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ゼロの支配者  作者: 雲黒斎草菜
九州編
56/109

ハエ騒動(西暦3027年の情勢) 前編

  

  

『警告!! 異物の侵入警報の発令です。ただいま変異体のカビ毒を検知いたしました』

 恐ろしい内容の警報なのに、館内放送かよ、と突っ込みたくなるほどランちゃんは淡々としていた。


 そのせいか、俺と未来組は内容がよく伝わらずぽかんとしていたのに、バネが弾けるみたいにロッカーへ飛んだのは柏木さんと双子の姉妹だった。

「ほら。麻衣、麻由! これをみんなに配って。あんたたちもすぐに付けるのよ」

「了解!」

 二人は手際よく、かつ同じ動作でテーブルで石化する全員に配り回った。俺だってカビ毒の恐ろしさは承知しているのだが、あまりに淡々と知らすもんだからピクリとも体が動かなかった。ミウのガーディアンだと豪語するガウロパでさえ一センチと動けないでいる。



 全員がマスクを装着して食堂のテーブルに集まった。まるで病院の待合室だった。


「ランちゃん。どの辺から入って来るの?」

『侵入場所は不明です。検知できません』


 急いで麻衣が天井から階段を引き出して駆け上がる。そして下へ向かって叫んだ。

「ハッチは完全密閉されてるデぇ」

 すぐにトントンと降りて来て、階段を天井裏に格納した。


「どっから入って来るんやろ?」

 麻衣はふわふわの髪の毛を手で掻き上げつつ戻ってくると、ドカッと自分の椅子に座り、柏木さんがやるせなさげにテーブルの上で突っ伏した。まるで力の抜けたスルメだ。

「原因を究明しないと一旦ジャングルに戻らないといけないわ。せっかくここまで来たのに……」

「カビ毒って、そんなに危険なものですの?」

 ミウの放った言葉に柏木さんが起き上がり片眉を歪めた。


「あなたたちの時代にはガーデンのカビ毒は無いの? 温暖化現象は未来でも続いてるって言ってたじゃない。そしたらケミカルガーデンもあるんでしょ?」

(そんなこと言ってたかな?)

 俺は記憶を遡り該当するシーンを思い出そうと首を捻り、麻衣と麻由も困惑した視線をミウと柏木さんとのあいだで往復。


「だからカロンを探してるんでしょ?」

(あ。なるほど。そうなるわな)


 頭の切れる柏木さんはミウの心の内を探るように尋ね、ミウはカビ毒マスクの位置を直しながら言葉を探す。

「……その話は、わたしが記憶障害の時に漏らした言葉で……信憑性の無い……いえ、ウソではございませんが……」


「ということはカビ毒も知ってるくせに知らないふりをしたのね」

「あ……いや誰も知らないとは言っていないでござる。これもリーパーの務め。時間規則を守るためです」

 ミウの援護に入ったのはガウロパで。常に従順なガードをするのは見上げた心意気なのだが、

「なんだかあなたたちを信用できない気分よー」

 咎めているようですが、言い方が可愛いですね、柏木さん。


「きっと事情があるんですよ」

 ミウたちに肩入れする気は無いが、つい口を出してしまった。


「どんな?」

 あわっと。柏木さんの矛先がこっちを向いてしまった。


 あまりにもどかしいので、俺は少し前にイウから仕入れた情報を伝えた。

「その時代になると、日本に人は住んでないらしいっすよ」


 途端、今度はミウが俺を怖い目で睨んだ。


「あそうかゴメン。未来の話をすると時間規則に反するんだったな。どうもまだ頭に入ってなくて……わりい」

「あんたにリーパーは無理やな」

 と麻衣は半笑で、ミウは怖い顔をする。

「誰に聞いたのかは、およその見当はつきますけど……」

 言葉半ばにしてイウを睥睨するミウ。その迫力は確かに未来組のリーダーで間違いない。


 イウを睨んでいた視線をそのまんま俺たちに向けてミウは傲然とした。

「聞かなかったことにしてください!」

 尖った刃物のような鋭い視線だった。


 ミウの勢いに、さすがの柏木さんもたじろぐ。

「べ……別にいいわよ。あなたたち未来の人がどこに住んでいようと……。とにかくカビ毒を説明するとね。少量なら解毒剤で何とかなるけど、時間を掛けてDNAを侵してくるわ。それでいて変異が始まるとあっと言う間だから絶対に吸ったり触ったりしたらダメ」


「変異? 人間の変異ですか? その辺をもう少し詳しく」

 ちっちゃな体のクセに大きな態度で尋ねるミウ。ほんとうに俺より年下のなのか?

「初期は遺伝子異常ね。だいたいは癌化するんだけど、最終的には人間であっても変異を始めて95パーセントの確率で死亡ね」

 ね、って。


 柏木さんの怖い説明にミウの表情が強張る。

「残り5パーセントは?」


 柏木さんはちょっと間を空けてから、

「ミュータント化よ。私たちはミューティノイドって呼んでるの」

「脳も侵されて最後は発狂したお化けみたいになるのよ……で……」

 と続けた麻由が口をきゅっと閉じて麻衣と視線を交わし、妙な間が空いた。


 俺へと向けた麻衣たちの逡巡する目は救助を求めている。そうさ、ミューティノイドの生態を詳しく未来組に伝えていいものか。俺は迷った。言わずもがな、実態があまりにもショッキングなことだからだ。


「まだ何かあるみたいだな」とイウが口を挟み。

「でも……未来にもケミカルガーデンが残ってるんならミューティノイドもいるんでしょ? なぜ訊いたの?」

「わたしたち未来のことについては答える必要はありません」

「なんでよー」

 柏木さんとミウが向き合った。一種の臨戦態勢みたいな状況だ。


 睨みつけるミウのあいだに入ったのは意外にもイウで。

「ミウ。この人らは時間項だ。未来の話をしてやっても大きな問題は起きない。逆にそのほうが話し合いが円滑にいくんじゃねえか?」


「そうそう」

 柏木さんの相槌が挟まる。


 ミウはしばらく沈黙。そして鼻から息を抜いた。

「犯罪者から言われて方針を変更するのは納得できないのですが、この男の言い分は時にして的確に核心部を射ています」


「さすがパスファインダーだな。柔軟な思考の持ち主。オマエ出世するぜ」

 今度は褒めてるよ。


「あなたに称賛されても嬉しくありません。黙ってなさい!」

「へいへい。ヒステリックなところも可愛いぜ」

「うるさい!」

 ガウロパはテーブルの隅っこで苦笑いを続けるだけ。


「ある程度は情報公開します。おっしゃるとおり、未来でもケミカルガーデンは存在し。地表のほとんどを占めています」


 腹を割って語りだしたミウの言葉は到底信じられるものでは無かった。



 ミウたちがやって来た西暦3027年であってしても破壊された環境の立て直しはできておらず、むしろガーデンが今より広く進出した分、悪化していた。


 地球での営みに見切りをつけた人類は火星へ移住したり、環境が改善されるまで亜空間へ避難冬眠するなどして地上に残ったのは、わずかに残った土地を奪い合う悪党どもを率いれた反体制グループとそれを制圧しようとする政府軍、そして地球を見捨てられない研究者たち。


 そうなると反体制側に加勢する時間渡航者(リーパー)もいる。リーパーがいれば自分たちの都合がいいように歴史を改竄(かいざん)して来る。それを阻止するために政府軍のリーパーも立ちあがる。この悪循環は繰り返す。今回の時空震がゼロタイムを引き起こしたのも対立する連中が原因だとミウは考えていた。


 最悪なのはゼロタイムは歴史のリセット。人類とは異なる新たな種族が派生する可能性を含んでいるため対立グループもうかうかしていられないはずだとミウは言った。


 明るい話題はカロンの発見だ。カロンは原始の地球を酸素で満たした唯一の物質で、これを使ってCO2で埋まった地球を一掃しようと言うモノ。だが現時点ではマントルの奥深くに沈んでしまっており採掘不可能だった。そこで時間局はリーパーに命じてカロン高分子の鉱床が地上付近まで顔を出す時代の調査を依頼した。やがて反体制グループと緊張状態の状況下でミウとガウロパはカロンを探して過去へ飛んだ。


「ミューティノイドが出てこないじゃない」

 興味のある展開にならなかったらしく。柏木さんが途中で割り込んだ。

 ミウも素直にうなずく。

「わたしたちもカビ毒の危険性は知っていますが、あなたたちが怖れるものとは異質のものです。ましてや人間がミューティノイドなどと呼ばれるミュータントに変異しません。100パーセント死亡するだけでした。しかもガーデンは今よりもっとひどい状態で人など入れません。そんな環境に人類が順応して集団で生存するなんてあり得ません。初耳です」


「おっかしいわね。現に世界中で目撃例もあるし、麻衣たちだって遭遇してんのよ」

「せやで。連中はケミカルガーデンの深部で集団生活してる様子や。修一もその行列を見てるよね?」

 もちろん否定などするもんか。あの怖さは絶対に忘れない。

「あれは不気味の一言だな。ボロボロになった人間が無言で糸状菌の中を歩いてんだ。まるでゾンビの行進だぜ」


 珍しくイウとミウが同じタイミングでうなずいた。

「ここだな」

「ですわね。焦点はミューティノイド。もう少し生態を調べるべきです」

「ああ。正しい判断だ。歴史の流れに齟齬を起こす因子となるかどうかだ」


 柏木さんは深くうなずき、

「わかった。この会議は有意義でした。日高さん。腹を割って話してくれてありがとう」

「あ、いえ……ども」

 毅然と立ちあがる柏木さんは別人のようだった。科学者とおちゃめな女性。どっちが本性なのだろうか。


「先にこっちの問題を解決するのが先決だわ。ランちゃん、カビ毒が侵入する可能性がある場所を探って! 今どこで検知してる?」

 柏木さんの凛とした態度は崩れず、インターフェースドームへ尋ねた。


『現在、カビ毒が検知される場所は後部格納庫です』


「格納庫に穴でも空いてるのかしら?」

「無いとは言い切れないでござる。ミミズの奴に散々弄ばれたでござるからな」


『探知可能な大きさの亀裂は認められませんが、それ以下のミリ単位の亀裂は詳しい調査が必要です』

 ランちゃんは自分が放った言葉が終わるや否や続けて報告。

『カビ毒が操縦補助室で検知されました』


「どういうことよ。格納庫はどうなったの?」


『現在は反応無しです。新たにカビ毒が操縦室から検知されました』

「移動してんのちゃう?」

「カビ毒は風に乗るだけよ。こんなに素早い動きはできないわ」と柏木さん。

「せやな」

 目を見開いて麻衣が操縦席をへ視線を振るが、だからといって何も見えない。


「何かに乗って移動しておるということはござらぬか?」

 ガウロパの付けるカビ毒マスクが小さく見える。


「格納庫から操縦席へ何かに乗って移動したとしたら、俺たちの前を通らないと無理だろ?」

「何も通りませんでしたわよ……」

 えも言えぬ恐怖が襲って来た。見えない現象などあるかい。


 全員が息を潜めた食堂内で、天井のインターフェースポッドが再び平坦な声を落した。

『カビ毒を後部格納庫で検知しました。マスク着用を推奨します』


「やっぱり移動してるやん」

「今のはしっかりと見ていたけど何も通らなかったぞ。お前ら目は確かか?」

「あたしも麻衣も、目はいいわよ。でも何も通らなかった」


「私は目、意外もいいわよ」


 おちゃめな発言をする柏木さんをミウが横目ですがめる。

「こんな時によくいけしゃあしゃあと、そんなくだらないことを口にできますわね」

「いいじゃない。緊迫した空気を和ますテクニックよ」

 どっちが年上なのか……さっきの凛とした女性は宇宙の彼方に飛んで行ったようだ。


「両方に穴がいてて交互に検知してるんじゃねえのか?」

 イウの意見もあながち間違いではないが、ランちゃんはそれを否定。

『発生場所が常にピンポイントでかつ場所が定まっていません。船体に開いた穴から入ってくるモノとは異なる挙動をしています』


「あー! ほんならガンビ(バエ)や!」

 同時に麻由が首肯。

「そうよ。あの子なら見えないわ」

「やっぱりどこかから入って来るんや」


 あれか……。

 俺には心当たりがあった。

  

  

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