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ゼロの支配者  作者: 雲黒斎草菜
九州編
45/109

 海賊船船長・柏木良子

  

 柏木さんは、「ガウさんは補助パイロットに徹しなさい。わかりましたね」と命じてから半身を振り返らせて、

「みんなも私の指示に従いなさい……でないと」

「どうなるのです?」とはミウ。

「死ぬわよ」

「…………」

(やだよ)


 リーダーとなった柏木さんは、操縦席に座るガウロパだけでなく俺たちはにも尊大に振る舞ったが、それに抗う者は皆無だった。

 そりゃそうさ。これから向かうケミカルガーデンに最も詳しいこの人を差し置いて、口を挟めるヤツはいない。それどころかなんとも頼もしい存在だ。あの華奢な肩からにじみ出る自信に満ちたオーラはガウロパをも凌駕していた。


 そして船長たる柏木さんが最初の命令を出す。

「ランちゃん。このまま南コース、八代(やつしろ)へ向けて進路を維持。国道3号線の跡に沿って、中速度でガーデンの入り口まで行って停止!」

『了解しました』

 小刻みな振動が伝わり、アストライアーが密林の中を走り出した。

 まさに出航の瞬間さ。生まれて初めて人跡の途絶えた九州の奥地へと踏み出したのだ。鼓動が高鳴り異様に興奮するのは仕方が無い。


 ところで……?


「ヤツシロってどこ?」

 情けないが正直そんな地名は知らない。何百年もケミカルガーデンに沈んだ崩壊寸前の日本だ。福岡、熊本ぐらいは知っているが、こんな奥地の旧名など知る由もない。



 操縦席に座ったガウロパがキャノピーの外をぼんやりと眺めて、大あくびをしていた。

「ガウさん。補助だからと言って休んでちゃダメよ。ジャングルは無限軌道に撒きつく茂みが多いから、時々様子を監視するのよ。何かが絡みついたらマニピュレーターで操作して取り去ってね。それとランちゃんが走るコースはあらかじめナビゲーターマップにラインが出るから、危険物が無いかも先に調べてね。まぁその辺もちゃんと計算してくれてるけど……念のため、あなたに任せるわ」


 柏木さんの忠告を聞いて、ガウロパはでかい頭を上下させる。

「なるほどそう言う意味の補助でござるか。承知つかまつった」



 車体の左右を映し出すディスプレイをガウロパが睨む。(つる)やシダ類がぎっしりと生えた茂みを結構な速度で進む光景が映し出されている。この巨大なボディを支える無限軌道に下草程度のものが絡み付いても、それは糸くずみたいなものだが、太い倒木が何かの反動で駆動部分に挟まると厄介なことになる。



「こ……これはやばいかも……」

 しばらくしてアストライアーの欠点を知ることとなった。

 つまり、国道の跡を走る時は比較的柔軟な動きなのだが、時おり現れるアスファルトの割れ目や、倒木を乗り越えるときにとんでもなく上下に揺れるのだ。そのたびに座席の上で放り上げられ、床に落ちて悲鳴をあげながらキャビン内を転がった。


「ちょっとぉ、あんたたち。何のためのシートベルトだと思ってるの? こんな揺れでおたおたしてたら、先が思いやられるわよ」

「ほんまや。なにしとんや、あんたらは……」

 前の三列から身体をよじって睨みを利かすむ麻衣はシートベルトで身体を固定していた。

 イテテと立ち上がるのは後ろに座る俺とイウだけだ。


「い、いや。こんなに揺れるとは思ってもいませんでして……」

 リニアトラムの乗り心地にすっかりなれた俺の身体には地獄以外何ものでもない。


「鹿児島までこんなに揺れるのか?」

「まったくだ。身体がバラバラになっちまうぜ」

 気さくに接してくるイウと互いに顔を見合わせて苦笑いさ。早くこの環境に慣れないとマジで先が思いやられる。なにしろ奥地へ入れば入るほど人工物は消え去りジャングルに囲まれる。そこから先はケミカルガーデンに埋まった世界が待ち構えるのだ。


 乗り心地は最悪ではあるが、タイヤではなく無限軌道にしたのは正解だ。アストライアーは道なき道を驀進して行った。

 揺れに合わせて体の重心を移動させる方法が習得できると、キャノピーの外を見る余裕が生まれてくる。


 その情景を見て俺は息を飲んだ。まるで荒海を突っ切る巨大船舶のようだ。ぎっしりと密生する茂みにボディを突っ込ませて、勢いよく樹木を左右に押し倒して進んで行く壮観な光景が繰り広げられていた。


「す、す、すげえ、パ、パワーだな」

 激しい揺れに舌を噛みそうになる。


「これだけの障害物があったって、スピードは落ちないのよ」

 麻由が自慢げに説明した矢先のことだ。目前に朽ち果てた大木が現れて進行を妨げた。


「あっ」と過った次の瞬間、片側の無限軌道がそれに乗り上げ、大きくアストライアーが(かし)いだ。


「げぇっ! 倒れる!」


 室内が急角度に傾き、よもやと目をつむった俺の身体が逆方向に掛かる強い力で押さえつけられた。

 ギシギシと(きし)みあげるシートベルトが肩に食い込む。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉー!」

 アストライアーは倒れようとする方向へ片輪走行で突っ切って姿勢を制御。すぐに元の体勢に戻して(ばく)進を続けた。


「ひぇぇぇ。生きた心地がしねえぜ」

 喉の奥でつっかえていた俺のセリフをイウが横盗った。


「うわわわ! 前方に大岩発見! スピード落とせって、わあ、ランちゃん! お前は今三輪バギーじゃんないんだぞ」


「うっさいなー、さっきからベラベラ喋っとるけど、そのうち舌噛むで、修一!」

 と麻衣に咎められようが、これが叫ばずにおられようか。


「そこっ! ほらっ、大木が横たわってるって!」


「心配ないわ。転倒防止機能があるから、アレぐらいランちゃんは計算済みよ。本気で倒れそうな場合は、ちゃんと避けてくれるから安心しなさい」

 そう言われても、俺の鼓動は張り裂けんばかりに高鳴っている。


「も、もうちょっとゆっくり走ったほうがよくない?」


『これでもまだ中速度です。モーター負荷54パーセントで走行中』

 ビビりまくる俺に悠然と応えるランちゃん。こっちは息も絶え絶え。


「こ……この倍の速さで走れるんだ……」





 シートベルトにしがみ付くこと数十分。目の前に空間が広がり、アストライアーは静かに停止した。


『この先、恒温霧湿帯です。侵入しますか?』と訊くのはランちゃんで。

「1キロほど進んで、まったく同じコースを後退して、またここに戻って」

 不可解な命令を出したのは柏木さんだ。けれどランちゃんは躊躇(ためら)うこともなく、カビの林の中へ侵入して行った。


 十数分進んだところで停車したアストライアーは、柏木さんの命令に従って今度はバックで元の場所へ戻り始めた。

 それを見てガウロパが操縦席で唸る。

「むおぉぉ。左右にぶれることなく、まったく同じ道を戻っておる。この走行精度はたいしたものでござりますな」

「この時代の自動制御にしてはちょっとしたもんだな」とイウ。


『賞賛の言葉、感謝します』

 律儀なランちゃんはちゃんと礼も言うのだ。イウは声の出処に向かって苦笑いを浮かべた。そこは操縦席の頭上にある直径1メートルほどのドーム状に盛り上がった乳白色の装置だった。


 何らかの反応があるたびに、その中で色とりどりの光の粒が輝く。声もそこから聞こえてくる。どういう仕組みなのか俺にはさっぱりだが、未来組の連中が感心するなんて意外な事かもしれない。


「でも……なんでやの良子さん?」

 感心と驚きにまみれる俺の前で、麻衣はなぜかコースに不服な様子。

「このまま南下してまっすぐ鹿児島へ向かったほうが早いんちゃうの?」


 柏木さんは笑った目のまま朱唇の先を突き出した。

「ブッ、ブゥゥー」

 不正解を告げるこの可愛らしさがたまらないっす。


「誰でもそう思うでしょ。だから追っ手に南コースを取ったように、糸状菌の地面に足跡をわざと付けておくのよ」


「しかし戻ったら、バレるのではありませんか?」

 ミウの視線が困惑気味なのは俺も同じだが、麻衣が何かに気付いている。

「ケミカルガーデンの習性を知り尽くしている柏木さんらしいワ」

「さすが、麻衣ね。解った?」

 ついと尖らせた顎を微妙にうなずかせる柏木さん。麻由もそれに同調。そして説明する。

「あたしも解ったわよ。糸状菌は強い力で潰されるほどに再生能力が大きいから走行で受けた傷が最初に薄れるのよ。追っ手が来ても途中から消えて見えなくなるんだわ」


「はーい。大正解」とは柏木さん。


 となると別の疑問が浮かぶ。

「じゃあ、どのルートで鹿児島に向かうんすか?」


「どのみち、九州にはいろんな障害があってゆく手を塞いでるのよ。誰であってしても簡単には鹿児島にはたどり着けない。でもこっちには教授に作って頂いたルートマップを持ってるんだからだんぜん有利。ちょっと遠回りになるけど、古代の国道57号線の跡を阿蘇経由で延岡を通って、宮崎ルートで裏から鹿児島に入るのよ」


 日本史の授業みたいに連呼される古地名に俺は悩んだ。知らない名前ばかりが出てくる。阿蘇って、あの火山があるところか? 延岡ってどのへんだっけ? それよりも変異体授業だけでなく歴史の授業までも始まるとはな。これなら夏休みの宿題も持ってきたらよかった。それより休みが終わるまでに家に帰れるのか?


 目的意識の薄い俺の悩みは現実的なのさ。


「でもそのルートやと、阿蘇近くまで気温が低いから密林の中を通ることになるやん?」

 麻衣たちはこの辺りの地理にも詳しいらしく、ちゃんと受け答えをした。


「そっ。ちゃんとそれも計算済み。ジャングルはどこから入ったかだけを隠せば、あとは迷路と同じ、先にはガーデンがあるし。そこに入ったらこっちのものよ。おそらく追っ手には手も足も出せなくなるわ。……それよりね」

 柏木さんは語り口調を変えた。

「こっちの方が麻衣たちの喜びそうな生物が待ってるわよ。楽しみでしょ?」


 自分が楽しみなんだろう。


 麻衣と麻由はまったく同時に瞳の色を濃くし、ミウは反対に小さく首を振る。

「この時代の政府を撒いたとしても、超未来人には不可能ですわ」

 赤と青の双眸に掛かるゴーグルの位置を直しつつ忠告。だが柏木さんはお構いなしさ。


「まっ、いいってこと。今はとにかく政府の連中から逃げるのが先。だって私たち……」


 途中で頬を桜色に薄っすらと染めると、白衣の裾をひらひらさせて楽しげに告白。

「私たちは政府の倉庫からアストライアーを盗み出した華麗なる大泥棒なのよ」


 いやいや……そんなに美しく言わないでください。こっちには片目のオヤジにスキンヘッドの大男もいるし。これはどう見ても海賊って感じですよ。


「それよりも……倉庫かから盗むってまずくないっすか? お尋ね者っすよ」

「変なこと言わないで、修一。このアストライアーはお父さんの物。それを柏木さんが取り返してくれたのよ。泥棒は向こうよ」

 麻由から強く言われれば幾分かは納得するんだけど……。


 しかし柏木さんは俺たちの懸念そっちのけではしゃいでおり、アストライアーがガーデンの入り口まで戻ったのを確認すると、

「さぁ準備はできたわよ!」

 全員の視線を集めると、芝居めいたセリフを放った。


「野郎どもっ! 役人が来る前にドロンするからね!」

「やっぱ海賊船じゃないっすか……」

 片手を振り挙げた柏木さんは、自ら泥棒宣言するのであった。

  

  

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