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ゼロの支配者  作者: 雲黒斎草菜
九州編
55/109

九州を寸断する亀裂

  

  

 アストライアーは、猛烈にもつれまくった糸状菌の網の中を強引に掻き分け、ときには引き千切りながら緩く長い坂を登っていた。背もたれに掛かる体重の変化で機首の角度がよく解る。


 反対にキャノピーの外を目視したって何だかよく解らない。なにしろ飛び込んでくるのは、気の遠くなるような色彩の海。広がるのは渦を巻く先端と終端の無い幾何学模様の世界さ。これでは目標物が定められず、目視では角度がさっぱり解らない。


 さっきからガウロパが眉のあいだを摘まんでは、肩の上で首を回していた。

「こんな狂った世界を見つめ続けると疲れます。時には休みも必要ですよ」

 一段高い位置にある操縦席とを繋ぐ昇降ステップの手すりに体を添わせていたミウ。視線は窓外へ、声は操縦席へと注いだ。


「姫さま。そのお言葉だけで拙者、感涙にむせびまする」

 上から頭を下げるガウロパを見上げてミウは微笑み、頭の後ろに手を回してゴーグルのベルトを直す、そんな振る舞いを俺はぼんやりと眺めていた。


 イウの話によると、ガウロパはミウを守るために派遣されたらしいが、一体何から身を守るのかな。やっぱ敵対する勢力があるんだろうな。


 それに答えられるのは、俺の右横で腕を組んで背もたれに身を任せて居眠りをするイウだけだ。

 ヤツの肩を揺すって起こしてみる。


「ん? なんだよ」

 イウは眠そうに眼帯の上から手で目を擦りながら背筋を伸ばして深呼吸をすると座り直した。


「あふぁ。マジで寝てたぜ……」


 俺は妙な違和感を覚えた。眠っていたところを突然起こされて、眼帯の上から目を擦るものだろうか。どう考えてもそれは健常者のする振る舞いに見えて仕方が無い。だがそれを単刀直入に尋ねていいものか躊躇する。


「なぁ。気に障ったら謝るけど。その目どうしたんだい。怪我か?」

 イウの顔色があきらかに変った。

「へんな詮索をするな」

 片目を鋭くして睨んだが、戸惑いの表情を向ける俺に気遣ったのか、肩を抱き寄せると小声で訊いてきた。


「お前、約束できるか男か?」

「な、なんだよ?」


 さらに声を潜めた。

「ガウロパは知ってるが、ミウには内緒のことがあるんだ」

 何やら込み入った話しになりそうだ。


 イウは辺りに人影がないことを確認した。釣られて俺もきょろきょろ。ミウは操縦席でガウロパと話し込み、柏木さんは行き先不明。麻衣と麻由もここにはいない。おそらくギャレーへ昼食の準備に行ったと思う。


 イウは座席の背もたれを肘で支えて俺に体を捻じると、同じ言葉を繰り返した。

「約束できるか?」

「俺はウソやまやかしの類は大っ嫌いだ。それからもっとも嫌いなのは『約束』を破ることだ」

 言い切ってやった。大げさに言ったつもりはない。最初に宣言したとおりウソを吐くのは大っ嫌いだ。


 イウは青い片目で俺をじっと見た後、よし、とうなずくと、もう一度辺りを窺ってから、ゆっくりと眼帯をめくって見せた。


「あうっ!?」

 ヤツは声を出しかけた俺の口を手で塞ぐと、

「声を出すな!」と、またもや怖い顔をした。


 眼帯の下にあったのは、薄赤い色をした綺麗に煌く瞳だった。

「バイアイだ!」

 かろうじて言葉を絞り出す俺に、それ以上喋るな、とイウは自分の唇に指を当てて眼帯を元に戻した。

「ミウと同じ……」

「ああそうだ。この眼帯はミウと同じ種類の超視力抑制ゴーグルだ」


「じゃ。あんたも未来とか過去とか見れるのか?」


「まぁな」

 小さくうなずくイウ。

「ミウほどでは無いが、オレもソコソコの能力があるんだ」


「なんで、ミウには教えたらいけないんだ? ガウロパは知ってるんだろ?」

「伝える時が来たらオレの口から伝える。まだその時期じゃない。だからお前、このことは絶対に誰にも言うな。わかったな」


 リーパーどうしでも複雑な事情があるようだが、俺には未来組の事情に関しては何も口出しできない。言わば別世界の人間だし、余計なことに首を突っ込みたくもない。


「わかったよ。俺とは次元が違う話しみたいだし、別に表沙汰にする気はないよ。でも気をつけたほうがいい。今の寝ぼけた仕草は致命的だぞ。見られたのが俺だからよかったけど、柏木さんなら今頃質問攻めに遭ってる」

 とつぶやくや否や、

「なっにー? 男どおしでコソコソ話し合ってるぅ。あっやしぃーんだぁ」

 うわぁぁ。一番聞かれたくない人に聞こえた。


 オドオドとイウが相槌を求めてうろたえる。

「な、なにもコソコソしてないぜ。な、なぁ、修一」

「う、うん」


「おっかしぃんだぁ。あんたたちいつからそんなに仲良くなったの? 毎回隣どうしに座っているけど、いっつも反対に向き合ってたじぁない」

 イウが俺の隣へ座るのは、あんたたち変異体バカが前の席をぶんどるからじゃないか、と文句を告げたいところへ麻衣が後ろからやって来て屈辱的な言葉を吐いた。


「スケベどうしで、気があうんやろ」


 この場を切り抜けるにはちょうどよいタイミングだが、スケベが引っ掛かる。

「ふん、何とでも言え。俺たちはもっと高度な意見を交わしてたんだ」

「例えば?」

 しつこいなぁ、柏木さんは――。


 さらに麻衣も喰らいついてきた。

「こいつらのことや、柏木さんの下着の色でも言い合ってたんやで、きっと」


「なっ! うっそぉー。きゃぁー、えっちなんだー」


「し、してない。してないですよ。麻衣、お前! でたらめなことを言うな。大迷惑だぞ」

「ほなら誰のや……ミウのか?」

「ば……バカ!」

 言葉にならない怒りをぶつけるが、それを軽く跳ね返して麻衣は恥ずかしげもなく、

「今日のウチらのは薄い水色やで」

「うっさい。そんなことは知ってるワ! んがっ!」

 麻衣の脇から顔を覗かせたミウの放った眼光に射貫かれた。殺人級の怖い光線だと言っておこう。


 なんで俺が悪いんだよ。


 柏木さんは、首をすぼめる俺の肩を指でトントンと突っつくと、

「私のは黒よ」

 と言いのけて、俺とイウが顔を見合わせて固まるのを見届けると、愉快そうに座席から立ち上がり、

「うっそよーん」

 と、高笑いだけを残して後部の部屋へ消えて行った。


「アホが……」

 力の抜け落ちた麻衣の嘲笑を浴びて嫌な予感がした。眼帯野郎と交わした守秘義務は貫徹できたが、変なレッテルが俺に貼られたかもしれないことを。




 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆




 午後12時半。恒温霧湿帯に侵入してから4時間が経過。


 外の景色はまったく変化が無く、どこで止まっても出発地点と大差ない景色が続いている。

 確かにこの中を迷わずに走行できるランちゃんは感心の極みだ。普通なら広い範囲で同じ場所をグルグル回ることだろう。


「ん?」 

 ランちゃんがアストライアーの速度を緩めたらしく、身体が前のめりになった。この角度だと今度は急激な下り坂になったようだ。


「ランちゃん、何か問題でも?」

 麻衣と麻由はギャレーヘ昼食の準備に戻り、柏木さんも見学に行ったので、操縦席とその補助席には未来組と俺しかいなかった。


『問題はありません。現在外輪山を越えてカルデラ内部を下降中です』


「カルデラって?」


『火山活動でできた窪地のことです』

「阿蘇山のだから大きいんだろうな?」


『国内では二番目です。一番は北海道の屈斜路(くっしゃろ)カルデラです』


 ミウが俺にひんやりした視線を向ける。

「修一さん。あなたちゃんと授業受けてますの?」

「お前だって、知らないことだってあるだろ?」

「今のは常識ですわ」

 何だかトゲトゲしい口調が気になるな。


「女子の下着の色なんか気にしているからです」

 おーい。まださっき会話を引き摺ってんかよー。


「あのな。早くあの双子に慣れたほうがいいぞ。あいつらは面白くなるなら犠牲者を選ばない性質(たち)なんだ。でないと、そのうち振り回されて目を回すぞ」

「では下着の話は全部ウソだとでも?」

 あぁ。ウソだ、とも強く言い切れない。

「まぁ。そんなモンだ……な。それでいいんじゃね?」

 適当に。最後はごにょごにょと誤魔化した。


 突然、俺の額にミウの白くて綺麗な指が触れようとした。

「い……今、頭の中を覗こうとしただろう」

 体を逸らして逃げる俺に透き通った瞳が注がれる。

「覗かれて悪いことでも?」

「ぷ……プライバシーの侵害だ。お断りに決まってんだろ」


 ミウは口の端を持ち上げて笑った。

「正直な方ですわね……わたくしが無断で人様の思考を読むわけありませんでしょ」

 人差し指で俺の鼻先を弾いたミウは、薄い笑みを浮かべて食堂へと歩み去り、代わりにガウロパとイウから憐憫の眼差しが俺に射し込まれていた。


「もとはと言うと、お前の似非(えせ)眼帯のせいだ」

 怒る俺へガウロパが言い聞かせるように言う。


「別にイウは目が悪くて眼帯をしてるのではござらぬぞ。超視力の……」

 言葉を遮る俺。

「そんなことはもう聞いたよ。その話が、なぜか俺がスケベだという話に摩り替わったんだ」

「オマエがそんなヤツじゃないことは、オレがいつか証明してやるから安心しな」

 いつかじゃなく、今して欲しい。




『中央火口丘周辺に到着しました。高岳(たかだけ)の火口へ向かいますか?』

 インターフェースドームからランちゃんが指示を求めてきたけど俺には答えられない。すると操縦席の下から窓外を眺めていたイウが質問した。


「活火山は中岳だろ? 今はそうじゃないのか?」

「えらい詳しいんだな?」

 俺の問いに、イウは平然と答える。

「ああ。詳しいってほどじゃないんだがな。昔、大阪万博から9年後、1979年の秋に死者まで出した噴火が起きたんだ。その時のニュースを見た記憶があってな」

 未来組は過去から未来まで、あらゆる時代を生きてきたのだ。だから今のも実体験となる。

 マジでこいつらリーパーなんだ。


 感心する俺の頭上で、ランちゃんが続きの説明を始めた。


『それ以後、火口は周期的に噴火と沈静化を繰り返し、2203年に起きた大噴火で周辺の別府・万年山(はねやま)断層、および布田川(ふたがわ)日奈久(ひなぐ)活断層帯が大幅に動き、九州を横断する亀裂が発生。その後、噴火は沈静化するものの、高岳だけは未だに活発な噴火を繰り返しています』


「えっ! ちょっと……」

 聞き捨てならないことを淡々と告げたランちゃんに尋ね直す。

「九州を横断する亀裂ってなんだよ?」

 意外にもガウロパとイウは俺の放った疑問の焦点を探して首を捻った。

「……それが何か?」

「オレたちの時代ではそんなこと誰でも知ってるぜ。てか、もう日本にゃ誰も住んで……」

 と言いかけたイウは、ガウロパに首根っこを引っつかまれて操縦席まで持ち上げられた。


「また時間規則を破ると、もう一本アンクレットを掛けるでござるぞ!」

 きつい言葉で釘を刺されて、イウは黙り込んだ。


 九州が真っ二つに割れていたなんて今の今まで知らなかった。

「知らないのは、俺だけか?」

「そうね。これも情報操作とでも言うのかな」

 背後に柏木さんが立っていて、俺は飛び上がらんばかりに弾けた。


 そのままくるっと反転して尋ねる。

「情報操作って?」

「学校の授業では教える必要のないことは教えないの。自分で調べる分には文句は言わないけどね」

 指先で白衣のしわを伸ばしつつ冷やっこい口調で続ける。

「誰も住んでいない中央九州を真っ二つに断ち切る亀裂があることよりも、ガーデンや地上の怖さを教えるほうが重要でしょ。政府はそう判断してるのよ」


「いや、そういう事じゃなくてですね。九州を横断するでっかい溝ができちまってるんでしょ。そんなところをアストライアーでも渡れる橋が掛かってるんですか?」


 俺の大声が天井にも聞こえたようで、

『亀裂の規模は長さ180キロメートル、八代海南部から別府湾沖、四国に迫る長さがあり、幅は狭いところで、120メートル、平均の深さ329メートルにも及びます』


「断崖絶壁じゃん!」


 半音ぐらい声が上擦ったのはしょうがない。アストライアーが空でも飛べない限り、向こう側へ渡ることはできないのだ。


「心配ないわよ」

 柏木さんは落ち着いていた。


「橋があるんすね?」

 つぶやくような俺の質問に、いつもより増して明るい声で言い切った。

「あるわけないでしょー」


「ではどうするんですの?」

 ミウの声が重複する。

 いつの間にか食堂からミウと麻衣たちも戻っており、その中心で柏木さんが楽しげに答えた。


「知んないー」


 まただ……。

 この人の挙動にはもう慣れた。どうせランちゃん頼りに決まっている。

「ピンポ~~ン」

 正解のようだ。


「ウチが教えたろ……」

 麻衣がクリクリの癖毛から三角巾を外して何か言おうとしたので、つい口を挟んだ。

「頭に布巻いて……。いったい何の真似だよ?」

「ガウのおっさんがゆうとった。昭和ちゅう時代はこんなんを巻いて給仕してたらしいデ」

 そんな布切れに何の意味があるんだろ?


 麻衣が言いたいのは布切れの説明ではなく、

「よう考えてみいな修一。前回、ウチらのお父さんが鹿児島まで行ってるやろ。その行程は全部日誌に書かれてるんよ。巨大ミミズも亀裂のこともちゃんと書かれてたし。ただブラックビーストは予定外やったけどね」

 変異体バカが常に寝不足なのは、夜それを見て予定を立てているからだと思われた。


「じゃ。亀裂を越えるルートを知ってんだな?」


『亀裂と言うよりも大規模で渓谷と呼ぶのがふさわしいです。険しい条件ですが一つだけルートが存在します。底へ向かって長さ2.5キロメートルの岩盤の出っ張りが斜めに続く場所があります。そこを通って一度亀裂の底を北西に56キロほど行くと、再び上に延びる岩盤を通って向こう側へ渡ることが可能です。走行距離にして68キロメートルのジグザグ行程になります』


「そっ。昨日の晩に教授の日誌を調べたら、向こう岸にたどり着けるルートをランちゃんがちゃんと見つけてたのよ」

「すげぇ。見つけたランちゃんもすごいがお前えらの親父さんもすごいなぁ」

 たかだか120メートル向こうへ渡るのに、68キロメートルも遠回りをするという、川村教授夫妻の情熱には感服する。俺は感動すら覚えた。


「それよりさぁー」

 せっかく感動にむせび泣こうとする俺に向かって、柏木さんが『それ』で片付けてしまった。憧れの川村教授の功績を二文字でいなすとは。だって68キロメートルだぜ。すごくね?


 すがめる俺に気付きもせず、柏木さんはケロッとして言い放つ。

「もう少しで火口近くに着くから、それまで軽く食事しよぉよ。麻衣と麻由のランチタぁーイム!」


 何のイベントだよ――。


「何かさ。俺たちメシ食ってばかりじゃない?」と言ったところで、ご主人様の言葉に逆らって俺の腹のムシが鳴った。

「正直なお腹ですこと」

 ゴーグルの奥で笑った目を向けるミウ。どうやら機嫌は直ったようだ。これでひとまず安泰だな。


 ところが――。

 ようやく訪れた平和な空気を一瞬で薙ぎ払ったのは、昼下がりに放たれたランちゃんの言葉だった。


『警告!!』

  

  

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