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ゼロの支配者  作者: 雲黒斎草菜
九州編
82/109

 延岡の海岸(後編)

  

  

「「ねぇミウ?」」

 強い怒りの念波を筋肉バカに飛ばす背後から声を掛けられて、背筋をびくりと伸ばした。さすがに双子。同時に同じトーンで尋ねられたら、ぞわっと鳥肌が立つ。


「どうやって修一を操るの? 電波みたいなもの?」

「電波?」


「だって、いまランちゃんが電磁波を感じるって……」

 麻由さんの拙い表現に頭が痛くなったきた。まぁ700年過去の人の考えだからと、頭を押さえたくなる衝動は致し方が無い。

「電波と言ってもいいでしょうけど……電磁波を脳に流し込んだら発狂してしまいますわ」


 双子はわたしの背後から、左右に分かれてテーブルをぐるりと回って自分の席へ向かった。まるで鏡像だ。まったく同じ二人が同調した動きでテーブルを周回する光景を目の当たりにするとめまいが起きる。


 二人はわたしとは対面の席で、「「ふ~ん」」と、肯定したようなあるいは否定したような、あやふやな返事をすると、同期したタイミングで椅子を引き、同時に座り、同時に手を組んでテーブルの上に載せ、同じ角度と速度で顔を上げる。そこまで意識しないでぴったり合わすなんて、まるでアンドロイドかCGだ。


 わたしは襲ってくる目まいと戦いつつ、残りの説明をする。

「正確には脳の中に流れる思考波と同じ波長の微弱な輻射波を電気シナプスを経由させて大脳皮質へ送り、さらに内部の海馬をコントロールして異なる体験をさせるものです」

 二人は丸い瞳を同時に広げて、同じタイミングで息を吸った。


 あー頭痛い……。


「でもさあ。なぜ修一くんなの? 麻衣や麻由、てゆっか、私が狙われてもいいワケでしょ」

 なんだか良子さんは不服そうだった。身を持って体験してみたいらしい。さすがは科学者。危険なことでも好奇心が勝るようだが、その質問は答えにくい――単純思考をする人物のほうがコントロールしやすいからだ――とは言えないわ。


「そうですね。たぶん修一さんが……あまり複雑でないからでしょうね」

「ふっ。はっきり言ってやれ、単細胞はやりやすいんだ……ってな」

 イウの投げつけた言葉に、現代組はそれぞれ目に笑みを溜めて視線を交差させた。


 しかし良子さんは引き下がらず、別角度の質問をしてくる。

「あなたは修一くんと融合して、どんな世界を見てきたの?」


「わたしはホンの一部しか見てませんが……楽しい学生生活を送ってるようでした」

 わたしの返答に、良子さんは好奇心がそそられたようでしつこく訊いてくる。


「そこに、私は登場してきたの?」

「い……いいえ」

 咄嗟にかぶりを振る。


 ここで『あなたは教師でした』なんて告げたら、自分も連れて行けと言い出しかねない。火に油を注ぐ行為はしたくない。


「ふぅん……。ねぇ精神融合って、他人も連れて行けないの?」

 黒髪を柔らかく振らして目を光らせた。


 やはり――。

 わたしが想像したとおりの返事だった。


「物体が移動する時間跳躍ではありません。それに他人の思考を興味本位で覗くものではありませんわ」

「ウチらでも無理なん?」

 すかさず双子も訊いてきた。もちろん答えはノーだ。


「ちえぇぇーだ」

「「ちぃ……」」

 子供みたいに拗ねた良子さんは赤い舌を出し、双子たちも同時に舌打ちをした。


 はぁぁぁ~。この人たちって……。

 結局、わたしは頭痛を覚えることになる。




 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆




『前方120メートル先に人工の護岸設備があります』

 アストライアーは半時ほど進んで静かに停止した。


 キャノピーの前に海が広がっていた。しかしわたしの記憶する海とは程遠いほど粘り気のある黒い海で、防波堤の壁に沿って重そうに上下に揺らぐだけ。サラサラした青い水が打ち上げるわけでも無し、沖を見ても白波などまったく上がっておらず、激しく淀んだ大きな波がうねるだけの景色だった。


「これが海……?」


 思わず漏らしたわたしの声に、

「そうよ。ケミカルガーデンに面した海はなぜかこうなるの。でもカビ毒が消えていて黒いのは富栄養化した状態なの。海中の生物には栄養満点でとてもいいのよ。だから普通の何倍も早く巨大化するわ」


 麻衣さんも話しを継いで。

「それに潮風はケミカルガーデンを衰退させんねん。ほら見て、糸状菌が後ろに下がってるやろ」

 海岸には何も生えていないガラガラとした荒れた地べたが広がっており、目の前には舗装された白い道路が見えた。簡易的な防波堤から向こうにそびえる崖の頂上へと伸びている。


「道路ですわ……」

「ほんとだ。この海岸から荷物を運ぶために作られてるのね。ほらあの上に建物があるもの」

 料理なんて一度も作ったことがない良子さんのほっそりとした指の先に、崖からせり出した人工の土台が見える。その上にキューブ型の建物が二段重ねで建っていた。


「ランちゃん。入り口まで登ってくれる?」


 アストライアーはアスファルトの道路をガラガラと音を上げて登って行く。舗装された道路は悪路走行用の無限軌道で登るのは無理がある。非常に走りにくそうだった。何度か空回りをさせながらも何とか登り詰めた。


『建物の50メートル手前です。土台の強度が不明のため、これ以上侵入することは推奨されません』


 この中で一番冷静なのがこのAIだというのが悲しい。なぜなら良子さんと双子の姉妹は一目散に乗降口に走っており、すでに操縦補助席に姿は無かった。ガウロパもその後を追おうとするので大きな声で制する。

「お待ちなさい! あなたの耐熱スーツは引き千切れて半袖半パンになっています。カビ毒のある外には出られませんよ」


 ガウロパは悔しそうな顔をすると、

「しかし、姫さま。護衛無しで未知なる建造物に向かうのは問題ありだと思えます。それにケミカルガーデンはあんなに後ろに下がっていおりますゆえ。心配は無用かと……」

 行きたくてむずむずしているのがリアルに伝わってくる。


 まぁ彼の言い分も一理ある。何が起きるか分からない危険な場所へガウロパの護衛無しでは心もとない。しかしこの人が動けば、アンクレットの件があるからイウも付いて来る。これは仕方が無い。しかしそうなると、アストライアーは無人になる。修一さんを置いて行くのはどうかと思う。


「みなさん! 修一さんが一人っきりなのですよ。心配じゃないのですか?」

 わたしは階下の乗降口でかしましい声ではしゃぐ現代組に叱咤(しった)した。


 思ったとおり、しばらくすると双子がしょんぼりとした顔をして上がって来た。


「だからその原因を探りに出かけるんじゃない」

 麻由さんがしれっとした顔で主張するが、

「あなた方が出向いても何の役にもたちません。変異体生物の採取に行くのではないのですよ!」

「ちゃうの?」

「んぐっ!」

 真剣に呆れ返ると声が詰まる、という実体験を生まれて初めてした。


「こ……こんなときに、何を考えてるのです」

 とにかく深呼吸をして、沸々噴き上がる苛立ちを抑える。


「あなたたちにはやってもらいたいことがあります」

「何なん?」

「修一さんの看病……」

 と言いかけて閃いた。

 こちらからもアプローチを掛ける方法があった。


「ランさん!」

 お腹の底から声を出して天井に向かって呼んだ。


『囁き程度でも音声認識処理は起動します。音量を上げる必要はありません』

「別にあなたの耳が悪いとか言うつもりはありません」


『アストライアーには耳介(じかい)も鼓膜ありません。強いて言うと誘電体と磁性体による誘電分極から得た変換電圧を増幅し……』


「日高さーん。ランちゃんに喧嘩売っても勝てないわよ」

 良子さんに言われるとおりだ。勝てる気がしない。


「わかりました。ランさん。電圧変換の講義は今度にしてください。あなたには頼みたいことがあります」


『なんでしょうか?』

「修一さんを極限の空腹状態にできませんか?」


「「ええっ! なんちゅうこと言うの!」」

 双子からのブーイングは承知の上だ。


「体に害のない程度でいいのです。代謝を上げてぎりぎりまで飢餓状態(きがじょうたい)にすると、いくら意識下で好感のある世界を見せられていても、空腹には勝てないでしょう。そうすることで向こうの世界に嫌悪感を抱かせることができます。その後、飛び切り美味しい流動食を与えてこちらの世界をアピールするんです」


「なるほどね。寝ている子を突っついて見てる夢を変えるのね。おんもしろそう」

 良子さんは楽しげに語尾を上げるが、

「しかしやり過ぎると健康的によくありません。どうですか? ランさん。できますか?」


『体温を上昇させ、栄養ジェリにカプサイシン、硫化アリル等を与えて代謝を上げ、早く空腹感を煽ることは可能ですが、その後の食事を調理する人材が必要です』


「それを麻衣さんたちにお願いするのです。この方々は修一さんの好みの物を熟知していますし、味付けも大好評ですわ」


「そ……それほどでもないけど……なあ、麻衣?」

「ね……ねえ」

 修一さんのこととなると、この二人はなぜか右往左往するので面白い。ほらほら、また二人がシャッフルされて、パッと見でどっちがどっちか分からなくなった。


「ほんで、なに作ったらエエの?」

「寝たままですので、流動食ですね」

「流動食って?」

 尋ねる麻由さんに――だと思う。


「おかゆです」


「「お、か、ゆ? なにそれ?」」

 そうか……。この時代にはおかゆは(すた)ってしまったのね。


「弱った人に与える消化のとてもよい病人食です。あなたたちは病気のとき何を食べるのです?」

「栄養ジェリや」

「何でも薬剤に頼って……」

 と言ってしまってから、3000年代はもっとひどいことになっていたことを思い出した。

 結局1900年代から200年間ほどが、最も人間らしい生活ができたのだ。


 ひとまず。

「では代謝を上げてまずは空腹状態に向かわせてください」

『わかりました。体温を上昇させ、疑似的に筋肉運動を開始させます』


「ではお二方にはおかゆの準備をお願いします」

「どうやんの?」


 わたしは1990年代での生活が最も新しい経験のため、この乗り物に常備されたお米を使って、おかゆを作る方法を教えることにした。


 西暦3012年生まれのわたしが、1990年代に教わった料理を2300年代の人に伝授する、なんだかよく解からないけれど、スケールだけは壮大な話しに良子さんは慈愛を含んだ微笑みを浮かべて黙って見守っていた。


「作り方は簡単です。いつものお米の炊き方よりかなり大目のお水を入れて、こぼさぬように1時間近く煮立てて、塩を入れて味を調えるだけです」

「だし汁を使ったり、卵を溶いて最後に入れたりしてもいいわね」

 料理を得意とする二人なので、この辺りは飲み込みが早い。


「ランさんは空腹状態が限度を超える寸前になったら知らせること。そのタイミングで美味しいおかゆを与えるのがあなた方の役目です」

「了解や。ウチらが飛びっきり美味しいやつ作ったるわ」

 修一さんを前にして消沈していた二人が、みるみる元気になっていく。


「ねぇ。今晩あなたたち給食当番でしょ。それ私も食べてみたいわ……」

 良子さん。さっきの瞳の輝きは慈愛でもなんでもなくただの好奇心だったのですね。


 麻衣さんも淡白に承諾する。

「ええよ。修一で人体実験して、今夜は飛び切り美味しいおかゆを作るから」

 その言葉を受けて期待する反面、修一さんが可哀想に思えてきた。


「あ……あの……」

 なんとも複雑な気分に陥ったわたしは、言葉を失くすだけであった。

  

  

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