4 無自覚な魔術師
何であれ、ものを作り出す者は二つに分けられる、と師である女性は考えている。
即ち、生かす者か、殺す者か。
「お待たせいたしました。えぇと……スイ様?」
「はい?」
名を呼ばれた女性――スイは、白っぽい外套の裾を翻して受付台へ近づいた。飴色の髪の受付嬢は、記入された用紙を指さしながら、一点ずつ確認していく。
「スイ様は、学術都市の精霊魔術師……と。お支払いは、先に仲介料。達成後に報酬をいただく形ですね。
この度は、緑柱石の原石を宝飾品に加工したい、と……お持ち込みの石は、当ギルドでも見せていただけます?」
「いいえ、こちらの判断で細工師を選べるから大丈夫。見本を見せてもらえる?」
スイは、街に入ったときのように襟元を緩めると、胸元から銀の鎖に繋がれたクリスタルのプレートを取り出して見せた。ただし外さない。
受付嬢は、カウンター越しに食い入るようにその紋様に見入っている。「……わかりました」と、プレートから視線を外さずに答えた。
彼女は、徐にカウンターの下から四角い盆のような形状の黒い箱を取り出すと、カタン、と上に置いた。箱の底には同色の天鵞絨が張ってあり、並べられた宝石達はきらきらと室内の光を反射させている。
指輪が六個、チョーカーが二個、首飾りが一個、それに手環が三個。どれも見事だ。
思わず、息を潜めて横から覗いた少年を一瞥し、受付嬢は説明を始めた。
「こちらが、当ギルドに登録している特級細工師たちの手による品です。……おすすめは、この首飾りの細工師ですけど」
飴色の髪の受付嬢が、ふと視線を落としたのは豪奢な二連の首飾り。内側に二つ、外側に三つの紅玉を配した金細工のそれに、しかし黒髪の魔術師は首を横に振った。
「いいえ。それの作り手があの棚の作者と同じ人物なのはわかるけど、私が探してるのは、そういうひとじゃない」
「! よく、お分かりになりましたね」
「試したの? 貴女も、人の良くないひとだね。まぁいいけど」
ふふっと微笑う魔術師に、受付嬢がなぜか頬を赤らめる。「も、申し訳ありません…」と、蚊の鳴くような声で謝罪した。
「構わないよ」と、軽く流したスイは、視線を箱の中に滑らせる。やがて――ぴたり、と定まった。迷いなく口を開く。
「これがいい。これを作った細工師は?」
受付嬢はそれを聞き、ぱっと件の指輪と手元の目録を照合させた。
――が、その細い眉がみるみるうちに下がり、ひそめられてゆく。忽ち『えぇ……この人? この人を選んじゃうの??』と言わんばかりの、微妙な空気が漂った。
「……紹介、して差し上げても構わないんですが、その……少々手癖のわるい人物でして」
「なぜ? 窃盗癖でもあるの?」
「いえ。そっちではなく……あのぅ……女癖が良くないと言いますか」
「そのもの、どんぴしゃりね」
身も蓋もない言いように、魔術師は再び笑った。「いいよ、べつに」と付け加える。
受付嬢は、信じられないものを見るように、眼前の黒髪の女性を見つめた。
「か……畏まりました。ですが、何かあっても当ギルドでは保証できかねます。宜しいですね?」
黒髪の女性――スイは、不安げな受付嬢の視線をものともせず、もう我慢できないと伝えんばかりにぷるぷると震え、体を二つに折ると「ふっ…あははははっ!」と軽快に笑い出した。
その様に、ぎょっとするキリク。
「お、お師匠さま、失礼ですよ……っていうか、本当に大丈夫なんですか? そんな曰く付きの細工師…!」
見かねてつい、口を挟んだ。
しかし、師であるスイは目尻の涙を拭いつつ、弟子の横槍にも動じない。にこにこと、実に楽しそうに答える。
「ふふ。……あぁ、可笑しい。構わないってば。私を何歳だと思ってるの? こんな、おばちゃん。ふっ……ふふふっ! ないない。あり得ない」
なおも、笑いの発作に見舞われている黒髪の魔術師に。
((年齢の問題じゃないんだってば…気づいて! 自分の見た目!))
―――受付嬢と、少年の心の声は完全に合致した。