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ゼロの支配者  作者: 雲黒斎草菜
九州編
80/109

 意識の中のイミテーションワールド

  

  

「――どこに戻るの?」

 委員長の北村裕子がホールに続く階段の途中から見下ろしていた。


 やっべぇ。見られたか?


「日高さんは?」

 彼女は周辺を窺うような視線を配りつつ、手すりに沿ってゆっくりと階段を下りて来た。

 いきなり消えやがってミウやつ――言い訳を考えるヒマがなかったじゃないか。


 俺以外に人の気配を感じなかったのか、北村はとんとんと残りの階段を弾むように()り切ると、高鳴る鼓動を必死に抑える俺へと歩み寄って来た。

「日高さんが先に来てたんじゃないの?」

 スカートの折り目を気にしながら、長椅子に深く座った北村は眼鏡の奥から目を光らせた。


「いなかったぜ」

 ここはすっとぼけるしかない。


「お前もテスト終わったのか?」

「あたり前でしょ」

 北村はそれ以上ミウのことを詮索してこなかった。


「それより、あなたの答案用紙をチラッと見たけど……白紙じゃないの。変異体を研究する学者の娘を彼女にしてるのに……そんなんじゃ、麻衣ちゃんがかわいそうよ」

 北村ってこんなにお節介焼きなのか。


「いいんだよ。本気出せば俺もそこそこいいんだ」

「何がいいのよ?」


「男は緊急時に本当の力を出せればそれでいいんだ」

 いつだったか、甲楼園浜跡のガーデンの中で麻衣に言われたことを思い出していた。

「今がその緊急時だと思うんだけどなぁ」

 痛いところを突いてきやがる女だ。


「裕子ぉー」

「ミサ! どうだった?」

「ばっちりよ。裕子のヤマが当たったねー」

 次に降りてきた来た女子と北村はハイタッチをして、そっちと会話を始めた。


 とりあえず一件落着だ。

 俺は長椅子の隅に移動して背もたれに大きく身体を預けると、ミウの残してくれた言葉を反芻してみた。


 意識の中に映された別の未来の実映像……。

 実体のある映像とか?

 なんかすげえけど、超未来の技術を持ってすればそんなことができるんだろうな。

 ここ数週間でイロイロなことが連続に起きて、俺の辞書から『驚く』という項目が消え去って久しい。いまさらこんなことではもう驚かない。

 あの大きなアストライアーごと115年過去へ戻ったことや、俺のテント中には国宝のお宝が当時のまま新品状態である、など到底あり得ないことが俺の世界では現実なのだ。変異体生物の試験のヤマが当たったから、どうだと言うんだ。俺の経験からすれば小さい小さい。


 くだらない愉悦に浸っていたら、クラスメイトの大半がホールに散らばって騒いでいた。

 ここに来て急に余裕が出てきた。さっきのテスト、何となく惜しい気がする。俺の答えられる質問が何個かあった。『カビ毒を蔓延させる生き物は?』とか、『多足亜門・節足動物とは何か』などは、このあいだ実践で頭に焼き付けられたばかりだ。


 最初の答えはガンビ蝿。これに関しては教科書に載っていない事実を勉強済みさ。尖った先よりも糖分のあるものに群がりやすい。

 で、二つ目は柏木さんの大好きな大百足(オオムカデ)さ。これだって実物を観察したから、クラスの誰よりも実際の生態を語ってやることができる。


 ああ、くそ。0点だけは免れたのにな。



 最後に村上が疲れた表情で現れた。一部の生徒から握手に送られて。

「山河と違って俺は最後まで諦めなかったからな」

 俺は鼻で笑ってやった。

「でも点数は、それほど変わらんだろ?」

「ばぁーか。ひとつぐらいは合ってるさ」

 すぐに授業終了のチャイムが俺たちのバカ笑いを掻き消し、他の学年の生徒たちも教室から出てくるとホールは徐々に騒がしくなってきた。


「しゅうぅーいち!」

 人ごみを掻き分け、スカートの裾をなびかせて走り抜けて来る麻衣の声が響いた。

「ごめん。ちょっと通して。あっ、ごめんね」

 何人かに引っ掛かり、それでも楽しげに何やら手に持って俺の方へ飛んで来た。


 たどり着いた麻衣は、両手を膝に当てて、はぁはぁと荒い息を数度吐いてから、澄んだ瞳で上目遣いに覗き込んできた。

「ね……テストどうやった?」


 憐れみを込めたうめきにも似た息を吐き、村上が俺の肩をぽんと叩いた。

「ご愁傷様……オレにまでとばっちりが来たらヤダかんな。んじゃ教室戻るワ」

 小声でつぶやき、いそいそと離れて行った。


「どしたん?」

 麻衣の潤みを帯びた瞳が俺の胸中をぐさりと突き刺してきた。

 ここは精神内に映された別未来の世界だとミウは言うが、後悔や悲哀など心の痛みもちゃんと伝わってくる。たぶん麻衣は一生懸命に俺の勉強を見てくれたんだろう。それをあっさり白紙って……バレたらこりゃ相当傷つくだろな。


「か……完璧とまでは言えないが、これまでにない出来だった」

 あー。胸が痛い。


「ほんま? よかったぁ」

 麻衣は俺の横にふありと座り、「ご褒美」と、可愛い弁当箱を膝の上に載せてくれた。


「これなんだ?」

「ウチのお弁当箱で悪いんやけど、あんたの朝食用のお弁当や。この休み時間に食べてしまいや。15分しかないからね」

 俺は乙女チックなナプキンクロスで包まれた弁当箱を受け取り、

「え? お前の弁当は?」

「ウチはパン買うから、かまへんねん。ほな、次の授業体育やから着替えなあかんし。もう行くわ……じゃ昼休み、いつもんとこで……」

 と言うと、春風みたいに人ごみの中を走り抜けて俺の前から消えた。


 この状況が信じられなくて唖然とする。

 ここの麻衣は一途で従順で、めちゃめちゃ可愛いじゃないか――元の世界と比べたらどうだ――俺に弁当ぉ?

 あり得ない……いや、『琉球大筋銀蜻蜒(リュウキュウオオスジギンヤンマ)』の幼虫なら煮つけてくれそうだ。


 ところで俺はひとりで苦笑いを浮かべる。

「いつものトコって……どこだ?」


 握り締めた弁当はまだ温もりが残っていた。




 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆




 額の奥に残る白光の残像が薄っすら消えるころ、わたしはゆっくりと目を開けた。ボヤッといろいろな時空の景色が飛び込んでくるのは超視力の欠点で、どの映像が現時なのかがはっきりしない。


「姫さま……これを」

 ガウロパからゴーグルを手渡され、

「ご苦労様」

 それを目に当てた瞬間、周りの景色にはっきり焦点が合い通常視界が映る。

 何か言いたそうに不安げに見つめてくる双子の姉妹へ、とりあえず微笑であげることができた。


「どう? 修一は?」

「ご安心ください。精神病でも睡眠障害でもありません」

「なんなの?」

「どうゆこと?」

 もう、二人ともそんなに急かさないで。


 その肩越しに滑稽な状況が展開していた。

 プラスチックのカップになみなみと水を入れて、柏木さんがギャレーから抜き足差し足状態で移動して来るのだ。


 どうしてそんなに満杯に入れるのかしら……だからすばやく動けないのよ。

 覚醒と同時に呆れ返らせてくれる、この年上の女性の行動は予測できない。出会った当初は苛立たせてくれたが、最近では可愛らしくさえ見えてくる。


 数メートルの距離を数秒掛かってやっとわたしの前に到達。

「ほら、日高さんお水飲んで。喉渇いてるんでしょ?」

 わたしは、ほころばせた声で答えた。

「あら、お珍しい。えらく気が利くんですのね」

 良子さんの指摘のとおり、わたしの体は激しく水分を欲していた。


「ガウさんが精神融合すると喉が渇くって……」

 はうと息を吐いてわたしはガウロパを睨む。おしゃべりな奴め。

 思ったとおりスキンヘッドは、わたしから目を逸らした。


 まぁいいか……。


「いただきます」

 わたしは冷たい水を一気に飲み干す。干乾びた喉がみるみる潤ってくるのが伝わってくる。


「で、どうだったんだ? やっぱり分極未来の実映像か?」

 待ち切れずに質問をしてきたのはイウだ。


「えっ?」

 この男、リーパーとしての知識がかなり豊富だ。誰の従者をして来たのかしら?

 リーパーを育てるのはマスターとなる人物で、その方が聡明であるほどリーパーは育つ。


 問いただす時間が無かったので素直に答える。

「おっしゃるとおり、分極未来の状況を意識化に構築されていました。ただし一部誇張されています。時空震前の事象がかなり良い方へ修正されています」

「良い方へ?」

「ええ。都合のいい方向へです」

 イウはひとつしかない蒼い瞳をきらりとさせて、解説するように言う。

「誰にとって……。そうか、修一にだな。リーディングソースに好印象を与えて、そっちの未来を繋ぎ止めておくためだ」


 コミュニケーターを使用していないのに、わたしの短い説明でほとんど正しく判断している。この男、理解力がすごいわ。


「――ねぇぇぇ。日高さんってば!」

「えっ?」

 良子さんのキンキン声で、黙考から抜け出せた。


「なに小難しい話してるのよ。現代組にもちゃんと説明してちょうだい」

 わたしは良子さんを見て思わず吹き出しそうになった。

「あなたは何も変わりませんわね」


「え? なに? どうしたの?」

 余計に混乱させたようだ。

「すみません。気になさらないで……」


「それより、結局どういうことなの?」

 首をかしげつつ尋ねる良子さんへ、

「修一さんは時空震で分岐した未来を見せられています」


「誰から?」

「もちろんそっちの未来から来たリーパーにです」


「なんで?」

「印象を良くして自分たちの都合いい未来に矛先を変えるためです」


「修一くんの妄想じゃないの?」

 わたしはかぶりを振る。

「妄想ではありません」


「なぜ言えるの?」


「妄想と判断するには三つの定義と比較すれば事足ります。まず、それを本人が確信していることですが、修一さんは最後まで信じていませんでした。そして外部から説得に応じず訂正しないこと。これも当てはまりません。自分の置かれた世界にずっと疑問を持っておられました」


「なるほどね……」


「そして内容が不合理、かつ現実離れなことが多いのですが、修一さんが見せられてる世界はごく普通の世界でした。それに比べて彼を取り巻くこの実環境のほうが現実離れをしていますわ」

 わたしは視線でこの巨大なアストライアーの機内を見渡して示した。


「あははは。そうよね。こっちはタイムトラベルに人跡未踏の九州をアストライアーで旅行中だもんね」

 スタイルのいい背筋を伸ばして腕を組んだ良子さんは納得したようで、

「となると見せられてるのは、超未来人に都合の良い、修一くんを誘う蠱惑(こわく)の世界。つまり本来の未来とは異なるわけね」


 蠱惑と言うのはどうかと思うが、頭の回転は速い。それ以上の説明をしなくとも残りは察してくれて、

「でもさ。それってなんだかインチキ臭いわね」

 おもむろに鼻の頭にしわを寄せた。


「そのとおりさ。俺たちの未来では持ち出し禁止の技術だ。人を洗脳させることができるからな」

「「洗脳ぉぉ!?」」

 横から口を出したイウへ、双子はユニゾンで口をぽかりとする。


「意識の中といっても、現実の世界とまったく変わらない実感のある世界にいるんです。誰だって本物だと思って自然になびいて行きますわよ」

 訝しげに首をかしげる双子へ説明するが、二人はキョトン顔。


「麻衣さん?」

「ん?」

「あなたはいまアストライアーの後部格納庫に居ますが、これは現実だと思いますか?」


「あたりまえやん。壁を叩けば手は痛いし、ガンガン音が出るし、耳もキンキンするし、呼吸もしてるやんか」

 麻由さんも強くうなずいていたが、わたしは否定的な説明をする。


「それは外部から受けたあらゆる刺激を脳の中で再構成されたものを実体として認識するからにすぎません。もし、すべての刺激と同じモノを脳の視角野、感覚野などに流し込めば、異なる場所に……例えばご自宅の、あのお屋敷にいても、あなたはこのアストライアーの格納庫だと思いますわよ」


「じゃあ、修一はどこにいるの?」


 心細そうな麻由さんの質問に答えていいものか、しばらく躊躇(ためら)ってしまった。それを余計に気にしたようで、

「ねぇ、どうしたのミウ。修一は大丈夫なの?」

 顔色がみるみる青白くなり、これ以上心配させるのは気の毒だと思い、また別の言い訳を考える間もなく、つい口走ってしまった。

「安心して。修一さんは今、学校に居ます」

 言ってしまってから気付いた。この報告はちょっとまずかったかも。


 思った通り二人は大きく目を見開き、

「「学校? あの修一が――っ? うっそぉ」」

 見事なコーラスを披露してくれた。

  

  

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