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ゼロの支配者  作者: 雲黒斎草菜
ケミカルガーデン
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 ランちゃん登場

  

  

 店主がガレージと呼ぶので、モーターカーでもあるのかと思ったらそうではなく、店の倉庫だった。でもホコリ臭い物が詰まったただの倉庫ではなく、キレイに整頓されていて、効率的にモノが並んでいた。頑丈な設えの棚には、銃器のパーツやらサバイバルナイフが鍵付きのケースに入れられて整然と列をなしており、見るからに勇ましくもある。


 室内の中央に設置された作業台の上で、俺が運んできたリュックから麻衣が小箱をいくつも取り出してそろえていく。

「これはウチらの持ち込みやけど。ええやろ?」

「もとはウチんとこの商品や。精算の済んだやつに文句ゆうアホいてまへんで」

 二人は何も問題視する気配を見せないが、俺にとってはそれは日常からかけ離れた異質なもので。

「マジで銃弾じゃないか。そんな物持ち歩いていいのか?」

「ウチらはレッドカード持ってるんや。警官の前で見せてもおとがめなしやで」

 それは重々存じておりますよ麻衣さん。

 レッドカード所持者をプロと呼ぶ理由は、公共の場所であっても銃器の(たぐい)を所持することを許可されているからさ。すげえだろ。


 にしても多くないかい?

「これがスラッグ弾やろ。ほんでこっちがライフルの弾」

 自慢のジュエリーでも並べるかのような指先の動きを信じられない気持ちで見遣る。


「いくつ持ってくんだよ。オヤジさんから聞いたけど、たかがキノコ狩りだろ?」

「なんや。キノコをバカにすんのか?」

「いやちがうよ。キノコを採りに行くだけで、なんでこんな重装備なんだよ」


「ハンティングとキノコ狩りの違いが解ってないんやな、あんたは……」

 と店主に言われた言葉と似通ったセリフを語りながら、麻衣の視線は俺から外れてハゲオヤジへ、

「ほんでな。ホロ―ポイントも二箱持って行くから。ええやろ、おやっさん?」

「ええもあかんもないやろ。麻衣ちゃんが決めたことや。ワシがとやかく言われヘンがな。それが原因で帰らぬ人になったら責任感じてオチオチ寝てられへんデ」


 何だか会話が怖いんですけど……。

「ホロ―ポイントってなんすか?」

「対ビースト用の銃弾やがな」と店主が答え、

「着弾したら体内でボンって先っぽが広がって、内部を破壊する大型獣専用の弾なの」

 大きな荷物を抱えて入って来た麻由が、作業台にどさりと置いて補足する。


「大型獣にボンって、どういうことさ?」

 鼓動を早めるような言葉が混ざっていたら訊かざるを得ない。


「貫通しなくて体内で破裂して止まるの。体に与えるダメージが大きいから大型獣、とくにビーストの対策になるのよ」

 その返事に恐怖の上塗りをされた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。大型獣対策って……。そんな重装備でキノコ狩りに行くのか? 店長が言ってたぜ。猛獣狩りはしないって」


「ジブンな……」

 ビビり声で尋ねる俺に麻衣が変な息を吐いた。大きく片眉をゆがめて言い聞かせるように言う。

「今からハイキング行くんちゃうよ。だいたいそんな近場とちゃうし」

「えー? 聞いてないぞ。今日中に帰れるの?」

 キノコ狩りと聞いて気を許していた俺が悪かった。こいつらいったいどこまで行くきなんだろ?


 麻衣と麻由が全く同時に俺を見た。その同期した動きは双子ならではのコピーされた振る舞いで。続いて二人はユニゾンで応える。


「「片道だけで6時間だからね」」


「げっ! じゃあ。往復12時間!」

 思わず絶句。そして喚く。


「どうすんだ! 今日中に帰って来られないぞ」


「せやからこれやんか」

 テーブルにドンと置かれた筒状の大きな物体。奥から麻由が運んできた荷物だ。


「高断熱仕様のテントや。今日はこの中で三人並んで寝るねん」

 みんなで並んで寝る……♪

「ええがな。修一はん。チェリーボーイ卒業や」

 と言い出した店主を麻衣と麻由が強く睨みつけた。


「ほ……本気でゆうてないガナ……怖いなほんま」

 胸の前で手のひらをパッと広げて、マンガみたいなハゲ茶瓶さんと、変な期待をするバカな俺だった。



 それより――。

 煩悩にまみれた思考で大きく乱された視界の中に、俺は荷物の山を見た。

「ちょーっと待ってくれ」

「今さらやめます、は聞かんで」

 と言ってから俺に投げてよこしたのはビニール袋に入った飴玉だ。そして麻由もテーブルに飲料水のボトルを何本か並べた。

「じゃなくてさ……」

「ほら。これは安売りの特価品だけど、中身はちゃんとした飲料水よ。はい、一人4本で2リットルね。大切に飲んでよ」

 飴玉は『塩球』と呼ばれる高温になった地上では欠かせない熱中症対策の飴で、高温多湿の世界で生き抜くための、身体に必要な養分が含まれた物。どこの学校でも無料で配らるので特別問題にするものでは無い。でもな、俺が問題にするのはこの荷物の多さだ。


「なんだよ。この機材の多さ」

「まだ冷却用のアイスボンベも持ってくのよ」

「誰が? 俺一人では無理だろ。行きに担いできたお前らのリュックだってやっとの俺だぞ」

「せやから今日は助っ人を連れて行くんや」

「そ。ランちゃんなのよ」

「ランちゃーん。修一に紹介するから出ておいでー」

 二人はそろってガレージの深部にある仕切りの陰へと声を掛けた。


 まさかランちゃんって、シェルパみたいに剛力のオッサンじゃないだろうな。

 頼む……。カワイコちゃんであってくれ。

 と、天にましますヨロズの神々に祈る俺の前に現れたのは、


『ぴゅりぃーっ』


 えっ? ぴゅりぃーっ!?

 な、なんだ、いまの間が抜けた音は?


 仕切りの陰から顔を出したのは大きな荷台の付いた三輪バギーだった。

 大昔、軽トラックと呼ばれていたヤツのもう少し小型版だ。ここらを走り回るモーターカーの座席を荷台に換えたとしか思えない形状の乗り物さ。


 俺は思わずずっこける。もう腰が抜けんばかりさ。

「こ、これがランちゃんだとぉ?」


 大きく息を吸って、

「ば、ば、ば、ば、ば、」

 バギーじゃないか、と言いたかったのだが。


「何をババ、ババ、ゆうてんの? うんこ行きたいんか?」

「お……おい。恥ずかしいことを言うな」

 お前そういうの平気な。そうじゃなくて。


「バギーじゃないか!」


「キャリーバギーよ。それもコンピュータ制御なの」

 自慢げに言う麻由の言葉に、麻衣が付け足す。

「この子は自立制御型(スタンドアローン)の自走式バギーや。ほらランちゃんの頭見てみい。ツインレンズの物体識別機能も持っとるんよ」

「どれが頭なんだよ」

「前輪の上に付いてるやんか。可愛い首の先っちょが頭やろ? ふつう」


「おいでランちゃん。リボン付けてあげるね」

 ここに来る前に雑貨屋で値切って買ったピンクのリボンを麻由が取り出した。


『ぴゅりゅー』

 麻由の弾んだ声に反応し、潜望鏡のようなガラスの窓を持った丸っこい頭がぐいっと旋回する。

「ひぃっ……」

 力強い動きでかつ機敏な動作に、俺はビビって動けなくなった。


 バギーは上半身を反らして逃げ腰になった俺に視線を当てたまま前を素通り。麻由の前で止まると、甲高いモーター音と共に蛇腹状の首を伸ばした。

「はい。付けてあげるからこっち向いて」

 子犬みたいに麻由の手のひらに後頭部を擦り付ける三輪バギー。俺は信じられない気持ちでその動きを注視した。

「何なんだ、こいつ……」

 言葉が無かった。やけに滑らかな動きとはっきり意思表示をする振る舞い。

 驚愕の渦にもまれながら観察する俺の前で、バギーはいったん後退して正面を麻由へ回転させ、ぎゅーんと伸ばした頭を彼女の顔へ寄せて不思議そうに首を傾けて止まった。


 誰かがどこかで操縦する様子はない。なるほどスタンドアローンタイプだ。機械好きの俺はたちまち魅入られた。こんな人工知能バギーがあるんだ。生きて行くだけで精いっぱいとなった今の日本では科学の進歩は途絶えたと言われていたが、捨てたもんでもない。


「すげぇな……」

 思わず嘆息。

 頭を支える首は下に据えられたコントロールユニットから伸びており、大きな荷台を支えるボディは、悪路を走破できる接地面の広い深い溝が掘られた頑強そうなタイヤが付いている。


 後ろが一輪で、前輪二つが駆動力を制御して姿勢転回を行うようだ。両輪を互いに逆回転させると、その場で旋回もできるし、これなら自在に方向が変えられる構造だ……って。おいおい――。


「これがランちゃんなの?」

 気の抜けた声に、そいつは、きゅーっ、と応えた。

 それが返事なのか、油が切れたような音を偶然上げたのか、俺には判断がつかない。


「ほら。返事してるやん。頭を撫でてあげてよ」

「撫でろったって……ど、どうしたらいいんだ?」

「やさしくしてあげてね」

 と麻由は念を押し、麻衣も同調する。

「この子の人工知能はおそらく世界一やからね。なめとったらすぐに見抜かれるから気ぃ付けたほうがええよ」


 半分脅しにも聞こえる麻衣の言葉にたじろぎ、しつこく俺の手の甲に頭を擦り付けてくる部分をとりあえず撫でてやったが、子犬のように(なつ)いてくる三輪バギーとどう接していいかのか解らず、こっちは近づくランちゃんにただ怯むばかり。それを面白がっているのかバギーは執拗に俺を付け回した。


「なぁ麻由。ランちゃん何とかしてくれよ。俺から離れないんだ」


「わぁ。ランちゃんがあなたを選んだわ。せっかく買った新しい耐熱スーツが無駄にならなくてよかった」

 と麻由は喜色を浮かべ、

「ほんまや。初対面でランちゃんのほうから近づくなんて……。これで第一関門突破や」

 麻衣も興奮気味に早口に捲し立て、

「あとはあんたがヘタレを克服したらすべてよしや」

「誰がヘタレだ!」

 と文句を垂れる俺の肩越しから麻由が首を伸ばした。

「あたしのナイフは? 研磨できてる?」

「心配おまへん。全部済んでまっせ。ショットガンのクリーニングも万全や。こんな親切な店ちょっとないで、いやホンマ」

「自分で言いなや、値打ちが下がるで」

「誰もゆうてくれへんから自分で言わなしゃあないねん」

「アホちゃうか……」

 漫才の掛け合いにも似た言葉を掛け合いつつ、麻衣と麻由は隣の部屋へ移り、スキンヘッドの店主と三輪バギーが俺の脇に残った。


 バギーの振る舞いはまだ続いており、さっきから俺の手の甲に頭を擦り付けようと迫ってくる。こっちはその都度ビビって逃げ腰さ。


「ふ~ん。ホンマやな」

「な……何っすか?」

 店のオヤジさんは意味ありげに、俺の顔をマジマジと見つめて、

「ニイちゃん。あの双子に近づくのを許された初めての男子みたいやな」

「誰に?」

「ランちゃんにやがな」

「このバギー、何なんすか?」

「ワテも銃器屋や。人工知能搭載の機器も多いし、その道には詳しいつもりや。せやけどな、ここまで賢い人工知能は無いで」


「どこの製品ですか?」

「製作会社も作者も不明なままや。ワテが知っとるのは、あの子らが生まれた時から川村家におった自走式バギーらしくてな。二人の成長とともに暮らしとる家族同然のバギーなんや。研究旅行に行くときも二人を乗せて密林を走ってたちゅう話や。せやからな、今となっては両親の代わりみたいなもんや」

 なるほど、それで二人は親しみを込めて接するのか。


 オヤジさんは瞳の色を一段と濃くして言う。

「どういう構造かは知らんけどな、ランちゃんは異様に警戒心が強くて、二人に近づく人間を毛嫌いするんや……けど、あの子らの言うとおり、初対面でこんなに懐いてくるランちゃんにはビックリや。ワテに懐くまで1ヶ月は掛かったんやからな」


 嘆息めいた呼気をするオヤジさんに、俺は頭を掻き掻き、

「いやぁ。バギーに懐かれても、俺も困るんだけど……うわあ。ちょ、ちょっとランちゃん、もうちょっと離れてくれよ」

 ランちゃんはしつこくボディを摺り寄せて来るし、オヤジさんはそれを見て大笑いするだけ。俺はどうしていいか途方に暮れるしかなかった。

  

  

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