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ゼロの支配者  作者: 雲黒斎草菜
九州編
46/109

 国道57号線はジャングルの中

  

  

「進路を東へ。国道57号線の跡をたどって阿蘇山中に向かって微速前進。なるべく茂みに跡を残さないようにゆっくりとジャングルに入るのよ」

 柏木さんはキャノピーの先を細い指で示しながら、ガウロパの背後から命じるが、スキンヘッドは落ち着きの無さそうに首をすくめるだけで、その代りに頭上から何ともいえない心地よい声が落ちてきた。


『進路確認。国道57号線跡は阿蘇山中で途切れています。その後はスターナビゲーションに切り替えます』

「いいわよー」

 明るい返事をする柏木さんに答えるかのように、アストライアーは進行方向を東へ変え、目の前の茂みの中へと静かに進入を始めた。


「スターナビゲーションってなんすか?」

 思わず問う俺の質問に答えたのは、意外にもミウだった。


「この暗黒時代にはGPSなんてものはございません。天体観測や気象条件、方位磁針から自分の位置を把握する方法ですわ。ウエイファインディングとも呼ばれる古代のやり方で、もうカビが生えてます」

「うまい、日高さん。ケミカルガーデンだけに『カビ』が生えてるのよ……あははは」

 ミウがふんと鼻を鳴らした。そのつもりで言ったのではなかったらしい。


 柏木さんは気にもせず、上機嫌で、

「でもランちゃんは『山アテ』もできるからね。その辺の安物のナビゲーターとはちょっと違うのよ」

「山アテ?」

 未来人にも理解できない言葉があるのだろう、眉間に力を込めたミウは肩にかかるストレートの銀髪を払って白衣の横顔へ首をかしげた。


「そっ。山の形や窪みなど目立つ地形を記憶していて、そこから正確に自分の位置を判断するの」

 その説明で俺の脳裏にはこのあいだの出来事が甦った。

「俺たちがミウを救助して街まで最短で抜け出せたのはランちゃんの道案内のおかげだもんな」

 ランちゃんにとっては小さな三輪のキャリーバギーも、この巨大なクルーザーのような乗り物も大差ないのだろう。つまりその要となるのはあの銀の箱なのだ。


 俺は操縦席頭上にある丸いドーム型の装置へ目をやった。

 誰が作ったんだろうか。バイオコンピュータを越える人工知能。恐らく技術的特異点を超えたシステム。

「恐るべし、ランちゃん」

 この夏休み、何度この言葉を吐いたことだろう。




 アストライアーは俺たちを乗せ、モーター音を低く響かせながら、静かにジャングルの中を進んで行く。

 少しの後、バックモニターを睨んでいたガウロパが何かに気付き、後ろにいた柏木さんに告げた。

「ボディがでかい分どうしても下草が踏みつけられて跡が残たままでござるぞ」

 海賊船の船長を演じる柏木さんは腕を組んで仁王立ちしていたが、

「ランちゃん、停止して」

 一旦侵入をやめさせるとアストライアーの後ろへ視線を振った。

「ガウさん。後部の格納庫へ行ってくれる? そこにギリーシートがあるから、適当にマニピュレータで広げて、偽装してきてちょうだい」



 聞きなれない言葉に俺は片眉を持ち上げた。

「ギリーシートって?」

 尋ねた俺に麻由が答える。

「カモフラージュよ。敵から見えないようにする迷彩シート。ギリースーツの大型のもの」

 ギリースーツなら知っている。周辺の草木にそっくりに見えるゴミみたいなものをいっぱい貼り付けて、周りと同化させて姿を隠す服のことだ。そのシート版というわけか――って、お前ら兵士かよ!


 カモフラージュだと説明を受けても、なぜか釈然としない。

「なんでそんなもんが積んであるんっすか?」

 柏木さんは俺の質問へ微笑みで返していったん保留させた。代りに操縦席から降りて、後部へ移動するガウロパとイウに指示を飛ばす。、

「ガウさん。ここ真っ直ぐ行った突き当りが格納庫なの……わかる?」

 連中がうなずくのを確認。それからおもむろに俺へと視線を戻すとそのままの朗らかな表情で説明。

「本当は変異体生物に近づいて、生態を調べるときに使うのよ。ただしブラックビーストには効き目はないわ」


「そうや、あいつらは視覚を超えた嗅覚を持ってるからね」

「そっ。連中に効果があるのはこれだけよ」

 柏木さんは麻由の肩に掛かるライフルを指して白衣の胸を張るものの、俺はブラックビーストと聞いて、甲楼園浜跡で追いかけられたあの恐怖がよみがえるだけだ。


 黙り込んだ表情に気づいたミウがゴーグルのセンターを持ち上げながら俺の顔を覗き込んだ。

「修一さま? ご気分でも悪うございますか?」

 俺の代りに答える麻衣。

「大丈夫やって、ただの思い出し笑いや」

「バカ! これが笑っている顔か!」

「そう? あんたの顔なんてようしらんワ」

 くぅのやろー。


 麻衣と静かな攻防を続ける中、バックモニターで作業を見ていた柏木さんが戻ってきたガウロパとイウを満足そうな表情で迎えた。

「さすが警察屋さんね。手馴れてるわ」

「まぁ。時間警察はあらゆる時代に精通してるでござるからな」

 鼻の頭を赤らめながら恥じるように下を向いた途端、睨みあげたミウと目が合ったガウロパは、急いで視線を逸らしながら操縦席へ逃げ込み、胸を張る柏木さんは腰に両手を当てて笑っていた。

 その背にオーラを感じて俺は息をのんだ。

 何だろうこの堂々とした姿。おそらく川村教授とこうやって何度も深部に来たことがあるのだろう。麻衣や麻由から受けたのと同じ安心感を強く抱いた。


「さぁ、こんどこそ出発と行きたいけどけど……。ランちゃん、数キロだけ進んで平坦な場所を探してちょうだい。今日はそこで野営するわ」


『了解しました』


 再び力強い動きでアストライアーは進み出した。気づくと周りはすっかり暗くなっており、初めて見た夕暮れはほんの束の間のことで、すぐに雲が覆っていつものどんよりとした重ったるい空に戻っていた。





 だんだんと暗闇に沈んで行くジャングルをアストライアーは照明も点けずに突き進んで行く。俺はその違和感に不安を覚え、キャノピーの先で広がる闇を覗き込んでいた。


「なぁ。こんな真っ暗なのに照明を点けなくて大丈夫なのか?」

「照明をつけるとパワーの負担になるでござるからな。修一どの、ここを見られよ」

 ガウロパが正面に浮かぶ、エアロディスプレイのひとつを指さした。


「これがこの乗り物の注視する位置でござる。進行方向をいろいろ調べながら進んでござろう?」


 肉眼で見る限り外は真っ暗なのだが、ガウロパが指すインスペクタ画面は昼のように明るい。その中を『+』記号がチラチラと揺れ動いていた。


「ふーん。その十字のマークがランちゃんの視線の先なのか」

 ランちゃんが三輪バギーをコントロールするときに、赤光のレーザーラインで視線の先を示していたが、今は画面に映る映像に十字マークで表している。


「暗闇も関係なく進めるんだ」

 感心も得心もする俺の言葉に、心地いい声音で答えるランちゃん。


『可視光だけではなく、温度変化までも分析できますよ、修一』


 別の画面にはサーモグラフで表された外の景色が映っており、ジャングル内はほとんどオレンジや赤色に染まっていたが、それでも緑に近い温度の低い部分も点々とある。意外と涼しいところがあるんだと新たな発見に喜んでいたら、

「あの気温の低いところには生物がいるのよ。気温より体温のほうが低いから、恐らく哺乳類だと思えるわ。案外ブラックビーストだったりしてね」

 と柏木さんが脅してきた。

 ブラックビーストと聞くたびに俺が首をすくめるので、面白がって言うんだ。たぶんそれをチクったのは麻衣に違いない。




 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆




 ようやくアストライアーが停止した。激しい揺れに耐えるために普段使わない筋肉を使い過ぎたのだろう、あちこちに激痛が走っていた。明日の朝はひどい筋肉痛に見舞われそうだ。


「それにしても乗り心地の悪い乗り物だな」

 俺の吐いた文句を麻衣がさらっと受け流す。

「すぐ慣れるって。船酔いと一緒や。それにこの揺れはジャングル地帯だけで。ガーデンに入ったら一変するらしいよ」

「一変する?」

「そうやね、まるで柔らかい砂浜を走るような感触に変わるねんて」

 そんなもんなのか――。

 何となく納得するものの、俺はミウとイウが腰をギシギシと伸ばす姿を見てほくそ笑んだ。

「やっぱお前らも慣れないんだ」

 ミウもこちらに視線を向け、同じように笑い返す。

「はい。こんなに揺れるとは思ってもいませんでした」

 未来人もリーパーも同じ人間なんだと思わせる一場面だった。




「みんなぁ。寝床の抽選会よー」

 柏木さんがいつもと変らぬ明るい表情で手に何か持って近寄ってきた。

「「寝床?」」

 麻衣と麻由の久しぶりのコーラス。

「そっ。ここはホテルじゃないから、寝る場所はそんなにりっぱなものは無いの。ちゃんとしたベッドはスペースの関係で、二段のやつが二組。四人分しかないのよ」

「残った三人は?」

 オレの質問に、

「そこらへん、空いたとこで寝てね」

 ぺろりと赤い舌を出して柏木さんは笑った。


 どうみても女性が4人、男が3人である。もう決まったのも同然だが、柏木さんはくじ引きで決めようとあえて言う。しかしそれをマジで受け止めるほど神経の図太いヤツはここにはいなかった。


 もっともガウロパに関しては、その巨体が付属のベッドに収まらないのは見るまでも無く、象の飼育室クラスの設備が必要だろう。ということでガウロパは却下。となるとそこから離れることができないイウは悲しいかな、巨漢の男と添い寝をするしか手段はない。何せ、ガウロパから50メートル以上距離が空くと、自爆する運命なのだから。


 となると必然的に、俺ひとりしか残らない。

 たしかに麻衣たちと添い寝するという甘酸っぱい夢も見てみたいものだが、その近くに柏木さんやミウの目が光るというのは、逆に針のむしろで寝るようなものである。


「俺はこの食堂で寝るから気にしないでいいっすよ」

「拙者は操縦責任者でござる。職場から離れることはできぬ。操縦席後部の部屋で雑魚寝させてもらう」

「クソ真面目なヤツ。じゃ、オレも死にたくねえからその部屋の近くでいい。その代わりこいつの顔が見えないように、なんか工夫してくれ。24時間一緒なんてヘドが出るぜ」


 思ったとおりの展開になった。

 それは柏木さんの思惑どおりでもあったようで、

「そぉ? 悪いわね。じゃ女性陣がベッドということで……ね?」


 何が『ね?』っすか。計算済みって顔してますよ。


 まぁ。別に問題はない。麻衣たちの家ではテーブルの下がオレの寝床だったし、いまさらベッドの上で眠むれるとは思ってもいない。



「イウのおっちゃん……」

 ガウロパと引き上げようとする眼帯男の背中へ麻衣が馴れ馴れしく呼び止めた。

 眉を寄せてイウが振り返り、

「何だよ?」

 麻衣は防水シートの塊を突き出した。

「これ使こうたらエエわ。ガーデン用のテント。薄っぺらな壁でも、他と隔離されるから気分エエやろ?」


 見るまに破顔を曝すイウ。

「おぉ。こりゃありがてえ。寝てまでもこんなタコの顔を見たくなかったんだ」


 だろうな。オレにもそのテント欲しいな。

 モノ欲しそうな顔を察したんだろう。

「修一には、こっちの二人用の方を渡すわ」

 と言ったあと、薄ら笑いを浮かべて、

「あとでウチも行くから……な?」

「――っ!」

 絶句する俺。

「ここは俺んちじゃないんだ。親父をからかうみたいなことを言うな、この大馬鹿!」

 と突っ返したが、柏木さんはイタズラっぽい目をくれた。

「なっにー? あなたたちそういう仲なのぉ?」

 ほらみろ。親父みたいに好奇心で固まった人がここにいるだろう。


「い、いや。柏木さん。こいつの悪い冗談でして……」


「ふ、不潔ですわ。修一さまと麻衣さんはそんなご関係でしたの? いやらしい」

 ぷいっと口を尖らせるミウに、麻由が追い討ちを掛ける。

「そうよ。時々あたしと交代するの」

「だからそんな掩護はいらないって言ってるだろ、麻由!」

 俺は急いで(かぶり)を振る。


「ウソだからな。みんなこいつらに早く慣れてくれ。この二人は平気でこういう冗談を言うんだ。こいつらの言葉が本気でないのは、あの窺うような笑い顔を見れば解るだろ?」

 と必死の弁明にもかかわらず、ミウは腕を組んでぷいっとそっぽを向き、柏木さんはさらに妖しげに。

「そっかぁ。冗談なのね。それなら私が今晩お邪魔するわ」


「「「えっ!」」」

 麻衣と麻由、それに俺も加えての三重奏。


 麻衣は黙って俺からテントを取り上げ、

「あんたはそこらで転がって寝ぇ!」

 麻衣と麻由は咆哮のような声を放ち、柏木さんは勝利を祝う高笑いを繰り広げた。


 疲れるぜ――。

 ここにいたら心身ともにボロボロになりそうだ。

 ミウがいつものにこやかな微笑みに戻っているのだけが、安らぎだった。

  

  

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