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ゼロの支配者  作者: 雲黒斎草菜
九州編
49/109

 孤立無援

  

  

 外ではビーストの群れが執拗にアストライアーの足下やボディへ鋭い牙で噛みつくが、破壊される気配は皆無で、ようやく安堵する俺たちだった。でも真から安心もしていられない。知能の高い奴らは運動能力も優れており、空中を飛ぶ仲間をジャンプ台にして、さらに高い位置へ飛び上がる方法を編み出した。それがついにはキャノピーの上にまで到達することとなったからだ。


 キャノピーの上から丸太をひと噛みで砕くような牙をこちらに向けて威嚇するビースト。モリっと動く筋骨の細部が透明な硬質ガラス越しにはっきりと見えた。


 こっちはこんなもの見たくは無いのに、

「麻由。首から背中の僧帽筋(そうぼうきん)から広背筋(こうはいきん)、ほんで胸筋(きょうきん)まで撮影してや。ウチは頭部と尾部を中心に念入りに撮るからね」

「まかせてよ。腹筋の細部まで観察でるなんてめったに無しね。ね? 麻衣、大腿部のレントゲン撮影もしとく?」


「お前ら、動物病院の先生かよ!」


 二人は意味不明という顔を俺へ曝して一時停止したが、すぐに視線を元に戻すと、

「あ、ほら足の指見て! 普段は体毛で隠れてよく見えないけど、人間みたいに指に分かれた五指(ごし)が見えるわよ」

「ほんまや、麻由。四足動物ではありえへん蹠行性(しょこうせい)をしてるで。最新報告のとおりや」

「そうでしょ。やはり霊長類に近い進化が見られるわ」

 また一人、白衣の変異体ヲタが参入して来た。


「あの顎の骨格を見て。それから歯の数もちゃんと記録して霊長類と比較するのよ」

 お……お前ら……。

 柏木さんも合わせてお前らだ。


「いいかげんになさい! あなたたちは変異体の観察をしに九州まで来たのではないでしょ!」

 ブラックビーストよりも大きな声で吠えたのはミウだ。


 俺だって横へ行って怒鳴り散らしたい気分だ。なのに柏木さんはさらりとあしらう。

「わかってるって日高さん。でもこんなチャンスはなかなか無いのよー。あーほら、みんな見て! 頭部の咀嚼筋(そしゃくきん)の強そうなこと」

「ほんまや! 丸太を砕くってホンマやったんや。麻由、写真や、写真!」


 つい数分前はビーストに囲まれて恐怖に怯えていたが、今では変異体バカの行動に呆れを越えて慄いてしまった。



 アストライアーはビーストの群れの中を悠然と進んで行くが速度を上げることができない。

 前を遮る行動はどう見てもアストライアーが抜けだそうとする道筋を先に察知してジャマをしているのだ。


 そしてビースト観察時間もほどなくすみ。柏木さんがほっそりとした顎をついと上げた。


「このままだとキャノピーが汚れちゃうわねー」

 そうキャノピー表面がビーストのお立ち台みたいになって、押し合いへし合状態だ。


 ピンボケのセリフを漏らし続けていた柏木さんが、平然と麻由に命じる。

「ちょっと遊んできていいわよ」

 それは小犬の鎖を放すのと同じだ。


「やっ、ほー」

 麻由は喜び勇んで立ちあがると、ホローポイント弾のカートリッジをライフルへガシャンと突っ込み、躍るような足取りで後部へ走った。


 その姿を視線で追いかける俺。

 麻由は天井から階段を引き出してそれを登っていく。

「あけるわよー」

 右手で取っ手の付いた天板を押し込むと、ぶぁぁと湿気を帯びた熱気が飛び込んできた。


「そこから外へ出られるのか」

 俺の前で柏木さんが後部へ向かって叫ぶ。

「麻由! 落ちたら危ないからちゃんとハーネスつけるのよ!」

「わかってるって!」

 遠くで返事が返る。

 声の主が操縦席のインスペクタ画面のひとつが捉えていた。



 栗色の癖っ毛を風になびかせながら、ハーネスを身体に食い込ませてアストライアーの最上部で果敢に立ち上がる麻由の姿。

 ハーネスの根元をデッキに固定し、ライフルを抱えて外部甲板を船首へ歩む麻由。胸を斜めに食い込ませたハーネスラインが描くパイスラッシュがあまりに見事で息を飲む。


 何にを見て喜んでんだと言わないでくれ。川村姉妹は思った以上に巨乳なのだ。ここで報告しておいても損は無いと思うだろ?

 どんな非常時であろうと、煩悩だけが健在なのが俺の長所でもあるのさ。


 麻由の胸部が大きく反り返って二発の銃声が響き、キャノピーの上で咆哮をあげるブラックビーストが血しぶきを上げて地面に落下した。それでもちゃんと空中で姿勢を整えて両足で着地する運動神経の高さに驚愕する。


 知能が高くて運動神経も発達している。しかも力も度胸もある。これ以上の生物が存在するのだろうか。人類の行く末がそろそろやばいと言われて久しい時に、なんだか思いたくもない事を想像してしまう。つまり適者生存さ。



 麻由に撃たれて落下したビーストは出血はするものの、平然と四本足で地面を掴み、咆哮を巻き散らしていた。


 ガウロパは感嘆の声をあげる。

「なんという頑強な身体でござるか! 猟銃の銃弾を二発も受けておるのに」

「あなたとイイ勝負ですわね」

 ミウが鼻を鳴らす。

 信じられんが、この筋骨を前にすると誇張して言ったとは思えない。



『麻衣も撃つ? すっきりするわよ』

 外部モニターから麻由の声が誘った。


 こいつらにとってはアスレチック感覚でストレス解消なのだ。その歪んだストレスを俺にぶちまける前にさっさと晴らして来てほしいもんだ。


 思った通り。麻衣も自分のショットガンを壁から外すと片手で掴んで階段を駆け上がって消えた。


「あっ、ばか!」

 こいつのオキャンさは人並み外れている。麻衣は上部デッキをたたっと駆けて抜けると片方の手で麻由の腕を掴み、身体を外に突き出してショットガンを連射した。


 麻由を心から信用して、神業的な振る舞いでぶら下がる姿を見せつけられたら、こっちが気を失いそうだ。頼むから俺の平穏な高校生活をこれ以上乱さないでくれと祈るしかない。




 地面の上では何匹かのブラックビーストが人みたいに立ちあがって威圧する。その体勢が不自然ではなく安定感もあり、柏木さんが言ったセリフを思い浮かべる。

 霊長類に近い進化をした四足動物。

 まさにそれを確信した。加速的に進化する変異体生物。反して自堕落的に生き続ける人類。誤った未来を掴んだことに気付いていない。


 何だかとても恐ろしい結果を想起した俺の意識を何発かのショットガンの銃声と連射するライフルの音がかき消した。


 我に返ったところで、

『清掃完了~』という麻由の声。

「ありがと。いいわよ帰還して」

 柏木さんが外に知らせて、二人が戻る足音が天井を移動する気配。現実は九州のジャングルの中だと思い知らされた。


 機内に戻り、最後に麻衣が天板を閉めるのを待って柏木さんが天井へ命じる。

「ランちゃん、切りが無いから先に進んで。グランドワームが地面に戻っちゃうわ」

 こっちはそれを望むのですが……。

「速度上げて突っ切っていいわよ」

『了解しました』

 ぐいーんと加速するアストライアー。反動で倒れようとする体をフレームバーを握って支えつつ、銃器を壁の所定位置に設置する麻由と麻衣。探査車に乗り慣れた行為を目の当たりにして俺は嘆息するしかない。


「慣れてんな、お前ら……」

「子供のころからお父さんとお母さんの真似をして来たもんね」

 俺の生い立ちとはまるで違う環境下で育った二人。つまり両親はすでに海底都市での生活に見切りをつけていたわけだ。


 またまた思い出したくない単語が頭を過った。

 適者生存……。

 いつだか麻由が熱く語ったセリフは、ご両親から受け継いだ信念なのかもしれない。俺が今から始めても間に合うだろうか。


 感心と驚きにまみれた眼差しで戻ってきた二人を熱く見つめていたら、忽然とひどいショックが起きてアストライアーが左旋回。そして急停車。反動で麻衣が俺の胸に転がり込んだ。


 制服の薄い生地の上から伝わる柔らかい手ごたえと、暖かい感触にしばし我を忘れる。

 だが、快楽の時は半拍も続かない。麻衣は赤らめた頬を隠すように俺をドンと突き飛ばして数歩前出た。


「ランちゃん、どないしたん?」


 麻衣に突き飛ばされたことよりも、素人の俺でさえも感じた尋常ではないショックに緊迫して、ランちゃんの報告を待った。


『左後部の無限軌道駆動ギアに異物が挟まり前進を阻止されています』


 恐怖に駆られたミウが甲高い声をあげる。

「どうするんです! 猛獣に囲まれて立ち往生ですか?」


 ガウロパはミウの肩を手の平で包みながら――ミウが小柄なのかガウロパが巨体なのか――。

「姫さま、心配無用でござる。この中は安全。それよりラン助どの、なんとか動けないでござるか?」


 ランちゃんは応えようと駆動部分を動かしたが、アストライアーは激しく振動を起こして反時計回りに旋回するだけだった。


 すぐに停車して報告。

『左側の無限軌道が動きません。マニピュレータで異物を取り除いてください』


「了解した」

 ガウロパが左側面のインスペクタ画面を操作させた。真下に駆動部分がある。どうやら挟まった異物はそこらに落ちていた倒木のようだ。先端がわずかに見える。


 ガウロパがスキンヘッドをこちらに()じった。

「マニピュレータを操作するにはもう少しカメラを外に出さないと作業ができませぬ。いかがいたす、柏木どの。ここはやはり状況を把握してから動くべきかと」

 柏木さんがうなずくのを待ってガウロパは遠隔操作を始めた。しかしものの10秒もしないうちに作業が中断。カメラの映像が真っ白になってしまった。


「どうしたんです?」

 ミウの緊迫した声。ガウロパは別アングルのカメラに切り替えて応えた。

「ぬぉ……。側面のカメラを食い千切ったようです」

 引き千切ったカメラを銜えたビーストがはっきりと映像に捉えられていた。


「くそっ、ボディから少し離したのが仇になった。拙者の判断ミスでござる……申し訳ない

 罰悪そうに頭を掻くが誰も責めることはできない。相手があり得ない行動に出ただけのことだ。


 それがカメラだと解って攻撃してきたのか、偶然目の前に伸びてきたアームに飛びついたのかは定かでは無い。だが現実問題として、駆動部分に挟まった異物を目視することが不可能になってしまった。


 少しもして、

「この振動はなんだ?」

 これまでとは異なる小刻みな振動が伝わり、新たに緊迫した空気に満たされた。


「今度は何です?」

 何度も繰り返すショックが不気味だった。


『7番カメラを確認してください』

 ランちゃんの指示でガウロパが切り換える。


 異物を取り除くためにボディから伸ばした左側のマニピュレータへ飛びつくビーストの姿が映っていた。巨体を交互にぶつけて、なんどもなんども粘り強く襲ってくる。その振動がここまで響いて来るのだ。


「今度はグラップラーを狙ってるぜ!」

 イウの声が引き攣る。それは無理もないことだ。アームの先端に取りつけられたグラップラーがモノを掴む機能を持っている。人間で言えば手の平から指にあたる。そこが無くなればマニピュレータはただの突起物に過ぎない。


「こ……この猛獣はマニピュレータのどこが重要なのか理解してるんですわ」

 ミウが震えた手でガウロパの広い背中をパタパタと叩いて急がせる。

「早く。グラップラーを格納しなさい。壊されたら左手を失いますわよ」

「了解!」

 ビーストを数匹引き摺ったままマニピュレータがボディに格納されたが、連中は引き下がらなかった。


 俺は噴き出した冷や汗を拭いつつ、甲楼園浜で受けた身も凍る恐怖を言葉に代えた。

「駆動装置に異物を突っ込んだんのは連中だ!」

 忘れもしない。ジャングルに囲まれた閉塞感と共に受けた、じんわりと忍び寄るあの精神攻撃だ。


「偶然倒木が挟まっただけでござろう?」

 キョトンとするガウロパへ、おれは語調を強める。


「違うんだって!」


 連中をただの動物だと侮ってはいけない。あいつらは駆動部分を故障させれば必ず人間が外に出てくることを知った上で、最初に倒木を挟んだのに違いない。それぐらい連中は(さか)しいのだ。だから見ろ。アストライアーを取り囲むブラックビーストがいったん下がり、動かなくなった駆動装置の周りに集結しだした。しかもその数がどんどん増えてくる。この振る舞いはショットガンも銃弾が尽きれば役に立たなくなることをちゃんと知ってのことだ。


「どういうことだよ?」

 後ろで悲鳴を押し殺したイウの声が聞こえ、前からはガウロパの無責任な声がする。

「なに簡単なことじゃ、誰かが外に出て挟まった異物を引き出せばいい」


 俺が最も懸念する行動をガウロパが起こそうとしている。焦って忠告。

「だめだ。それが連中の思うツボなんだって。出入り口が開いた途端、総攻撃してくる!」

「それは修一どの考え過ぎではござらぬか? 連中がわざと倒木を挿しこんだと本気で言ってるのでござるか? 獰猛ではあるがあいつらはただの四つ足の動物じゃ」


「そうですよ。(けもの)が計画的に行動を起こせるものではないでしょ。本能の赴くままが動物たるゆえんです」

 そうミウは否定するが、案の定、柏木さんも重々しく首を振った。

「あまいわね。ブラックビーストは獣に見えるだけ、その脳は異様に発達してるの。霊長類と同位まで進化した別種の生物なのよ。四つ足でいながら物を持つこともできるんだから」


「あ……あり得ません……」

 いつまでも銀髪を振るミウへ、俺からも忠告めいたことを言う。

「あり得ないことが現実になるのがケミカルガーデンなんだ」


 麻衣も静かに首肯。

「ビーストの知能を過小評価したらあかんねん、ミウ……」


「もしかして……獣人……ですか」

 ずいぶんとミウの声が小さくなり、

「あり得……ま……せん」

 最後は途絶えた。



「さてどうする?」

 呼気みたいな柏木さんの声が停滞した空気を払拭した。


 食料がある間はここで立ち往生しても問題は無い。長期にわたってアストライアー内で生活はできる。だがそれから先はどうなる。ブラックビーストが痺れを切らしてどこかへ消えるはずがない。奴らの執念深さは動物界きってのものなのだ。こちらが圧倒的な強さを見せつけない限り向こうから引くなどと言うことは決してしない。となると、どうやっても駆動部分に差しこまれた異物を取り除くしか手段は無い。



 そのためには――。


「誰が出るんだよ」

 思わず漏らした俺の本音だ。


「拙者に任せるでござる」

 鉄板とさほど変わらない胸を叩いてガウロパが軽々しく宣言するが、イウが喚く。

「バカヤロー! 一人でイキるな。お前が出たらオレも出ることになるじゃないか!」


「二人は一心同体やモンな」と面白がって麻衣。

「嫌なことを言うな。こんなキングコングと一緒に死ねるか」


「なら、拙者がビーストを抑えてやるから、そのあいだにお主が異物を取ればいい」

「嫌だ、嫌だ、嫌だ……やだ」

 全身で拒否を表現するイウ。


「しょうがない。お主は残れ。拙者だけが行く」

「だ……ダメだ。何かの拍子で遠くに離れたらオレはこの乗り物と一緒に自爆する」

「そんなことしたら全員が道連れになるやんか。それはやめてーや」

 麻衣でなくてもご遠慮願いたいと手をあげたい。


 ガウロパはフンと鼻息を荒めて言う。

「なら、イウが外に出てビーストもろとも自爆しろ」

「ぎゃぁぁぁ。人殺しめ! 何をしてもオレが自滅するシナリオじゃねえか」

 意外とこの二人は面白い。イウが本気でガウロパは半笑だけに楽しめる。


「私にいい考えがあるわ」

「どんな?」

「おほぅ。柏木どのなら妙案がござろう」

 イウは一つしかない丸い目をこちらに向け、ガウロパは声を弾ませた。


 柏木さんは白い人差し指を立てて「ランちゃんに訊くのよ」と言うなり、

「ねえ。何かいい方法ない?」


「ええぇ?」

 そんなの妙案でも何でもないですから。


 ランちゃんは当然のように言う。

『片側だけの駆動では旋回しかできません。現時点では異物を取り除く以外に方法はありません』


「そっかぁ……」

 柏木さんは俺たちに振り返り、あっけらかんと宣言。

「頼みの綱のランちゃんがそう言うのなら、しょうがないわねえ」

 小さな口から赤い舌を出して、それはそれは可愛く肩をすくめた。


「どうすんすか?」

(わか)んない」

 笑って首を振り、いけしゃあしゃあとおっしゃられた。


「もう少し高みの見物といきましょうよ。せっかくここまで来たんだし」

「………………」

 なんなんだ、この人。

  

  

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