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翠の子  作者: 汐の音
4章 枷と自由

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41 細工師の告白

 古い、大地との盟約の地。

 鉱脈豊かなる無尽蔵の地下資源。

 それらを必要なだけ採り、余すことなく活かし、造り変える手を持つ民びとが暮らす職工の国―――山岳のケネフェル。


 初代国王は有史以前、この地に生まれたごく普通の少年だったという。精霊にとても好かれたというかれは、ある日《始まりの精霊》のひとり地の司(アーシィ)に招かれ、安寧の都を訪れた。

 砂金の流砂、ラピスラズリの洞窟、目に鮮やかな色とりどりの水晶(クォーツ)の水辺―――少年は目を輝かせた。


『すごいね、アーシィ。ぼくの村もこんな風に、きれいだといいのに』


 人の子に合わせ、うつくしい女性の姿となっていた地の司は微笑んだ。


(いと)()。そなたなら可能でしょうね』


 きょとん、と少年は首を傾げる。

 緑の黒髪、夜の色の瞳。きめ細やかな肌は繊細な象牙色(アイボリー)

 地の司は、かれを一目みて気に入った。精霊のごとき造形と人の子の儚さが夢のようにうつくしく、かれの魂をいっそう輝かせていたから。


『ええと……それは、どういう?』


 こてん、と問いかけるさまが愛らしく、可笑しくてならないとばかりに美女は笑った。洞窟の壁の内なる光がつどい、気ままに弾けてきらきらと空気を震わせるような、一瞬の幻影が辺りに降りこめる。


 美女は、顔にかかった紫の光沢を放つ硬質な髪をしゃら……と、背に払った。


 ―――見た目より剛毅な女性(ひと)なのかもしれない、と少年は思った。仕草が時おり男性的で、それがまた、とても似合っている。


 少年が暮らす村の、はるか北の山並み。

 峻麗なる白い山肌は遠目にはうつくしく、近づくととても切り立って険しいのだと、旅人の誰かが教えてくれた。それを、ぼうっと思い出す。


『精霊は、魂の輝きに惹かれるようにできている。そなたの周りは元素(エレメント)が濃い。しぜん、地脈も豊かとなるでしょうが……そうね、人の子の生涯は短い。ならばこれを』


 美女はくるり、と手を閃かせるとそれはそれは見事な紫水晶(アメシスト)を宙から取り出してみせた。


『わっ……え! 何ですか、いまの。それは……?』


『あげる』


『??? えっ……?』


『それは、わたしのお気に入り。古い古い、始まりのころに生まれた紫水晶(アメシスト)。そなたの村に持ち帰り、然るべき姿にしてやるといい。完璧な研磨、完璧な細工であればあるほど、恩恵は大きい―――それが、そなたの暮らす地に豊かさをもらたす鍵となる。励みなさい、人の子。()()()()()()()()()()()()()



 ……遠い、遠い昔のケネフェル。

 その始まりの物語は、失われて久しい。




   *   *   *




 しん……と静まりかえった紺碧の星の(そら)のような洞窟。そのさなか、みずから炎の輝きをあかあかと宿し、辺りを照らして人型のサラマンディアが座している。


 かれの金色の視線はまっすぐに細工師の青年へと向けられている。咎める色はないが―――


 (なるほどな。『一切の嘘も許さん。誠実であれ』は、()()()に来るのか)


 ふぅ……とどこか諦めるように吐息し、セディオはすばやく頭の中で情報を組み立てた。

 なにぶん、中央から退いて久しい。炎の司が求めるような答えを返せるかはどうかわからない。が、なるべく『誠実』であろうと瞬時に腹を決める。


 唇を引き結び、(おもて)をあげた青年はひた、と青い目をサラマンディアに向けた。


「――確かに、俺はケネフェル現女王の第二子にあたる。サラマンディア、あなたの言うとおり俺は幼いころ放逐された。宮廷に王子が二人いると争いの元になるから、と」


 ここで一旦ことばを区切り、一同を見渡す。

 みな、真摯に耳を傾けている。

 炎の司に至っては「続けて」と腕を組み、居丈高に催促してきた。


 (こいつ、知ってて敢えて、俺に話させてんじゃねぇだろうな……?)


 ちらりと浮かんだ考えは、すぐに見なかったことにした。どちらにせよ、今ここで明かすことを求められているのだ。

 セディオはさらに諦観のため息を(こぼ)し、素直にそれに応じる。


「王家は盟約を守りたいんだ。()()()()()()()()()()と、かなり小っちぇえときに聞いたけど。精霊を蔑ろにすることは(すなわ)ち、地脈を細らせることだと認識してる。

 けど……三十年前あたりから、か? 台頭してきた新式魔術師ギルドの干渉がきついらしい。元から一大勢力だった職工の大ギルドまで呑み込んで、ありゃもう別の王国だね。早晩、ケネフェル(あそこ)は乗っ取られると思う。

 俺は……もし、兄が害されるような時が来たら代わりになるよう、それまで隠されることになったんだ。あのまま宮廷にいても奴らの勢力に担ぎ上げられて、世継ぎ争いにかこつけた争乱の種になるからと」


 サラマンディアは、しずかに口を挟んだ。


「それで、あの《職工の街》に?」


 (やっぱりこいつ、わかってんじゃねぇか……)と、思いつつ瞑目し、こくりと頷くセディオ。


「女王の教師も勤めてた特級細工師のコーラル爺がさ、身分を伏せて引退しようかってぇとき俺も託されたんだよ。ついでに、ただ一緒に暮らすんじゃ味気ねぇって、弟子としてたっぷり仕込まれた。細工師として暮らすなら、あの街が最適だったんだ。

 ……俺が知り得る情報はこれっくらいかな。申し訳ないけど、あとは本当に放置の極みだった。『他人と深く関わること』『出自を漏らすこと』。この二点の禁止だけ、徹底して誓わされたけど。

 学術都市(ここ)に来たらそういう“監視の目”も消えたよ。感覚でわかる。……たぶん、何かの魔術だったんだろうな」


 目を伏せたまま、しずかに黒髪の美女が頷いた。正解だったらしい。



 ――――なるほど、だからあの表札は『コーラル細工師個人工房』だったのか、と。

 そっと、誰かが思いを馳せた。


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