6 特級細工師とエメラルド
師弟は揃って振り返り、次いで目線をそれぞれ上に軌道修正した。……大きい。
年の頃は二十代の後半か。浅黒い肌に小豆色の髪、青い瞳。やや垂れた目じりに愛嬌のある、すらりとした背の高い青年だった。
精悍な頬、目の印象に反してきりっとした濃い眉。まばらな無精髭。それらが、よく見れば品よく整った顔だちをうまく誤魔化し、下町に溶け込ませている。
衣装はこの辺りの住民らしい、飾り気のない襟元のゆるい藍染めの上着と生成り色の下履き。足元は茶色の皮のサンダルと、至って軽装だ。
いかにも、その辺で買い物してきましたと言わんばかりの大きな麻袋を左手に抱えている。
スイは、すっとみずからの外套のフードをおろして顔を露にして、目の前の青年に向き合った。
「失礼。細工師のコーラルさんでいらっしゃる?」
「そうだけど。なに、やっぱりお客さんなの。
……いーよいーよ、挨拶とか。とりあえず入んなって。あ、坊主。開いてるからドア、押して」
「え? あ、はい」
いきなり坊主呼ばわりされたキリクは、目を白黒させながら踵を返し、緑色の扉をそうっと押した。
カチャリ。
………確かに。
「不用心だね、この街には泥棒がいないの?」
「んん? いるには、いるだろうけど。家に入った泥棒はいないよ。でも美人は大歓迎。さ、どーぞ」
青年は、左手に麻袋を抱えたまま右手でスイの肩をちゃっかり抱いている。なるほど、手が早そうだ。
黒髪の魔術師は、とくに気にした様子もなくされるがまま、にこにこしている。
キリクはどこか納得しかねる、という表情で言われるがまま、師匠と家主のために扉を大きく押し開いた。
* * *
「ふうん。エメラルドの原石」
「えぇ。核を傷つけることなく研磨して、宝飾品として細工を施してほしいの。報酬は、言い値で支払う」
「おねーさん、景気いいねぇ。好きだよ、そういうの。で、どれ? 見せてよ」
師弟が案内されたのは、応接間と仕事部屋を兼ねたような続き部屋だった。奥には作業台と思わしき大きな机が窓際を陣取り、幾つかの道具箱が並んでいる。
壁の大半は整理棚と本棚で埋め尽くされていた。本棚は、書籍よりも何かの書き付けのような紙の束が、大きさ毎に分類されている。
今は請け負っている仕事はないそうで、本人の見た目に反して部屋はきれいに片付いていた。……意外に、几帳面なのかもしれない。
スイは、椅子に置かずに肩から掛けたままにしていた鞄から濃緑色の巾着を取り出すと、両手でそっとテーブルの上に置いた。
そのまま、袋の口を縛っていた紐を解くと――ふわっと翠色の燐光が小さくたちのぼる。石は、緑柱石の名が示す通り、澄んだ緑の瑠璃光沢を放つ結晶が柱状となったもの。大きさは女性であるスイの両手で包み込める程度だ。
「精霊付きか……!」
それまで、のんびりと構えていた青年の目の色が変わった。身を乗りだし、食い入るように巾着の中身を眺めている。
実際、青い目は淡い燐光を映して仄かな碧にも見えた。
(ゆらめく、海の色みたい)
スイは深い紫の瞳を細め、にこりと微笑いかけた。
「貴方の目には、視えてるでしょう? この子の、とり得る姿が。さぁ、どう研磨する?」
特級細工師の顔になった青年は暫し茫然と固まったあと――やがて、端正な口許をにやりと歪めた。
「任せろ。三日で仕上げる。……台座は銀だな。持ち合わせはあるか? なければこっちで用意する」
無駄のない、きびきびとした口調。鋭い眼光。愉しげに笑む唇。
なるほど、師匠は宣言通り当たりを引いたなと、少年はすとん、と納得した。