浪の旅芸人――……ここまで雑多だと顔を隠す意味もないかと、師弟は楽にフードを下ろしている。

 隠れたいわけではないが、素顔を晒していると経験上、何かと絡まれやすいと知っているための習慣だった。


 左右に並ぶ店は、地面に直に布を敷いて商品を並べたものから、簡易の店舗を(こしら)え、布で日除けを成したものまで千差万別。

 だが、それぞれに味わいがあって、つい目移りしてしまう。


「あ、キリクそれ美味しそう。一口ちょうだい」

「え? あ、はい。どうぞ」


 雑踏の中で、師弟は仲良く遅めの昼食を折半(せっぱん)している。路銀の問題ではなく、一人分の量が多いのだ。

 少年は、かなり重みのある串焼き肉を師匠の女性の口許に差し出した。食べながら歩くのは困難な程の人いきれなので、通りの端に寄っている。

 スイは、長い髪が串焼き肉に付かないよう丁寧に耳に掛けなおすと、はむ、と遠慮なくかじった。


「……」


 しばらく、味わっての咀嚼(そしゃく)

 ――こうなると、この女性(ひと)は絶対に喋らない。出会った翌日には知ることになった、彼女の癖のひとつだ。

 熟知の域に達した少年は長い沈黙を意にも介さず、みずからも熱々の肉汁と塩だれが垂れる串焼き肉を、がぶりと一塊の半分、頬張る。


 ごくん。

 隣で、嚥下(えんか)の気配がした。


「けっこう、辛かった……塩だけじゃない……?

わ、何これ香辛料?? かっらい!」

ほーへふえ(そうですね)はひうふい(果実水)はいはふ(買います)?」

「キリク……言いたいことはわかる。でも、食べてる間は喋っちゃだめ。あと、リスみたいだよ。可愛いね」


 くすくすくす、と。

 あとからじわっと来た辛さのため、若干の苦笑を(たた)えたスイは、弟子に文句を言われる前に――と、すぐ隣の露店で果実水を注文し始めた。

 師弟のやり取りを何となく見ていた壮年の店主は破顔している。


「仲いいねぇ! 姉さんの子どもにゃ見えないな、甥っ子か?」

「ふふっ。まぁそんなとこ。ねぇおじさん、それって白桃水? いいね。それにする」

「おうよ。じゃ、おまけだ。甥っ子にやってくれ」


 代金を支払った帰り、スイの右手には大きめの白桃水、左手には小さめの薄荷水のコップが握られていた。


「はい、キリクの分。おじさんがくれたんだよ。食べ終わったらお礼言いに行こうね」

「あ、はい。ありがとうございます…」


 一応食べ盛りだ。串焼き肉は、時間をかけてただの串になった。少年は薄荷水を受けとり、こくこくと喉を鳴らして飲んでいる。

 師匠もまた、こくのある甘さの白桃水に口をつけた。


 ふぅ……と、どちらからともなく吐息が漏れる。満腹だ。


「さて、当面の必要物資や着替えも買えたし、コーラルさんのところに戻ろうか」

「お師匠さま。あの……本当にあそこに泊まるんですか? 僕は、そこの宿でもいいと思いますけど」


 キリクが指差す先には、何件か安価そうな宿が立ち並んでいる。

 「う~ん…」と、スイも腕を組んで一応思案した。――が、目を瞑ると、ふるふるっと軽く首を横に振る。つややかな黒髪が、光を弾いて微かに揺れた。


「ごめんね、確かに細工師の側にいたほうが便利なんだ。“あの子”は、普通じゃない。私の予想が正しければ……かれ、けっこう酷い目に遭ってると思うよ。今ごろ悲鳴をあげてるかも」


 そんなに……? と訝しげに眉をひそめるキリクに。「行けばわかるよ」と微笑むスイ。

 彼女は、ひょいっと少年の手から空のコップを奪うと、先の店主の元まですたすたと歩いて行った。

 慌てて、金茶の髪をふわふわと(なび)かせた少年があとに続く。


 時刻は午後の三時を回ったところ。

 師弟は手土産の菓子など買い込み、雑踏をするりと抜けて細工師の家へと足早に戻った。



お気づきかも知れませんが、時刻はファンタジーらしからぬ分かりやすさを重視しております。

(ご容赦くださいませ)

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