三階 ギントはダンジョンマスターになった!
「だけどこのステータス画面にある異名って……」
俺はステータス画面の「異名」の欄に書かれている文字を見て何とも言えない気持ちになった。忍者や死霊魔術師に転生者はまだいいけど、正義の刑事や理想に絶望した者というのはやめてほしい。……それにしても。
「この移動迷宮の支配者って何だ? ……っ!?」
全く身に覚えのない移動迷宮の支配者という異名について考えていると、またしても脳裏に情報が流れ込んできた。しかし今度のは前世の記憶でも今世の記憶でもない異名にある移動迷宮に関する知識だった。
移動迷宮。
それは長い年月をかけて集まって結晶と化した大地の魔力が植物に宿って生まれた、建物と動物の構造と機能を模した植物の魔物。
移動迷宮は周囲の魔力を吸収することで成長して永遠の時を生きるのだが、自分の確たる意識を持たず結晶化した魔力である「核」を抜き取られると容易く死んでしまう。それを防ぐ為に生まれたばかりの移動迷宮は、最初に自分の中に入り込んだ者に核の欠片を与える。
移動迷宮の核の欠片を与えられた者は強大な力と移動迷宮の支配権を得られるが、移動迷宮が侵入者に核を奪われて死んでしまうと自分も死んでしまう為、核の欠片を与えられた者は自分と移動迷宮の力を使って侵入者を撃退せざるをえなくなるのだ。
「なるほど。そういう事か。つまりここはゲームでいうダンジョンで、俺はこのダンジョンを支配するダンジョンマスターってことか」
俺は脳裏に流れ込んできた情報から自分の今の状況を理解する事ができた。
つまり今世の俺はオークの群れからはぐれたのか独り立ちしたのかは分からないが、一人で行動している時に偶然生まれたばかりのこの移動迷宮を発見して、内部に入ると核の欠片を与えられて移動迷宮の支配者になった。そしてその時、前世の獅子土謙人の記憶を思い出したというわけだ。
「……しかしダンジョンマスターになってこのダンジョンを守る、か」
ダンジョンを守るという言葉で思い浮かぶのは、ダンジョンの奥底で侵入者を待ち構えてそれと戦うことなのだが、俺にそんな真似ができるかと聞かれたら正直不安である。前世の記憶が戻ったと言っても前世の俺、獅子土謙人は忍者兼死霊魔術師で戦闘は専門外だ。一応戦闘の訓練は受けたことはあるが、それも基本は物陰からの奇襲で直接的な戦闘は苦手なのだ。
次に思いついたのはダンジョンのいたる所に罠を仕掛けて侵入者を撃退する方法。俺は何か使えるようなものはないかと周囲を見回したが何もなく、あるのは下の階に続く階段と壁に埋め込まれた光を放つ何かの結晶だった。
恐らくあの壁の結晶がこの移動迷宮の核で正真正銘、俺と移動迷宮の生命の源。あれは近いうちに何とか隠さないといけないなと考えながら、俺は階段を降りて下の階に降りた。
しかし下の階も上の階と同様に何もなく、あるのは外への出入り口だけであった。とりあえず外に出てさっきまでいた移動迷宮の外見を見てみると、移動迷宮は二階建ての建物と同じくらいの大きさの球体に八本の昆虫の脚のようなものがついている外見をしていた。
「これが移動迷宮か。それであの八本の脚で各地を移動するってわけか……。まあ、それはいいんだが……」
ダンジョンマスターになってダンジョンを守るって言っても、ダンジョンは罠も隠れる場所も何もないただの二階建ての建物。中を守るのはオークのダンジョンマスター一人だけで直接戦闘は苦手。
こんな手抜きのダンジョンなんて十分もあれば攻略されるだろう。
本当に参ったな。前世では生まれ変わったら次こそ好きに生きてやろうと思っていたのに、これでは自由な生活を楽しむ前に殺されてしまう。
誰かに殺されるなんて結末なんて前世だけで充分だ。早く何とか対策を考えないとな。