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ゼロの支配者  作者: 雲黒斎草菜
ケミカルガーデン
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二人の儀式

  

  

「こうなったら行くしかない……」

 あらためて気合を込める意味合いも含めて、リュックの太いショルダーベルトを両手でぎゅっと握るものの、覆い被さってくるような曇天の鬱陶しさに、すぐ滅入ってきた。でも唯一救われるのはメンバーとして進呈してもらった耐熱スーツの着心地の良さかな。外気温に反応して自動的に起動したスーツのシステムは、内部を冷気で満たしていくのを肌に感じる。これと比べると俺の着て来たスーツはあいつらの言うとおりゴミだな。麻衣が言うにはユビキタスインターフェース搭載の特注品らしい。そして二人と同じ胸を突っ切る赤いラインと『GH』と書かれたロゴが目を引く。


「しかしなんだな。このスーツはすげえ装備だな」

 俺が着て来たゴミスーツがTシャツだとしたら、こいつは宇宙服だな。

 胸のバイタルモニターが示す外気温が現在53℃を示しており、その隣にはスーツ内温度、心拍数、血圧、体温、そして血流量モニターまである。


「病院の機械みたいだけどさ。自分で管理するの? どうしたらいんだ?」

「ヘタレのあんたは危険を察知する能力さえあったらええねん。身体の管理はランちゃんがしてくれる」

「バギーだぜ?」

「ランちゃん!」と横から大きな声で麻由。


「スーツとランちゃんとはユビキタスインターフェースで接続されてるんよ。それを常時監視してくれてて、身体が危険な状態になったら知らせてくれるし、迷子になってもランちゃんが探してくれる。な、ごっつい頼もしいやろ?」


「あれだけの荷物を積んで楽々と走るんだから……頼もしいかな。でも身体が危険な状態って?」

「熱中症やんか。知らんの?」


「こんな世の中だ。熱中症ぐらい知ってるさ。だいたい熱中症にならないヤツのほうが少ないぐらいだ」


 麻由が栗色のフワフワヘアーを振った。

「違うわ。ここで言うのは劇症高温障害のこと。都会に住んでる人には縁遠い症状だけどね。昔からある熱中症とは違うの」

 疑問を浮かべる俺を見て、あとを麻衣が繋ぐ。

「スーツがもし停止してみぃな。外気温が60℃近くのところへ、ポンと出されるのと同じやろ? そしたら急激に上がった気温に脳髄液が体温を越えてしまい、脳が痙攣を起こすんや。これが劇症高温障害なんよ。自我を制御する脳が知らんあいだに熱暴走を起こすから、自覚症状が無いねん。せやからめっちゃ怖いねんよ。それを事前にランちゃんが見つけてくれるの」


 海中都市の中で暮らしている限り、そのような事態になることはまずあり得ない話だ。


「マジかよ……」


 親父と麻衣たちに、ヘタレを連発されて熱くなり、つい『行ってやる』と叫んでここまで来たが、何度もヘタリそうになったのは言うまでもない。

 なのに……ここに来て強く思う。麻衣がそばにいてくれたら怖くない。でもって、麻由は守ってやりたい存在で、麻衣は俺のエネルギーとなり奮起が満ちてくる。まったく同一にしか見えない麻衣と麻由なのに、こうも異なる感情が湧き出るのはどういう理屈からだろう。




 やがて……。

 あれこれ黙考する俺の前に、点々と建物が見えてきた。

「あれって、あれだろ?」

 学校で習ったヤツだと思うのだが、実物を見るのは初めてで。

「そう……」

 チラ見をしてから麻衣が首肯。


 目の前に現れたのはジャングルが覆い隠した大昔の都市の跡ではない。今からほんの一世代前まで海中都市へ最後まで避難しなかった人たちが住んでいた町の残骸だ。麻衣たちが住む山手の研究所の周りにもそう言った屋敷がまだ残っている。今から40年ほど前の建物だな。でもまだ住めないこともないので浮浪者や犯罪者の根城となる話は先にしたとおりさ。


 人ひとりいない廃墟を恐々と覗き込んでみる。黒い影がいたるところに開いていて不気味だ。

「幽霊でも出そうだな……」

 朽ち果てた街並みに俺の声だけが響いた。

 ほとんどの壁にひびが入り、中には大きく崩れて道路を塞ぐ場所もあり、まるで迷路を歩くようだった。


「麻衣……?」

 何度か瓦礫の山が俺たちの行進を寸断する。その都度、二人は引き戻ったり、立ち止まったりしていた。そんな素振りを何度も見せつけられると、何となく落ち着かなくなる。

「おい。ちゃんと帰れるのか? なに迷ってんだよ」

「迷ってるんとちゃうって。川を探してるねん。川に出たらこっちのもんや。流れの方向へ行けば必ずガーデンに着くし、上流へ向かえば駅に戻れる」


「川なんて見えないじゃないか」

「うっさいなぁ。そやけどほんまあんたは心配性やな。うちらに任しとけばエエねん」

「お前の言い方は、いちいち頭蓋骨に突き刺さるな」

「安心して修一。あたしたちには秘密の通路があるのよ」

「ならいいけどさ……」

 麻由みたいに優しく言えってんだ。

 ま、それでもその口調がそこはかとなく可愛く感じるんだから、俺ってやっぱり病気だなと、自嘲しつつ、肩をすくめると再び二人の後ろに続いた。


「あっそうだ。あのバギーはどうしたんだ?」

 地上に出てから、少しのあいだは俺のすぐ後ろをついて来ていたが、いつの間にか姿が見えない。

 気になるので後ろを振り返った途端、肩の力が抜けてリュックがずり落ちそうになった。


 バギーは自由気ままに走っていた。


「何してんだろ?」

 そんな疑問を浮かべるのも仕方がない。

 三輪バギーは俺たちの遙か後ろ100メートルほど離れた場所をウロウロしていた。真っ直ぐに進まず。寄り道をしながら帰宅する小学生みたいに、あっちの瓦礫の山へピューッと行ったかと思うと、今度は全然違う方向へ飛んで行ってしまう。蝶々だってもう少し真っ直ぐ飛ぶ。


「麻衣、ランちゃんがえらい遅れてるぜ。放っといていいのか? どっか行っちまうんじゃね?」

「かまへん。久しぶりなので楽しんでるんやろ。自由にさせたって」

「まるでイヌの散歩だな」

 俺はただ呆れるやら感心するやら。でもその仕草は何かを探索しつつ俺たちの後を追って来るとしか思えなかった。


「バギーが何を探すってんだ? ……あり得んよな」

 何度見ても何かを探す仕草にしか見えないのは、ただたんにこちらの思い過ごしに違いない。麻衣に何かを命じられたわけでもないし、道に迷っている様子もない。行動は意味不明だけど自立した動きは確実で、走り回る姿に嘆息した。ついでに三輪バギーの荷台に載せられた物資に焦点が合い、ふと非常に気になっていた案件を思い出した。

 麻衣は片道で6時間掛かると言う。すると到着時間は午後11時半ごろだ。夜中だぞ。それから作業か?

 おいおいマジカよ。


 あ、いや違うな。確かテントを積んでいる。たぶんあの中で休息を取るんだ。

 狭いテントだよな……。


 ムクムクといらない妄想が膨れ上がる。テントは一つ。三人で川の字になって寝るとまであいつらは宣言していた。あれって本気だろうか? 訊いてみたいけど、『本当に三人で寝るの?』と面と向かっては訊けない。


 刺激の少ない言葉を探りつつ尋ねる。

「なぁ? 夜はキャンプだろ?」

 マジで三人で寝るのなら、俺が真ん中にならんかな。したらわざとらしく寝返りを打ったりして。おっとごめんよ。触っちゃったね。なんだろうね、この柔らかい物は……って。ん? 気持ちいいね、これ。

 ぐはははははのは~。

 うぉぉぉぉ。親父ぃぃ。修一は男になって帰ります!


 で、返事がないので、もう一度訊く。

「テント張るんだろ?」

 同じ質問をするものの、麻衣は黙って無視をかますし、麻由はくすくす笑うし……。


「な、なんだよ。薄気味悪いな……」


 俺にとっては死活問題……でもないか。それでも気になる案件なのに、誰も何も言ってくれない。それは未解決のまま時間だけが過ぎて行く。

 腑に落ちない気分で俺は後ろのランちゃんへ振り返る。まだ、かなり後ろをウロウロしていた。





 沈黙の行進が続き、40分ほどでようやく迷路を抜けた。代わりにジャングルの壁がそそり立つ。

「うげぇ。この中を行くのか……」

 ツルやツタが絡み合った密生植物が侵入者を拒む城壁にも似た様相を目前にして、うんざりした気分で見上げていたら、麻衣が嘲笑めいた笑みを俺にくれた。

「こっちやヘタレ。こっちにうちらの秘密の通路があるねん」

 二人は茂みの壁に沿って左方向へと歩き出す。俺も言われるままに従った。それと補足するが俺はヘタレではない。と思う。


 廃墟と密林の境目、まるで通路のような隙間。何度もここを利用するらしく下草が踏み固められ、細い通路ができている。そこを一列になって進むこと十数分で俺たちは大きな川原に出た。


「川をくだるんが近道やねん」

 麻衣は自慢げに大きな胸を張り、可愛い鼻を膨らました。

 ちなみに麻由も全く同じ素振りをする。キレイに同期した振る舞いに驚ろきを隠せない。


「すげぇな。お前ら……」

 てか、何に感心してんだろ、俺。




 川は目の前でジャングルを左右に分断しており、二人が住む山麓のもっと奥地より一直線に海へと結んでいる。


「気持ちエエなぁ……」

 熱帯雨林特有の湿気の多い熱風に丸まった癖っ毛を揺らして、麻衣が背筋を伸ばした。


「ああ、マジいい感じだな」


 俺たちが立つ河原は河口付近なのでなりの幅があって開放感が半端無い。廃墟とジャングルの壁に囲まれた景色とはあまりにもかけ離れていた。


 ここから数キロ南に行って『浜跡』と呼ばれる場所に出た。『跡』と呼ばれるとおり、現在の海はもっとずっと沖へ下がって、今では名前だけが残り、周りはただのジャングルだ。でも350年以上も遡れば、そこは白い砂浜が広がる美しい瀬戸内海が一望できたというが、この密林を見る限りとても信じがたい話だった。


 先頭を行く二人は川原へ降りて中を歩き出した。砂地が目立つのはそろそろ海岸が近いからだ。

「なるほど、こりゃ川原を歩くに限るな」

 今さらだが、マジで感心する。


 両岸にはどんより曇った空へ向かって、熱帯雨林の樹木が先を争って伸びていた。足下に広がる下草はツル系が隙間なく密生しており、とてもじゃないが中を歩いて進めない。


「すげぇとこだな。右も左もぐるりとジャングルに囲まれて。まさに探検隊だな俺たち」

 対照的に川原はだだっ(ぴろ)く、視界は良好だ。


「海が見えない……」

 上流は遙か先の山まで見渡せるのと比べて、下流は(かす)んでいて、海らしきものは見えない。川の水は干上がった中央付近にほんの少し流れる程度だ。しかしこれがスコールになると一変する。山から押し寄せた濁流でこの川幅一杯に満ちるかと思うと、その激しさが想像できた。




 半時も行くと、大昔に作られた防波堤の残骸らしきものが密生植物の上から頭を突き出した場所に到着。

 麻衣が振り返って手を広げた。

「ここが甲楼園の浜跡やねん。昔はここから海が広がってたらしいよ」

 続いて麻由が嬉々とした声をあげる。

「じゃあさ。儀式始めようよ」

「雨乞いでも始めんのか?」と漏らした俺の後頭部をこつんと麻衣がやり、

「アホなこと言っとらんと、ついておいで」

 どうもこいつは言葉だけでは済まないようだ。


 後をついていくと、二人は防波堤の残骸へよじ登った。俺も一緒になって登る。そこから南を見渡すが、海らしきものはまったく見えず、緑一色に広がるジャングルの平面となっていた。

 地面に目をやるが、緑の苔や名もない草で覆われていて土さえも見えない。朽ち果てた防波堤の残骸が海の跡を語るだけだ。


「なぁ。真っ直ぐ向こうに見える、あのもやもやした霧みたいなのは? まさか……あれか?」

「そうよ。あそこがガーデンなの」

 ごくりと唾を呑む。そうか、もう目の前なんだ。


 不安と期待に揺れる思いに浸っていると、やおら麻由が防波堤の裏へ飛び降りた。

「よっしゃ。あんたもおいで」

 続いて麻衣が飛び降り、ワケも解らず俺も後を追う。高さ約3メートル。高いっちゃあ、高いが、下草が深いので飛び降りられない高さでもない。


 先に地面に下りた麻由がセメントの割れ目に手を突っ込み金属ケースを抜き出すと、地面の上でそれを開けた。


「お前らの宝箱か? 幼稚だな……」

 と告げた俺の声が裏返る。

「なんだこりゃ。ショットガンの(たま)じゃないか」

 少女趣味かよ、とせせら笑ってやろうとした思いが吹き消された。丸い円柱状のモノが10個、キレイに整列して詰めてあった。


「そうや、ショットガンの弾やデ」

 さも自慢げに麻衣が中身を地面の上に並べ、麻由が続く。


「儀式を始めるから修一のショットガン貸して」

 リュックと一緒に肩から降ろして麻由に渡す。

「ありがと」

 受け取った麻由は麻衣と向き合い、互いにショットガンを斜めにクロスさせてカンカンとあてがうと、再び手元に戻して装てんした銃弾を全部抜き出し、箱から出したのと入れ替えた。


「今回も無事に帰って来れますように」

「これますように……」

 二人が真剣に手を合わせるので釣られて俺も合わせる。

「まんまんちゃんあん……と」


 で、すぐに訊く。

「これが儀式? ちょっと子供っぽくね?」

「単純な考えしかせん、あんたらしい質問や」

 麻衣の目はマジだ。

「あのな。銃弾が足りなくなったことを想定して、ここに予備の散弾を保管してあんねん」

「そうよ。町まで半分のこの位置にあればずいぶんと助かるんだから」


「それなら、一箱丸ごと置いておけばいいじゃないか」


「そんな金持ちみたいなことできひんワ。それにここに一箱も置いて肝心の時に足りなくなったらどないすんねん。せやからこれが精いっぱいやねん」

「そんなもんなのか……」

「素手でビーストを相手にしたくないからね」

「あの時これがあったら……どれだけ助かったか……」

「そういうことか……」

 急激に俺の胸が熱くなった。えも言えぬ庇護めいた感情で締め付けられる。


 この儀式……。とんでもなく重いよ、麻由。

 おそらくこれだけの銃弾が手元にあれば、サバイバルナイフだけでビーストと対決する必要はなかったんだ……さぞかし死闘だったんだろうな。


「よかった……命があってよかったな」

 もう、笑うに笑えなった。銃弾を摘まむ俺の手が派手に震えてきた。

「あははは。ヘタレさんやー」

「うるさい。これはビビッてんじゃない。猛烈に感動してんだ」

 今度は俺の真剣さに麻衣と麻由がキョトンとした。




 儀式も終わり再び行進が始まった。


 弾倉の弾と入れ替えたのは、常に新品のを貯蓄するためだそうだ。古くなると不発になることもあるそうで、そう言われた俺はセメントの割れ目に押し込まれた金属ケースから目が離せくなくなり、あの銃弾を頼ることなく帰還できることを祈らざるを得なかった。



 後ろから『ぴゅぽぉーっ』という鳴き声が聞こえて、ようやく遅れを取り戻したランちゃんが追い着いた。


「さぁ。もうちょいや。行くで、ヘタレ!」

 ショットガンの先を振って俺に合図を送るのは麻衣だ。

「ハイハイ……」

「ハイは、一回や!」

「へい! ボス!」

 なぜか従ってしまう己の気の弱さ……なんか腑に落ちんな。

  

  

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