下着泥棒
猛獣の群れと巨大ミミズに襲われた……。あ、ここを強調させてもらおう。俺と未来組は襲われたと認識しているが、例の三バカオンナどもは貴重なサンプルを間近で観ることができて嬉しかったとむしろ感謝しているぐらいだから始末におけない。俺たちとは感覚が大きくずれたバカなのだ。
で、予定より少し遅れて阿蘇山の麓から少し入った、ケミカルガーデンに侵入する手前を二日目の野営地とした。
はーやれやれ、と休む暇は無い。無秩序に混ざり合った調度品やら家具やらを元の場所に戻し終わった時点で俺はぐったりだった。にも関わらず麻衣と麻由は元気を持て余しており、停車してすぐに始まったスコールを利用してキャノピーの洗浄を始めたのには驚いた。
「元気なヤツらだぜ、ほんと」
黄色い声をあげてデッキブラシでキャノピーの表面を擦る二人の姿を、操縦席の真下から硬質ガラス越しに見上げてイウがつぶやいた。
「しょうがないさ。アストライアーは両親の形見みたいなもんなんだ」
胸を斜めに縦断するハーネスが作りあげたパイスラッシュを眺めながら語る内容ではないが、目がそこへ行ってしまうんだからしょうがない。
さて……。
昼間はいろいろあったが、その後は平穏に暮れていき夜となった。そして生涯忘れることはできない朝がやって来るとは知らずに俺は爆睡に落ちた。
2318年、8月2日。午前8時。
昨夜から始まった格納庫でのテント暮らしは意外と快適で、薄っぺらなテント生地で仕切られるだけなのに安穏としてしまうのはどういう理由からだろう。
そんなことを思い浮かべつつ体を起こした俺は、思わず奥歯を噛みしめて苦痛に込み上げてくる悲鳴を押し殺した。
前日よりもひどい筋肉痛と打撲痛だった。おそらくミミズにシェイクされた時にあちこちぶつけまくった痕だと思われる。
歩くたびに顔を歪め、歯を食いしばって食堂に入った俺は、すぐに自分の席に着いて身体をスルメのように伸ばした。
薄れゆく痛みにほんわかしていると、麻衣と麻由、それからミウがかしましく階下から上がって来た。俺はテーブルに突っ伏したまま顔を横向けにして三人の様子を観察する。
それぞれにおしゃべりに花を咲かせ、階下から上がってくる光景は微笑ましいのだが、妙な雰囲気を感じて体を起こした。
「おい、お前ら……」
「あっ、修一さま。お早うございます」
「「はぁーよ」」
丁寧なあいさつをするのはミウで、麻衣と麻由はまったく同期した動きでこれまたまったく同じトーンで同じセリフを吐いた。しかも雑だ。
「お……おう。おはよー」
麻衣たちの大雑把な挨拶は今に始まったわけではなく、学校では日常的に行われるものなのでどうってことはない。そんなことよりも気になるのはこいつらの服装が替わったことだ。
麻衣と麻由は自宅で着用するデニム生地の超ショートパンツと白のタンクトップ。そう、タンクトップは下着の色が少し透けて見える薄地のヤツだ。淡く浮き出た水色にそそられるって、そんなことはどうでもいい。意外なのはミウも淡いグリーンのショートパンツ姿だった。
とりたてておかしなファンションではない。むしろ絶賛したいぐらいである。にもかかわらす疑問符がおっ立つ。こいつら着替えを持って来たっけ? と。
電光石火の勢いで記憶を遡る。たしか持ち物はアストライアーに揃っているからと柏木さんの指示のもと、何も私物は持たずに来たはずだ。ロッカーには十分すぎるほどの衣類の準備があり、充実した内容に満足していたのだ。まぁ強いて言うと研究所の制服なので飾りっけが無いと言えばそれまでだが、新品だし文句は無い。
そんな状況なのに、どうやってあいつらは着替えることができたのか。
訊きたいが訊きずらい。その水色の下着はどうした? なんて尋ねた途端。ヘンタイ野郎へとカテゴライズされて、変異体の親戚あたりに位置付けられてしまう。
解ってもらえたかな?
ヘンイタイから真ん中の『イ』を抜けばヘンタイになるだろ? イタイ話だぜ、まったくな。
訊くに訊けずモゾモゾしていたら、柏木さんが小さな口で大きなあくびをして現れた。
「おっ、はー」
口を手で覆い隠し、片手を振り挙げるお茶目な姿に見とれる。
朝から明るい人だ。
三人娘も振り返りそれぞれに挨拶。
「お早うございます。あふ……」
「「ぁーよ……ふぁあぁ」」
偶然だろうが三人そろって眠そうにあくびの連発をした。
高貴な育ちをしたミウは大口を開けることはないが、何度もそれを噛み殺している。
「うぇ?」
今度は柏木さんの衣服に目を奪われた。俺は目尻を下げながら、眉間にシワを寄せるという複雑な表情をする。
いつもの白衣ではなく、いや白衣は白衣なのだが。科学者然と見せる白衣が薄いピンク色だった。それとも色つきの白衣は白衣と言わないのかこの場合は桃衣とで呼べば……。
「えへんっ」
大きく軌道が逸れた思考を元に戻すべく手を口に当てて咳ばらいをした。
全員の視線が集まったのをきっかけに俺は質問する。
「お前ら着替えを持ってきたのか?」
なんの変哲もない質問なのに麻衣と麻由、そしてミウまでもが同時に目を伏せた。それだけではない。柏木さんが奇妙な物の言いをした。
「私のは買ってきてもらったのよ」
買って来た?
そう返答が来ると反射的に出るのはこの問い掛けだ。
「いつっすか?」
「昨日よ」と柏木さん。
「はい?」
辻褄が合わない。会話になっておらん。
「どこで?」
「いつも行く衣料店よ」
「いつ?」
質問が繰り返す。
「昨日よー」
「どこで?」
「うっさい!」
柏木さんは笑いこけ、麻衣が奇声を上げるが、意味が解らん。
柏木さんでは相手にならんので、質問の矛先を変える。
「お前らは?」
最初にミウが答えた。
「これは麻衣さんたちのお下がりです」
可愛い仕草で超視力抑制のゴーグルを赤と青の瞳に掛けると、薄グリーンのショートパンツの裾をつまんで見せた。
「お下がりって?」
ますます謎が深まる。
おさがりの意味は説明されなくたってわかる。麻衣たちより少し小柄なミウには双子の数年前の衣服ならサイズがぴったりだろう。それよりも俺の思考を乱してくれたのは麻衣たちの態度だ。
「ごめんな、修一。ウチらが悪かってん。カンニンな? 金輪際あんたを疑ったりせぇへんから」
「な、なに言ってんだ? 麻衣!」
「こういう経緯があったとは知らなくてね……ゴメンね」
麻由も肩をすくめて平謝り。続いてミウが。
「どうしても、って言われたので……致し方なかったのです」
さらに続いて柏木さんまでも。
「この白衣は私の特注なのよー。頼んでいたの忘れててさぁ。昨日受け取って来てもらったの」
「昨日って……え? 昨日って何してたっけ?」
俺は怖いぐらいに戸惑い、必死で記憶を掘り下げていく。
昨日は阿蘇に向う途中で、恐ろしい猛獣とミミズに襲われた……よな。
違うのか?
え? 俺たち九州に来たんじゃなかったのか?
まさか夢オチってことはないよな。
辺りを見渡したが、俺の記憶どおりの光景だった。ランちゃんが操縦する大きなアストライアーの機内で間違いない。後ろには俺のテントがあるし、前を見ればキャノピーの向こうに朝のジャングルが展開している。
何も変わっていない。ここは阿蘇山の麓に違いない。
「ちょっとみんな落ち着いてくれ」
ひとまずそう告げて、体を柏木さんに向ける。
「昨日、行きつけの店へ行って来ったって、どういうことですか?」
そう問いかけると同時に目の前が開けた。なんだ、簡単な理屈じゃないか。そういうことか……。
「この辺りにコンビニがあるんすね? そうか、あるんだ。なぁんだ、最初からそう言ってもらえばよかったのに。どこっすか? あの茂みの奥っすか? 俺も欲しいモンがあるんだ。行くから場所教えてくれます? そこってカード使えます? 現金は残しておきたいんだ」
すかさず横から麻衣が俺の額に手を当てた。
「修一、頭は大丈夫か? コンビニでは白衣は売ってへんで」
俺は勢いよく麻衣の手を引き剥がす。
「そんなことは知ってるワ! どこで買ったんだと訊いてんだ」
柏木さんはあっけらかんと、
「作業服専門のお店よー。研究所の近くにあるの。あなたも買う? 看護婦さんのが人気なんだって」
喜色を浮かべて俺の顔色を窺う振る舞いは、確実にからかう気だ。
ちっとも解明されないもどかしさで、いささか焦燥めいた口調になる。
「ミウのショートパンツがお前らのお下がりだって別にかまわんが、いつそれを貰い受けたんだ? お前らの屋敷へミウが立ち寄ったのはガーデンから帰ってきた夜だけだ。その時にそんな会話はなかったぞ」
さらに声が大きくなる。
「それになんだよ。麻衣。俺に謝るって? 何をだ? おい、麻由?」
「あんな……それな……」
麻衣は言葉を濁し、麻由も言いにくそうにぽつりと。
「あのね。あの日……」
「どの日?」
「ガーデンでミウを保護して、あたしたちのお屋敷にお泊りした次の朝よ」
「あぁぁ。納品を兼ねてミウを病院へ連れて行った日だな」
「うん……」
「それが?」
もどかしさ満開だぜ、実際……。
「あんな。あの日の朝……ウチらのランジェリーボックスから下着や衣服が何点か消えとったんよ。ほんでな、しょうがないから紺のキュロットを穿いてたんやけどな……」
「消えた?」
「うん。盗まれたと思ったの……」
目をしばたたかせて俺を上目に見るのは麻由。じわじわと熱いものが湧き上がってくる。
「ま、まさか。それを俺だと?」
双子の姉妹が互いに首をすぼめて小さくうなずいた。
俺は薄目になって天井を仰ぐ。
「そういえば……」
数日前の記憶がいろいろと浮かび上がってくる。あの朝、麻衣は言っていた。『俺が犯人だったら銃殺にする』と。当時の俺にとっては意味不明だったのでスルーしたが、
「コノヤロー、俺がそんな変態的行動に出るわけないだろ!」
まだ意味不明だがここは強く出ておかないとあとあと舐められる。
「お前ら、そんな目で俺を見てたのか!」
「だからごめんて。ごめんなさい……」
あの元気な麻衣が小さくなっていく。こんな謙虚な姿を見るのは初めてさ。
にしても今この時点で、なんでこいつらは謝罪を始めたんだろ。まったく思い当たる節が無い。
一度出してしまった怒り顔は、そう簡単に引込めることはできない。なにしろ自分自身が何で怒ってるのかもよく分かっていないから、抑える怒りの持って行き所が無い。
「修一さま。もう怒らないであげてください。これには時間規則という宇宙的規模の問題が絡んでますのよ」
ミウが許しを求める笑みを浮かべ、柏木さんも一緒になって説得。
「疑いは晴れたんだし許してあげなさい、修一くん」
お姉さん口調でそう言われるまでもなく、別に俺は怒ってませんから。下着泥棒と思われていたことも今知ったんだし……それより誰も着替えを持っていたことの説明をしてくれない。なんだか狐につままれたみたいだ。
「なんだよ? 騒々しいな……」
イウとガウロパが操縦補助室から現れた。イウは大あくび、ガウロパは頭をポリポリ掻いて可愛らしい小さな目をキョトンとさせた。
「あぁ。お早う」
俺は体をひねって連中へ顔を向け、ガウロパは片膝をミウの前で折って挨拶。
「ご機嫌いかがでござる? 姫さま」
「とてもよい朝を迎えました。今日も操縦頼みますわよ」
「はっ」
丁寧に頭を下げると、俺たちに向かって尋ねる。
「で、どうされたでござる? 何やらもめてる様子でござったが?」
俺は天井につきそうな巨体を見上げて説明した。
「こいつら持参してないはずなのに服装が替わってるんだ。柏木さんなんか、昨日買って来たとか、ワケの解らないことを言うし」
「あのね、修一くん。ちょっと聞いて。それには色々と複雑な事情があってね……」
「なんすか?」
「……なんだ、そんなことかよ」
イウは柏木さんと俺を交互に見て薄ら笑いを浮かべた。
「なんだよ?」
イウは焦燥感を露にする俺を一瞥すると、
「それより朝飯にしょうぜ。今日の当番は誰だ? コピーねえちゃんらだったな」
鼻の頭を指で掻いて何でも無いコトのようにいなそうとしたイウへ、麻衣が噛みついた。
「誰がコピーやねん。ウチも麻由も原版や。コピーとちゃうで、朝食はちょっと待ってぇな。この誤解を解いてからや!」
麻衣の表情が意外に真剣なのに気づいて、イウは青い目を丸めた。
「そんなことなら、オレたちをよく見てみろよ」
何を見ろと言うんだ?
「オレたちも持ち物が無いだろ。でも耐熱スーツは別として、衣服程度のものや食料は簡単に手に入るんだ」
「はぁ? お前らいつも腹すかせてたんじゃないの?」
「それは時間跳躍をするとひどく腹が減るからだ。でも別に飢えちゃいない」
「ちょっと、お話中ですけど。まさかガウロパ、窃盗とかしてませんでしょうね?」
「と、とんでもござらん。拙者、時間警察でござるぞ。悪事に手を染めるぐらいならその場で切腹いたす」
「ならいいですわ。配給の経費内で行動しているのなら問題ありません」
「無論でござる。イウの分も拙者の自腹でござる。たしかに少し足りなくなってきて、用心棒に雇ってもらい少しでも経費を抑えようと修一どのに願ったことはありまするが、その後は飲まず食わずでなんとかやってきたでござる」
あの日の光景が甦る。甲楼園駅前でこいつらに迫られた時の話だ。
「わかりました。わたくしたちのプライドを汚していないのならそれで結構です。盗みを働くぐらいなら、死を選びなさい」
「ははっ!」
でかい身体を折り曲げるガウロパ。
「お前らいったい何の話しをしてんだ?」
俺は苛立ちも憤りもとっくに消えており、むしろ諦めの気分で未来組の会話を聞いていた。
「早く誰か説明してくれ。でないと本気で怒るぞ、俺!」
二人の会話を遮る俺に、ミウははっと目を開く。
「これは失礼しました。それではわたくしが代表して解りやすくご説明致します」
頬に掛かった銀色のストレートヘアーを手で払い上げて、ミウはこう説明した。
「昨夜遅くにわたしが時間跳躍をして5日前の『なんば南港プロムナード』の専門店とお屋敷へ寄って来たからです」
まるでお使いを頼まれた子供が言うみたいにいとも簡単な説明だが、俺の口はあんぐりと開いたままだ。
数秒間はその状態を維持してから、ようやく声帯を震わせることができた。
「……そうか、その手があったか」
そして何も聞いてないのに麻衣が恥ずかしげに告白。
「ペーパーショーツは問題ないねんけどな。胸のサイズが小そうて苦しいからブラは着けてなかってん」
視線が自然と麻衣の胸部へ吸い込まれるのは、男の脳ミソにそうインプットされているからで、ついでに頭の中でフラッシュが数回焚かれる。
じゃやあ。昨日披露してくれたパイスラッシュは生身に近い状態で……あ、ならば偶然とはいえミミズの衝撃で麻衣を抱き寄せた時……。
ぶわっと鼻血が噴き出す予感がして、慌てて上を向いて盆の窪をトントンと平手で叩く。そしてニヘラと天井へ笑いかけ、果てしなく広がる煩悩を解放させる。男だからな。
「えっへんっ!」
恍惚とする俺を現世に連れ戻したのは、ミウの大きな咳払いだった。
ハッと我に返って、反対側へ目を逸らす。
深い溜め息を吐いた後、ミウは続きを再開した。
「麻衣さん二人からも買出しを引き受けようとしたんですが、お屋敷にある物でいいと言われました。とても堅実的な意見を尊重して、わたくしも麻由さんのお下がりを頂くことになりました。そこで初めてお伺いしたあの日の夜中に跳躍して運んできたのですが、現時の麻衣さんたちに説明することは未来の出来事を先に知らせることになり、これは時間規則に反します。かといって、黙って持ち出すと窃盗となんら代りがありません」
得々と語られて行くミウの説明は驚愕に値した。普通なら信じることはできない話なのだが、未来組が時間跳躍するところを何度も目の当たりにしているだけにウソではない。
そして下着泥棒の真相が明らかにされていく。
「ほんで、ウチが過去の自分宛てに、未来を知らせずに納得できる理由を説明したメモを置いたらどうや、ってなってメモを渡したんやけど……」
言い難そうにミウを見つめて麻衣は固まった。
「申し訳ありません。飛んだ先が夜中でして。明かりを点けると過去の麻衣さんを目覚めさせてしまいますので、ゴソゴソしているうちメモを無くしてしまいまして……。さらに長居をすると現時のわたしの超視力に映写されますので、探す時間もほとんどなく……」
ミウの途切れた言葉を繕うようにして麻由が無邪気な声で割り込んだ。
「あっ、そのメモ、あたしのポケットに入ってたよ」
「そんなとこに……」
「そんなとこじゃないって」
ショートパンツの後ろポケットから取り出した紙を受け取り、まじまじと読んでみる。
確かにそれらしい言い訳めいたことが描かれていたが、
「これがあれば俺は下着泥棒にならずに済んだのか……」
「ちょっとでも疑ごうてごめん。今度、肩でも揉むから許してぇな」
素直に謝罪の気持ちを滲ませた二つの顔が俺を上目で窺っていた。
ちっとも憤る気分ではなく、ただただ俺は嘆息するだけだ。あり得ないことをさらりとやって見せるミウたちリーパーの能力に。
だが、そんな気配は微塵だに出さないで、俺は連中に尊大に振る舞った。
「まあ、理由はわかった。ほら朝食の準備に入れよ。みんなも腹をすかしてる」
表向きはこうだが、内心ではグッドアイデアを浮かべてほくそ笑んでいた。
「おおきに、修一。さすが器が大きなぁ」
「ありがとう。かっこよかったわよ」
「感動いたしました。わたくしもいつかお礼をさせていただきますわ」
口々に称賛のセリフを並べると、麻衣と麻由はギャレー(飛行機などにある簡易型キッチン)へと消えた。
気分のいい爽やかな空気を噛みしめていたら、イウが近寄って来て耳元で囁いた。
「オレたちを上手いこと利用する気だろ」と俺の目の奥を覗き込み、
「だかオレはこいつと一心同体だから協力できねえぜ、せいぜいミウを使うんだな」
自分の足に嵌められた輪っかを指差して自分の席へ移動した。
俺は生唾を呑み込む。イウに見透かされていたことに気付き冷や汗が伝った。
そう、俺も過去へ飛んで持ち帰りたい物があったからのだ。
俺が欲しい物は下着でもコスプレ衣装でもない。夏休みの宿題だ。一人で片付けるには難解な問題が多い数学、物理系をランちゃんにやらせようという思惑がこのアストライアーに搭乗してからあったのだ。
いつもよりまして天井のインターフェースポッドがキラキラして見える。
それを見て思う。ランちゃんなら簡単に解いて答えを教えてくれるはずだ。意外と俺には親しみを込めて接してくるからな。なにしろ俺だけを呼び捨てにするのがその証拠さ。
くだらない思いはいくらでも湧いてくる。この九州のど真ん中から大阪の自宅へ時間旅行てのも美味しい話だ。学校が始まったら最初に村上に自慢してやる。
「うへへへ」
自然と浮かんできたほくそ笑みをイウに見られたが、気になんかするもんか。
なんたって――。
俺って天才な。




