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ゼロの支配者  作者: 雲黒斎草菜
ケミカルガーデン
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ようこそケミカルガーデンへ

  

  

 ランちゃんから急き立てられるようにして歩いていた俺は、頭部へ冷気を送る排出音が幾分強さを増したことに気付いて足を止めた。

 動きを察した麻衣の黒いクリスタルみたいな瞳がこっちを見た。


「気温が上がってきたんで、スーツの冷房機能が強まったのよ」

「そうか……いよいよだな」

 辺りを窺うと、覆い茂る密生植物の様子が変化していた。胸のエンブレムを()いでモニターを覗いて納得。外気温が55℃にも達していたのだ。こうなると耐熱スーツ無しでは30分と持たないだろう。だけどスーツのおかげで中は涼しく、肩の辺りから噴き出す冷気が顔に当たって気持ちよい。


「やっぱ安物のヤツとは比べ物にならないな」

「あんなゴミ袋と一緒にしたらあかんよ」

「うるさいな。じゃぁなにか、俺はゴミ袋を着てリニアトラムに乗って来たのか?」

「ゴミヘタレや」

「なんだそりゃ?」

 ばかばかしくて怒る気力もなかった。




 樹木から緑の葉が目に見えて減って来たのが見て取れる。茶色く枯れた植物が極端に増えてきた。背の高い樹木は相変わらず天を突く勢いで生えのぼるのだが、ジャングルを構成する茂みの密度がずいぶん力を弱めており、代わって下草の生態に変化が訪れた。


 これまでもっとも目立ったツル、ツタの類の表面が妙に毛深く感じる。それは細かい緑と青の産毛のようなものをびっしりと生やし、まるで毛皮を纏った感じだ。毛は地面まで広がり、緑のカーペットを引き詰めたようだった。


「なんだろ。これってなんかの毛かな?」

 手を出そうとすると麻由が忠告する。

「それカビ毒が混ざってるから触ったらダメ! 気を付けないと変異症起こすわよ」

 二人はそう言うとリュックを降ろし、カビ毒フィルターのマスクと薄いゴム製の手袋を取り出した。


 ゴム製の手袋は皮膚に吸い付き、手の平と一体になって装着していないのかと思うほどフィットした。続いてマスクを広げながら麻衣は言う。

「カビ毒はジャングルとガーデンの境目に集中して発生するんよ。理屈はまだ研究中やけど、ガーデンを守る一種のフィールドやという説が有力やね」

「川村教授の娘らしいウンチクだな。じゃあ何からガーデンを守ってんだ?」

「人間が入り込むと環境を破壊するので、身を守るためにカビ毒を撒き散らして近寄れなくしてんじゃない」

 と言った麻由へ俺は片眉を持ち上げて見せる。

「なんか眉唾な話だな。ケミカルガーデンに意識があるみたいじゃないか」

 麻衣は肯定とも否定とも取れない仕草で首をかしげ、

「逆に人間自身が自分の首を絞めたとも言えるよな」

「というと?」

「こういう狂った環境を人間が作ってしまったということ」

「基礎は学校でも習ってるでしょ?」とは麻由。

「だったかな?」

「でもカビ毒の怖さは知ってるよね?」

「それを知らないヤツはこの時代の人間じゃないだろ」

「どうだか……」

「どっちでもええから、()よマスクつけぇな」

「へいへい。ボス」


 俺も見よう見真似でカビ毒フィルターのマスクを装着。

 初めて付ける本気のカビ毒フィルターだ。これと比べると地上へ出る時に付けるマスクは何だったんだろうな。フィルターも薄くてオモチャと言える。


 顎から口、鼻、頬まで完璧に覆い隠すその仰々しい形状の割りに装着感は軽く、歴史の教科書に載っていた花粉対策マスクに冷気を通すパイプを接続する小さなプラグがあると思えばいい。


 麻由が肩から柔らかいチューブを引き出し、マスクのそれに繋いで見せたので俺も真似をする。

「なるほど、邪魔なチューブは耳に掛けるのか……」

「常に身軽に動けるように障害になる物は排除する癖を付けるの。それが身を護ることにもなるのよ」

 誰かに教え込まれた気配の残る言葉の列だが、銃器屋の店主が俺に伝えようとした言葉が蘇る。

『生きて帰りたかったら、二人の言いつけを守りなはれや』

 了解しました。ここまで来たら二人に命を預けます。



 装着後、大きく深呼吸をしてみる。

 息苦しさも無く快適だった。冷たい空気が頬の周りに優しく通って気持ちがよい。

 次に二人は前髪を持ち上げて、同じ赤色のヘアーバンドを着けた。


「可愛いでしょコレ。特売品のカチュームよ」

 うむ。自分で言って自慢するだけのことはある。確かに可愛い。


 二人の可憐な仕草に目を細める。だけど正直言ってこういう女子のグッズにはまったく興味が無い。かといって無反応というのも無愛想だ。

 「お前たちなら、カチューシャでも似合うだろうな」

 カチュームはゴムバンドみたいなもので、カチューシャはC型の硬めのバンドさ。

 俺が持ち得る知識ではこれが限界なのに、麻衣はこともなげに言い返してきた。

「あれは激しく動いたらズレるやん」

 知るかよ。


「せやから、こっちのゴムのほうが決まるねん」

 そうですか。よかったね。


「………………」

 もう会話の弾が切れた。返す言葉がなにも浮かばない。さっきの『カチューシャ』の(くだり)で俺のボキャが切れた。


 火縄銃にも劣る己のファッション知識を嘆きながら、顎をしゃくってそれを示す。

「でもさ。それってただの髪飾りだろ?」

 味も素っ気も無い返事に、思ったとおり麻衣はきつい顔をした。


「アホっ! 飾りとちゃうわ。ほら、あんたの分、受け取って」

 赤いヘアーバンドを俺にも投げて寄した。

「え? なんすか? 俺に……?」

「そうやで」

 意外そうな目をくれる麻衣。まあるい目玉がくるんとした。

「いやいや。冗談はよしてくださいよ。俺ってそんな趣味ないっすよ……え? まさかガーデンハンターズの男性スタッフは女装しなきゃならんの?」


 麻衣は拒否権を発動する俺を細めた目で見つめており、

「ジブン……ほんまにおもろいな」

「いや、それほどでも……」


 麻衣は自分のマスクを引き摺り下ろすと、無理して背伸び。そして曲げた指先で自分のヘアーバンドをコツコツ突っついて、

「これは髪飾りとちゃうの! 頭部冷却装置っちゅうねん! ヘッドクーラーや。知らんのかい!?」

 大声で喚いた。さらに声のトーンを吊り上げて、

「こ、れ、でぇぇ。その空っぽの脳ミソを冷やすんっやーっ! ボケっカスっ!!」

「はは。そうか。発狂防止ね。了解しました、ボス!」

 怖ぇえよ、関西弁。


「はよ、付けぇぇぇぇ!」

 両手で小さく降参する俺へ、ヤツは上半身をぐいぐい迫らせて、思い切り怒鳴りやがった。


「そりゃそうだよな。身体だけ冷やしても頭むき出しだもんな。おかしいなとは思ってたんだ。こいうもんがあるのか。へぇ……。でもせめて別の色にしてくれればなぁ……赤って……」


「なんや。文句あんの?」

 じ、地獄耳め……。


「ほら修一、カチュームの後ろ見て。チューブを差し込める構造になってるでしょ。マスクみたいにスーツの冷気排出口のどれかに差し込むのよ」

 可愛い口調だよな――ほんと、麻由のように穏やかに説明してくれれば、俺だっていちいち引っかかることはないんだ。


 麻衣の厳しい口調はまだ続く。

「それでもヤバなったらランちゃんの警報が鳴るから。そんときは肩の後ろから頭を覆うヘッドカバーを出して、それを被って顔含めて頭全体を(くる)んで冷やす! わかった?」

「わかったよ。わかったけどな、なんでそんな喧嘩腰なんだよ。おっかないなぁー。関西の女は……」

 ちなみに俺んち、山河家は関東から大阪の海中都市『なんば南港プロムナード』に移り住んだ、ゴマンといる避難者家族の一つなのさ。


 麻衣は俺の真ん前で偉そうに腰に両腕を当てて、背中を反らす。

「これは怒ってるんとちゃうワ。『突っ込み』や。あんたが『ボケ』で、ウチが『突っ込み』なの!」

「ガーデンハンターズは、漫才もやるのか?」


「アホぉぉー。これで普通や!」

「わぁったよ。ボスっ!『突っ込み』でも『ボケ』でも何でもこなしてやらー」


 大きく溜め息を吐いて、俺は赤いヘアーバンド、いや頭部冷却装置を受け取り、その尻に冷気を噴き出すチューブを差し込んだ。それとあくまでもコレは女子が付けるカチューシャでもカチュームでも無いということを主張するために、俺はハチマキみたいにして頭に巻いた。


 さっと広がる清澄感。

「おぉ。冷やっこい。これはいいな」

 ヘッドクーラーから噴き出した冷気は頭全体を包んで、そのまま肩の後ろから吸い込まれるという循環を繰り返しており、とても快適だった。


 やっと麻衣の目がにっこりと笑った。

「オッケー。よう似合うわ」

 ふぅ。女王さまのご機嫌を取るのもたいへんだ。


 それにしても女王さまはツインズだから先が思いやられるな。どうしたもんだろ。


 くだらない心配をよそに、俺の前では麻衣と麻由が向き合って互いの容姿を確認中だ。女子がこういう小さなオシャレを楽しむというのはいいもんだ。こんな殺伐とした地獄みたいな世界に悪い気はしない。


『ぴゅっぽーっ』

 弛緩して見入る俺の鼻先に三輪バギーの頭が伸びてきた。

「どうした、ランちゃん?」


『ぴゅりっぺぷりゅ?』

 理解不能の鳴き声を発して自分のリボンを俺の前に突き出した。

「そうか、こいつも女子のつもりなんだ。めんどくせぇなぁ」

 ランちゃんはしつこく俺にリボンを見せつけるが、この行為はどう考えても『ねぇ、可愛いでしょ?』と尋ねたつもりかもしれない。

 言葉が無くても意思が伝わる細かい動きに驚きを隠せないのだが、この場合はどう対応をしたらいいんだろ? 女性として扱うべきなのか、機械でいいのか?


 あまりにグイグイ押し付けてくるので、

「わ、分かったよ。可愛いいって。お前のリボンもすごく似合ってるって」

 そう言ってから、俺はあらためて目を見張った。

 バギーは後退すると、嬉しそうに首を引っ込めたからだ。


 すげぇ。やっぱりこいつちゃんと言葉を理解してんだ。

「なぁ麻衣。今度、ランちゃんにスカート穿かせてみないか?」

 という俺の提案に、二人は怖い視線のひと刺しで却下しやがった。


「いいアイディアだと思ったんだがな」

  

  

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