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翠の子  作者: 汐の音
4章 枷と自由

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55 枷を解いた息子

「失礼」


 隙のない身ごなしで、騎士の一人が一台のトカゲ車に近づいた。御者席に座る青年は「どうぞ」と、柔らかな物腰で応える。


「……」


 じろり、と眺め見る。

 美形だ。

 が、女ではない。さほど高身長というわけではなさそうだが、体躯はきちんとした男性だ。

 髪も、良く見れば黒一色ではない。わずかな銀を帯びる珍しい色合いで――どう見ても短い。男装という線もなさそうだと、騎士はきつめの双眸から疑いの光をスゥッ……と弱めた。

 その視線を向かって右、小山のような包みが溢れんばかりの荷台へと流す。


「ずいぶん大量だな。荷を改めても?」

「もちろんです。どうぞ」


 青年の同意を取り付けた騎士は、木材や絨毯らしい包みが乗せられた荷台側へと足を運ぶ。

 ざっ、と長靴(ブーツ)の踵を滑らせ、眼光鋭く裏側を覗き込むと―――


 「!」


 息を呑み、固まった。


 女性だ。

 黒紫の瞳。透けるように白い、きめ細やかな象牙の肌。目尻に長い睫毛の影。優美な眉、薄くひらいた唇。品よく通った鼻梁。

 御者席の青年もどこか中性的な美形といえたが、これは。


 まじまじと眺め入り、ぽかん、と素の表情を晒す妙齢の騎士は、次いでその人物の声に耳をくすぐられた。


「すまない、騎士どの。驚かせてしまった。お務めご苦労さま。当方に何か不備でも?」


 歌うように甘い、けれど落ち着いた声音。

 貴婦人然とした外見に反し、その口調に甘さは一片(いっぺん)もなかったが、紛うかたなき美女だ。


「えっ。あぁ……いえ。こちらこそ不躾でした。大変失礼を」


 騎士は頬を赤らめつつ早口で謝罪し、つい、そのほっそりとした中にも魅力的な肢体の(ライン)を服越しに確認してしまう。

 ――総じて眼福だった。やはり美女であると、きっぱり認識する。


「長く(とど)めて申し訳ない。……おい、君! ()()()()()()!」

「あ、はい。では、失礼します」


 パシン、と軽く手綱を鳴らしてトカゲを歩ませた荷車は、ほどなく都の大通りを南へと遠ざかって行った。


「……やばい。女神だった……」


 口許を押さえ、ぼそり、と真顔で呟く騎士の視線の先。


 トカゲ車の荷台からは、うつくしい()()()()()光そのもののように風を受け、(ひるがえ)っていた。




   *   *   *




 いっぽう、その頃。(くだん)の第二王子の存在を明るみしたとされる女王の城では――



 ガシャン!



 ――いささか不穏な空気が流れていた。


 執務室の横に設けられた、こじんまりとした一室。

 白いテーブルクロスを掛けた丸テーブルに一対の男女が座り、午前の休憩(ティータイム)をとろうとしていたまさにその時。

 色を変えて駆け込んだ侍従が、予期せぬ一報を二人にもたらしたためだ。



「何……ですって。議会が、勝手に?」


 叩きつけるように受け皿に戻された茶器は欠けはしなかったものの、きちんと窪みに嵌まっていない。紅茶が点々と飛び散ってしまっている。

 『苛烈なるケネフェル女王』と名高い女傑、アイリーネは、茶器の取っ手を握る指を血の気が失せるほど白くし、わなわなと震えていた。顔色は赤とも青ともとれる。判別できない。


 みひらいた碧眼。結い上げられた暗い赤毛。自他ともに認める平凡な容姿ではあったが、瞳の色だけはすばらしく……今は、燃えるような光を灯している。濃厚な怒りのためだと、すぐに知れた。

 侍従は恐れつつも、懸命に言葉を紡ぐ。


「はい。すでに城下および副都にて、第二王子殿下の存在は明るみとなっております」

「なんて、こと」


 虚脱した女王が力なく呟く。

 すると、テーブルを囲んでいた壮年の男性が、ふと口をひらいた。


「待ちなさい。それは、あくまで『捜索』の(てい)で発布されたんだね?」

「はい。見つけ次第、城へお連れするようにと」

「ふむ……」


 女王の夫でもある大公カディンは、しばし物思いに耽った。が、改めて妻である女王に声をかける。


「まだ、奴らの手にセディオを掌握されたわけではない。悲観は早いよ陛下」

「……そうね、あなた。ごめんなさい。取り乱しました」


 額に手を当ててうなだれる妻に、男性はにこりと微笑みかけた。


「大丈夫。そんなときのために私がいる。――……君?」

「! は、はいっ」


 カタン、と席を立ったカディンは窓際のチェストまで赴くと、引き出しから厚手の紙と封筒を取り出した。それに、赤茶色の封蝋(ふうろう)

 備え付けのペンで立ったまま、カリカリ……と何事かしたためると、ふっと息を吹き掛けて黒いインクを乾かす。封筒に入れ、燭台で溶かした蝋を垂らす。左手の指輪を抜き取り、印となす。

 ――実に、流れるような仕草だった。


「これを。旧式魔術師ギルドへ」

「……はっ。畏まりました」


 一転、表情を引き締めた侍従が手渡された封書を恭しく両手で捧げ持つ。「直ちに。行って参ります」と告げ、速やかに去っていった。


 パタン、と閉扉の音のあと。

 カディンはそっと妻の肩に手を置いた。


「スイどのの力を借りられないか、都市の長に伺ってみよう。心苦しくはあるが」

「えぇ。ですが……私たちの掛けた《枷の(しゅ)》が消えたとき、すぐに動くべきでした。せめて、あの子だけでもこんな(しがらみ)からは離れて、自由でいて欲しかったのに」

「うん。でも……案外大丈夫かもしれないよ?」

「?」


 くりっとした焦げ茶の瞳。若い頃から甘い容貌の美男子と名高かった大公カディンは、ぱちん! と器用に片目を瞑ってみせた。


「何しろ、まだあんなに小さかったセディオ(あいつ)を、()()コーラル爺さんに断腸の思いで託したんだ。多分、恐ろしく向こう見ずで喧嘩っぱやくて……でも、とんでもなく芯の通った、優しい男に育ってる気がする。

 ――そう思わないか? よしんば、議会の奴らに先に取り込まれたとしても、そうそう懐柔できるとは思わないね、私は」

「まぁっ! あなたってば!」


 さも「不謹慎だわ!」と、叱りつけそうな表情(かお)を一瞬だけして見せた女王アイリーネは――――次の瞬間、つられたように、困ったように目許の光を和らげた。

 唇は、微苦笑。


「そうね。……私たちの子であると同時に、コーラル先生の養い子ですもの。今は、それに賭けましょう」


 その瞳は、セディオと同じ青。

 知らず、息子がその気性を引き継いでいるとは思いもせず。


 女王は、不敵に微笑んだ。


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