十九階 兵士達は先に進むことにした!
移動迷宮の中は天井に発光をする苔のようなものが生えていたが、それだけでは薄暗かったので兵士達の隊長は部下の兵士二人に松明を灯らせてから周囲を見回した。
「これが移動迷宮の中か……。中々に広いが魔物は一匹もいないな」
兵士達が入った区画には魔物は一匹もおらず、通路を通って次の区画へと移動する。
ここにはいなくても奥にはこの移動迷宮を守る魔物が自分達を待ち構えているかもしれない。そう思って兵士達はいつでも戦えるように警戒しながら進むのだが、次の区画にも魔物は一匹もおらず兵士達はやや拍子抜けした表情となる。
「何だか……静かですね? 本当にこれが移動迷宮なのでしょうか?」
移動迷宮の中には魔物の影も形もなく、自分達以外の物音も聞こえてこず、その様子に兵士の一人が呟く。今呟いた兵士が想像する移動迷宮とは、中に多くの魔物達が生息して一番奥にいる支配者と移動迷宮の核を守る為に侵入者を見つけたらすぐさま襲いかかってくるといったもので、そのイメージはここにいる兵士達全員も同じであった。
「……もしかしたらこの移動迷宮、支配者がいないかもしれないな」
兵士の呟きを聞いた隊長が自分の知る移動迷宮の知識を口にする。
「移動迷宮が成長する方法は長い年月をかけて周囲の土地の魔力を吸収することと、住人……つまりは移動迷宮を守る魔物の数を増やすことだ。これだけの大きさだ。この移動迷宮が生まれたばかりということはないだろうが、住人を増やして成長したにしては静かすぎるし魔物が一匹もいないのは不自然だ」
「それは、つまり……この移動迷宮は今まで偶然にも誰にも発見されずに成長して、つい先日ここにやって来たということでしょうか?」
部下の兵士の言葉に隊長は頷く。
「可能性としてはありうる。移動迷宮は一定の場所に留まらず、ある程度魔力を吸収すると新たな土地の魔力を求めて移動するそうだからな」
「しかし移動迷宮は最初に入った者を自分の支配者にするのでは?」
別の兵士の言葉に隊長は今度は首を横に振って答える。
「いいや、正確には移動迷宮が自分の支配者とするのは、最初に足を踏み入れて自分の核に接触した者だ」
「ということは、この先にある核を見つけたら俺達がこの移動迷宮の支配者になれるかもってことですよね?」
『『………!?』』
隊長の説明を聞いてこの中で一番歳若い兵士が言うと、その言葉に他の兵士達がざわめく。
「お前達! まだ核を見つけてもいないのに余計なことを考えるな! 気を抜かずに先を調べるぞ!」
『『は、はい!』』
隊長は歳若い兵士の言葉にざわめく兵士達を一喝すると奥の調査を再開した。しかし先程の歳若い兵士の言葉に心を揺らされたのは隊長も同様であった。
もしこの移動迷宮が本当に魔物どころか支配者もいない無人の移動迷宮であれば、このまま労することなく移動迷宮の核を手に入れることができるかもしれない。移動迷宮の核をそのまま手に入れるにしても、自分達が移動迷宮の支配者になったとしても、その時に得られる褒賞金は計り知れないだろう。
そこまで考えて隊長を含めたトリアル王国の兵士達は欲を抱いた。……抱いてしまった。
本来であれば兵士達はこの時点で調査を切り上げて本隊に合流するべきだった。そしてこの移動迷宮の事を報告して、騎士団本隊で確実に移動迷宮を攻略するべきだったのだ。
しかしこの時の兵士達は、もしかしたら楽に移動迷宮の核を見つかるかもという夢に取りつかれて欲に目がくらみ、自分達だけで先に進むことを選んでしまった。この時の彼の頭には「魔物が隠れているかもしれない」とか「魔物が一ヶ所に集まって自分達を待ち構えているかもしれない」といった考えが完全に抜け落ちていた。