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ゼロの支配者  作者: 雲黒斎草菜
九州編
70/109

 ミッション完了(新世紀の金太郎)

  

  

 童話、寓話の類いは何かしらの事実を元に作られているとは聞いていたが、まさかあんなとんでもないノンフィクションがもとになっていたとは。しかもそれに直接手を下した未来人から告げられて、どうにも頭の中が混乱した俺は、危うく地面の上に置いてあった飲料水のタンクを忘れて帰るところだった。


「そろそろ帰るわよぉ」と、背後で麻衣たちに声を掛ける柏木さんの甘声を聞きながら、行き過ぎた数百メートルを重い足取りで戻ろうとしたまさにその時。


 お喋りに花を咲かせて追いついて来た柏木さんとマリアさん、タンクを持った俺。そして重機の移動みたいな重々しい足音を立てたガウロパの三者がかち合った。


「おお。ご無事で……よかった」

 白いスキンヘッドが不安げに俺たちを見た。


「どうしたんだよ?」

「いやそれが。いったん帰ったのでござるが、ラン助どのが大きな動物がうろついておるという警告を出したので、柏木どのが心配になり様子を見に来たのじゃ」


「あら、ごちそうさま。アタシや川で遊んでるあの子たちは心配じゃないの?」

 訝しげなマリアさんが悪戯っぽい視線を加えた。


「あ、いや。双子の姉妹は銃を持っておるから、熊のほうが心配じゃが、柏木どのは……あの……か弱いので」


 俺はどうなんだ! と言い返したかったが、まぁ川で舞う天女を見た後なので至極大らかだった。


 だが一歩進んで。

「なっ!」

 足が凍りつき、呼気が止まった。


「どうした?」

 血の気が無くなった俺の視線の先、ガウロパが自分の背後に翻った。


「く、熊だ!」


「静かに!」

 柏木さんが鋭い声で命じ、つぎに声を落として忠告。

「興奮させたらダメよ」


 ガウロパが熊と睨み合っていた。

 スキンヘッドのすぐ後ろ、俺たちが歩き回って踏みつけた道を横切ろうとしたところで、人間の存在に気づいたのだと思う。四つ足のまま視線を俺たちに据えており、こちらに首をひねった状態で固まっていた。


 相手を刺激しないようにゆっくりとガウロパが体勢を整え、後ろ手で俺たちに下がれと合図を送るので、今来た道を静かに後ずさりをする。


 そこへ――。

「あははは。ミウ、そりゃないやろ?」

「ほんとうですのよ」

 事情を知らずに、話しに夢中な麻衣たちがやって来た。


「ば、バカ。静かにしろ……」

 小声で連中に知らせる送るが、まったくこっちの様子に気づかない。


「あれぇ? なにやってるの?」

 緊張感の無い口調で麻由が駆け寄って来た。


「しーっ、しーっ」

 黙らせようと口に指を当ててアピール。だが、これが逆効果。

「それ、なんのジェスチャーなん?」と余計に音量を上げてきた。

 麻衣の声に反応して、熊はサッと緊張すると身体をぐぉぉぉと、もたげて威嚇のポーズを取った。


 グロォォォォォ。

 低く咆哮を上げる野生のツキノワグマ。

 首の付け根にくっきりとVの字の模様。後ろ肢二本で立ち上がり、前肢を空中でパンッとはたくと、ガウロパに向かってガバッと胸を反らした。少しでも身体を大きく見せて相手を怯まそうとする威嚇行為だ。


「ぐぉぉ! やるならこい!」

 なんとガウロパも背筋を伸ばし、両手を高々と上げて熊と同じポーズを取った。


「バカ! やめろ!」

 俺の一喝を無視して、熊の挑発に簡単にのせられたタコ入道。

「がうろぉぉぉぉぉぉぉ」

 ツキノワグマの前に仁王立ちだ。


「で、でけぇぇぇ」

 思わず洩れた言葉は熊に向けたモノではない。ガウロパのほうが大きいのだ。


「な、な、な、なんだお前!」

 そっちに、たじろぐ俺。


 ようやく事の重大さに気づいた麻衣と麻由が反射的にショットガンとライフルを構えた。

「だめです。撃ってはいけません!」

 (やいば)にも似た鋭い視線でミウは二人の行動を制した。


「でも、ガウさんが……」

 銃を下げる動きに連動して二人はでっかいブッシュナイフを引き抜いていた。こいつらは反射的にこういう行動が起きるのだ。


「オマエらは兵士か!」

「手出し無用です!」

「でも相手は野生の熊よ…ガウさん素手だし」

 震え声による柏木さんの訴えも、

「ガウロパなら心配いりません」

 まったく揺るぐことなく、ミウは冷えた態度のままだった。


「柏木どの、心配召されるな」

 熊は極低音のガウロパの声に興奮したらしく、鋼鉄みたいな爪をギンッっとむき出し、ぐわぁばっと、スキンヘッドの肩めがけて振り下ろした。


「むんっ!」

 それを片手で受け止めたガウロパ。こちらも涼しい顔をして、熊より太い腕に力を掛ける。熊相手に熊にも似たオッサンが飛びかかる。斜め後ろから見ていたらどっちが熊なんだ?


「頭に毛がある方や」

 そっか。スキンヘッドがガウロパだ。

 麻衣から言われて納得するものの……。

 ガウロパが着込む耐熱スーツの腕の付けね辺りが音を出して裂けた。中から隆々に盛り上がった筋肉が飛び出す。


「すっげ――っ!」

 驚愕の光景を見た。


 熊が――。

 野生の熊が――。

 しかも興奮して立ちあがった熊だ。

 それが膝を落とした。

 つまり、みんなが凝視する前でガウロパが力ずくで(ひざまず)かせたのだ。


 現代組は全員息を飲んでスキンヘッドを窺うが、ミウとマリアさんは涼しい顔をしていた。

「き……金太郎さんよぉ」

 我慢できなくなった柏木さんが声を絞り出した。


 そう誰もがイメージできる絵図らだった。こんな場面を絵本の片隅で見た記憶がある。



 ガウロパはもう片方の手で熊の首の付け根辺りを鷲掴みにして、そちらにも力を掛けるた。

「ぐももも……」

 外敵から力任せに封じ込められた恐怖に慄き、熊が必死の攻防を努めるがぴくりとも動けない。

 野生の意地に賭けて――か、どうかは知らないが、そんな心境だろう。


 グガゥゥゥゥゥゥゥゥ。

「むぉぉぉぉぉぉぉぉ…」

 唸り声を上げる両者。

 野生の王者と31世紀からやって来た時間警察の威信を賭けた力くらべだった。


 まだパワーが有り余るのか、さらにガウロパが力を掛ける。

「バケモンだ!」

 その肩から腕へかけて、筋肉がめりめりと膨張。そして、

 バフッ、と音を上げてもう片方の耐熱スーツの肩から先が弾け飛んだ。


 俺は初めて熊が苦しそうな顔をするのを見た。

「熊ってあんな顔するんだ」

 正直な感想だった。口から心臓が飛び出てもおかしくない光景なのに、ミウは冷っこい視線でガウロパをひと睨み。

「相手は絶滅危惧種です。もう少し手加減なさい」

「えぇー。違うって! ニホンカワウソじゃない。クマだぞ。熊!」


 ガウロパはミウの前で小さく首肯。ふんむっ、と気合を入れ、熊の体をグルンと旋回させて茂みの中に逃がした。いや放り投げたと言ったほうが正しい。


 未だかつてない強敵に戦闘意欲はとっくに失せており、熊は茂みの中へとすたこら遁走。すぐに視界から消えた。

 後には呆然と突っ立った俺たちが残されていた。


「もぉ。そんなに雑に扱って、怪我でもさせたらどうするんです」

「す……すみません」

 申しわけなさそうに消沈するガウロパ。


 いやいやいや――何か間違ってないか?

 熊をも蹴散らす巨漢の大男を黙らせるミウ。お前っていったい何者?


 ミウとガウロパを脅威の目で見る俺たち現代組と違って、未来から来た人は冷ややかだった。

「時間警察が現時の生命体に手を出すなんて、帰ったら問題になるわよ」

 と言い出すマリアさんに、

「い、いや柏木どのが……」

「そればっかね。パラライザーとか撃ちゃえばよかったのよ」


 出たぁ。浦島の爺さんが撃たれたヤツだ。


「何なん? パララララーって?」

 尋ねてくる麻衣の背を押し、丸い目を向けてくる麻由の腕を引っ張り、俺はアストライアーへ無理やり向かった。


「なぁ、何なん?」

 しつこく首をひねって、聞いてくる麻衣へ、

「時間規則だ。聞かないほうがいい……時間局のお偉いさんにとっ詰められるぞ」

 ちょっとマジな顔をして説き伏せた。何せ、この話しはお前らの入浴シーンから始まるからな。そこから天女の舞へと移って行ったのだ。痛くもない腹を探られたらえらいことになる。




 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆




 ひと波乱もふた波乱もあった休憩時間が過ぎたアストライアーの食堂で、俺はぐったりとしていた。休憩時間とは休むものである。いろんな意味で一分たりとも休めなかった。


「みなさん揃いましたか?」と尋ねながら部屋に入って来たのはミウ。

「えらくさっぱりしたんじゃねえのか。髪洗ったのか?」

 イウが鼻をヒクヒクさせて尋ね、ミウは怪訝な態度で一瞥した。


 そこへ柏木さんがへんな笑いを浮かべて、火に油を注ぐ。

「シャンプーのいい匂いしてるね?」

「プライベートです。説明の必要はありません!」

 と、ミウは憤然とした。


 確かに双子からも芳しい香りが漂ってきたが、俺は知らん振りを通した。なのに。

「麻衣も、麻由もいい匂いしてるわね」

 柏木さん……いらんことを言わんでください。そうでなくてもこいつらは勘がいいんだ。


 ぐぇっ。

 いきなり麻衣に胸倉を鷲掴みにされ、すごい勢いで引き寄せられた。

「あんた、どこにおった?」

「な、なにすんだよ。こ、これを見ろ。水汲みだ。なぁガウロパ?」

 足元に転がる容器をつま先で示しつつ、スキンヘッドに助けを求めた。

「そうでござる。イウといっしょに」

「ほんまか!?」

 ギロリと睨む麻衣。

「ぶ……武士に。に……二言はござらん」

 おいおい、タイムパトローラーのおっさんをビビらすなよ。この人は無関係だ。


「武士でもないくせに!」

 麻衣はガウロパにそう吐き捨てると、ぷいと横を向いて俺を解放した。

「ひぃぃぃ。助かったぁー」


 横でニコニコ顔をひけらかす柏木さんへ言ってやる。

「そんな顔してるから怪しまれるんですよ」

 柏木さんは爽やか路線を維持したまま、

「31世紀の金太郎さんと、新化版の天女伝説が追加されたわね。『天女の麻衣(舞い)』なんちゃって」

 くだらないっす。それより心臓に悪いからあんまり喋らないでほしいです。


「はぁぁ~」

 とりあえず俺は肩の力を落とした。




「それでは皆さん所定の位置に戻って、同期データの転送を開始します」

 ミウの凛とした声がアストライアー内を響き渡り、

「良子さん。この乗り物を持ち上げる準備をしていただけます?」

「いいわよ。それじゃランちゃん準備はオッケー?」


『左右のマニピュレータをボディの重心位置に固定してあります。いつでも持ち上げることが可能です。静止時間は4秒と386ミリ秒が限界です』


「千分の一秒までの単位は必要ありません。いつも言ってるでしょ」

 と言ってしまってから、

「すみません。あれはガウロパに言ってたんでしたわ」


『宝来峡の野営地で、午後8時35分24秒、ガウロパに対して使用されています』


「もういいです。それより時間です。マニピュレータの用意を!」

 ミウがすげなく言い。やがて何とも言いがたい緊張感が広がる。



 柏木さんと手を繋いで顔を真っ赤に染めたガウロパが言い訳めいたことを言う。

「理由はよく解からぬが、柏木どのからパワーをもらうと楽に跳べるのじゃ。拙者が失敗したら皆に迷惑が掛かる。そうなれば時間警察としての信頼と……」

「だまらっしゃい!」

 長々と語られるガウロパのセリフをミウが一喝。

「申し訳ない……」

 ガウロパは恥ずかげにうつむき、ミウは淡々と開始の宣言をする。


「逆転跳躍開始まで、10秒前、……9、……8」

 シートベルトの確認をして、それを握りしめた。


「……3、……2」

 ぐいっと尻が持ち上がる感触が伝わる。ランちゃんがマニピュレーターを地面に当て車体を持ち上げた。

「……1、……開始!」

 瞬時に見慣れた景色が広がる。目を眩ます閃光が部屋を充満し、不可視なのに肌に感じる柔らかいものが全身を包んだ。今度は柏木さんも大人しかった。続いてドンと、満員電車から押し出されたような衝撃とボディの底から伝わる振動。


 しばらく沈黙――。


「戻ったのか?」

 思わず滑らした俺の声に、

「ランちゃん、現日時と現在位置を報告!」

 久しぶりに聞く柏木船長の毅然とした声だった。


『2318年、8月5日。午後4時30分45秒です。停車位置は午前中の位置から南南東へ約296メートル移動しています』


「ということは?」

 柏木さんは答えをせっついた。


 やや間が空いて。

『亀裂の向こう側です』


「やったぁー」

 飛び上がる柏木さんと、後部へ向かって拍手を送る麻衣と麻由。イウは汗だくで床の上で伸びており、ガウロパに抱き起こされていた。


「でもなんで4メートルもズレたのかしら?」

「過去の地震で、地面がそれぐらい動いたんだ」

 上半身を起こして説明するイウの言葉で柏木さんも納得。しかしミウは渋い顔をする。

「タイムワープのほうは2時間もズレましたわね」

 汗を滴らせ赤い顔をしていたミウは、食堂の壁に手を付いて深呼吸を何度かしたあと、ギャレーと食堂のあいだでぶっ倒れている十二単のサリアさんを抱き起こそうと近寄った。


 サリアさんは大丈夫だと、手を上げて、

「さすがパスファインダーさまですね。はぁはぁ。これだけの巨体を貫く道筋をしっかりとお作りになって……はぁ。わたくしには……はぁ」

「喋らなくていいです。疲れがとれませんよ」

「はぁ……はぁ。ありがとうございます……はぁ……はぁ」

 まるでフルマラソンのゴール周辺の光景だった。そんなモノ着て走ったらそりゃ苦しいって。


 タイムワープに服装は関係ないのだろうか? とか思っていたら、平安京姿のサリアさんは俺たちの前で十二単を一気に脱いだ。


 チィィ――。

「ぬわんと!」

 聞き慣れた音だと思ったら。俺のテントのファスナーを開け閉めする音と同じだ。


 唖然とする前でサリアさんは胸から腹へかけて十二単を縦に割った。

「なぁに、それ!」

 柏木さんも驚きだ。


「ごめんあそばせ。あんまり熱いもんだから、堪らなくなって……ふぅ」

 って、レオタード姿で落ち着くんじゃない!


 中から出てきたのは、やっぱり小太りで汗を垂らしまくった女性だ。ダイエット教室に行けば、こんな女の人が一人や二人はいるだろ。ご丁寧に持参のタオルで首を滴る大粒の汗を拭っていたが、おもむろに柏木さんへ告げた。

「これいいでしょ、特注品の十二単なのよ」

「で……でしょうねぇ。私もこんなの脱いだり着たり、どうしてんだろうって思ってたのよ」


 変異体生物を見るのと同じ目線で、未来的な仕掛けが施された分厚い着物を持ち上げる柏木さん。手にした十二単が特撮映画の着グルミに見えたのは、俺だけかな。


「み、水を一杯いただけぬだろうか……」

 階下から、蛍将軍がヨロヨロしながら上がって来た。


「はいはい。ただいまお持ちします」

 麻由がギャレーへ飛んで行く。

「ラダンさん。大丈夫ですか」

 ミウが駆け寄った。心配なのはよく解る。この中では最高齢者なんだ。


「いやぁ。まいった。ワシももう年じゃ。お主ら若いもんに引っ張られて、年甲斐もなく本気を出してしもうたが、これが限界じゃわい」

 と言って、ふあふあした笑いを浮かべ、麻由が持ってきたグラスの水を一気に飲み、

「ぶふぁぁあぁ……もう一杯!」

 空のグラスを麻由に突き出し、麻由はまたもやギャレーへトンボ返り。


 二杯目の水を飲んで、ようやく落ち着いたのか、蛍将軍は腰を伸ばして操縦席を見渡した。

「この時代のエアロにしてはやけに進んでおるの?」

 将軍はキャノピー手前に浮かぶディスプレイを指差すが、室町時代の人に指摘されると妙な気持になる。


 ミウは気にせず端的に答える。

「カロン発見の年代における齟齬と言い、ここのAIの進化具合と言い。ワタシたちの思惑と少しずれています」

「フム……ここが時間項のファクターだというのは間違いないのぉ」

 この人って武士だったよな……。


 腕を組んだミウが、エアロディスプレイの意味不明な数値の羅列を見つめて決然とした。

「必ず我々が正しい流れに戻しますのでご安心ください」

「うむ。パスファインダーどのなら問題ない。ふぁっ、ふぁっ、ふぁっ」

 将軍は白髭に覆われた口を大きく開けて高笑いをし、食堂に集まってきた仲間に振り返る。そんなこんなのテーブルの前では、

「いやぁ。ほんま……何がなんやゆうても、ほんまでんな……いやほんま」

 何が『本当』なんだよ。肉屋のオヤジさん?


 しかしこの呪文みたいな言葉に、麻衣だけが反応してすかさず近寄る。

「ほんまやなぁ。おっちゃん。ようがんばった、ほんまや」

 だから──。

 何が本当なんだよ。まったく意味が解らない。


 関西人どうしの謎の会話は放っておいて、

 俺はお公家様を探した。


 ややもして、奥からガウロパの肩に乗せられて来る痩せこけた男性を見て一歩引いてしまった。

 白塗りの化粧が汗でマダラに落ち、地肌が覗いている。それが意外と黒いので──昔の映像で見たことがある狂気ミュージシャン──なんて言ったっけ……。ハードロッカーだっけ? その化粧にとてもよく似ていた。


 ハードロッカーと化したお公家様。タイムワープを成功させてボルテージが上がったみたい、担がれたガウロパの肩から俺に向かって「イエェェーイ! やったぜぇー」とか、指をおっ立てて……お公家様がそれでいいのか?


 すると。

「うん?」

 食堂後部から筒抜け状態の通路を通して、格納庫の奥まで素通しになった視界。隅に置いてある飲料水のタンクに座って、一休みしようとする昭和のマリアさんが俺の位置から見えた。


 優美な手つきでくわえた物は──、


「た……タバコじゃないか!」

 火を点けたばかりらしく、薄紫の煙がたゆんで燃えていた爪楊枝に似た物(マッチって言うんだってよ)をさっと振り消して、燃え殻を捨てようと灰皿を探してきょろきょろ。


「そんなものありませんよ……」思わずそばにあった小皿を持って格納庫へ走る俺。


 それより……。

 そんなところでタバコを吸ったら!


『二酸化硫黄と二酸化炭素、および毒性の強いアルカノイド(ニコチン)物質を検出しました。ただちに除去します』

 思ったとおりランちゃんの警告が発せられ、俺が部屋に飛び込むと同時に、強烈な換気による旋風が起きた。カビ毒を吹き出した時と同じ勢いだ。


 一瞬でドレスが捲れ上がり、俺はまたおいしい光景を拝見することができたが、瞬きするまもなくランちゃんはスプリンクラーを起動させた。


「うぁおぉぉ!」

「きゃぁぁぁー」

 びしょ濡れになった俺とマリアさんの頭上で、淡白な報告が落ちる。


『火災を鎮火させました』


「火災じゃないって。どうすんだよコレ。水浸しじゃないか。あぁぁ、あ。俺のテント。防水加工されてんだろうな」

  

  

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