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ゼロの支配者  作者: 雲黒斎草菜
時の番人
41/109

 旅は道連れ

  

  

 柏木さんと麻衣たちの行動力にはまいるね。追い立てられるようにして研究所を離れることとなった。


「おい。俺はまだ顔も洗ってないぞ」

 と言う文句も取り合ってもらえず、麻衣に20キロもある水の入った容器を担がされていた。


「そんな顔、帰ってからでええやんか。そのための水を運ぶんがあんたの仕事やろ。キリキリ働いてや」

 いつのまにか麻衣は、ガウロパを叩いていた棒切れをミウからもらい受けたようで、それで俺のケツを叩きやがった。


「くそっ。奴隷商人め!」


 俺とイウはひとつずつ。ガウロパは両手に持って、さらに肩へ柏木さんを乗せて余裕の顔だ。どれだけの怪力の持ち主なんだ。あいつはバケモンだとイウが宣言していたが、どうやらマジのようだ。


 残りのひとつがランちゃんの荷台の隅っこにちょこんと載せてあったので。

「なぁ。ランちゃんの積載量ってたしか100キロだろ。銃器屋の親父が言ってたぜ。それなら全部載せたらいいじゃないか」

 ランちゃんはキュッとひと鳴きして、ガウロパの肩に載る柏木さんに首をねじった。

「ランちゃんにそんなかわいそうなこと言うのは誰? この子はか弱い女の子なのよ」

 麻衣たちと同じことを言っている。


 じゃぁ、スカートでも穿かせとけよ、と文句は言えないので俺はランちゃんを横目で睨む。

 三輪バギーはその表情を見透かしたように、長い首をぎゅーんと伸ばして、自慢げに俺の顔を覗き込みやがった。


「あっち行け、バカ」

 こいつには強え仲間が多いから抗えることはできないのだ。




 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆




 3時間ほど過ぎて――。

 コウモリの群生地と巨鳥の営巣地となった恐ろしいトンネルを抜けて、俺たちは麻衣たちの屋敷に戻ってきた。

 再び強制退去させられたバードオブプレイの巣を帰りも覗いて見たが、卵は無かった。俺はほっとするものの、麻衣たちは残念そうだ。何しろ一個あれば何日もの食料に困らないからな。しかしよく飽き無いと思う。



 もう一つ印象的な事件があった。

 トンネルを抜けて2時間ほど下ったあたりで、野犬の群れに囲まれた。

 ビーストと比べたら弱っちい集団だけど、危険なことに違いは無い。ところがその群れを追っ払ったのは麻衣のショットガンでもなければ、麻由のライフルでもなかった。ガウロパが吼えて蹴散らしたのだ。群れのど真ん中へ堂々と仁王立ちして腹から声を出してがおぉーってな具合にな。でもその咆哮(ほうこう)はブラックビーストを凌駕する迫力で、野犬が尻尾を巻いて逃げて行ったことだけは特筆に値する。



 ゴリラの親分的な存在となったガウロパだったが気はとても優しく、常にミウへの気遣いを前面に出していた。でも肩に柏木さんを乗せての対応だけに、ミウの機嫌がずっと悪い。麻衣たちの屋敷へ戻ってからも状況は変わらない。


「なんで、俺がこんなにヤキモキしなきゃならないんだよ」 

 俺は揉み手すり手で柏木さんの後をつけ回しているガウロパとミウの顔色を交互に窺い、ミウはつんとすまして無視をかましていた。




 歩きつかれた足と20キロの重しでキンキンに凝った肩を麻由がほぐしてくれるという、甘酸っぱい行為に表情筋をたるませつつ、それでも文句だけは言っておく。

「俺はこんなことを毎月やらされるのか?」


 出された水を口に含みながら首をすくめる俺に、イウはニヤニヤ笑いを漂わせてきた。

「お前はもっと人をうまく使えよ」


 顎で柏木さんの金魚の糞と化したガウロパをしゃくり、

「馬鹿力のタコを見ろ。両手に40キロの重しをぶら下げた上に、人を担いで山からりて来たんだ。なのにまだパワーを持て余してんだぜ。あいつをうまく使えばいいんだ」


 的を射た意見だった。それを聞いて俺はほくそ笑む。

(うまく行けば俺は運ばないで済むかもな……)


「なに? きしょいな、ジブン? 思い出し笑いなんかせんといてぇな」

 後ろで肩を揉む麻由の平手が俺の頭を叩いた。

「痛ぇな、バーカ、ま……ゆ、あ、いや……」

 ハミカミつつ後ろへ首を捻る。思った通りふんわりとしたクセっ毛の麻由の笑顔がそこにあり、正面に向き直るとまったく同じ麻衣の笑顔が俺を見つめていて、黙ってろと目で合図をくれた。

 そう。

(こいつら何か企んでいる)

 二人を見分けられる俺の特殊能力が警鐘を鳴らした。こいつらがわざと入れ替るときはくだらんことを思いついた証拠なのだ。

 それにしたってここまで二人の性格を知りつくして、友達以上に近づくことができたとは、半年前の俺には想像だにできない。



 何かを思い出したように、麻衣が隣に座るミウに尋ねた。

「ねぇ……ミウ?」

 そう、くどいようだが、今喋ってるのが麻衣だ。


「なんですか? 麻由さん?」

 案の定、ミウは口調だけで二人を判別するから間違えている。ヤツらの思うつぼだ。


「あのさ。このあいだ言ってた、お父さんたちに会わせてくれるっていう話……」

「過去に飛ぶ話ですね」

「そう。あれって本気に思っていいの?」

「パスファインダーに二言はございません」

「ほんとに、ほんと?」

 ミウは明るく微笑む。

「大丈夫ですよ、麻由さん」

「ほんとね? ありがとぉー」

 麻衣は瞳をひときわキラキラさせて、ミウの首に抱きつき、栗色のふわふわ頭へミウの顔をうずめた。

「ぜったいに約束よ」

 口調だけで性格を判断してはいけない証しが目の前の麻衣だ。あいつだってこんなに可愛くなるさ。


 目を細めて見守る俺の前で、ミウから離れた麻衣がこっちに振り返り、

「麻由。約束してくれたで……」

「えっ、え?」

 思ったとおりミウは狼狽(うろた)えた。


「え? じゃぁ、あなたが麻由さん!」

 俺の背後で肩もみを続ける栗色のふわふわヘアーの少女へ丸い目を向けた。


「そうさ、ミウ。こいつら気を付けないと入れ替って人が驚くのを見て喜ぶクセがあるんだ」

「なっ……え? こっちが麻衣さんですか?」

「せや。ウチが麻衣や」

 と正体をバラして麻衣は俺を指差す。

「このオッサンだけには通じへんねん。今のも見抜いとったしな」


「ああ。この部屋に入った時からずっとお前ら入れ替ってたろ?」

 俺たちの会話を聞いてイウも飛び込む。

「マジかよ! オレも気付かなかったぜ」

 大いに鼻を膨らまし、

「おっそろしぃな。ねーちゃんら全く同じだな。でもよ。なんで修一にだけは見分けられるんだ?」

「俺もよく説明できないけど……そうだな。二人から受ける心の色が違う……ってとこかな」

「なんだよー。ノロケかよ……かーっ。訊くんじゃなかったぜ」


 嫌味っぽく言い放ってイウは席を離れ、ミウも眉間にしわを寄せた。

「あー。下山の疲れがいっぺんに出ましたわ」

「俺もだぜ……」


 俺とミウは互いに顔を見合わせて、麻衣と麻由は白けた空気を作った張本人を自覚して苦笑いを同時に浮かべた。

「何で修一にはわかるんやろな?」

 ほらね。これも麻由だ。


 双子に(もてあそ)ばれていたら、

「さぁ。休憩は終わりよ……。ちょっとみんな集まってー」

 帰って来てから奥へ下がったまま姿が見えなかった柏木さんが、堂々とした声で部屋に入って来ると、白衣をなびかせてテーブルの縁に立った。


 リーダーとして堂々たる態度はとても気持ちよく、自分で27歳と宣言しているが、計算が合わない年齢不詳の若さと凛とした態度には感服しますよ、柏木さん。



 適当に散らばって休息するイウやガウロパも腰を上げてテーブルに集まり、騒がしくなる。


「あなた。大型のモーターカーの操縦経験は?」

 身長が倍以上もあるガウロパを対面に置き、腰に手を当てて見上げる柏木さん。


「拙者は3027年未来から来ておりますゆえ、この時代の乗り物などいくら進化したとはいっても、子供の三輪車ほどでござろう?」

 未来人とは思えない古臭い喋り口調だが、柏木さんの見解は違うようで。

「ふぅぅん。その言葉、頼もしいわね」

 不敵な微笑みを漏らして、今度は麻衣たちへ朱唇を開いた。


「じゃ。これからお父さんとお母さんが向かった九州の最南端へ行くわよ。心の準備は、おっけー?」

「「いつでもオッケー!」」

 綺麗にハモった。コーラス隊顔負けだった。


「ほんで、どうするん?」

「ほんまや!」

 互いに素で応えるとは珍しい。しかしその疑問はぜひ晴らしてほしい。なぜなら……。

「リニアトラムは福岡までしか通じてませんけど……どうやって南九州の鹿児島まで行くんですか?」

 ミウも身を乗り出し真剣な眼差しをそそぎ、柏木さんの答えを待った。


「一般の人は福岡までしか行けないと思ってるけど、九州での変異体研究所のホットスポットは熊本なの。だからメンバーは福岡から無料で行けるのよ」


「メンバーって。柏木さんみたいな研究者ですか?」

「そっ。政府関係者と変異体研究所の職員だけの特別列車が日に一本出てるの。いいでしょ」

 それでもまだ俺は納得いかない。


「熊本から先はどうすんですか? まさかランちゃん連れて歩きます? 何百キロもあるし、何日掛かるんだか……」

「しゃーないやろ。人も住んでないケミカルガーデンの中にタクシーは走ってないし」

 麻衣が強い口調で捲し立てる。


「じゃあどうやって移動すんだよ。観光バスか?」

「アホッ! 根性や。根性で歩くんや」

 柏木さんは腕を組んで、俺たちの取り留めの無い会話をニコニコしながら聞いている。


「気持ちだけで移動できるんなら、これからはお前の根性を使って水汲みに行けよ。山の向こうまで」

「ウチらは、か弱いレディーや。根性は男が出すもんや」

「俺よりお前のほうが持っていそうだ」


 喧嘩を始めた子猫でも引き離すみたいに、柏木さんは俺たちの首根っこをひっ掴まえて、

「やめな、っさい!」

 と割り込む。そしてご機嫌で楽しげな声で言い聞かせる。

「根性なんていらないの。レンタカーがあるのよ」


「「「レンタカー?」」」

 麻衣と麻由、俺も合わせて久しぶりの三重唱さ。


「だってカロンの鉱床があるのは鹿児島でしょ。当然そこまで行くわよ。今、運転手雇ったんだからさ」

「拙者でござるか。うほほほ」

 ミウの腕ほどの指で、自分の鼻先を示し喜々とするガウロパ。


「良子さん。どうすんの? レンタカーって、普通のクルマで走れるような道路はジャングルに埋まってるよ。九州縦貫自動車道なんか砂に戻ってるで」

 柏木さんは胸をトンと叩いて、

「まぁ。そこはお姉さんに任せておいて」

 満面の笑みを浮かべて、白衣のポケットから折りたたんだままのフィルムフォンを取り出すと、ぺらんとテーブルの上に広げた。


「何ですのそれ?」

 ミウが不思議そうな顔をして、自重で広がるフィルムディスプレイへ目をやった。

 折り目も綺麗に消えて、ツルツルの画面を指差しながら柏木さんがすまして言う。

「携帯電話よ。この時代はこの紙切れ見たいのが電話なの」


「ちょっとは進歩したんですわね」


 何となく上から目線の口調に釈然としなかったのだろう。柏木さんは、むくれながらも尋ねる。

「過去の話し? それとも3000年の未来から見た話し?」

「2200年代で携帯電話の進化は止まりました。そのフィルムフォンでね。人口の激減で多くの電話会社は倒産したんです」

「使うやつが、カビ毒で大勢死じまったんだ。電話なんか誰も重要視しないぜ」

 イウも会話に混ざり、さも当たり前に説明。


「すごっ。歴史学者と会話するみたい」

 柏木さんは意外にも感嘆の声をあげたが、ミウは桜色のほっぺたを膨らませる。

「歴史学者は歴史的資料を基に話を作るのが職業です。わたしたちをそんなのと一緒にするなんて侮辱ですわ。わたくしのは実際に見てきた結果を言っているのです」

「あっはぁー、ごめん日高さん。私、リーパーに友達いなくてさ。ごめんごめん」

 あくまでも明るく接する柏木さんは、ある意味、憎めない存在さ。


「じゃぁさ。3000年代はどうなるの?」

「コミュニケーターって言って、体内に……」

 口を滑らせたのだろう。イウはミウにきつく睨まれて、あらぬ方向へ視線を逃がした。


「この男の言うことは、あくまでも未来が正しく流れたらの話です」

「電話機が身体に入るの?」

 しつこく訊いてくる柏木さんからは逃げ切れないと思ったのか、ミウは溜め息混じりで説明する。

「あなたたちは会話をするときに声帯をいちいち喉に入れて声を出しますか?」

 びっくりするような質問に、柏木さんは目を見開き、

「声帯は生まれたときから身体の一部よぉ」

 と言ってから息を飲んだ。

「まさか! 本当に体に埋め込むの?」


 ミウは平静な態度でうなずいた。

「そうです。遠くの人と会話をする特別な機械を身体の中にインプラントする、だけの話ですわ」


 自分のコメカミあたりを指す振る舞いを見せられて、柏木さんは歯でも痛そうに片眉を吊り上げた。

「私は身体の外にあるこの携帯でいいわ」


 フィルムフォンのしわを伸ばしながら。

「中央九州の研究室A棟に電話。外部音声でいいわよ」

 外部音声ということは俺たちにも聞かれてもいいようだ。いや、むしろ聞かせるつもりだ。


 しばらくの呼び出し音の後――。

「はい。変異体生物中央九州研究所地下A棟です」

 舌も噛まずにちゃんと言えるなんてすごいな。でも映像が出ていない。


「はぁーい。服部ちゃーん、元気ぃ? 何にもしないから画面付けてー」

 この人ならなんかしてほしいな。

 柏木さんは、俺たちに長い睫毛をふんわり上下させてウインクをした。

「私の家来なのよー」

 やはり、たくさんの家来をお持ちのようだ。


 少しの間が空いて、ぱっと、画面に若い男性が映った。

 胡散臭げにこちらの様子を窺っていたが、貼り付いたように視線が一点で定着。はっきりわかる明るい笑顔を浮かべた。


『あっ、柏木先輩でしたか。服部です、元気ですよ』

「あのさぁ。ちょっとお願いがあるんだぁ」


 少女みたいな口調が反転する。

「あなた、私に借りがあったわよね」

 一瞬で相手の顔色が変わった。

『まさか、例のコマンドを発令するツモリでは……』

 少し声が震え気味に聞こえるのは、長距離電話のせいか?


「そっ。そのまさかよー」

 こちらは平然と変わらぬ口調だ……と思ったらさらにトーンを落として上司口調に変えた。


「リスタートが発令されました。今からこちらを発ちます。男性3名、女性4名。それからランちゃん」


 あきらかに向こうの男性職員は生唾を飲んだ。

『ランちゃん……マスターコンピュータですね』

「そっ。今からいろいろ準備するわ。それと連れて行くメンバーの容姿データもこの通話に紛れ込ませてあります」


 容姿のデータ?

 意味がさっぱりだ。

『はい、受け取りました。到着時刻は?』

「そうね……。午後3時30分までに中央九州駅へ着くので……。駅から南2キロの地点で待つわ」

 なぜか柏木さんは目を見開き、俺たちの背後、奥の部屋に通じる廊下へ一瞬視線を飛ばしてから会話を中断。

「それとね……あれ? 準備する物をメモった紙が無いわ。部屋に置いて来たみたい。ちょっと待ってね、服部くん」

 妙な雰囲気を漂わせながら、奥に引っ込んだ。


「どうしたんだ?」

 行先は麻衣たちの寝室が並んだ通路だ。白衣の裾が半開きになった扉からヒラヒラとなびいて部屋の中に入った。

「良子さん?」

 気になり麻由が行こうとすると、

(すぐ戻るから。ちょっと服部君の相手しててー)

 向こうから小さな声がする。


 相手をしろって、全然知らない人なんですけど。


 麻衣が可愛い顔して、平然と手を上げる。

「まいどぉー」

 おい、それは全国区で通じる挨拶ではないぞ。

 ふんとに……。シャイな俺とは真反対の性格をしてやがるな。こいつめ。


「九州はどうなん? 暑いんやろなぁ?」

 当たり前だ! 日本列島どこも熱帯雨林の中だっつうの。

 それより関西人には、人見知りをするヤツっているのか?


『え? ええ。現在の外気温は51℃ですね。そちらは?』

「知らん……」

 おい! こっちから訊いておいて、そんな返事するヤツはいないだろ。


 仕方が無いので――、

「こっちも、そんなもんです」

 頭をポリポリ掻きながら答える俺。


「おにいさんは、良子さんの後輩なん?」

 ずけずけ入って行くなぁ。


『え? ええ。そうです。3年下ですね』

「ほな。24歳なんや。若いなぁ」

 どうでもいいだろ、そんな話。16歳のお前から若いなんて言われたくないぜ。


『え? ええ』

 ほらみろ、さっきから会話が一方的にしか流れてないじゃないか。柏木さん早く戻ってください。これ以上持ちそうにありません。こいつに喋らせておくと、とんでもない話題に進展しそうですよー。


 やがて通路から柏木さんが出てきて、俺は胸を撫で下ろした。

 電話口の相手も何となく弛緩した表情に戻って、テーブルに戻った柏木さんがメモ用紙を広げる姿を見つめていた。


「おまたせぇー」

 声は軽やかだが、そこはかとなく緊張感を帯びた顔色が、ここまでの会話と一致しない。奥で何かあったのだろうか。

「それと、医療班へ行って、『エピネフリン』も準備してちょうだい」

 えっ?

 一瞬のことで戸惑う俺たち。何ぜここで薬の話が……。


 電話の向こうでも、困惑した服部さんの白い顔が一点を見つめて訊いた。

『それって、急性アレルギー反応の治療薬ですね。何に使うんですか?』

「何って……き、決まってるじゃない。変異体の毒虫に刺されたときの用心よ。他に何があるのよ」

 何かを引っかけたみたいにソワソワと落ち着きがないように感じるのは俺だけだろうか。


「それからね……他にも簡単な手術器具や麻酔薬もお願いね」


 間違ったことは言ってない。つまりこの人は石橋を叩いて渡る人なんだ。

 すっかり忘却の境地だったが、人も寄りつかないケミカルガーデンの深部へ入るにはそれなりの準備が必用なのだ。麻衣たちが用意周到であったことを思い出させてくれた。


『了解。緊急時のための準備ですね。さすが先輩。では筋肉注射の器具も入れておきます』

 柏木さん、さすがですね。俺も服部さんと同じ口調になりそうです。


「じゃ。頼んだわよー」

『分かりました。では盗聴の危険がありますから、これで』

 服部さんはサッと挙手をして電話を一方的に切った。


「さぁ、これでオーケーよ。ふぅぅ」

 決意よりも安堵の吐息を漏らす柏木さん。今の状況で何にホッとしたのだろう。よく解からない空気を全身から漂わせつつ電話を切った。

 何だか妙だった。言葉では言い表せない雰囲気を感じた。

  

  

後半のある時点になると、必ずここから読み直すこととなります。

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