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ゼロの支配者  作者: 雲黒斎草菜
九州編
48/109

 世紀末の生物

  

  

 ケミカルガーデンとは生態系が異なる密集したジャングルをアストライアーが突き抜けて行く。その凄まじい勢いは、覆い茂った葉むらの中に長い道筋を残しており、まるでトンネルだった。


 それを見て俺は一抹の不安を覚えた。

「通って来た跡がくっきり残ってますよ。これって追っ手に見つけられたらまずくないですか?」


「あのね、修一くん。もう少ししたらその不安が吹っ飛ぶからちょっと待ってて。ここまで来た甲斐があると思うからさ」

 答えた柏木さんは、なぜか笑顔満開で嬉しさを表現していて、

「ウチも初めてや。ちょっとドキドキしてんねん。な? 麻由」

「うん。あたしも楽しみにしてんのよ」

 麻衣も麻由も期待に膨らむ目をきらめかせていた。


 考えるに……。

 この三人が望むものと言えば、変異体生物しかない。

 この先でどんなバケモノが待ち受けているのか。おいおいにしてガーデン内にまともな生物はいない。それがケミカルガーデンと呼ばれる領域なのだ。


 あれやこれやと想像力を膨らましていると、アストライアーの速度が急激に落ちた事に気付かされた。

 目的地はまだ先だ。となると……。


 シートベルトを外した麻衣と麻由がキャノピーの前へ駆け寄って報告し合う。

「麻由? 見える?」

「ううん。まだ……」

 二人は子猫みたいに瞳の奥を好奇に揺れる光りで満たしていた。


 これまでにない興奮状態な二人を見るだけで、こちらは不安の海に沈んでいく。俺の鼓動が高鳴り血圧上昇だ。いったい麻衣たちは何に興奮しているのだろう。


 我慢しきれなくなった俺は柏木さんに尋ね、ミウも答えを待って固唾を飲んだ。

 柏木さんは微笑みを絶やさず簡単なワードで綴る。

「グランドワームよ」


 それでは俺たちが求める答えになっていない。ミウとそろってポカンだ。



「これちゃうやろか!」

 キラキラした目がキャノピーの外に振られた。

 釣られて見渡したが別に何も無い。緑に埋まったジャングルが広がるだけ。


「そうよ。きっとそうよ」

 興奮した麻由が、全身から放った雄叫びは、答えがそこにあることを示すが、


「なんだよ?」

 やはり取り立てて珍しい物は無い。

 数段上がった操縦席からもガウロパが目を見張るが問題は無いらしく黙視を続けていた。


 もう一度キャノピーの外を注視するが、絡み合った密生植物を押しつぶした跡があるだけ。それはアストライアーが通って来た跡だ。


「うん?」

 なんかおかしい絵図らだと思った。

 この乗り物が通った跡だとすると、あそこで並走するのは妙だ。真後ろならもっともだ……。ならあの跡は前回ここを通ったのは川村教授が残したものだ。


「あれって、お前らの親父さんが前回通った跡だろ?」


「ちゃうよー。ウチらはあれを探してたんや」

 麻衣は喜色を前面に打ち出した顔でそう説明した。


「ちょっと待て。アストライアーの通った跡じゃないんなら、何が通ったんだよ!?」

 ムクムクとただならぬ恐怖が顔をもたげてくる。


「だから。あれがグランドワームの通った跡なの」

 俺が抱く懸念をそのまま表した麻由の返事。


「グランドワームってなんだよ? えらいでかくないか?」

「大きいわよー。直径5メートル、長さ100メートルにもなる環形動物。日本最大と言われた、イイズカ蚯蚓(ミミズ)が250倍に変異したのよぉ」


「うげっ!」

 俺の懸念をはるかに超えた回答に絶句だ。


 こっちの想定では、せいぜい軽トラックサイズのイノシシか牛ぐらいの大きさの動物だった。

 よりによってミミズかよ……。


「太さ5メートルで100メートルのミミズ……」

 ミウが吐息のような声を出し、

「摘まめねえぜ……」

 俺の隣でイウが嘔吐にも似た声を漏らした。


 柏木さんは俺たちとは全く異なる地点へ着地しており、

「すごいっしょ。通常の生物的進化ではあり得ないのよ。ケミカルガーデンってすごいわねー」

 ほっときゃ踊りだしそうな勢いさ。


「何でもお化けに変異させるのがカビ毒とちゃうんねんで。まともなモンもあるんよ。せやからおもろいねん」とは麻衣。

 こいつはすでに踊っていた。


「100メートルのミミズのどこがまともなんだ!」

 なぜだか知らないが、こっちはケンカ腰だ。


 麻由は首をひねる。

「どうしてー。本来のミミズの姿のまま巨大化したのよ。ぜんぜんお化けじゃないじゃん」

「それが気持ち悪いってんだよ!」

 俺は返す言葉を失くして椅子に座り込み、

「おぞましい……」

 ミウは眉間にしわを寄せて目をつむった。


 そこへ。

「ビビる必要はねえぜ、修一」

 つい今しがたまで蒼白だったイウが、さっぱりした口調で割り込んだ。

「ミミズなら地面の中だ。簡単には地上には出て来ねえよ」

 ヤツなりの答えを導き出したようだが、その意見は至極まともで俺も賛同する。


「そうか。地面を掘ると出て来るって学校で習ったよな」

「そうですわね。ミミズは地面の中のお掃除屋さんですわ」

 ミウの言うとおり、海底都市でも農業施設へ行けばミミズを利用して農耕地の調整をさせている。ミミズは土をよみがえらせる働きをするらしい。もっとも100メートルのミミズではなく10センチほどのものだがな。


「残念でしたぁー」

 子供みたいに口先を平たくした柏木さんが、俺たちに細い指を振って見せた。


 そして楽しげに言う。

「朝方にスコールがあったの気付いた?」

「ああ。でっかい雨音で目が覚めたぜ」

 と答えるイウの顔を覗き込む俺。


「死んだように寝てたので知らなかった」

「オレはデリケートだから寝が浅いんだ」

 何か言い返してやろうとしたが、首が引き千切れる勢いで旋回せざるを得ないことを柏木さんが言った。


「雨が降ると皮膚呼吸ができなくなって、ミミズは地上に這い出してくるの。だから今が絶好のコンディションなのー」

「うそっ!」

「そうよ。よかったね」

 それは出ると宣言したに等しかった。


「きゃっほぉー」

「やったね!」

「やっほー!」

「………………」

 未来組と俺は身じろぎもせずにはしゃぎ出す三人を見つめた。


 あり得んぞ。変異体バカめ……。


 堂々たる体格のガウロパでさえも喉を引き攣らせる。

「100メートルのミミズ……まさに世紀末でござるな」


 状況は超ヤバ傾向に向かっている。

 俺は急いでアストライアーと平行して走るミミズの走行痕――もう走行でいい。()うじゃない。疾走だ。なにしろ100メートルだ――その先へ視線を滑らせた。もしかしたらこの先の広場あたりでのた打ち回っているかも知れない。


 そう想起して再び背筋が粟立った。

「うぅぅ。気味悪い」

 こうなったらやむを得ない。ここは恥も外聞もかなぐり捨てよう。


「できたらお願いです。未来組のみんなも怖がってますし、遠回りでもいいから別ルート通りませんか?」

 必死で柏木さんに懇願する俺の肩を麻衣は引き摺り倒す勢いで掴むと、でかい声で捲し立てた。

「なんでやの! せっかくここまで来たのに見て行かなあかんって」

「観光名所をめぐるみたいに言うな。命にかかわるんだぞ」

「関西におったらグランドワームはめったに見られへんねん。ここで見とかな一生の損や」


 損って……。


 俺に息を飲ます天才な。お前。


「バカ野郎。そんなこと言ってて襲われたらどうすんだ」

 俺はブンブンと頭を振るが変異体バカは取り合う気がゼロだ。




 数分後、アストライアーの走行音が変化した。

 速度がまた一段と落ちて、さらなる緊張が走る。

「で、出たのか? ミミズか?」

 イウが立ち上がりミウが震え声を漏らす。

「が……ガウロパ。その時が来たらお願いしますよ」

「まかせるでござる」


 キャノピーの外には樹木が押し倒され大きな通路と化した跡がいくつも交差しており、まるでジャングルの中のスクランブル交差点に差し掛かったような光景が広がっていた。


 幸い樹木が押し倒された跡しか目に入らない。ひとまずホッとする。


「ぐちゃぐちゃに掘り返されて穴だらけだ……開墾地みたいだな」

 俺の素直な感想に柏木さんが反応した。

「そうよ。それが正解なの」

「はぁ?」


「ここら一帯は、少しずづだけどケミカルガーデンが元の熱帯雨林に戻ってるのよ。ミミズちゃんのおかげで」

 ミミズに『ちゃん』はやめましょう。


「やばいでござる!」

 後方のインスペクタ画面を睨んでいたガウロパがでかい声を上げた。

「で、出たーーー!!」

 さっきからイウがうるさい。すべてにおいて俺が放とうとした絶叫を横取りするから、俺の出る幕が無い。


 ガウロパは否定する。

「ミミズではない。ひぃ、ふぅ、みぃ……」

 いつの時代だ、その数え方。


「ぉお。10匹以上が周りを取り囲んでおる。黒いクマ、いやもっと大きい動物でござる!」


「ブラックビーストだ!」

 操縦席から巨体を振り返らせるガウロパへ向かって反射的に俺が叫んだ。

 気味の悪い生物よりも、恐れなければいけない生物をすっかり忘れていた。脳裏に焼きつけた甲楼園浜の恐怖は生涯忘れてはいけないのだ。


 麻衣は半笑で返す。

「アストライアーの中におるんやもん。連中にはビクともせんって……ねぇ柏木さん?」

「そらそうでしょ。何のための硬質金属ボディよ、何のための超硬化ガラスを使ってると思ってるの? 高かったんだから」

 どうもこの人との価値観が大きくズレて感じるのだが、俺だけではないだろ?


「何をしてくるか分からないのがブラックビーストなんですよ」

 とか訴える()に俺はもう一度外を見て悲鳴を上げた。


「うぉぉー。ま、ま、真下で体を重ね合って上ってくる気だ!」

 人間ピラミッドではない、ビーストピラミッドだ。

 互いの体を組み合わせて高い場所へ移動する手段をこいつらは知っているのだ。


「四足動物がこんなことを……。いったいどこで訓練させてるのですか?」

 ミウはどうも勘違いしている。

「こいつらは野生の猛獣なんだ。訓練なんかして無い。でもあいつらの知能を舐めたらダメなんだって、人間の次、いやもしかしたら人間よりも賢いかも知れないんだ」

「賢い猛獣でござるか……」

 俺の言いたいことが未来組にも通じたようだ。ガウロパの目が少し驚きの色を濃くした。


「何か武器はござらぬか?」

 ガウロパをたしなめようとするミウの声も随分と震え。

「お、落ち着きなさい。時間警察の威信に掛けても、わたしたちを守るのです」

 落ち着くのはミウのほうだと思うが……。


「それは承知でござる。姫さまの御身体(おからだ)。拙者が命に代えてでも守ってみせまする」

 ガウロパは静かに極低音で応える。まさにミウを落ち着かせる気持ちがこもっていた。


 ミウもその心遣いに気付き、小さく呼気を吐いて返す。

「心強い言葉です」

 瞳をキラリと輝かせたミウにガウロパが頭を下げる。


「ははっ!」


 黙って二人の振る舞いを見つめていた柏木さんが片眉をひそめた。

「ねぇーって、ばー、日高さん」

「はい?」

「あのさぁー。その時代劇みたいなのどうにかならないの?」

 そう言われて返事に困って黙りこんだ二人へ、そして俺とイウにも柏木さんは慈愛のこもる目を注いだ。


「ま、いい機会だから高みの見物といきましょうよ」

 そこへ天井からも優しげな声。

『不安がることはありません。このボディは対ブラックビースト用に強靭な作りになっています。どのような攻撃があろうとも侵入は不可能です』

 科学者さんは腑に落ちない言葉を連呼するが、ランちゃんの後押しも入れば納得せざるを得ない。


「やれやれだぜ……。脅かしやがって、ブラックビーストめ」

 またもや俺がつぶやこうとした一句をイウが奪い取った。


 何と言い返してやろうと思案する俺の顔を、珍しい物でも見る目で寄せたイウが訊く。

「オメエの怯え方は尋常じゃないな。そんなにあの猛獣は凶暴なのか?」

 それもこっちのセリフだと言いかえしたい。


「俺たちも襲われたし、ハンターなんて何人やられたことか」

「やべぇーな」

「しかし猛獣とて急所はござろう? 拙者が行って絞めてきてもよいぞ」

 イウはビックリした目をガウロパへ向けるが、ヤツは平気の平左だ。


「以前、二匹のイノシシを同時に絞め倒したことがある」

 隆々とした腕に力を込めて俺に見せつけるガウロパへ、


「ば……バケモノはオメエのほうじゃねえか」

 イウがつぶやいたが、それも俺が言いたかったセリフだった。

  

  

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