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ゼロの支配者  作者: 雲黒斎草菜
九州編
64/109

 逃げたイウ

  

  

「やっぱ、あいつ悪いヤツやったんやな。修一の気持ちを知っとってトンズラかましたんやで!」

「人の気持を(もてあそ)ぶなんて絶対にゆるさないわ」

 事情を何も知らない麻衣たちは憤りを隠せないでいる。


「早合点するなって、消える間際に『待っとけ』って、俺に向かってはっきり言ったんだ」

「うそ?」

 戸惑った麻衣の丸い瞳がこっちを見た。イウが逃げたという事実よりも俺の言葉に引っかかったようだ。


「あいつなりに何か考えがあるんだと思う」

「ほんまなん?」

「ああ。何かのけじめをつけたがっていたんだ。だから単純に逃げたのではないと思う」

「ふ~ん」


「ふん。あんなやつどうでもいいわ。それよりこれからどうします?」

 ミウは芝居めいた振る舞いで無感情を貫き、麻衣と麻由は納得したのか黙って亀裂に向かった。吹き上がって来る強風で丸まった栗色の髪の毛が暴れていた。


 そうさ。イウのことはしばらく棚上げだ。俺たちは暗礁に乗り上げた難破船となるのか、それとも一旦引き返して作戦変更となるのか。どちらにしても阻害してきた連中の汚いやり口には強い怒りを感じる。特に麻衣と麻由はオヤジさんの後をたどる道が途絶えたのだ。気の毒で心情を察するとこっちの胸まで痛くなる。



「くっそーっ!」

 珍しく麻由は言葉を荒げた。

 削岩機の痕がくっきり残る岩の欠片(かけら)を鷲掴みにすると強く睨みつけた。


「こいつらの気持ちがよー分かったデ」

 麻衣口調に変化させて凄む麻由は案の定怒り狂っていた。


「見とれよ! おどれら!」

 おもむろに岩を空中へ投げた。と同時に背中に回してあったライフルを素早く構えると、そのど真ん中を狙って撃ち抜いた。

「バァーン!」

 静けさを切り裂くライフルの発射音と同時に岩は噴煙をあげて粉々に吹き飛んだ。


「きゃっ!」

 いきなり轟く爆音に驚きミウが耳を押さえてしゃがみ込んだ。


 バラバラと乾いた音を上げて、絶壁の底へ落ちていく破片へと向かって麻由が叫ぶ。

「っしゃぁぁぁっ! 誰がジャマしたってかまへん! ウチは、何がなんでも鹿児島行くで! ぼけぇぇ――っ!」


「ドォォォォォーン!」


 続いて麻衣もショットガンを空に向けて撃った。

「おらー! ウチかって鹿児島行く! もうぜったいビビらへ――んっ!」


 こうなると俺には手に負えない。甲楼園駅裏でチンピラ三人を恐怖のどん底に落とした二人だ。何をやりだすか想像もできない。


 麻衣は小気味よい音を出してアームをスライドさせると銃弾を充填してもう一発空へ向けて発射。麻由も連射する。暴発寸前にまできた鬱憤(うっぷん)のガス抜きにしてはだいぶ手荒い。あいつらに逆らうのはよしたほうがいい。


「ミウも撃ってみる?」

 半身を捻ってショットガンを差し出す麻衣。

「――っ!」

 ミウは夜道でヘビを見つけたネズミみたいに目を丸々とさせて拒否。手の平を拡げて半歩逃げたところで柏木さんに両肩を掴まえられた。


「ねえ。いなくなった人のことは後で考えることにして、今はこの崖をどうするか。一旦戻って対策を練ろうよ」


 肩越しに語られる優しげな言葉に身を返らせるミウ。

「そうですわ。今は超未来人が手を出してきたことのほうが重要ですもの」


 親鳥を柏木さんとして、その後を追ってゾロゾロ引き上げるカルガモ一家のしんがりに付いていた俺は、新たに生まれた恐怖に(おのの)いていた。姿の見えない敵が登場したことで、これから毎日、薄氷を踏む心境で暮らしていかなければならないのだ。どこかに何かを細工されたかもしれないという疑心暗鬼の中でこの危険な九州を旅し続けるなんて精神的に参りそうになる。


 黙考に沈み、地面を睨んで歩む俺の耳元で声がした。

「流れに身を任せればいいのです」

 昇降タラップの入り口で俺が来るのを待っていたミウが、そう囁いてから麻衣たちを追いかけて階段を登って行った。


 俺に気を遣ってくれるのがひしひしと伝わって来た。逆に理由を告げずに消えたイウが憎々しく思えてくるのは精神修行ができていない凡人だからだろうな。



 操縦室へ戻ると、ガウロパがでかい体を揺さぶって飛んできた。こいつは何も知らない。

「銃声がしたが何かあったでござるか? あ? イウはどうしたでござる? まさか逃げられたとか?」

 麻衣と麻由は小さくうなずくものの、柏木さんは静かに動かず、俺とミウは黙ってスキンヘッドの目の動きを探った。


 体の割にコロコロした小さな目玉が二つミウに振られた。

「ヤツを撃ったでござるか?」

「違います。あれは麻由さんと麻衣さんが憂さ晴らしに発射させただけですわ」

「だから言ったでござる。あいつは何を考えてるのか解らんでござるぞ。口だけは達者だが、やることはいいかげんで信用ならんヤツですぞ」

「わりぃ。俺の責任だ」

 頭を下げる俺に、ガウロパはいきなり小さくなり、

「あ……いや。お主を責める気はさらさらござらん。気にしないで欲しい」

 どんな理由があるにせよ、発端を作ったのは俺なんだ。


「修一さんのせいではありません。最終的にそれを決めたわたしの責任です」

「まぁさ。くよくよするのはよそうよ。誰の責任でもないし。きっと戻ってくるでしょ。だって、『待ってろ』って言ったんでしょ?」

 柏木さんの問いに俺は弱々しくうなずく。確かにそう言った。でも何も理由を聞いていない。


「だったらさ。待ってればいいんじゃない?」

 柏木さんの朱唇がほころぶ。それは溶いた一滴の赤絵の具を水面に落とすかのように心に温もりが広がった。


 この人は考えなくていいときは何もしないのが得策だと――無駄なことはするなと言いたいのだ。

 胸の奥にモヤモヤと淀んだわだかまりが、みるみる消えて行く。柏木さんの不思議なパワーは驚きに満ちている。


 俺の表情が明るくなったのを感じたのだろう。柏木さんは部屋に散らばる仲間に向かって問う。

「それよりさ。どうする、みんな?」

 どさりと操縦補助席に腰掛けて甘い吐息を漏らした。


「新しい通路を見つけるか修繕するか……やろな」

 呼吸のついでに声を出した、みたいな覇気のない口調で麻衣も椅子に腰掛けながら言った。


「修復はやめたほうがいいと思う。あの手この手の細工が入ってる可能性がある」と俺が言って、

「イカダを作って、海からぷかぷかして行くって、どぅ?」

 本気のような冗談のような柏木さん――いよいよ海賊船にするつもりだ。


「飛行船で吊り上げて行くってのは?」

 マジかよ、ミウ。どこにそんなモノがあるんだ?



 五里霧中どころか、夢物語めいた意見ばかりが出る話し合いの中、俺の背後で突然強烈な光が噴き出した。それは操縦補助室から後部の食堂までの空間を青白い閃光で埋めるほどの熾烈(しれつ)な光の海が広がった。


「わーっ! なっ、なんだ!」

 これまでに無い広い範囲で光が溢れ出し、目映い青い光彩で目がくらんだ。


「なにごとですか!?」

 この現象に慣れたミウでさえも驚愕の目で蒼光を見た。

 先頭から後部までの部屋に広がった光の海は、瞬く間もなくたくさんの光球に分裂し、さらに輝きを増すと人型に変化した。


「あ――っ!」

 俺は茫然となった。光は順に完全な人物に変わり、次々と実体化していく。


 そして聞き慣れた声がした。

「悪かったな、遅くなって……」

 俺の前で実体化した人物がそう告げた。


 イウだった。

「なんだ! この野郎!」

 思わず飛びついた。込み上げる熱い気持ちで心が躍った。嬉しくて抱き付こうとした俺の腕をイウはさらりと避けて、

「おい、男の趣味はねえって言ってるだろ、修一」

 迷惑げに俺の腕を突き放すイウの顔が笑っていた。


 今度は怒りが込み上がってきた。

「バッカ野郎! いきなり消えるな! 俺はてっきり」

「逃げたと思ったんだろ?」

 イウは俺の言葉を遮った。


 即行で否定しない俺の頭をイウはポカリとやって、

「言っただろ、オレはもう後悔するようなことはやらねえことにしたんだ。オメエが教えてくれたんじゃねえか。後悔は人生で最も悲しいコト……だろ? 修一」


 みんなを信じようと決した自分自身の気持ちに興奮した。噴き出しかけた涙を誤魔化すために充血した目ん玉を派手に瞬きながら、

「そうさ! 最も悲しいことだ!」

 麻衣と麻由が微笑んで俺に寄り添ってきたので、涙は誤魔化せなかったと悟ったが、溢れだす涙はどうすることもできない。


「それにな……」

 まだ何か言いたそうなイウ。

「なんだよ?」

「それによ。硫黄にまみれた気味悪い蟹を大切に飼ってるコピーねえちゃんらの愛らしい姿にも心打たれたんだよ。こんな暗黒時代を健気に生きていく姿にな」

 麻衣たちはいきなり話が振られてポカンとする。別に変な蟹とも思っていないし、暗黒時代なんて現代組にはまったく自覚がないのさ。


 イウは洒落臭(しゃらくさ)いセリフを吐露してしまったことを自覚したみたいで、頬を赤く色づけたニヤけ顔を曝した。


「ちょっと、あなた!!」

 ミウが、ぐいっと立ち塞ぐ。

「それならひとこと伝えてから行きなさい! 黙って消えたら逃げたと思うのは当然です。修一さんの気持ちを踏みにじって!」

 もういいよミウ。これで満足だ。そしてお前もこのあらましを知ってて、あえて教えないことで俺たちの絆を深めようとしたんだ。


 後で知ることになるのだが、獅子身中の虫を揺り起こし、グループの結束を内側から崩すのが連中の手口らしい。

 ミウはこの時、その地固めをしたわけだ。


「あのさぁ……」

 納得して深くうなずく俺と、火花をバチバチ飛ばすミウたちへ柏木さんが歩み寄り、遠慮がちに尋ねる。

「せっかくの感動の場面なのに……ちょびっといい?」

 ミウを抱き寄せて後ろへ反転。

「ねえ? この人たち……誰ぇ?」

 奇妙な衣服をまとった五人の男女が、俺たちの前でそれぞれ手荷物をぶら下げて立っていた。

  

  

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