5 当たりか、外れか
「で、本当に大丈夫ですか? その手癖のわるいって評判の細工師。いやですよ、問題のある“当たり”なんて」
言外に『それって、ある意味“外れ”ですよね?』と匂わせつつ話し掛ける少年に、スイは全く動じない。「大丈夫、大丈夫」と軽く流して、手元の地図に視線を落としている。勿論歩みは止めない。
師弟は宿をとる前に、件の細工師に渡りを付けることにした。宿は、工房に近い方が何かと便利だからだ。
ギルドからは仲介料と引き換えに地図と紹介状を受け取っている。あとは、見つけて依頼するだけ――なのだが。
「お師匠さま、この辺って」
「うん。宝石を扱う割りには、なかなか勇気あるところにお住まいだね」
閑静なギルド区画から外れて歩くこと十五分強。街の様相は少し、趣を変えつつある。
まず、路が細くなった。小路がごちゃごちゃと入り組んでいる。職工の街のなかでも下町に部類されるのか、こじんまりとした慎ましい家屋が軒を連ねている。
狭い小路を進む師弟の傍らを、五~七歳くらいの子ども達が数名、きゃあきゃあと賑やかに駆けていった。「遠くまで行くんじゃないよぉー!」と、母親らしき女性の声が力強く辺り一面の壁に反響し、水色の空に抜ける。対する子どもらの愛らしい返事は、既に遥か彼方だ。
馬車は通れそうにない。単頭の小型トカゲ車なら、或いは可能だろうが……それも、あまりないだろう。雑多ではあるが、なんとも長閑な風情だ。すれ違う住人達はこざっぱりとした気取らない服装の者が多く、表情も明るい。
当初、心配した貧民街などではなさそうだ……と、少年はようやく安堵の息を吐いた。
師である女性は弟子の気配を敏感に察知し、くすりと笑う。
「たぶんね、大きな商工会の主とかが苦手なひとだよ。間違いない」
「はぁ、なるほど……でも、変わり者なのも間違いなさそうですよ」
「ふふっ。いいんだよ。人柄と腕さえ確かなら、………あ、見えた。あれだ」
「……」
一体、この女性は何を以て“人柄がよい”と成さしめるのか―――甚だ疑問に思えてきたキリクの眼前に、一軒の家が見えた。
普通の家だ。
入り組んだ、迷路のような小路を抜けた先には、泉を元にした共同の水場がある。そこだけは、四角く切り出された石を積んで区切られ、四方に建てられた柱が木の屋根を支えており、すぐにここが住人達の憩いの場なのだと見てとれた。
家は、その広場に面して建っている。
白い漆喰の壁。簡素だが周囲には石で塀が組まれている。門はなく、入り口は鮮やかな緑の染料で塗られた一枚開きの木の扉。屋根は少し、日に褪せた鶯色。扉横の表札には“コーラル細工師個人工房”と、細工師ギルドの石のプレートと同じ飾り文字で名が刻まれている。
「よかったね、キリク。いい雰囲気だよ」
「お師匠さま、家人を見てからそう言いましょう」
尚も、じとりと据わった空色の目で少年は師を見あげる。師である女性は「はいはい」と、楽しげに流して――コンコン、と備え付けられていたノッカーを鳴らした。
ほどなく。
「……ん? 誰、あんたら。お客さん?」
と。
予期せぬ方向――師弟の後ろから、軽い口調で低く艶めく、深い声が耳を打った。