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翠の子  作者: 汐の音
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はじまる鼓動

 エメルダは、きらきらと輝く翠色の夜空を見つめた。――きれい。


 空が、世界の上を覆うものだと漠然と知っている。地が、足元に踏みしめているものだということも。


 けれど、エメルダは動けない。命を吹き込まれていないから。


 (命がないのに、なぜわたし、ここに居るのかしら……)


 他人事のように考える彼女は、まだそこから出られない。

 彼女はまだ、鉱山から切り出されていない。彼女を含む見事な緑柱石(エメラルド)の鉱脈は、発見と同時に堀り尽くされた。我先にと殺到した鉱夫達が、根こそぎ持っていってしまったのだ。


 ぽつん、と一筋(ひとすじ)取り残されたエメルダは、だから思案する。もの思う鉱石――彼女は、特別な緑柱石。精霊付きの宝石と呼ばれるものの、精霊そのものだ。



 そこに。


 カツンッ……カツンッ……ガツッ! と。無骨な岩肌にあてたノミに木槌を降り下ろし、驚くべき正確さで彼女を掘り当てた存在が現れた。


 (!)


 崩された岩の隙間からこぼれる光。照らされるランタンの灯火。暗い鉱道の最奥で、この世ならざる輝きを放つものに、発見した少年は喜びの声をあげた。


「すごい……! 見て、お師匠さま。ここだけ、ものすごく綺麗。これが原石?」


 ランタンに照らされて、少年の金茶の髪がふわりと浮かび上がる。

 幼い声に反応して、更にもう一つ、人影が近づいた。……じっと、彼女を覗き込む。そのまま瞬き一つせずに、「そうだね」と呟いた。


 女性だ。おそらくは三十代。落ち着いた物腰に深い知性を滲ませる、穏やかな声。

 瞳の色は、一見黒に見えたが光を弾いた瞬間、あざやかな紫に煌めいた。

 髪は黒。まろやかな額をすべて出し、中央から分けて左右の耳に掛けている。通った鼻梁、薄い唇は微笑みの形。見出だした翠色の宝石の、ほんとうの価値を知るものの表情(かお)だと、エメルダは直観した。


 (……このひと、好きかも)


 ごく軽い気持ちで、エメルダは彼女を持ち主と定めた。きん、と耳鳴りをともなう高い音を響かせたあと。ゴトッ……バララっと、突如として彼女の周りの岩肌が土塊(つちくれ)となって崩れ落ちる。


「えっえぇぇ?!」

「へぇ…凄い。本物だわ、この子」


 みずから造り出した、岩の台座に掲げられるように顕現した、一塊の緑柱石。原石といっても、その透明度は疑いなく一級品。ランタンの灯りだけではない。石そのものが放つ魔法の光に、暗かった鉱道は淡い翠に照らされた。


 蛍のような金を帯びた、翠色の光が浮かんではあがり、消えてゆく幻想的な景色――少年は口を、ぽかん、と開けて見入っている。

 その脇をすり抜け、師匠と呼ばれた女性はエメルダそのものである原石に近寄ると、両の手を左右にかざして問いかけた。


「どう? 翠の子。私たちと外に出てみる?」


 一拍のあと。

 ちかっ! と、一際つよい、明るい光が原石の内側で閃いた。それを是と汲んだ女性は、そうっと石に触れる。


「よかった。素直な子で……じゃ、(しばら)くの間ここに入って微睡(まどろ)んでてね、翠の子?」


 女性は、肩から斜め掛けにした丈夫そうな皮の鞄から、柔らかで厚みのあるダークグリーンの天鵞絨の巾着を取り出すと、エメルダをころん、と割りとぞんざいな仕草で入れた。


 もちろん、エメルダはそんなことでは怒らない。生まれて初めて使った魔法は勝手がわからず、たいそう疲れて―――彼女はそのまま、女性の提言通り、こてん、と微睡みに包まれた。



 とくん、とくんと。

 眠りの最中(さなか)にも息づく鼓動が、彼女のなかに芽生えた。


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