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ゼロの支配者  作者: 雲黒斎草菜
九州編
96/109

宮崎はジャングルの中

  

  

 2318年、8月9日。午前9時30分――。 


 巨大ミミズが川の真ん中で始めた取っ組み合いのおかげで、ひっくり返った機内を元に戻すのに夜中までかかり、今朝はちょっち寝不足だ。その寝足りない脳ミソにかしましい声がキンキンと突き刺さる。


「麻衣ぃぃー。スラッグ弾は何発持ってく?」とは麻由の大声で、

「あー。スニッチカメラ忘れてたよーっ」

 付け足す声はさらにレベルアップする。


 俺はテントのファスナーを勢いよく下ろして首を出した。

「何だよ~。今日は特別休暇だろ? もう少し寝かせてくれよー」

「ホロ―ポイントも詰め込んどきやー」

 とは麻衣の声。見ると食堂のテーブルの上でショットガンをバラして点検中で、せわしなく麻由が後部格納庫とを行き来していた。


「あなたはいかないの?」

 横から声を掛けてきたのは柏木さん。今日も朝から元気な美人さんはなぜかミリタリーぽいシャツに着替えていた。

「せっかくの休日なのにどっか行くんですか?」

 そう。昨日の川渡りでかなりの電力を消耗したらしく、元の充電量に復帰するには丸一日掛かるとランちゃんが報告したため、今日は休日となった。


「私たちはね。ガウさんとハイキングなの」

「ハイキング?」

 廃墟と化した九州を埋め尽くす勢いで広がるケミカルガーデン。その深部にぽっかりと穴が空いたように残ったジャングル地帯。わざわざ歩いて山登りでもないだろうに。

「修一の考えてるハイキングとはだいぶちゃうで」

 ショットガンを白い布切れで磨きつつ麻衣が歩み寄る。

「手に持ったその物騒な物を見れば分かるけどさ。どこ行くの?」

「食料の確保に行くんでござる」

 ぬんと現れたガウロパの巨体がテントの上から影を差した。ヤツの太い腕の筋肉が盛りっと動き、

「もっとも拙者は荷物運びでござるがな」

 と言う割りに嬉しそうなのは柏木さんのお供をするからだ。ほんと朝から鬱陶しいな。


「ミウは行かないのか?」

 操縦補助席の方に座る小さな銀髪の少女に声を掛ける。


「わたしは結構です。一人で静かに過ごしたいので」

 筒抜けになったアストライアーの空洞にひんやりとした声がこだまする。

「そういうことやから、あんたもウチらと行動を共にするんやで」

 そういうことって、どういうことなんだよ。と言い返してやりたいが、ここで俺も行かないなんて言えば、ミウと二人きりになる事が分かっていての発言だろうなと、色々と勘繰られるのは必然で。とくに最近はイウの目が怖い。まさかミウがあいつの妹だったとは。もっともこのことは俺とイウだけの秘密なのだ。


「ねえ。すごいんじゃないこのバスケット」

 ギャレーから柏木さんの声が。

 さっきまで後部格納庫の中にいたと思ったら、今度はギャレーの中。神出鬼没な行動は今さら驚くこともない。


「あたしと麻衣とでつくったお弁当なのよ。冷凍フルーツがおいしそうでしょ。あー。摘まんだらダメだってぇ」

「いーじゃない。毒味よ。おネエさんが身をもってお毒味をしてあげようってんだから、感謝しなさい」

「毒なんか入ってるわけないでしょ」

「カビ毒が混ざってるかもしれなわ」

 そうなったら死活問題なワケで。

 にしても騒がしいったらありゃしない。ギャレーの中から漏れるあのはしゃぎっぷりはいったい何を浮かれているのだろう。


 ややもすると。

「さ。修一も準備してや」

 と現れた麻衣からピンクのウサギがぶら下がるショットガンを手渡された。

「今日こそ、撃ち方教えたるわな」

 さらに行く気が失せ、

「お父さんの日記に書かれてた沼へ行って食料確保すんねん」

 と付け足されたら、不気味な思いがどっと押し寄せる。


 ジャングルの沼って聞くだけで、魑魅魍魎(ちみもうりょう)がうじゃうじゃ蠢いているイメージしかない。


「なに言うてんの。沼には食料になる生き物がぎょうさんいてんねんデ。だからこれを持って行くんやんか」

 と突き出したショットガン。21世紀からやって来た肉屋のオヤジさんから貰ったお守りがプラプラ揺れていた。


「マジかよ……」

 まだ顔も洗っていないのにどっと疲れが噴き出した。釣り竿や網でも持参するならまだしも……水辺へ行くのになんでそれなんだよ、と言いたい。



「ほらぁ。修一。朝ゴハンお食べって」

 反論の言葉もなく疲労感に襲われた俺は、麻衣に襟首を引っ掴まれて食堂まで拉致られた。

 すぐに朝食が並べられ、カップにはぬるめのレモンティが注がれて死刑宣告ととれる言葉とともに俺の前に大きな物体が放り出された。


「食べたら耐熱スーツに着替えて、あんたは散弾を持てるだけリュックに詰め込みや。それとウチらがプレゼントしたブッシュナイフも忘れたらあかんよ」

 言いたいことはすべて吐き出したのだろう。麻衣は俺の対面で再び散弾銃の磨きに戻った。しかも口笛まで吹いてやがる。


 ご機嫌はすこぶる良好のようだが。それがもっとも怖い。




 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆




 ガシャガシャと重々しい音を放って散弾を並べたベルトを引っ掴むと双子が立ち上がった。ブッシュナイフを腰に吊り下げて銃を両手で持つ光景を目の当たりにしてみたび俺は思う。どこがハイキングだと……とな。


 見送りに出てきたミウへ麻由は伝える。


「じゃあ、ガウさん借りて行くね」


「ガウロパを連れて行くのならそれらの武器は必要ありませんよ」

 本気なのかどうなのか。


「でもここはケミカルガーデンに囲まれたジャングルなのよ。危険に満ちてるわ」

 こちらは柏木さん。自分でハイキングたと宣言しておきながら、それを全否定するお言葉。


 ミウは肩をすくめて吐息を落とした。

「とにかくご無事で」

 と漏らしてから、毅然とした態度に切り替えた。

「ガウロパ! 皆さんを守るのもガーディアンの使命です。頼みましたよ」

「はっ!」

 手足の部分を引き千切った耐熱スーツはその機能を半分も維持できないが、ケミカルガーデンから遠く離れたジャングルなら気温は45℃以下のはず。スーツからだだ漏れする冷気だけでも数時間はもつとは思うのだが、だいじょうぶだろうか。


 イウは鼻で笑う。

「心配しなくていいぜ、修一。このバカは念願だった柏木さんのガードを仰せつかったんだ、灼熱の溶岩プールだって飛び込むぜ」

「お主こそなぜ参加した? 姫さまはアンクレットを外す許可を出したのだぞ。アストライヤーに残って昼寝でもしてたらいいのじゃ」

「ばかやろ。オレを針のむしろに座らせる気か!」

 ガウロパは「んっ!?」と戸惑った顔して首をかしげた。

 俺は察したね。家族と共に捨ててきた妹と再会したんだ。二人っきりになったら後悔の念に押し潰されるはずさ。俺だってそんなところにいたくないよ。



 アストライアーから外に出ると、むんとした熱気が頬を撫でた。ヘッドクーラーを掛けた途端、それが一瞬で解消される。これを発明したヤツ天才だと思う。

 地面に下りたタラップの先端まで降りて来て手を振るミウに、夕方までに帰ると言い残して俺たちはそこを離れた。


 さて――。

 あらためて背筋を伸ばして遠望する。


 朽ち果てた都市の残骸をジャングルが埋め尽くした光景が目前に広がっていた。人類を排除した本来の地球の姿。確かにこの星は再生しようとしている。



「あいつらどこまで行く気なんだ?」

 先頭に立った麻衣と麻由を顎でしゃくって、ふてぶてしくイウがつぶやいた。

「知らねー」と俺。でも面白いので、俺からも訊いてみる。

「なら、ミウと留守番でもしてたらよかったろ?」

 ちょっとわざとらしかったかもしれないが、案の定イウは鼻にシワを寄せた。

「殺すぞっ!」

 とても楽しそうな光景だった。



 ジャングルは鬱蒼とした茂みに覆い隠されるのが一般的なのに、過去に麻衣たちの両親が率いる探索チームが残してくれた道跡がかろうじて残っており、行進は困難をきわめるというほどではなかった。


 麻衣が先陣を切り、左後方に麻由が続く。その後ろを適度に離れて俺、次がイウ、しんがりから柏木さんを肩に乗せた筋骨隆々のガウロパと隊列が続く。

 それでも雑多な植物が前を遮るのは鬱陶しいものだ。


「なぁ。ガウロパを先頭にしたほうがいいんじゃないか?」

 先頭を行く麻衣へ声を掛ける。

 俺的にはガウロパを先頭に行かせて草を圧し潰して進んだほうが歩きやすい気がするのだが。

 だが麻衣がくれた返答に得心した。

「あのオッサンが前に立ってみぃな。見通しが悪いやろ」

「なるほどね」




 麻衣が振り下ろすブッシュナイフの音も軽やかに、行進は黙々と淡々に、そして着々と延びて行く。


 特筆すべき出来事も無く小一時間。少し息が切れてきた。自分の体力のなさに悲観しそうになるのは、後ろからついてくるガウロパがバケモノなみの体力があるからで、あいつは柏木さんを肩に乗せただけでなく、銃弾や機材をパンパンに詰め込んだリュックまで背負っている。その状態で鼻歌を奏でるあの余裕は……。

「バカだからできるんだよ」

 と漏らしたイウの言葉に否定はできなかった。



 それから10分経たないうちに、樹木の天井が無くなって一気に目の前が開けた。

「湖だ!」

 鬱陶しい茂みが一気に(ひら)けたのでそう感じたが、湖とまではいかない。大きめの池か?

「これが目的の沼やねん」

 先頭に立つ麻衣が楽しげにそう言って振り返った。


「思ったより不気味感が無いな」

「どんなとこ想像してたん?」

「あ。いや。こうどす黒くてドロドロした感じ。それで鬱蒼と茂った木々が垂れさがって覆い隠したような」

「変なテレビの見過ぎやデ」

 ちょっち反省。

 ほとんど波も無い表面に水の輝きが広がり、鏡みたいに真っ平らな景色が広がっていた。


「気持ちいいなぁ」


 気温は高いが澄んだ空気が清々しく、思いっきり深呼吸する。

「こんなに綺麗なとこならハイキングって感じがするよな」

 と弛緩した気分はこの後ひっくり返されるのだが、それよりも俺の後ろから涼しげな声がした。


「ランちゃん、聴こえる?」

『はい。聴こえています。メリットは最高値です』


 柏木さんが自分のヘッドクーラーからマイクロフォンを引っ張り出し、それに応えたランちゃんの声が耐熱スーツから聞こえてきた。


 無線機を仕込んだヘッドクーラーなんてのもあるんだと、感心するものの、ミウたちのコミュニケーターと比べたら原始的に感じた。


「私たちの前に広がってる池は広いの?」


『直径530メートルで、ほぼ円形をした水溜りです。最深部は約12メートル。水質はグリーンです』


 なぜにそんなに詳しいのだろ? ていうか、見ているわけでもないのにどうやって池の大きさだけでなく、水質まで分かるんだろう。

「以前、教授と調べてるからよ」

 俺の疑問に科学者、柏木さんが答えた。

  

  

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