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ゼロの支配者  作者: 雲黒斎草菜
九州編
89/109

 閉ざされた世界

  

  

 目を開けると俺は真っ暗な空間にペタンと尻を落としていた。

「麻衣?」

 まだ俺の腕にあいつの温もりが残っていて、そばに立つ気がして探してみた。

「麻衣ぃぃぃ。どこだ?」

 なんだか声がおかしい。叫んだつもりなのに出ない。でも言葉は聞こえる。つまり鼓膜で受けた音ではない気がする。

「まいぃぃぃぃ!」

 喉をからす勢いで叫んでみたが、やっぱり声帯は振動していなかった。思考が伝わって来るだけだ。


「声が出るわけないんだ」

 ここがあまりに現実味を帯びた世界なので『意識の中』だということをすっかり忘れていた。この変化はミウが俺を覚醒させようと、何らかの行動を起こしたのに違いない。


 理由が解かるとひと安心だが、こんな暗闇の中で待たされるぐらいなら、クラスの連中とバカ騒ぎをするか、せめて麻衣の誕生日パーティが終わってからにしてくれたら……などと都合のいいことを考えていたら、急激に意識の奥底が希薄になった。


「ま……マジかよ!」

 何も思い浮かばない。俺は今まで何をしていたんだろ?

 本のページをめくったら白紙が出てきたみたいな気分だ。


「まさか記憶が消えた……?」

 考えることはできる。今だって自我の意識は健在なのにそれに伴う記憶が一切出てこない。住んでいた場所も、自分の名前すらわからない。思考だけの世界。無に等しい。

 急激に焦って来た。

 生温かい思考だけの底なしに沼に沈んで行く不安で心細い感触を覚える。それがひどく気持ち悪くて孤独感に拍車を掛けた。


「おーい! 誰かーっ!」

 叫んでみてもどうにもならない。

 心の深部でずきりと痛みが走った。続いて抱く浮遊感。とても気味が悪く、次第に嘔吐を覚えた。

 意識だけの世界に嘔吐はおかしい。でも胃の中から苦いものが込み上げてきて一気に吐いた。


 それは物質的なものを吐いたわけではなく、意識の悪心を吐き出したのだ。存在しない両肩がとても重く、さらに見えない腰から胸に向かって走る強烈な激痛。心臓が止まったのかと思うほどだ。


「なんだろ、この痛みと悪寒は……」

 意識が薄れそうな気がする中、俺の身体はまだ底なし沼を深みへと沈んで行く。


 これ以上はまずい!


 直感でそう思った。胴体を引き裂さこうとするこの激痛は異常だ。意識だけの世界でも痛みや悪寒など負の感情だけは生じるのだ。

 失った視力はあきらめるとして、聴力はどうだ?


 とりあえず俺は耳を澄ますことに集中する。

 するとわずかに何かが聞こえた――ような気がした。

 もう一度、精神を澄ましてみる。


 聞こえる。わずかだが音として認識できる。

 小さな音なのか、精神の揺らぎなのか?

 どこかで聞いたことがある音、いや、声か?

 襲ってくる激痛に耐えながら、針の先が空けた穴から漏れるわずかの光にも似たほんのわずかな音源に向かって意識を集中させた。


《……ぅ…………》

「言葉だ!」

 少し嬉しくなった。暗闇と自分の思考、そして痛みだけの世界に渡ってくる声。

 しかし気持ちが高鳴ると、激痛もひどくなる。

 どういうことだろう? この声を聞いてはいけないのか?


《…………しゅ………………ぅ…………》


 俺を呼ぶこの声音は記憶の片隅に存在する。すべての記憶が消えたわけでもなさそうだ。誰だっけ?


 うぐぐぐ。

 深く考えると激痛が突き抜ける。

 しかし声が気になり、どうしようもなかった。

「俺を呼ぶのは誰だ!」

 自分の思考の中へ問うが、返事は無い。


 誰かが俺に語りかけてくれるのなら、返事をするべきだ。なぜそう思うのかは不明だ。だが今はこの声しか手がかりが無い。


《……どぉ……し……たの? しゅぅ……》

 今度は確実に聞こえた。やはり女性の声だ。


 どうした……って訊かれても、こっちが訊きたいぐらいだ。


「記憶が消えたんだ。俺って死ぬのか?」

 人が死ぬ直前とはこういう事なのかもしれない。

 脳が停止するんだから記憶なんて必要ない。そんな仕組みかもしれない。

「うぐっ!」

 思考を巡らせると激痛が走る。でもやめるわけにいかない。たぶん考えることをやめたらそこから先は死だ。


《……もう少しよ》

 何がもう少しなのだろう。距離か? それとも時間か?


《……アナタが……キーパーソンな……の……》

 なんだろこのフレーズ。以前聞いたことがある。


「うぐぐっ!」

 痛みに意識が消えそうになるが、声は徐々に響きを増してくる。聞き覚えのある声音。風前の灯火となった俺の脳に残されたわずかな記憶。

 俺が最重要キーパーソンだと、どこかで説明された。どこで?

 それ以外なにも思い浮かばないが――この声は好きだ。


 とにかく応えてみた。

「痛いんだ!」

《……どこが?》

 突然はっきりと耳元で聞こえた。いや耳元なんて感覚はおかしい。でもはっきりと聞こえた。


「全身が痛い。それから肩が抜けそうだ。それに寒い」

 見えない相手に言葉が自然に綴られていった。

《……しゅう……どうした……の?》

「同じ言葉を繰り返さないでくれ」

 つい焦燥めいた返事をした。


《…………聞こえ……のね?》

「ああ。聞こえる。ここはどこだ?」


《……言語に頼らない……念じ……のよ》

 意識の中だと言いたいのだろう。


 すでに言葉としてはっきり識別できるほどに明瞭なのだが、聞き覚えがある声だとしか思い出せず、声の主を特定できない。


《もっと……集中して……しゅういち》


 しゅういち……。

 それは俺の名だ。


 よし、一つ思い出したぞ。

「俺の名は山河修一だ!」


《聞こえる?》

「聞こえる! はっきりと聞こえる」


 見えない相手に嬉しくなって、俺は叫んだ。

《もうすこしよ……ワタシが助けてあげる》


 さぁーと朝陽が射すみたいに思考内が澄み渡った。全身を引き裂く痛みもずいぶん薄れてきて、墨汁に沈んだかと錯覚しそうな暗闇にわずかな光点が見えた。

 次の瞬間――小さな光点が閃光を放ち、再び暗闇に戻った。目が眩んでしまいよく見えなかったが、俺は人の気配を感じて数歩後退りした。


「あうっ!」

 体が甦っていた。自分の足で地を立つ感触がとても心地よかった。


 突然出現した自分の両手で、さっきまでなかった上半身をパタパタと叩いてみる。

 おおぉ。身体が存在する。実体があるってすばらしい。


『どう? 生きてるって感じがするでしょ?』

「だ……誰?」

 俺の目の前に白いワンピースを着た少女が立っていた。クラスメイトでもない。もちろん記憶にある顔ではないが、どこか懐かしい。きっと知り合いだったんだ。

 少女は溶いた墨をぶちまけた真っ黒い濃霧の中で、自ら発光するかのように輝いて見えた。


「だ……誰だっけ?」

 記憶にはあるが、どこの誰だか分からない。


『ワタシを忘れたの?』

 ずっと俺を呼び続けてくれた声の持ち主だと思われる。それにしたってなんと心地の良い声だろう。甘くとろける声音に全身の力が抜けていく。


『もう安心よ……すぐに思いだすわ』

 少女は背に掛かった柔らな栗色の髪の毛をふわりとさせて、さらに俺に一歩近づいてきた。


「それが……くそっ!」

 もどかしさがいっぱいで、焦燥感もあらわに叫ぶ。

「どうしても思い出せないんだよ!」

 だが少女はこともなげにこう言った。

『ワタシを忘れたなんて言わせないわよ』

 少女は艶やかな微笑を浮かべて近寄って来ると、呆気に取られた俺の手を握り、白く華奢な指を絡めてきた。




 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆




「ガウロパ! 失敗です。わたしを覚醒させて!」

 修一さんの意識から離脱したわたしは、ガウロパから背中に活を入れられて眼を明けた。

「修一くんの状態はどうなの?」

 飛びついて来た良子さんへ、わたしは力なく頭を振った。


 途端、噴き出すように泣き崩れる双子の姉妹。そして朱唇の端を噛んで頬を引きつらせる良子さん。わたしも答えを出せず、後悔の念が胸を刻んでいた。

「修一さんの意識が消えていて、真っ暗で……何も解からないのです」

 悄然とするわたしへガウロパが無言で歩み寄ると膝を落とした。

「何も無いとは……意識が消えたのですか?」


 意外にもイウだけが毅然と頭を振った。

「意識はある。だからミウは融合できたんだ」

 そう、間違っていない。死人とは融合できないからだ。


「カタチのあるモノは、なかったのか?」

 イウの自信に満ちた力強い声に内心が騒いだ。

 この男も精神融合ができるのか? パスファインダーの能力が無いと不可能なはず。


「何も……あっ、床はありました。それ以外は広さも認識できない真っ暗闇です」

「閉じたな」

 決然と言い切られて、わたしは素直に答える。

「そうです。下層意識に落ちたんです……。それよりあなた、精神融合ができるの?」

 イウは答えなかった……。ではなく、わたしたちの会話が強制的に遮断されたのだ。


《日高ミウさん……感じますか?》

 妙な圧迫感とともに、いきなり天井付近から言葉が突き貫いてきた。


 空気を伝わる声ではない。言葉だけ――つまり思考波だ。

 それはコミュニケーターを通じて伝わったものだが、圧力を感じるなんてことは有り得ない。ほんとうに異様な感覚で、頭上に何かが覆いかぶさってきたのかと身構えるほどの威圧感だった。


(誰ですか?)


《あなたの言葉に直すと、AIと呼ばれるスタンドアローン型デバイスです》

(ら……ランさん!?)


《はい》

 反射的に天井のポッドを睨み返した。そこから喋りかけてくるのではないとは解るのだが。


《現時間は凍結させてあります。周囲を気にする必要はありません》

 そう言われて自分が亜空間にいることに気付いた。

(どうやって……?)


《亜空間転移を意識したのは、切迫した事態に陥った日高さんが無意識に行った結果です》

(わたしが? バカな!)

 無意識にわたしが亜空間へ飛び込んだと言うの?

 あるはずがない、わたしはパスファインダーだ。


 それよりも――。

(あなた……どうしてわたしのコミュニケーターとアクセスできるのです?)

 ランさんはそのことについては答えなかったが、意味不明の返事が返ってきた。


《スピリチュアルモジュレーションを利用して精神融合を行えば、深層心理のさらに奥まで侵入することが可能です》


 信じられない。この時代に作られたAIが、たとえどんなに優秀であっても、わたしにインプラントされたコミュニケーターは、ここより700年未来の技術。そこへアクセスしてくる。ましてや『スピリチュアルモジュレーション』って何? 31世紀からやって来たわたしでもそのような変調技術は知らない。


(その技術、どこで習得したのですか?)

 コミュニケーターを通して、わたしがAIに尋ねた疑問に対する回答はとんでもないものだった。


《答えることはできません。今の質問は時間規則に反します》


(じ、時間規則って……AIが理解してるのですか?)

《ワタシのファームウエアーにインストールされています》

 意外な展開に言葉を失いそうになった。

 こんなオーバーテクノロジーのAIが双子が生まれる以前から教授の自宅にあったこと。そしてカロンの発見時期の齟齬。現代組の周りには釈然としないことが多すぎる。


 わたしは天井から見下ろされる異様な気配を払拭できなかった。しかし天井にはインターフェースポッドがキラキラと虹色の光りを輝かせるだけで、何も変わったことはない。だが確実にわたしのコミュニケーターが反応していた。


 信じがたい現象なのだが、この危機的状況下では無視できない。わたしは単刀直入に訊いてみた。

(あなたは、いつの時代に作られたのです?)

《答えることは時間規則に反します。それより早急にワタシと精神融合をしてください》


(なんですってっ!?)

 AIと共に精神融合など前代未聞の話だ。できっこない。


(無茶を言わないで。やったことありません)

《あなたは修一の精神まで誘導するナビゲータを努めるだけで結構です。後はこちらに任せてください》


(なんと……)

 それっきり言葉を失くした。AIが生命体の複雑な精神活動的構造を理解できるの?


《日高さんはワタシを修一の意識に融合させるだけで構いません。その後は覚醒して麻衣たちが作った流動食を修一に与え続けてください》

(失敗したらどうするのです。修一さんは廃人になってしまうのですよ)


《時間凍結を解除します。今すぐに精神融合を開始しなさい》

(なっ!!)

 わたしは、このAIに恐怖ではなく畏怖(いふ)を感じていた。




 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆




『修一……こっちを見て』

 少女は頬を緩めると黒い瞳で俺を見つめてきた。


『ワタシの声だけに意識を寄せなさい』

 腹の底に滲みてくる声色。幼げな雰囲気の残る少女の割りに口調は大人びていた。


 彼女は俺の瞼に手を当てて、目をつむれと暗黙の指示をしてくるので、おとなしく目をつむった。と同時にとてつもない不思議な感触が広がる。

 それは優しさや、楽しさ心地良さなどに混ざってやってくる信じがたい快感だった。


「声から塩味や旨味まで抱くなんてことがあるのか?」

 何かを口に流し込まれているのかと思ったが、それらしい振る舞いは確認できない。


『どう? 苦痛や苦悩、不快感をすべて消すとそうなるのよ』

 なんだか心の底から温まり満腹感が甦って来た。快適だ。心地よい音楽を聞きながら好物をたらふく食べる至福の感覚だ。


「目をつむったほうがよく解る気がするけど、どういう仕組みだ、これ?」


『あなたの意識に直接話しかけるからです』

 会話というより温もりのあるメロディみたいな感じだ。


「その声には聞き覚えあるし意識もできる。どこだっけ。どこで会ったのかな?」

『甲楼園にあるグレースハンティングの倉庫が最初の出会いです』

「甲楼園? ん? 聞いたことがあるな。どこだっけ、そこ?」

 知らぬ間に俺の記憶が少し蘇ってきた。


『思い出しましよう……。ゆっくりとでいいです。あの倉庫であなたは麻衣と麻由から贈り物をされたでしょ?』

 息が俺の頬にかかる。それが肌に感じてぞくぞくする。この子と喋っていると体からどんどん毒素が抜けていき、続いて痛みが薄れてゆくのだ。


 麻衣と麻由……。

 忽然と目の前が開いた。

「川村麻衣と麻由。双子の姉妹だよな」

 さらに曙光が射した。

 ああそうだ、思い出したぞ。いつだかの冬休み、チンピラ狩りをしていたあの二人と出会って、俺は初めて心を打ち砕かれた。


 乾いた砂漠の中心から湧き水が吹き出すようにして記憶が俺の脳を満たしていく。

「その二人から貰ったんだ。でっかいブッシュナイフとショットガンの実弾500発だぜ」

 俺は愉快な気分になってきた。腹の底から笑いが込み上げてくる。

「女の子から貰うプレゼントじゃないもんな。俺、笑っちゃったよな」


『そう……。よかったわね。それからどうしたの?』


「それから? えっと?」

 なぜかそこから先は霧が掛かって何も思い出せない。無理して思考を巡らせるとまた激痛が走る。

「くぅぅぅ……」

『痛みはフェイクです。意識の中では感覚もコントロールできます。悪寒もそうです。すべてあなたの意思でどうにでもなるはずです』


「分かったよ」

 背中から胸にかけて突き抜ける痛みを無視して、甲楼園のことを思い出してみた。

「そうだ。ブラックビーストに囲まれて……。でもサーモバリックで蹴散らしたんだ。びっくりしたけど、今から思えば快感だったな」


『そうね……他にもあるでしょ? ゆっくりでいいから、ひとつずつ思い出しましよう。ゆっくりと、ゆっくりと……ね』


 心理カウンセリングを受けるようだ。全身の力が抜け、とろりとした物静かな空気が広がってきた。

「……ん?」

 栗色のセミロングの先が頬に触れた。いつのまにか俺は仰向けに寝ており、上から少女が覗き込んでいた。

 髪の毛のくすぐったい感じが、その子と心が通じるような気分にさせてくれる。


「えーっと。それから……ケミカルガーデンにもいた……そう、そしたらミウを見つけたんだ。そうだ。あいつ、あんなとこでミニスカートだったんだぜ」


 その瞬間、舞台の幕が上がった。さぁーっとすべての記憶が甦り、青空が射したのかと見紛う景色と共に俺は思いを口に出した。


「そう言えばアストライアーに移ってからミウはミニスカートを穿かないけど、もったいないよな」


 ガバッと目をあけた。


 瞬間、視界に飛び込んできたのは、天井のインターフェースポッドが放つ虹色の光が乳白色に戻る間際だった。

「あ……アストライアーだ!」

 何もかも覚めた。とんでもなく爽快な気分だ。目覚ましが鳴る前に覚醒した朝の清々しさだ。


「な――っ!」

 勢いよく起き上がった俺の真ん前に、赤く頬を染めたミウの顔が……。

「えっ?」

 と思って、周りを見渡す。


「麻衣、麻由……なんで?」

 怖い顔で両側から睨みつけてくる双子の形相に驚き、俺は縮み上がった。


「「何でやない! 人が死ぬほど心配してたのに――ミウのミニスカートが気になるって、どういう了見や!」」

 と叫ぶが、二人は同時に両サイドから俺に抱きつき、「よかったぁ!」と大声で泣き出した。


 ワケが解らんぞ?

 なんだこいつら? 怒ってんのか、喜んでんのか?


 俺の前でミウは耳の先まで赤くして恥じ入り、麻衣と麻由は大粒の涙で泣きながら怒っているし、柏木さんはマリア様みたいに優しい笑顔を振りまくし。いったいここでは何が起きていたんだ?


 続いてすべての記憶が蘇ったことに安堵する。思考の中で繰り広げられていた別の世界のこと。そしてここが俺の元いた世界だと言える確信。

 そう目の前に麻由が立っている。じっと俺を見つめて答えを待つ麻衣と同じ顔をした麻由が。


「いや、あの……ミウがミニスカート穿いていたってのは、えっと……なんだ。思い出話じゃないか。そ、そうだ。思い出話をしちゃいけないのか?」

 頭をガシガシ掻き毟って、言い訳めいた言葉を綴る俺の背中をイウが力いっぱい叩いた。

「あっははは。オマエらしい目覚めの感想だ。もう大丈夫だ、コピーねぇちゃん。こいつは元のバカに復帰したぜ」


 うーむ。なんと答えようか。言葉が無いよな。とりあえずよかった……とでも言っておこうか。


 それでもまだ泣きじゃくる双子と柏木さんの力強い握手、ミウの恥ずかしそうな表情が不思議で仕方なかった。


 ガウロパがでっかい体を寄せて来るとつぶやいた。

「ミニスカートで注目を浴びるとは……修一どのは大物でござるな」

「なんだぁ? その褒め方は?」




 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆




 その後――。

 わたしは、修一さんを目覚めさせたAIに、コミュニケーターを通して尋ねた。

(聞こえたら答えて。スピリチュアルモジュレーションってなんですか?)

 無反応だった。


(さきほど、わたしが切迫した空気を読んで無意識に亜空間に飛び込んだと言いましたわね。わたしはパスファインダーです。無意識で飛び込むことは絶対にありませんよ)

 いくら待ってもAIは何も答えてくれなかった。


(姫。現代組が戸惑っております。説明致したほうが良いかと)

(どれぐらいわたしは沈黙してました?)

(約4分です)

(現状の報告をしてください。修一さんはもう大丈夫です。それとこのAIとコミュケーターで繋がっていたことは内緒でお願いします。説明がたいへんですから)


(それはそうだ。オレもさっぱり理解できない)

 イウの意識も伝わってきた。


(こういうときだけ、あなたはちゃっかりと傍受(ぼうじゅ)して……。呆れますわね)

(文明の利器は使わねえとな……)

 わたしは、にへらと笑うイウを下から睨み上げてやった。


 すぐに覚醒した修一さんは、こともあろうか恥ずかしげな言葉を発して目覚めた。

 確かにここ何日かはミニを穿いていない……。でもあんなことを言われると穿きづらくなる。

 後頭部を小突かれながら、双子のつくったおかゆを一心不乱でむさぼる修一さんの後ろ姿を、安穏とした空気に包まれて見届けた。


 これでもう大丈夫。すべてが終わった。


 すっかり忘れていた。もう一つやることがあった。

(ランさん。聞こえますか? あなたにどうしても尋ねたい案件があるのです)


 もう一度、コミュニケーターを起動させる。

(どうしたのです? ランさん。聞こえてるんでしょ。返事をなさい)

 さっきはコミュニケーターにアクセスしてきたのに、まったく反応はなかった。


 わたしは耐え切れず、つい声を出した。

「ランさん、なぜ黙ってるのです?」


『はい?』

「我々のコミュニケーター(思考会話装置)を盗み聞きしてるでしょ?」


『現在、音声認識処理はあなた以外、話主を特定していません』


「コミュニケーターと同調できるんじゃありませんの?」

『コミュニケーターと呼ばれるデバイスは認識していません。コンタクト不能です』


「スピリチュアルモジュレーションとは?」

『質問の語彙はデータバンクにありません』


「時間規則については?」

『時空理論については暫定的なデータの蓄積が有りますが、説明できません』


 何だか腑に落ちない。間違いなくわたしはこのAIを誘導して修一さんと精神融合を行ったのだ。しかもこのAIは見事なまでの振る舞いで精神の平衡を元の状態に戻した。


「何かわたしに言えないことでもあるとか?」

『質問の域を越えています。理解不能です』


 人工頭脳が生命体を誤魔化すとか、ウソをつくなど天地がひっくり返ってもないはず。知らないというのなら、何らかの緊急的プロセスに切り替わっていたとしてこっちが納得するしか方法は無い。


「もうけっこうです。わたしも忘れます。あなたも忘れなさい」

 しかしランさんは最後に謎めいた言葉を漏らした。


『日高さん――お疲れ様でした』


「なに? 今の言葉」

 深い意味が含められた一言に、心臓の鼓動が跳ね上がった。

 やっぱりこのAI、何か隠しているわ。

 何でしょう、この胸のざわつきは……。

  

  

現在、執筆活動が停滞中です。ご迷惑をおかけしております。

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