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ゼロの支配者  作者: 雲黒斎草菜
九州編
77/109

 イン麻衣ドリーム

  

  

 昨日、ガウロパと感じた時間流の怪しい渦は確実に強さを増していた。イウも感じているはずなのに、言葉には出さないし、コミュニケーターを使って表面意識を共有しようともしない。あの男は裏の顔を持つので注意しないといけない。


 それよりも気になる案件がある。麻衣さんがわたしに告げた。幽霊とかいう言葉。よりによってわたしの幽霊って……いったいなに? ありえないことでしょ。失礼だわ。


 ちょうど前をガウロパが通っていたので声をかける。

「ちょっと……」

「あっ、姫さま、お早うございます」

「おはよう。今日も良い天気だといいですわね」


(……ぬ?)

 ガウロパから疑念のこもった意識がコミュニケーターを伝わって来た。

 ほんとうに勘の悪い人。わたしの比喩表現が理解できないでいる。


「これは挨拶です。この時代に青空が出ないことは知ってます。もっと柔軟に物事を考えなさい」


 ガウロパはニヤニヤと変な笑いを浮かべて、わたしに頭を下げた。

「御意に……」

「――ところで、あなた。幽霊と聞いて何を連想します?」

 ガウロパがさらに変な顔をして、わたしの顔を見つめた。


「美しい女性を連想しますが……」

 いけしゃあしゃあと白々しいことを。


 筋肉バカで体力しかとりえの無い鈍感男が、こんなスマートな答えを返すはずが無い。

 はっと気づいた。

「ガウロパ、コミュニケーターを切りなさい。わたしの考えを盗み見してるでしょ。すぐにやめるのです」


「ははっ。失礼致しました」

 ツーンと耳の奥で圧迫感がして、トランスミッターが停止したのを確認。この装置が働いていると、深い思考までは読み取ることはできないが、ある程度強い意識、特にメタ認知を意識すると、意識野の表面を流れた思考波をコミュニケーター経由で相手の装置へ伝えることが可能なのだ。そして受け取った信号は再び相手のコミュニケーターがデコードし、元の思考波に戻す。すると思考波が共鳴し合い、言葉を介さずに正しいイメージを伝える。

 このようにとても便利な装置ではあるのだけど、今みたいに予期せず同期してしまう時もあり、恥ずかしいことになる。

 まぁ。相手はガウロパですし気にはしないわ。ただイウは別だ。この人は絶対に同調しようとしないのが腹立たしいばかりなの。


 むーん、と黙り込み、その場に縫い付けられて動かないわたしをガウロパは不審に思ったらしく、

「姫さま。幽霊がどうかしたのでござるか?」

 片眉を大きく歪めて尋ねるガウロパ。スキンヘッドの天辺までシワが寄っていた。

「いえ、別に……」

 と答えるものの、なぜか麻衣さんの言葉がいつまでも胸の内に引っ掛かる。夜中にわたしが外をうろつく? そんなことありえない。


「修一どのはまだテントの中でござるか?」

 今日の食事当番はわたしと修一さんなのだが、まだ彼が起きてこないので、わたし一人が準備する姿を横から見てガウロパが尋ねている。

「拙者が起こしに参りましょうか?」

「かまいません。疲れてるのでしょう。朝食ぐらいわたしだけで十分です」

 ガウロパは天井に着きそうな体を折り曲げ、「では」と頭を下げて言葉を繋ぐ。


「姫さま。パンを焼くのは拙者におまかせくだされ」


 ガーディアンのくせに、このような面では機転が利く。この人は体の割に食事に関しては腕が立つので重宝する。

「コンソメスープは出汁(だし)ではござらん。あまり煮こまないほうがよろしいかと。あと最後にごま油を少々……」

 前言撤回。指示が細かすぎる。



 食器類をテーブルに並べていたら、麻由さんと良子さんが顔を出し、いつものように能天気な朝の挨拶をしてきた。

「ひッだか、さん。おっ、はよぉぉー」

 両手をそんなに振って――なんですかそれ……イントネーションおかし過ぎませんか? 大人の挨拶とは到底思えません。

 一度コミュニケーターをインプラントして、頭の中を覗いてみたいわ。


 それより肝心の麻衣さんと、修一さんがまだ起きてこない。

 二人が揃って起きてこないのが、妙に気になる。

「麻由さん? 麻衣さんはどうしたのですか?」

「うーん。なんだか昨日も夜中起きてゴソゴソしてたから、まだ寝てるみたい」

「夜中?」

「うん」

 また、わたしの幽霊を見たとでも言い出すのでしょうか。ここにわたしが居るのに幽霊って……失礼にもほどがありますわ。ほんと何か気に障ります。



「ふぁぁー。おぁぁよ……」


 苛立つ気持ちを抑えていると、やっと麻衣さんが現れた。

 ぼさぼさ頭を後ろで括って、小さなポニーテールを無理やり拵えた頭を掻き掻き、大きく喉の奥を曝け出して、まったくだらしの無いことです。


 わたしは思うこととは裏腹らに、言葉もごく丁重にして迎える。

「お早うございます」

 とりあえずは朝のご挨拶を――。


 目尻に溜まった涙を指の先っぽで拭って、麻衣さんは自分の席に着くものの、まだ目が覚めないのか、天井を見上げてぼぉぉっとしていた。


 殿方の前でよくそんな格好をしていて平気でいられるな、とわたしは思ったが、こっちの筋肉バカと眼帯をした薄らトンカチも何も感じていない様子で、視線すら合わさずに黙々と朝食を取る姿を見てあらためて気付いた。まともに殿方といえるのは修一さんだけだと。


「……食欲優先で結構なことです」


 で、その修一さんは?


 何かあるたびに、わたしはあの人を目で追って仕方が無い。なぜって? それは会うたびに胸の奥が絞られてチクチク痛むから。幼かった頃に家を出て行った、大好きだった兄への想い……頭の奥に微かに残る面影とどこか似ていて、つい重ねてしまう。ただそれだけのはず。でもつい気になってしまう。


 わたしは奥の格納庫へ視線を滑らせた。修一さんの簡易的な寝室であるテントの先が見えていたが、その中で人が動く気配は無かった。洗面所にも居なかったし、まだ寝ているのか妙に気になる。

 かといって誰も騒ぎ立てないのに、わたしが先立つのも何かおかしい。しかもこの双子は鋭いので、あまり気を持った言い方をすると、すぐに勘ぐられてしまう。困った娘たちだわ。


 でもやはり気になるので、ありきたりのごく一般的な質問の仕方をしてみた。

「修一さん。遅いですわね?」

「気になるん?」

 麻衣さんと目が合って一瞬たじろいだ。

 透明で真っ直ぐなくせに刃物の先にも似た鋭い目線で見つめられて、大きく生唾を飲んだ。


「最近はお兄ちゃんって言わないね?」

 今度は麻由さんから、退路を断つみたいに追求された。

「………………」

 本当にこの双子は怖い。どちらも野生動物さながらの鋭い眼光をしていて、これには恐れ入ってしまう。

 しばらく二人から身に覚えの無い洗礼を受けて縮こまった。


 そこへ、

「愛のトライアングルなのよー」

 良子さんが意味不明なことをつぶやいた。


「う……あ……何がです?」

 何か言い返したいのに、スムーズに言葉が出てこない。まずいかも、わたし。


「若いのよ。青春なのよー」

「い……意味が解かりません!」

 この人はただ面白がっているだけ。現代組と付き合うのは本気で骨が折れる。


 人工的な香りのするアイスコーヒー(暑いので、めったにホットは飲みません)にシロップを混ぜていたら、

「青春の彼はどうしたの?」

 わたしたちをからかって面白がっていた良子さんも、さすがに痺れを切らしたらしく、後部デッキへ視線を向けた。


「また夜更かししたの? 麻衣?」

 なぜ麻衣さんに訊くのだろう、と訝しげに首をかしげるわたしの真ん前で、彼女はすまして答えた。

「昨日もウチと一緒やったからね」

 わたしはドキッとした。夜中に二人は何をやっているの? そう思うと急激に全身が熱くなるのはどうしてかしら?


 理由は解らないが、きつい言葉が忽然とわたしの口からこぼれ、

「け……汚らわしい。あなたたちはそんな関係ですの?」

 ところが麻衣さんは、いとも平然と言い返してしてきた。


「なにゆうてんの。あんたのせいやろ」

「わたし?」

「そうや。あんたが夜中に外をうろつくから、ウチら気になって寝られへんのや」


 わたしは深呼吸みたいな呼気をして肩の力を落とす。

「またその話ですか。まったくもってそれは濡れ衣です。わたしは熟睡していますし、夢遊病でもありません。まんがいちそうだとしても、わたくしの精神力で何とかしてみせます」


「夢遊病はれっきとした病気よぉ。精神力で何でもできると思わないほうがいいわよ」

 柏木さんがパンを頬張りながら、わたしに説教じみた言葉を投げ掛けてきたが、確かに間違ってはいない。でも誤解されると困るから言い返す。


「精神的に病んでいないと言いたいだけですわ」


 そこへ、再び麻衣さんが口を出した。

「その話な、決定的な証拠があんねん。かまへん?」

 そんな言い方をされたら無性に気になる。わたしは食事の手を止め、彼女へと目を転じる。

「なんなの?」

 良子さんも同じタイミングで、かたり、とコーヒーカップを戻した。


「ちょっと待ってて。修一に預けてあるねん」

 と言ってパンをひと口頬張ると、麻衣さんは後部格納庫の修一さんのテントへ駆けて行った。それを目で追いかけるわたし。証拠とは何だろう。


 こちらではちょっとした動きがあるというのに、ガウロパとイウは相変らず我関せずを貫き通していた。どうしてやろうかしら。

「このバカ!」

 わたしは、ひたすらパンを口に詰め込むガウロパの後頭部を平手打ちしてやった。

 あーほんと、手が痛いわ。


 ガウロパはただ驚いて天井を仰いでキョロキョロ。

「もぐぅあわ、むぬぬぬ?」

 疑問符を頭から浮かべてキョトンとするガウロパをわたしは嘲笑しつつ、麻衣さんが戻るのを待った。


 ここからではテントの先しか見えないけど、それが大きく揺れるところを見ると、無理やり起こしているようだが、様子が少しおかしい。いくら待っても起き出してくる気配が無いし。そのうち麻衣さんの大きな声。


「修一ってば――っ!」

 格納庫から伝わる不穏な空気を肌に感じて、麻由さんとわたしが同時に席を立った。


「麻衣?」

 食堂からテントのある格納庫まで扉を挟んで通路が数メートル。小走りで行けば数秒の距離だ。麻衣さんの緊迫した雰囲気に心拍数を上げてわたしたちは駆け寄った。


「どうしたのです?」

 テントから出てきた麻衣さんの顔が蒼白だった。


「修一が起きひんねん!」

「そんなに寝起きが悪いのですか?」

 と尋ねるわたしに、事態はさらに深刻だと麻衣さんは伝える。


「ビンタしても起きひんねん。これ、おかしない?」


 柏木さんの瞳の奥が瞬時に真剣な光りで満ちたのをわたしは見逃さなかった。

「呼吸はある?」

 麻衣さんが彼の口もとに頬を寄せた。ちょっとドキッとしたけど、そんなことは言っていられないわ。もし本当に意識を失っていたら重大なことになる。怪我の様子は無いけれど、意識障害を起す病気――、あるいは――カビ毒による何らかの合併症かも。


 麻衣さんは重苦しい雰囲気で頭を振った。

「息はしてるけど、意識が無いみたい」

 わたしは胃の中が冷たくなり、重いものが沈むのを感じた。続いて鼓動が高鳴り背筋がすくみ、息苦しくもなった。


 もしやこの気分……。

 何かが動きだしたのかもしれない。なんだかとても嫌な予感がする。



「ガウさん。ちょっと来てぇぇ」

 良子さんの叫び声で、わたしは我に返った。

 そうだ。ガウロパだ。わたしひどく動揺しているみたい。思考力がガタ落ちだわ。


 ガウロパは警察官(タイムパトローラー)である以上、緊急的だけど医療訓練も受けていることをすっかり忘れていた。それを良子さんは見抜いていたんだ。いつもの間の抜けた能天気な仕草はフェイクなのかも知れない。侮れない女性だわ。


 それにしてもガウロパがわたしの指示より早い動きで、飛んで来るところが腹立たしい。

「いかが致した。柏木どの」

 ついつい睨んでしまう。

「うぅっ。姫さま」

「姫ではありません。修一さんがたいへんなんです。すぐに診なさい」

 麻衣さんがテントから身体を抜き出すのと交代に、ガウロパが頑丈な腕を差し入れ修一さんを抱きかかえる。

「修一!」

 麻由さんが呼びかけるものの、ガウロパの腕の中で修一さんはぐったりと力が抜けて、完全に意識を失っていた。


「どうですか、ガウロパ?」

 床に寝かした修一さんの前でしきりにスキンヘッドをかしげて、瞼を裏返したり、脈を探ったりしていたが、少しして真剣な表情で太い腕を組んで唸ってしまった。


「どうなの?」

 不安を抱いて覗き込む良子さんに、優しい視線を向けた後、わたしに向かって報告する。


「脈拍、呼吸ともに異常はござらぬ」


 大きな手のひらをしばらく修一さんの額に当てて、

「熱もござらんし……」

 いっこうに解せない様子。


 指で顎を支えて、しきりに首を捻る良子さんへ、双子はこともなげに言う。

「どうせ、このアホのことや。『あぁ、よく寝た』って、そのうち起きだすんちゃうの? な、麻由?」

「それよっか、あたしたちを脅かそうとして、小芝居を打ってるのかも……。ね、くすぐってみようか?」

 ――とか、二人は平然を装って言葉にしていたが、微妙にわたしから目を逸らすその態度は強張っていて、本気でからかう様子もなく、いつまでたっても微動だにしない修一さんを見つめたまま、徐々に憂慮したような暗い表情に変わり、どんどんうなだれていく。


「しょうがないわね。麻衣、そっち持って」

「うん……。しゃあないな。このままやと、通行の邪魔やしな」

 次第に二人の言葉遣いが入り乱れていく。こうなるともはや麻衣さんと麻由さんの区別が付かなくなる。

 二人は力が抜けた修一さんの体を丁寧にシュラフへ包み込み、そっと寝かせた。その悄然と見守る姿の微笑ましいこと。透き通ったガラス窓から覗くように思いが素通しだ。修一さんが真剣に心配なクセに、言葉だけは真逆のことを言っている。


 そして心配顔でつぶやく。

「ねぇ? まさか悪霊が憑いたってことはないよね?」

 と、麻衣さん口調と麻由さん口調の混ざったたぶん麻衣さんが、ガウロパへ歩み寄る。

 しかしなんて非科学的なことを言うのだろう。昔の人は(わたしより700歳お婆ちゃんですから)は原始的だわ。


 ガウロパもそれに関しては笑って否定。

「そんなオカルトめいたことではござらん。ただ、この状態をひと言でいえば……」

 なぜか言葉を濁すガウロパに、わたしはつい強く当たってしまい、

「はっきりおっしゃい! たいへんなことなんですか?」

 ガウロパはわたしの声に吃驚(びっくり)してこっちを見つめた。わたしたとしたことが、ちょっと興奮し過ぎたみたい。


「……原因は解かりかねますが、修一どのは寝ていると思えます」

「寝てるぅ?」

 頓狂な声を上げたのは麻衣さんだが、誰もが共通する感情だった。


「オマエら何騒いでるんだよ」

 ひょっこり顔を出したイウへ麻衣さんが答える。

「修一が起きひんねん」

「オマエが激しいからだろ」

 と不届きな物の言いをしたので、わたしはきつく睨むと、イウはいやらしい笑みを浮かべてPCパッドを差し出した。

「ほら。これがテントの後ろに落ちてたぜ」

「あ。おおきに。これを修一に預けてたんよ」

 麻衣さんは横から受け取ると、起動ボタンを押した。


「PCパッドね……」

 胸の前で組んだ片腕を立てて、頬杖をする良子さんの瞳がそっちへ向いた。


 麻衣さんは「外をうろつく……」と言ったあと、少し言葉を途切らせて、わたしの顔をじっと見てから。

「ミウに似た人を録画することに成功したんよ」


「はぁ? またそれなのですか?」

 わたしは、脱力した声に溜め息を上乗せする。

「そんな話は後回しにしませんか。それより修一さんが気になります……よね?」

「そうね。で、ガウさん。修一くんは大丈夫なの?」


「差し迫って危険ではないと……」

 ガウロパはうなずくものの、すぐに天井のインターフェースポッドに尋ねる。


「どうじゃ、ラン助どの? 拙者が診たところ問題ないと思えるのじゃが」


『――血圧、体温ともに正常。心拍数異常なしです。脳波も異常無し、現在レム睡眠時と同じレベルの波形を検出しています。さらに眼球の動きが活発化する兆しがあります』


「どういう意味なん?」

 麻衣さんの問いかけに、ランさんは一拍おいて答えた。


『……夢を見た状態。あるいは肉体は睡眠状態で精神だけが活発に動いていると推測されます』


「ナルコレプシーでござるか?」

「なぁに、それ?」

 可愛く首をかしげる麻由さん。


「突然激しい眠気を起して寝てしまう病気でござる。睡眠発作病とも言われております」


 急激に広がった不安感で気もそぞろ。さっきからじっとしていられない。

「良子さん。カビ毒が関与するとか。例えば夜中に外をうろつくわたしの偽者を追って外に出たとか……」

 無性に口早に質問をしてしまったが、その答えはランさんがこともなげに出した。


『ハッチは115年前の阿蘇へ遡った時に開いたきり、それ以降開けられた形跡はありません。さらにカビ毒でナルコレプシー症状を出した事例も記録に残っていません』


「ランちゃんの言うとおり。カビ毒は遺伝子の配列を乱すことはあっても、睡眠障害を起すことはないわ」

 生きた変異体辞典を豪語するその道の権威である良子さんの言葉に、間違いはないと思う。


 とにかく彼の看病は双子に任せるとして――わたしにはひとつの懸念がある。原因がカビ毒でないとすると、今度はそれが濃厚になってくる。

 再び襲う胸騒ぎ。嫌な予感がますます強くなる。


 今の気持ちを別の表現に直すと、胸の奥に深く沈んでいた闇の魑魅(ちみ)(うごめ)き始め、気味悪い触手が心の最深部をチクチクと刺激してくる――そんな感覚。


「お前、心当たりがあるんだろ?」

 嫌な男だ。双子の視線がわたしに向けられたじゃないの。このデリカシーの無い男め。


「まだ憶測でしかない話をすると、みなさんが不安になるでしょ。余計なことを言わないでください」

 しかし全員から向けられた視線には応えなければいけないし。


 わたしはイウを睨みつけて説明した。

「わたしの推測が正しいかどうかは、精神融合を行ってからでないと、お答えするわけにはいきません」


「そっか。ミウのお得意のやつや。修一の心の中を読めば、目覚めない理由が分かるのね?」

 わたしは「そうです」と首肯してから、まだ不安を隠しきれず覗き込んでくる麻衣さん――ポニーテールの方に向かって。(麻衣さんは今朝ポニーテールでした)


「修一さんの精神活動と同期すれば必ず原因が解ります。しかし場合によってはプライバシーの部分に触れることもありますが、よろしいですか? 麻衣さん」

 彼女は白々しく口を尖らせた。

「どうして? ウチに聞くの?」

 関西弁と標準語が混ざっていて、こちらの調子が狂いそう。


「それはあなた方が雇用主ですから」

 修一さんがこの子たちの営むお店の従業員であることは承知している。


「「せやね。原因が解かるんやったら、かまへんのとちゃう」」

 ユニゾンで語る二人はコーラス隊顔負けの同期した動きをした。

 にしても、めんどくさい人たちだこと。


 そしてこの人にも念を押す。

「いかがですか良子さん? あなたはここでのリーダーです。決断はあなたにお任せしますわ」

 彼女はしばらく考えあぐねた末、双子のおどおどした顔色を窺いつつ、渋々といった感じで承諾。そしてなぜかわたしにこっそり耳打ちをしてきた。

「ねぇねぇ。プライバシーの件、私には教えてよ。たとえばこの子らのどっちが好きなのとか」

 今度は呆れた。やはりこの人は能天気の極みなんだ。


「プライバシーは決して口外しないのが精神融合の心構えです。でも何なら先にあなたと融合してみましょうか?」

 これはわたしの本心。ぜひこの人の頭の中を覗いてみたい。きっと広い原っぱがあって、たくさんのバッタが飛び交っているはず。えー、きっとそうですとも。


 良子さんは私の申し出に青い顔をして「ノーサンキューね」と言って手を振った。


 ……でしょうね。

  

  

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