27 気難しい水オパール
部屋の空気が、しん……と冷えた。透明な白と仄かな虹をまとう青年は、にこりと笑う。ちっとも温かくない表情だ。
「気に食わないね―――人間風情が」
「ウォーラ、だめ。やめなさい」
「やめないよ、スイ。貴女は優しすぎる。第一…セディオ、といった? 君は、すべてを打ち明けずにスイの優しさに甘えてここまで来た。約定に添うかどうか、微妙だな」
「…ウォーターオパール。言いすぎ――」
「――いやいい、スイ。確かにこいつ、長として間違ったことは言っちゃいない。…おい、お前ら離れてな。つれぇだろ? ここに居ると」
セディオはちらりと左側に視線を移し、青ざめた顔の少年と少女を窺った。
キリクは気丈にも表情を変えず踏みとどまっているが、エメルダはすでに涙目だ。カタカタ……と抑えようがないほど小刻みに震えている。ちいさな手は少年の服の裾を、ぎゅっと握りしめていた。
はぁ……と、軽く息をついたセディオは移動する。子ども達の前に―――かれらを、白い精霊のとばっちりから隠すように。悠々と立ち、負けじと見返す。
水を打ったように、広い、ひろい部屋は静まり返った。
――――が。
ぱちんっ!
突然、頬を打つ音がした。
当事者以外の三名はぎょっと目を丸くする。
(ええぇぇぇ……? お、お師匠さまっ?!!)
視界の端に一瞬とらえた師の表情と続く音に、大体の状況は把握できたが、キリクの内心の叫びはもちろん誰にも届かない。
真の不遜は人の子の細工師ではなく、魔術師ではないか――? そんな考えも頭によぎる。
魔術師の女性は、両方から強か打った白い青年の頬を挟んだまま、ひたとその目を見据えた。
色味をつよくした紫の双眸に甘やかなものは一切なく、ただ、ふつふつと煮えるような怒りが感じられる。
室内に淡々と、スイの抑えた声音が響いた。
「ウォーラ、良くない言い方をしたね。セディオに謝って」
「スイ。しかし」
「私の可愛い弟子達まで怖がらせた。かれらにも誠意を」
「……ス」
「いいから謝りなさい。でないと金輪際、もう一生涯口をきいてあげない」
(!! 子 ど も か よ ……!)
小豆色の髪の青年は激しく心中で突っ込んだが―――やはり、声にならない。ならなくて幸いだった。これ以上ややこしくなるのは御免だ。
後ろを振り向くと、エメルダが口を開けたまま固まっていた。微動だにしない。
セディオは少女がちょっと気の毒になり、ぽふぽふと翠色の頭を撫でた。
……反応がない。重症だなと苦笑する。
一方、なおも不機嫌そうに、白い雲間に虹の雫を閉じ込めたような瞳を細める青年に――スイは呆れたように目を伏せ、深長盛大なため息をついて見せた。
両頬から手を離し、みずからの腰にあてる。
すぅ…と息を吸い込み、再び瞼をひらく。
その瞳は、元の黒紫に戻っていた。
「いい? ……最後通告だよ。
貴方にそこまで言われる筋合いはない。私はみずからの判断でかれを、ここまで連れてきた。細部は訊くまでもない。充分、不遇に思えたからだ。
あと……ひょっとして見てたの? 森でのこと。相変わらずいい趣味だね。―――どう、まだ言ってほしい?」
すらすらとまくし立てる魔術師に、白い精霊は比喩ではなく腰を引かせた。軽く両手を挙げ、何か苦いものでも含まされたように目を閉じ、若干、天を仰いで後ずさっている。
「いや、もう結構……。すまない、わかった謝る。頼むからその……口を閉じてくれないか。三箇所ある《門》から《学術都市》までのありとあらゆることを認知してしまうのは、もうしょうがないんだ……
だが、何ごとにも認めたくないものはある。……察してくれ」
眉間に皺を寄せ、ひどく辛そうな精霊の青年に、スイは「っふ……あはははは…っ!」と、実に楽しそうに笑いだした。
「ふふっ、ごめんね?」と、ちいさな虹をいくつも浮かべる滝のような水オパールそのものの髪を、気安く撫でてやる。まるで、大型の猫を宥めるように。
呆気にとられ、一部始終を眺めるしかできなかった人の子二人と幼い精霊に、渋々ではあるものの―――さらりと長い不思議な髪を揺らして長が謝罪の言葉を述べたのは、そのすぐあとのことだった。




