ある朝のどうでもいいような話(前編)食い違う未来
本格的ではありませんが執筆活動が再開できそうな気配です。これからもよろしくお願いします。
2318年、8月8日。午前7時45分、あまりにも腹が減って我慢できないので起床する。
ケミカルガーデンの深部で不思議な少女、ミウを救助したのがほんの数週間前だ。まさかカビに埋もれた九州の最南端へ向かうことになるとは。しかもそれが人類の行く末を決める旅になるなんてこと、村上相手に学校でバカみたいなことをやるのが日常だった俺に降りかかってくるとは、思いもよらないことで、何度もアニメ的、SF的な展開であってほしいと願ったさ。しかしどう考えても今起きている事は現実で、生死の淵から這い上がってきたらいやおうなく認めざるを得ない。この異常なる空腹感も昨日までいた世界が超未来のテクノロジーで脳細胞に似非現実を流し込まれていた証だと言う。いや、ミウはもっと怖い説明を付け加えた。一歩間違うとそっちが俺たちの未来となり、本来向かうべく未来が消滅する……と。
ミウたちが口にする言葉は間違っていない。本気であいつらは時間を飛べるからだ。でも俺にはどうしても納得いかない案件があった。万が一だがその似非未来の方へ俺たちの将来が逸れたとしよう。そこでは柏木さんが担任の教師だったなど、少し食い違った点があったが、俺の知る現実とさほど変わっていなかった。一つを除いてな。それは麻由の存在が無かったことだ。川村麻衣と麻由は双子なのだ。誰がどう見たってそうさ。じゃあなにか? 麻由が生まれてこなかったとでも言うのか?
そうすっと麻衣は?
この答えを求めて俺は食堂へ向かった。今日はイウとガウロパが当番のはずだ。あいつらなら何か答えてくれる。
「お?」
何ともいえない良い匂いが鼻腔を突いて、足が無意識に前へ出た。
「ああ。腹減ったぁ……」
猛烈な飢餓感は似非未来のものだと思っていたが、それはこっちの世界と唯一つながる感情だったとミウから説明を受け、イウからは一笑された。
いつものように鼻歌交じりでイウがギャレーから出てきた。俺はテーブルの上に食事が並べられていく光景をぼんやりと眺めて話を切り出すチャンスを待っていた。
「なんだ、もう起きたのか?」
気さくに話しかけてくるイウへ、
「腹が減ってさ」
「ふっ。この世とあの世を繋いでたものが空腹感とはお笑いだな」
「人を地獄から戻った亡者みたいに言うなよ……」
初めてイウと出会った時、この男には注意しようと思っていた。理路整然と難解な説明を始める奴には近づかないほうがいい。いつか言いくるめられる気がするからだ。
だけどよく解ってきた。リーパーたちはどいつもこいつも小難しいことを平気で口にする人種なのさ。それを相手にしても軽くいなせるのはやっぱり柏木さんしかいない。ミウを黙らせる天才だもんな。
「なあ? イウ。聞きたいことがあるんだけど」
黄色く盛り上がった大皿をコトリと俺の前に置く眼帯男に尋ねる。
目玉焼きとスクランブルエッグを足して二で割ったようなおかずを見つめながら、
「未来を変えると過去も変わるもんなのか?」
ヤツはふと動きを止めて、片手で眼帯を捲ると、澄んだ赤い宝石にも似た目で俺をじっと見た。コイツの眼帯はフェイクなのだ。
「オマエ、何を見てきたんだ?」
いやに真剣な口調なので少し驚いた。
「あ……あのさ」
「まてっ!」
口に出そうとした刹那、イウは手の平を見せて阻止。
「ストレートに言うなよ。たとえ分極した未来であってもそれを知るだけでオレたちの行動がし辛くなるんだ」
そして諭すような口調に切り替える。
「いいか、修一。お前はそれを見るということが歴史に刻まれていた。だから自由に行動できるんだぜ。でもな。オレは未来から来た人間だ。オマエが見てきた世界の人間ではない。それが良いことにしろ悪いことにしろ、ここでオレが何か情報を得て、それに影響を受けたら確実に未来はそっちへ逸れるんだ。オマエの言動ひとつでな」
生唾を飲み込んで言い返す。
「怖いよ。じゃあ何も言えなくなるじゃないか」
「そうさ。鮫人間らに見せられた未来の話は間違いなくもうひとつ現実だ。だからうかつに喋るんじゃねえ」
「じゃあさ、時空理論だっけ? その質問をするってのはいいだろ?」
寸刻黙ってイウは首肯した。
「何が訊きたいんだよ?」
すかさず質問する。
「未来が別の方向に逸れたら過去も変わるのかなって思ったんだよ」
イウは急激に気持ちを緩めた。
「なんだ。そんなことか。園児みたいな質問だな」
幼稚でスマンね。
「歴史のジャンクションで何が起きるかは未定だ。だから未来は変わる可能性が残る。でも過ぎ去った時間は変わらない」
と言ってから付け足した。
「あのな。ジャンクションとか分極とか、オマエら現時の人間には関係ない。リーパーだけの話なんだ」
「なんで?」
「時の流れを別の視点で見れるのがリーパーなんだ。オマエら一般人はその流れの中の人間。知ることができるのは過去だけ。未来は見ることができない」
きっぱりと言い切ってから俺の顔を覗き込んだ。
「なぜだか解るか?」
「難しすぎて、よく解らない」
イウはふっと鼻で笑い、
「未来はオマエらが作るもんだ」
イウはパチンと音を出して眼帯を戻した。
「もういいだろ? モタモタしてっとガウロパに締め上げられるんだ」
と言いのけるとギャレーへ消えた。
俺の疑問は晴れたのか晴れなかったのか。やっぱりよく解らないで終わった。ただ分かったことは過去は変わらない。ということ。なら麻衣と一緒に生まれた麻由はどこに行ったんだ?
考えるはよそう。
だって、逸れた未来はミウと柏木さんの活躍で消滅したんだ。つまり夢となって終わったのさ。
で……いいのかな?
「あぁぁ、もういいや……考えるのよそう」
「あれ? 早いやん」
頭を振っていると、後ろから肩を叩かれた。
そこには栗色で丸まった髪の毛をした麻衣がいた。
「昨日は心配かけたな」
もう一人の麻衣がオーバーラップして見える。あの従順で献身的なあっちの麻衣さ。
こっちの麻衣は、
「意識がしっかり戻れば問題ないってミウもゆうてるし……」
と切り出し、
「どんな世界を見てきたん?」
丸い目を俺へと向けた。
さっきイウに釘を刺されたばかりだ。うかつに喋るなと。
「そうだな……」
とても言い出しにくい。
「――うちな。最近すごく感じるねん」
間の空いた会話を埋めようとしたのか、麻衣は話題を変えた。
「なにを?」
「麻由のこと……」
「麻由?」
心臓の鼓動を上げる俺の目の奥を麻衣は覗き込んできた。
そしてニコリと微笑む。
「笑わんといてや」
「笑うかよ」
「最近な。麻由がすごく愛おしいねん。なんかこう、きゅぅってしたいねん。守ってあげるって言うか……」
その言葉を聞いて安堵するどころか、さらに鼓動が大きく跳ねた。俺が覚えるもっとも熱く感じる感情と同じ物だ。
「それは庇護欲です」
タイミングよく階下から上がってきたミウが口を挟んだ。声のする方へくるんと体を旋回する麻衣。
「ひごよく?」
「つまり姉妹愛です。わたしの兄などただの不良でしたから、麻衣さんと麻由さんのご関係が羨ましく思います」
俺の感情とは少し違う気がするが、ここでこね回せば墓穴を掘ることになるので俺は口を閉じた。
そこへ。
「ね? 何の話ししてんの?」
「あ。麻由さん……」
しなやかな銀髪を翻すミウの前に本人登場。またまたイウもやって来て割り込む。
「修一が好きな双子はどっちだろうって話さ」
「なっ!」
「あほなっ!」
俺と麻衣は同時に赤面し、きつい視線でイウににらみを利かすのはミウ。
「あなた! 勝手に割り込んで来てかき混ぜないでちょうだい」
「ねぇねぇ。若い人が集まって何をかき回す相談をしてるの?」
続いて登場したのは、この中で人の話しをかき回すのを生き甲斐にしている柏木さんで、
「イウ! スクランブルエッグをかき回せとあれほど申したであろう。これでは崩れた目玉焼きではないか!」
到底そのガタイからは想像もできない文句を言って俺たちの興味をぶっとばしたのは巨漢のガウロパであった。
ミウは眉間にシワをよせ、溜め息混じりに言う。
「あなたの空気が読めない性格には恐怖を感じますわ」
「どうしたでござる?」
ガウロパはキョトンとし、イウは肩をすくめる。
「ほんとうにオマエはいいタイミングで出てくるよな」
これで全員集合。賑やかな朝になった。
「食べながらでいいから聞いてね」
柏木さんがミーティングの開始を宣言した。別の未来では俺の高校に赴任してきた美人教師で担任だった。ついつい潤んだ目で見てしまうのはいた仕方が無いのだ。
「こいつ変な目で良子さんを見とるで」
「こいつって……」
あの温和で天使みたいな麻衣は幻なのか。嘆く俺をジト目で見るのはミウ。慌てて咳払いをしてパンを頬張った。そうミウは俺の記憶を共有する不思議な少女なのさ。そしてもう一人、あの優しく俺を励まし続けてくれた少女。あれは誰なんだろう。勝手にランちゃんを擬人化してしまった俺の妄想かもしれないが、すごく実感があったのは間違いない。
ぼんやりとした視線を天井のパッドへ向ける。
『本日よりルートが変わり、海岸沿いを宮崎まで目指します』
ランちゃんはいつもと同じ、超事務的な口調だった。
「今日からしばらく海岸沿いを走ることになるので景色はいいわよ。糸状菌も内陸に下がるから空が見えるわ。それと海の色の変化にも注目してね」
教師だった柏木さんとまるで変化が無い口調ですごく安心する。頼りがいがあって可愛らしくもある。そして美人。
艶麗な美術画を見る気分で柏木さんを見ていると横から麻衣が囁いた。
「なあ。あんたタブレットに詳しい?」
「お前のショットガンに対する知識ほどでもないけど、なんだよ?」
麻衣は可愛らしく鼻にシワを寄せてから言う。
「ミウの幽霊が映ってたデータがパッドから消えてん」
「削除されたってこと?」
こくんと首を振る。
「そこらに置いてて誰かが消したんだろ?」
「パスワードが無いと起動せえへんよ」
「じゃぁ、壊れたんじゃないか?」
今度は左右に振った。
「ちゃんと動いてる」
「なら何かの時に間違って削除してしまったんだろ」
麻衣は納得いかないようだが、
「せやな。ミウは健在やし、今さらもうどうでもエエわ」」
そうミウは健在さ。幽霊なんかじゃない。だって今日も元気だ。柏木さん相手に喧嘩を売ってるし。
「空や海の色なんてどうでもいいことです。これは学校の遠足ではないのですよ。いいかげん緊張したらどうですか」
「なんで私が緊張しなきゃならないのよー」
柏木さんはぬるめのホットコーヒーをジュルジュル言わしてひょうひょうと。
「あなたは緊張しすぎなのよ」
「わたしは緊張などしていません。慎重な行動を取るべく目を光らせてるだけです」
「へへーんだ。やせ我慢してんだ」
「だ……ダレが……」
頭の芯が痛くなってきた。俺が意識の世界から現世に戻れたのはこの二人の活躍のおかげだと聞いたが。何かの間違いではないだろうか。
子供なみの牽制をし合う二人の前で、麻衣と麻由が同時にカップをテーブルへ戻した。
「「ねぇ!」」
同期した機械みたいに声が合い、お互いビックリして見つめ合う。
「「…………」」
今度は黙り込んだ。
そして一拍おいてから、
「「ガウさんの……」」
また同時だった。
同じ話題で会話をしていて、同時に声が重なることはよくあることだ。でも黙々と食べていた二人が、まったく同時に同じ言葉を何度も発することはあまりないと思う。しかもこの二人にはそれが頻繁に起きる。
「ほら、麻衣から喋れよ」
俺が司会進行役を買って出る。
こうでもしないと二人は永遠とユニゾンで会話をしてしまい、周りの者はただ驚くだけで話が進展しない。
予想どおり、ガウロパがでかい口をあんぐりと開けて二人を見つめいていた。
麻衣はイウをチラ見したあと、ガウロパへ視線を振った。
「今日は別として、ガウさんの作る目玉焼きはいっつも絶品やんか」
「あたしも思う。焼き過ぎでもなく生でもなく。上手に黄身が半分だけトローってして」
交互にセリフをぶっ放し、最後は声をそろえて言った。
「「美味しいね!」」
「お前らは演劇部か! ここは文化祭の舞台かよ。ったく双子ってどこまで気持ちがそろってんだろ」
我慢できずに口を出したが、俺の愚痴は無色無臭の空気みたいに無視され、代わってガウロパがスキンヘッドのコメカミを太い指でコリコリ掻きつつ答える。
「戦国の世は日々サバイバルでござる。衣食住は己の手でこなすのが当然で、自然とそうなったんじゃ」
「へっ。そりゃそうだ。家来もお付もいない身分の低い田舎侍だからな」
イウがさも見てきたようなことを言い放した後、意外と重要なことを告げた。
「ところでよ。食料の玉子は今日ので終わりだ。明日からは玉子料理はできねえぞ」
対面のミウに向かって赤い舌を出し入れしていた柏木さんが、マジ顔に戻すと、俺の横顔を素通しにした視線を振ってきた。
「そうなんだぁ。じゃどっかで食料調達しなきゃだめねー」
視線の先に座るのはもちろん麻衣と麻由さ。
「ガーデン内はあかんで」
「だよね。カビ毒に侵されてるもんね」
同じ顔した二人が言い返し、不安げに顔をもたげるのはミウ。
「では、どうするのです?」
「ジャングルに入ったら、ウチらが何とかしたる」
出たなサバイバル女め。
「そっ、この出番なのよ」
コピーされたみたいにそっくりそのままの麻由が、腰にぶら下げた長いブッシュナイフを引き抜くとテーブルの上にゴトリと置いた。
ナイフを腰からぶら下げる女子は、恐らく日本でこいつだけだろうな。
「そんな物騒なもの、食卓に置かないでください」
嫌悪感を露わにしたミウが迷惑げな目で鉛色に光る物体を睨んだ。
「何ゆうてるの。人間生きていくために必要な道具のひとつやで」
俺は17年生きてきたが、ナイフが必要だと思ったことは一度も無い。
「ほお。ちょっとよろしいかな?」
それに手を出したのはガウロパだ。
麻由が持つと長いブッシュナイフに見えるが、ガウロパが手に握ると果物ナイフに見えてしまうから驚きだ。
「この刀文……研ぎ具合……見事でござるな」
「さすがねー、ガウさん。これって日本刀を作る刀鍛冶の人が作ったのよ」
「うむ。これは素晴らしい」
それがただのナイフでないのは武器屋のオヤジさんの証言や、チンピラのトサカ頭を一刀のもとに切り落としたことを鑑みれば逸品であることは知っているが、それをひと目で見抜いたガウロパが戦国時代でしばらく暮らしていたという話も真実となる。その証拠に、刃物を見つめる目の輝きが俺たちとは異なっている。
「せやけど戦国時代にアレは無かったやろ?」
麻衣がにこやかな表情で前の壁を指差した。
真後ろに視線を誘われて振り返るミウ。それがガンホルダーに掛けられたショットガンとライフルのことだと気づくと、溜め息とともに姿勢を戻し、ガウロパは終始ニコニコ顔を披露。
「いや。拙者も時間警察官。それなりの訓練を受けておるし、あれぐらいの銃器なら驚かないでござるよ」
こいつが言うと真実味を帯びる。逆に傭兵を育てる鬼教官だったと言われても、あながち嘘でもない体格をしている。
そんな俺たちをミウがひんやりした視線で一瞥した。
「あなたたちは、呑気でいいですわね……」
呆れ気味に息を吐くと、天井の一角を見上げて訊く。
「で、ランさん? この先のジャングルには例の黒くて怖い猛獣はいないのですか?」
『ここから先は川村教授夫妻が調査を行ったきりで、それまで百年ほど本格的な調査団が入っておらず人跡未踏状態です。よってブラックビーストの群れが多数存在すると断言できます』
ミウは「断言しないで……」とつぶやいて、ゴクリと唾を飲み込んだ。そして毅然とした態度に戻す。
「ちょっといいですか。あなたたち!」
はしゃいでいた双子が背筋を戻し、柏木さんの黒い瞳がミウへと注がれる。
「何度も言います。遊園地へ行くのとはワケが違うんです。ジャングルですよ。それも人跡未踏の地だと言ってるじゃありませんか。もっと緊張感を持ちなさい。危険を冒すことはありません。食料はまだあるでしょ? どうなの?」
しかし問われたガウロパは何やら様子がおかしい。
「それが……その……」
言葉を濁す巨漢に代わってイウが報告。
「穀物類は服部とかいう先生の家来が大量に積んでくれてたので当分持つが、新鮮なたんぱく質がいつの間にかもうねえんだ」
ヤツの言葉が皮肉っぽく聞こえたのは、俺の気のせいかな?
「おっかしいわね。計算されてたはずなのに……」
首をかしげる柏木さんへ、もう一度イウが平たい声を落とした。
「誰かが計算違いの腹をしてるんだよ」
全員の視線をガウロパが集めた。
「め、めんぼくない……」
巨体を小さくさせるが、収まるサイズではない。なにしろツキノワグマを素手で押さえつけるほどの体格なのだから。
「過去から来た人たちが持ち寄ってくれた食料も無いの?」
尋ねる柏木さんだが、虚しく頭を振るイウ。
「いちミリも残ってねえよ」
「ほなやっぱりこれに頼るしかないやん」
壁にかかる銃器の前へと麻衣と麻由が楽しげに駆け寄った。
24世紀でありながら狩猟で食料を確保するしか手段が無いのは、ここがコンビニもスーパーも無い人跡未踏の地だからだ。そんな場所でも生き残れる、つまり『適者生存』という意味では、麻衣たちは選ばれた人種なのかもしれない――が、どちらにしても危険なことには変わりない。
俺はやるせない気持ちに苛まれた。
ジャングル、猛獣、ショットガン、包囲される、弾込め部隊、死と隣り合わせ……ミューティノイドの行進。
怖い記憶ばかりが蘇ってくる。
壁に掛かった銃器の整備を始めた双子の手の動きを見つめながら冷や汗をかいていたら、
「なに暗い顔してるのよ」
柏木さんが俺の顔色を読み取った。
続けていつにもまして明るい笑顔で、作業を黙々とこなす麻衣たちの背中を見てのたまった。
「好きな娘と一緒にいられれば天国でしょ? そういうもんよ」
勝手な理屈をこねた柏木さんの言葉に対して、ミウの片眉がぴくつき、不安げなガウロパの視線とイウの嘲笑めいた視線が双子に注がれる。麻衣と麻由はまったく感知せずに銃器を磨く手を止めなかった。
「な……なにを……」
こんなところで言葉に詰まると自爆する。なんとか話を逸らさないとまずい。
「あ、あのですね。お……俺はですね……食料が乏しい事に対して行き先に不安を浮かべてんです」
「そういうのを杞憂って言うのよ。あの子たちならこのジャングルで暮らす術をご両親から伝授されてるのよ。よかったね、未来の旦那さん」
「ぬぁっ! あ、いや。そんな話をしてんじゃないっす……俺は……」
お、おい。何を言おうとしてんだ俺さまは。
自分の口から出た言葉の意味が自身で理解できないければ支離滅裂となるのだ。
なんか話題はないか?
この際何でもいい。早くなんか言い返せ。
「え……と」
真っ白な思考の中でぽつんと浮かんだのは、
「ミグの餌が無かったんだ」
ミグと言うのは、阿蘇の火口近くで捕まえた『丸皿甲羅蟹』と呼ばれるカニの変異体だ。今やここのペットとなっており、麻衣と麻由が可愛がっている。
極悪環境に適した生物なので、こいつらはたんぱく質なら何でも食べてくれる。だけどアストライアーに大食漢がいるおかげで、食料が余るどころか、食べ残しも出ない。ある意味無駄が無くていいのだけど、ペットにそのしわ寄せがいっており、ここ数日まともな餌が与えられていなかった。
ショットガンとライフルの整備を終えた二人が元の席に戻って口をそろえる。
「それなら心配ないわよ」
「せやな」
「もう三日はエサやってないぜ」
ひとまず話題を成立させるために会話を盛り上げなくてはいけない。
「あんたが心配せんでもええねん」
「なんで?」
尋ねようとした俺の膝を隣に座る麻衣が強く蹴飛ばした。
「痛っ!」
麻衣は尖った視線で俺を串刺しにした。
「……なんだ?」
よく分からないが、ただならぬ空気だけは伝わってきたので、とりあえず黙る。
するとワンテンポ間を空けて、向こう隣の麻由がタイミング良くコーヒーカップをカタンと置いた。
そして唐突にミウに語りかけた。
「ねぇ……。あなた髪の毛伸びたわねぇ」
「はい?」
銀髪の少女は対面でロボットみたいに顔を上げ、俺は突き抜けて通った異物感のある空気を察した。
双子どうしの超能力みたいなもんで、何か企んでいるときの麻衣と麻由からは不思議な電波が飛び交う。それがなぜか俺には感じるのだ。
もちろんミウは話の先が見えずにポカン顔だったが、思い出したかのように再起動。
「そ……そうですわね。ちょっと前髪が目に入るようです」
「そりゃあかんわ。ウチらが切ったるわ」
「え? いえ結構です。自分で何とかしますから」
「遠慮せんとき。ホラ見てみ。ウチらの髪の毛、いつも同じサイズに整ってるやろ。毎週交互に切り合ってんやで……ほら、上手いもんやろ」
栗色の癖っ毛をミウの前でフルフルと振ってみせる。
本当に体裁よく綺麗な髪型に整っていた。
「麻由は天才なんや」
食糧難という話題がどういう理由で自分の髪の毛の話題にすり替えられたのか、でも俺には助け舟なのでここは流れに任せるのが手だ。
「そうさ、すごいんだぜ」
ミウは流麗な眉を寄せて訊く。
「何の天才ですの?」
一緒に煽っておいてなんだけど……。俺もよく知らん。
「ヘアーカットやんか。見て、ウチのカット具合。麻由がやったんよ。完璧やろ。プロ並みやろぉ」
ほとんど、押し付けとしか思えない気配だが。
「おっしゃるとおり綺麗に仕上がっていますけど」
「ほな。後部デッキでカットしたるわ。行こか?」
監獄から囚人が引き摺られて行くみたいにして、ミウが連れ去られていく。
「え? え? 何です?」
「心配ないって。麻由にまかせとき」
「いや。むやみに切られておかしくなったら……」
「ならへん、ならへん」
半ば強引に引き摺られて行くミウの後ろ姿を、俺は食パンを頬張りながら見送っていた。




