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ゼロの支配者  作者: 雲黒斎草菜
九州編
43/109

 服部氏の災難

  

  

「みんな、お疲れぇー。さぁいいわよ。無事に九州にも着いたことだし。お昼ごはんにしましょ」

「いやいや。食欲なんて吹っ飛びましたよ。これってなんですか?」

「まあ、まあ。食べながら説明するからさ」

 怯えに近い感情で機内……機内でいいんだろな? 室内か?


 いや。前後に長い造りはまるで宇宙船だ。と言ってもまさか空は飛ぶまいな。モーターカーだと言っていたからそれは無いと思うが、それにしてもだ。

「なんだこりゃ……」

 何度()いても()き足りない驚嘆の溜め息を繰り返す俺の前で楽しげに振る舞うのはこの人だけだ。


「こっちが食事をする部屋なの。みんな来てぇ」

 柏木さんに誘導されて隣の部屋に入ってみて再度息を飲む。これがモーターカーの設備だというのか。まるでちょっとしたマンションだ。


 湾曲する壁に埋め込まれた棚には透明な扉が施され、中には立派な食器類を収納。その真ん前に設置された純白のテーブルには、清潔でシックな色合いのクロスが揺れて、床に固定された5脚の椅子が対面して並んでいる。つまりこの乗り物の収容人数が10人だと悟らせてくれる。


「修一の家より設備が整ってるやろ……」

 やっぱ、こいつ俺の心が読めるのかもしれない。今まさにそのことを思っていた。


「皆さんお揃いですか?」

 と言って入室して来たのは、電話に出てきた男性職員だった。


「あっ。服部くん、24歳や!」と指差す麻衣。

 おいおい――。


 男性は麻衣に冷やかされて困惑した顔を少しきりりとさせて頭を下げた。

「初めまして、服部です……あっ!」

 電話で顔見知りとなった麻衣へ手を差し出そうとして、もう一人の同じ顔をした少女を見つけて慌てて引っ込めた。


 嫣然と微笑んで柏木さんは紹介する。

「この人がアストライアーを盗んできた張本人の服部くんよ」

「先輩。人聞きの悪い言い方やめてくださいよ」

「気にしなくていいわ。私がその頭領、この海賊船の船長、柏木良子よ。あははは」

 意外とこの人は大胆な性格をしておられる。ここは賛辞を贈るべきだな。

 海賊のボスがこんな美人なら七つの海も楽しいです。はい。



「さぁ。座って、座って。そんな窮屈な耐熱スーツは必要ないわよ」

 白衣姿に戻った破顔はいっそ爽やかに晴れ渡っており、まるで自分ちに迎い入れるかのように振る舞った。

 麻衣たちは小首でうなずくと耐熱スーツを脱ぎ、お揃いの可愛らしいキュロット姿。ミウは白い肢体が眩しい水色のミニだ。

 俺は柏木船長から差し出された座席に座りつつ、九州旅行に楽しい期待を浮かべてほくそ笑む。

(いい夏休みが過ごせそうだ)

 てなことでいいのだろうかね。




「さぁ。まずは腹ごしらえよ。ほらガウさん、もう食べてもいいわよ」

 と言われても、まだ食欲は……って、おーい、食えるのかよ。


 ガウロパとイウはテーブルの上で弁当の包みをすでに解いており、ロボットの作業風景みたいに同じ動作を繰り返していた。


「こ、これ、はしたない!」

 ミウは小犬の餌を取り上げた飼い主のように背伸びをして、ガウロパの弁当を高々と掲げる。

「皆さんが揃うまで待てないのですか。、お預け! こら、食べないの!」

「まぁまぁ。いいじゃないの。お昼が遅くなったんだしさぁー。私たちも頂きましょうよ」

 柏木さんは笑って済ますと、状況の変化について行けず茫然としたままの俺たちにも勧めた。


「なにしてるのみんな? ほらゴハンよー。食べようよ」


 ミウは溜め息で訴えるものの、超視力抑制のゴーグルを外してほんのり口元を緩める。厳しい面立ちだった白い顔に安堵の色が灯り、そっと箸を持った。


 服部さんは給仕に徹しており、湯飲みにお茶を注して回っている。

「冷水がよければ、冷蔵庫にたっぷりありますので言ってください」

「冷蔵庫もあるの?」と訊いたのは麻由で。


「え? ありますよー」

 意外な質問に呼気を止めたのは服部さん。トンチンカンなことを訊く。

「え? 大阪って停電期間でしたっけ?」


「最近は長期の停電は無いわよー」


 あいだに入った柏木さんは箸の先っちょで輪を描きながら、

「この双子さんは地上で自立した生活をしてんのよ。だから冷蔵庫なんかに電力は使わないの」


「地上で自立……双子……」


 服部さんは丸く目を見開き、

「もしかして……大阪……ああそうか」

 自答を繰り返して二人の前で直立した。


「あの。初めまして。川村麻衣さんと麻由さんですね。僕は中央九州研究所の服部です。教授……あいや。博士ご夫妻には色々と勉強させてもらっています」


「あ。いや……そ……それはどうも。おおきに」

 あらたまって自己紹介されると麻衣たちもタジタジだ。


「それにてもこのアストライアーは素晴らしいですね」

 通された家の調度品でも褒めるみたいな感想を述べた服部さんだが、

「それを盗んで来たってどういう意味ですか?」


 俺が最も明らかにしたい疑問の一つだ。


 彼は恥ずかしげに頭を掻き、

「リスタートの第一段階は、取り上げられたこのアストライアーを取り返すことなんです」

「取り上げられた?」

 ちっとも疑問は晴れない。


「政府よ……」

 もとが何で作られたのか解らない固形のおかずに箸を挿し込んで、それを俺に突き出して答えたのは柏木さんだ。

 それを食えと?

 違うと眼元に笑みを溜め、

「このアストライアーはジャングルやケミカルガーデン内を安全に、かつ長距離移動を可能にするために教授が作ったモノなの。だから麻衣ちゃんらの形見と言っても言い過ぎじゃないわ。それを政府が取り上げたのよ」


 白ご飯に似せて作った人工白米をお茶とともに飲み下し、柏木さんはしばらくして意外なことを付け足した。

「政府が欲しかったのはこのアストライアーに搭載されてたコンピュータのデータなのよ。これまでの探査旅行で得た変異体に関する研究資料が一杯つまってたからね」


「そうです……」

 と服部さんが口を挟み、柏木さんが首を前後に振る動作を待って語りだした。

「政府の役人がやって来る寸前に僕がメインコンピュータのコアを抜き取って、研究室で普段使う汎用品とこっそり交換したんです」

「そっよー」

 楽しげに振る舞う理由は不明だが、柏木さんの澄明な黒い瞳が俺をじっと見つめていた。

「え? なに?」

 何だか吸い込まれそうだったが、次の説明で息の根を止められた。


「そのメインコアが……修一くんが運んでくれたランちゃんなのよ」


「えええええ――っ!」

 俺の大音声が湾曲した壁面を響き渡った。


「相変わらずでっかい声や」

「耳が痛いわよ」

 指で耳を塞いでいた麻衣が、麻由とそろって遺伝子組み換えで作られたニンジンを飲み下し、服部さんが後を繋ぐ。


「本来なら……教授もここにご同乗するはずなんですが……」

「こらっ!」

 柏木さんに頭をポカリとやられて、服部さんは小さくなった。

「す……すみません」


「気にせんといて、お父さんが亡くなってもう2年や……そろそろ、ウチらも卒業しなあかん……な?」

 麻衣の視線に気づいた麻由もこくりと首肯し、

「でも、こうしてこれに乗れただけでお父さんに会えた気がして嬉しいの」

「ご心配なく……。ちゃんと会わせて差し上げますよ」

 湯飲みから口を離して天井へ思いを馳せる麻由の腕に手を添えたのはミウ。


「会わせる……って?」

 ついと視線を上げた服部さんは、疑問を含んだ目を隣の美人さんへ振るが、

「あのさぁ……お茶ちょうだい」

 柏木さんは面倒臭げに湯呑を差し出した。


「え? あ、はいはい」

 家来然とした服部さんは抗うことなく出された湯呑に茶を注ぎ、続きの答えを待っていたが、当然だが答えることはできない質問さ。


 注がれるお茶がなみなみと盛り上がっても無言のままの柏木さんの顔色を察した服部さんは、肩をすくめてその場から離れた。

 家来たるものあれぐらいの心遣いが無ければいけないのだ。


 それよりも……だ。

 目の前で展開された些細な出来事など棚上げにするほどに、俺の耳に飛び込んだ重大な事実のほうが気にになる案件だ。


「ランちゃんがこの乗り物のメインコアだって本当ですか?」

 見慣れた三輪バギーの映像が俺の頭の中で崩壊していき、代わりにまだチラ見しかできていないが、流線型をした巨大な銀白色の艦船と置き換わった。


「だからゆうたやろ、ランちゃんを過小評価したらアカンって」

「あ……いやだってさ。初めて見たときはあんなちっこいバギーだからさ……言ってくれればよかったんだよ」


 柏木さんは俺たちの会話を聞いていて柔和に微笑んでいたが、その話は後にしろと、たしなめると急速に真剣みを帯びていく。

「さて、服部くん」

「なんでしょうか、先輩?」

 従順な家来さんは潤んだ目を返す。


「ごくろう。ここまででいいわ」

「はい?」

 確実に服部さんの期待を外した返事のようだった。


「せ……先輩?」


 虚を突いた命令は理解度に乏しかったのか、質問を切り換えた。

「どういう意味ですか?」


「ここまでよ。アストライアーを持ち出すまででいいわ。あとは私たちに任せて……」

「嫌です。僕も連れてってください」

「だめ。これ以上あなたを巻き込めないの。我慢して」

 即答する服部さんを厳しく突っぱねる。


「もうじゅうぶん巻き込まれてます。連れてってください」

「あのね……」

 柏木さんは言葉を探して黙り込んでしまった。


「わたしが代わってお答えしましょう」

 口を出したのはじっと沈黙を守っていたミウだ。おそらく服部さんも初めて耳にするであろう単語を混ぜて綴っていく。

「あなたは時間項では無いからですわ」

「時間項?」

 当然のように首を捻る服部さんへミウは続ける。

「時間項でない人物と時空修正をすると大きく未来が歪みます」


「あの……先輩。この人たちは誰ですか?」

 そうだろうね。俺があなたの立場であってもその質問をするね。


 そこへか細い影が忍び寄る。

「あんたがいるとな、あとで取り返しのつかないことになるんだよ」

 一歩迫ったのはイウで。


「だ……誰なんだきみたちは!?」

 立ちあがる服部さん。

 胡散臭さの頂点を行く眼帯の男が迫れば誰だってしり込みをするし、そいつの脇には筋肉隆々の男が腕を組んでいる。

「二人とも脅かすのはやめなさい!」

 ミウが一括。イウとガウロパが顔を見合わせて半歩下がる。


「ごめんなさいね。服部くん。この人たちは海外から来た変異体生物の第一人者なのよ。ケミカルガーデンの道案内をしてもらうために呼んだの。ナビゲーターみたいなモノね」


「ナビゲーターならそれで結構ですけど、僕は行きますよ」

「だからダメなの」

「なんでー。乗車人数も越えてませんよ」

 結構頑固な人のようだ。


「これから先はとても危険なの。これ以上あなたに迷惑は掛けられない。今すぐ研究所に帰ればバレないわ。変異体のサンプルを採りに地上へ出たと言えば怪しまれない」


「だめですよ。地下の駐車場に設置されたカメラに映った可能性があります。このまま皆さんとご一緒させてください」


 服部さんはガンとして言うことを聞かず、自慢げに胸を反らす。

「だいたい誰がこのアストライアーを動かすんですか? 僕しかできませんよ」

「この、おっきい人ができるのよ」

 ガウロパがぬんっとスキンヘッドの顔を突き出した。


「聞き分けのない男性は嫌われますわよ」

 もう一度スキンヘッドにたじろいだ服部さんの背後から、ミウが風のように回り込み、息を飲む彼の額を人差し指でとんと突いた。

 その途端、糸が切れた操り人形にも似た動きで服部さんが床に崩れ、咄嗟にそれをガウロパが受け止めた。


 ガウロパの太い腕の中でぐったりする服部さんを満足げに見遣るミウへ、柏木さんが駆け寄った。

「な、何? どうしたの?」

「ご心配なく、眠らせただけです」

「眠らせても、問題は解決してないじゃない。この人を説得させなきゃ。あとあと問題が大きくなるわ」


 ミウは銀髪をゆるゆると振る。

「これ以上部外者を増やすと、ナビゲートが難しくなります」

「じゃあ、どうすんのよ。このまま道に放り出して行けないわ。この子も私の家来のひとりなんだから」

「そうよ。意識が戻ればもっと質問してくるわよ」

 不安げな麻由へミウはニコリと微笑んで見せた。


「とにかく現代組の皆さんは食事を終わらせて。後始末は未来組がやります」

 落ち着いた動きで自分の席に戻ると湯呑のお茶をゆっくりと味わい、

「服部さんが乗り物を持ち出す時間よりも少し過去の時間域へ連れて行き、彼のデスクへ運んでおきます。そうすれば、盗まれたその時間、この方はデスクで居眠りをしていたことになります」


 柏木さんは一刻ほど息を飲んでから言い放つ。

「すごい。あなたたちがいたら、完全犯罪も可能じゃない」

「そんな何かの手下みたいな言い方、気にいりません!」

 ぷいっとそっぽをくのはミウで、

「ご、ごめん。怒んないで、日高さんったら。ゴメンって」

 柏木さんが醸し出す大人の魅力と少女の稚さ……。たまらん。


 ミウはわだかまりが残る吐息を尖らせた口から吐きつつ、床に横たわる服部さんの腕を持ち上げようとしが、体重を支えられなくて姿勢を崩した。

「ダメだわ、重くて……」

「姫さま。その役、拙者がお引き受け申した」

 まるで床に落ちてる雑巾でも拾い上げたのかと見紛うほどに軽々とした動作でガウロパが服部さんを肩に掛けた。そしてミウの前で片膝を折って頭を下げる。

「それでは姫さま、行ってまいります」

「ということは、オレも行くことになるのか……」


「ちょっととお待ちなさい」

 重たげに腰を上げるイウと立ちあがろうとするガウロパをミウは制した。


「今回はタイミングが重要ですので、わたしも行きます。あなたたちに任せたら、また何をしでかすか分かりませんものね」

 次の刹那、顔をくしゃくしゃにして苦笑いを浮かべるガウロパの姿が目映(まばゆ)い閃光の中へ消えた。


「うぉぉっっと、すげぇぇ」

 ミウの時間跳躍を初めて目の当たりにして、俺はその違いに驚愕する。

 ガウロパたちが青白い輝きを放って消えるのに対してミウのは壮観だった。目を突き刺す閃光さ。まるで稲光のスパークを直接肉眼で見たようだ。


「あぁ。行っちゃった」

 柏木さんが残したつぶやきが、まだ漂う部屋の中央で再び光が溢れる。

 バシッという猛烈なフラッシュと共にミウが光りの中から現れて、とととっと床を少し走って止まった。

 勢い余って飛び出した、とでも言いたい反動を感じ、続いてお馴染みの青白い光りに揺れる巨体とひょろ長い影。イウとガウロパである。


「お待たせしました」

 ミウは手のひらで水色のミニスカートをパンパンと払うと、俺たちに向かって微笑んだ。


「ま、待ってない。ぜんぜん待ってないわよ……もうすんだの?」

「そうさ。2秒も待ってない」

「跳躍したすぐ後に戻れば経過時間は限りなく短くできます」

「そんなことができるの? すっごいのね。経済的だわ」


 興奮の着地点が少々ずれた気がするが、仰天する柏木さんに現れた順にそれぞれ報告する未来組。


「はい。部屋には誰もいませんでしたので、あの方の上司が戻る10秒前に、デスクに突っ伏して寝ているような姿勢を作って座らせましたわ」

「入って来たオッサンに『就業中に寝るとはなんだ』て、あの兄ちゃん叩き起こされていたぜ」

「かわいそ……」と、つぶやく柏木さん。


「でも印象付けることに成功です。もし服部さんが疑われても彼の上司がアリバイをはっきり証明してくれることでしょう」

「なるほど。すっごーい」


 最後に巨漢のガウロパが報告。

「駐車場に設置された監視カメラに、服部氏(はっとりうじ)の姿が確かに映ってござったが、ノイズを走らせて誰だか顔が見えないようにしておきましたのでこれで完璧でござる」


「さっすが。未来組の働きは見事ね。これでミッション成功間違い無しよー。でも今度あの子と会う時、なんか怖いな……」

 ミウは鼻を鳴らして反応する。

「手でも握って差し上げたら、殿方なんてイチコロです」

「おいおい……」

 お前、歳いくつだ? 確か麻衣たちより下だって言ってたよな。

  

  

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