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翠の子  作者: 汐の音
3章 人の子の禍福

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31/88

30 スイの懇願、セディオの宣誓

「きゃー!」


 何やら楽しげな声が聞こえた。

 大人二人は「?」と顔を見合わせ、二階の廊下の窓辺に立ち、声の主を探す。

 弟子二人はすぐに見つかったが、手は洗っていなかった。


「あいつら、子どもか……? いや、子どもだな」

「そうだねぇ。エメルダが居てくれてよかったよ。キリクはしっかり者過ぎて、たまに自分を大人みたいに扱う()()があるから」

「あー。それは、何となくわかるわ」


 見下ろす眼下の庭。

 菜園の側にある小さな泉で、キリクとエメルダが水遊びをしている。木陰になっているので少し見づらいが、概ね遊んでいる――正確には、キリクがエメルダに遊ばれているという見立てで良さそうだ。


「お。反撃した」

「ん? ……あぁ、本当だ。ふふ、さすがキリク。容赦ないなぁ」


 水を引っ掛けられるのに辟易したのか、「えいっ!」と気合いの声とともに大量の水がエメルダめがけて飛んでいった。桶でも使ったか。

 対する少女は難なく左手を前にかざすと、透明の膜が張ったように水を退ける。

 「ずるい……っ!」と、少年は悲嘆の声を上げていた。



 とんとん、と肩を叩く手にセディオは、はっとする。そういえば、寝床に案内してもらうところだった。


(わり)ぃ。つい、面白くて」

「ううん、構わない。けど、荷物重いでしょう?すぐそこだよ。来て」

「了解、魔術師どの」


 寄り道を切り上げ、大人二人はそう長くもない廊下を進む。



「ここは?」


 辿り着いたのは廊下の端、突き当たり。

 カチャ、とスイが押し開けた。


「私の部屋」

「―――えっ?!」

「と言っても、寝るだけの部屋だから私物は置いてない……、ん? どうかした?」

「いや。どうかするだろう、それ」

「?? どうもしないよ? ……まぁいいや。入って、説明するから」

「よくわからんが、わかった」


 キィ……パタン、と扉が閉まる。薄暗い。

 正面の窓まで歩みを進めたスイが、シャッとカーテンを開けた。 


 目が光に慣れると――――確かに、右側の壁に寝台。中央にテーブルと椅子が二脚。たいそう何もない部屋だった。

 カーテンの色は薄い緑色。寝台の枕元に緑とカラシ色のクッションが重ねて置いてある。それが、辛うじてこの部屋のアクセントになっている。絨毯はない。


 ただ、本来はもっと広い部屋のようだ。

 左側の大きな衝立を四枚連ねたような間仕切り(パーテーション)の向こう側をひょい、と何げなく覗き、……セディオは驚愕に目をみひらいた。


「スイ、これ…」

「あ、気がついた?」


 窓際の留め具に引っ掛けてあったタッセルで、カーテンを結わえていたスイが振り向いた。


「ご覧のとおり、私はそちら側は使ったことがない。でも、貴方なら使えるでしょう。セディオ?」


 ――そこは、まだカーテンが閉まっているので薄暗がりに沈んでいる。しかしセディオには、何のための場所かすぐにわかった。

 壁一面の棚、硝子の扉つきの本棚、窓際に面して壁にぴたりと付けられた大きな作業机。

 机の上の一角には白い布が掛けられているが、中身は見慣れた道具類とそう変わらないはず。机の脇には研磨のための回転盤や切断用の台もあった。


 ギッ……と、踏み出した床が微かに軋む。どさ、と持っていた荷物を無造作に降ろした。目は、まさに工房と呼ぶにふさわしい左半分の部屋に釘付けだ。


「ここは、ひょっとして……初代の長の持ち主(マスター)だったっていう細工師の部屋、か?」


 いつの間にか、傍らにスイが立っている。

 黒紫の眼差しをセディオと同じく工房の作業台へと向けたまま、こくりと頷いた。

 どこか、ここではない違う時間(とき)の場所を見つめるような表情で。


「そう。貴方にはここを使ってほしい。私は……そうだな、当面は通いで来ようか。ウォーラのとこにでも泊めてもらう」

「?! いや待て。なんでそうなるっ?」


 がばっ! と体ごとスイに向けて全力で問い質すセディオ。ついでに上半身をやや傾け、間近に彼女の顔を覗き込み――――衝撃を受けた。


 珍しい。()()()()()()()()()


「つまり、俺と同じ部屋では、寝たくない?」

「…………う~ん……」

「そこは長考なのかよ??! くそっ、何だよもう。傷つくなぁ!」


 はた、とスイが口許に当てていた指を離して顔を上げた。


「そう、それなんだよ」

「え?」

「さっき、私の年齢を復唱したろう? で、思ったより……その、“傷ついた”んだ。びっくりしたよ。誰も私をそんな風にできるわけがないと、たかを(くく)ってた。これ以上距離を詰められるのが怖いんだ。できれば逃げさせてほしい」

「――……」


 なんとも言えない表情で、固まったように見つめあい、動かない大人二人。

 どちらかといえば、今度はセディオが長考する番だったが―――ぼそり、と口をついて出たのは深く考えるより前の、この上ない本心だった。


「……俺は、進んであんたに触れることはあっても傷つけたりなんかしない。絶対だ」


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