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ゼロの支配者  作者: 雲黒斎草菜
ケミカルガーデン
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 ガンショップ

  

  

「よっしゃ。ほなこの荷物持ってくれる」

「じゃあさ。あたしのもお願い」

 二人は背負っていたリュックをそれぞれに下ろすと一つを俺の背に、もう一つは俺の腹の前にぶら下げた。

 重いリュックを腹と背に担がされて俺はふらふらと数歩進む。

 そして思う。

 なんだか。良いように二人に操縦されているような気がするのだが……。

 おっと、それだけではない。


「ちょっと待て。俺の荷物はどうすんだ?」

 駅のロビーに放りだされたペラペラのリュック。何を持ってきていいいか知らせてもくれなかったので、親父に言われたとおりの着替えとちょっとした携帯薬しか入っていない。あの親父だって仕事で地方へ行くことはあるが、禁止区域のガーデンなんか生まれてから一度も入ったことが無いはずだ。


 早い話が、ケミカルガーデンへ平気で入る奴はどうかしてんだ。


「これゴミとちゃうの?」

「コンビニのビニール袋よりひどいわね」

「エライ言われようだけど、お前ら何も教えてくれないから適当な物しか入ってないんだ」


「そんなもんでガーデン入ってハンティングできるかいな。そのままゴミ箱に捨てて行き」

 むちゃくちゃ言いやがんな。

「だって足手まといになるだけよ」と麻由も口を三角にする。


「俺は今日が初日だ。手ぶらでいいのか? ガーデンて名のとおり、公園みたいなところか? んなわけないだろ。ケミカルガーデンって言や……」

「わかったって、今からあんたの準備もする段取りになってるんや。まずその安もんの耐熱スーツがあかん。そんなペラペラでは深部に入られへん」

 と言って半ば俺の言葉を掻き消した麻衣は、おもむろに俺の耐熱スーツを脱がすと、不要物扱いしたリュックと一緒に丸めて駅のロッカーへ詰め込んだ。


「ほら、ゴミは帰る時に持ち帰ったらエエねん」

「いちいち(かん)にさわる言い方する奴だな。じゃぁ俺はどうすんだ。耐熱スーツ無しで地上は歩けないぞ」

 麻衣はあははと笑い、

「だから言うてるやろ。あんたの分も全部準備してるって」

 もう一度自分たちのリュックを俺に背負わせると、双子は前を向きさっさと歩きだした。


 いくつもの疑問が沸き起こる。

「お前らの耐熱スーツは?」

「サポートショップに置いてあるのよ」

「なるほど……」

 知らなかったのは俺だけのようで、こいつらの存在は昔から有名なのさ。まず両親が変異体の研究者として名高い川村教授夫妻だろ。それから娘たちも変異生物の採取を職業とした女子高生なのだ。いわゆるプロさ。だからスポンサーを申し出る企業も少なくない。なにしろ二人はレッドカード保持者なんだぜ。それがナニか、それに関してはまた後でな。

 そんな理由があるので俺はあの二人に頭が上がらない。



 仕方が無いので腹と背にあいつらのリュクを背負って俺も後を追った。

「にしても重いな……」

 肩を並べて前を行く全く同じ容姿をしたクリクリ天パー少女を力の抜けた視線で見つめながら尋ねる。

「このリュックって何が入ってんだよ?」

 麻衣は前を向いたまま言う。

「スラッグ弾と散弾を合わせて10ケースや。それと小型のサーモバリックが5発」

「あたしのはブッシュナイフとライフルの銃弾が100発。それからカートリッジが5個入ってるわ」


「せ、戦争でも行く気かよ」


 そして麻衣はこともなげに応える。

「せやで」

「そうって……」

 俺は息を詰め、質問の矛先(ほこさき)を変えた。麻衣ではどこまで真実を述べるのか解らない。

「ブッシュナイフが必要なのか?」

「とうぜんよー。ナイフはあたしの命だもん」

 あの時チンピラがはっきりと告げていた。麻由はナイフの達人だと。

 まじかよ……。


 俺の小声が聞こえたのか、

「せやで。麻由がブラックビーストをサバイバルナイフ一丁で倒した最年少かもな。あ、ちゃうか。ナイフで倒した人なんておらんかも」

(ウソこけ……)

 小声でつぶやく。たぶん今のは俺をビビらすための、こいつら流のジョークなのだ。




 そして連れてこられたのは、

「あ。ここって一件しかない銃器屋さん」

 そう、冬休みに来た時にもこの前を通ったのでよく覚えている。銃器屋なのに暖簾(のれん)が吊ってあってまるで土産物屋なのだ。


「ここがウチらのサポートショップ『GH』や」

「ジーエイチ?」

 暖簾にアルファベットでそう書かれていた。暖簾にアルファベットもおかしいが……武器屋の入り口に暖簾はもっとおかしい。

「ああ。ガーデンハンターズの略だな。なるほどお前らの商標名と同じ、それでサポートショップなんだ。つまりスポンサーってことだろ?」

「違うわよ」と麻由。そして麻衣も同調して、

「あんな、これは『ごっついハゲ』って読むねん」

「ごっつい……?」


 首を捻る俺を無視して麻衣は店の扉をガラガラと開けた。

「おっちゃーん。おる? ウチらやー」

 躊躇せずにグイグイと店の奥へ入って行く。

 俺は問いかける間も無く侵入して行く後ろ姿を怪訝に見つめ、取り残されるのも嫌なのでひとます麻衣に続いて入った。


「なるほど銃器屋ってこういうもんなんだ」と初経験の感想をつぶやく。


 鍵のかかったショーケースに型や大きさの異なるライフルがずらっと並び、壁にも鍵付きのショーケースに麻衣たちが持っているのと同じ形をしたショットガンが並び、それにこれはどうだ。まるで頑丈なカメラ三脚を思わせる三本足のスタンド、その上に取り付けられた大型のこれまた望遠レンズ付きのカメラにしてはあまりにも(いか)めしい。レンズなんて入っていないのは当然さ。だって銃弾をセットするカートリッジが横っ腹に挿しこまれ、またそのでかいこと。

「すっげぇなー」

 まさにハンティング専門店だ。ため息が漏れるのは当然だった。



「おっちゃーん。どこー?」

「川村姉妹のおなりよー」

 にしてもこいつら、馴れ馴れしいな。


 二人はずいずい店の中へ入って行くと、従業員控室と書かれた扉を勝手に開けて中に消えた。後をついて行っていいのか、迷っていたら、

「まいどー。麻衣ちゃん、麻由ちゃん。今日はえらい早いやんか」

 と店の外から入って来たコテコテの大阪弁。その姿を目に映してして納得。俺は思わずうなずく。

「ごっついハゲだ!」

「だれがハゲやねん。ハゲてなんかないで」

 ツルピカのスキンヘッドのオヤジさんに睨まれた。


 なるほど……それでGHか。


 俺の視線の先に気付いたのだろう。店名の掛かれた暖簾を指で押して、

「これはな……ごっついハゲの略とちゃうで、『グレースハンティング』の略や。ちゅうよりGHをそう読むとはオマはん麻衣ちゃんらの知り合いやな」

 急激に目元を緩める店主。俺は何と答えていいか思案するそこへ麻衣の声が渡る。

「なんや、店長。外におったんかいな」

 いったん控室に入った二人が踵を返しハゲオヤジと対面。続いて麻由が気ぜわしく訊いた。

「ねえねえ、オジさん? ランちゃん来てる?」

「ああ来てるで。さっきからお待ちかねや。裏のガレージで遊んどるんちゃうか」


 ランちゃん? 友達か? できることなら美人であることを祈るな。


「やったー。ちょっと会って来るね」

 喜び勇んで麻由は奥へ駆けて行った。

「ランちゃーん」

 初めて聞く女性の名前だ。今日参加するとは聞いていなかったが、俺的には歓迎だな。


「どないなん、おっちゃん……」

 麻衣はあっけらかんとしたもんだ。ガラスケースの上に無造作に置かれていた雑誌のページをペラペラとめくりながら言う。

「新メンバーの準備はできてる?」

「でけてるで。せやけどメンバー増やすんかいな。珍しいこっちゃ。どういう風の吹き回しや。アンタラの目にかなう子なんておるんか……」

 店主は横でぼーっと突っ立つ俺をマジマジと見て。

「おまはんかえ?」

 さも意外そうな目を俺にくれた。


 麻衣は大きくうなずき、楽しげに俺を指し示す。

「この子が新メンバーの、ヘタレヘタ吉くんや」

「そんな名前のヤツはいない!」

 ったく失礼な奴だ。麻衣め。


「あ、ごめん。(コシ)ヌケ腑抜造(ふぬぞう)やったワ」


「お……お前な!」

 あまりにも呆れて、俺は完全に言葉を失ってしまった。


「おもろい名前やな、青年。たいしたもんやで」

 何も言い返せないのはこいつの勢いに呑まれてしまったからで、

「お、俺は山河修一って言います」

「なんや。普通の名前やんか」

 あたりまえだ。


 おやっさんはガハハと豪快に笑い、

「これがここでのノリちゅうモンや。気にしぃな。ちゃんと話は聞いてまっせ。なんやおまはんの親っさんが、仕事の斡旋をしてくれたんやて? 大阪変異体研究所しか得意先の無かったこの子らにぎょうさん紹介してくれたっちゅうて二人とも喜んどっタワ。どれ、ワテからも頭下げさせてもらいます。おおきにな。いやほんま」

「あ……いや。そんな。あれは親父の特権と言うヤツで……」

 麻衣たちとどういう関係なんだよ、このハゲオヤジは?


 疑問を膨らませる横で麻衣はしゃあしゃあと言いのける。

「あんたの親父さんに頼まれたんや。こんなヘタレやけど、男にしたってくれって」

「そうか。まだチェリーボーイか。ほんで禁止区域でええことしようと……ほうかー」


「ちょ、ちょっと……なんちゅう恥ずい会話をするんだよ」

 麻衣と麻由はこういう下ネタは平気なのだ。だからウチのオヤジと波長が合っちまって意気投合した。おかで俺は麻衣たちと良い仲になれたのだから感謝しないといけないとは思っている。ひと言付け加えると、良い仲になったと言うのは自己申告で、麻衣と麻由は俺のことをどう思うなんて、まだまだ先の話さ。それでも半年ですごい進展だと自負してもいいよな。うん。


 麻衣はキャハハハと笑うと麻由の後を追って店の奥へ消え、店主はそれを見届けたあと、おもむろに俺へと振り返りって真剣な目で訊いてきた。

「ちょっと訊くけどな。おまはんハンティングしたことあるんか?」

「無いですよー。だから……」

 あいつらに訊こえないように声を落とし。

「実はちょっとビビってるんです」


 オヤジさんは平然とうなずき、

「ビビるちゅうことは正常な神経しとる証拠や」

「じゃあ、あいつらは正常じゃないんだ」


「麻衣ちゃんらのことゆうてんの? アホやな。まだまだあの子らのこと知らんな。あの子らも毎回怯えとるワ。せやけど決して顔に出さん。その代わり装備にそれが出とる……」

 オヤジさんは言葉を切ると、

「あれ見てみ……」と、店の外へ視線を振った。

 俺もつられて目を転じる。ちょうど二人のハンターが耐熱スーツの肩にライフルを担いで店の前を横切るところだった。


「今の見たやろ? ここらをうろつくハンターのほとんどが軽装備なんや。電車乗って来て銃組み立ててすぐにジャングルに入って行く。あれでは死に行くようなもんや」


「マジっすか……銃だけではダメっすか? どんなとこに連れて行かれるんだろ、俺……」


 店長は外に向けていた目を俺に戻して、

「ちょっと訊くけどな。山河……くんやったな」

「あ、修一でいいっすよ」

 麻衣たちのサポートショップなんだから、俺の顔も覚えてもらって損はない。


 ハゲ店主はニヘラと変な笑みを浮かべ、

「修一くん。もしかしてここらのジャングルをうろついとるビーストハンターの連中と同じハンティングに行くと思ってないやろな?」


「え? だってハンティングって言ってたから野犬とかワイルドキャットとかを仕留めに行くんでしょ? まさかウルフキングっすか? それともブラックビースト?」

 俺が描く猛獣の怖いものランキング順だ。おかげで想像しちまって、昨日の晩からよく眠れていないのだ。


「ふーん。やっぱなーんも分かってないな。ブラックビーストなんかハンティングしたってたいして銭にならんやろ」

「へぇ?」

「猛獣狩りじゃないんっすか?」

「そんなモンするかいな。あのこら川村教授の娘さんらやで。そんなオッサン臭いことはせん」

 と言い切ってから、小声でこう言った。

「あの子らが専門にするのは。キノコ狩りや」


「キノコ狩りぃ?」

 半音ぐらい高まった声が出てしまったが、俺は大いに力を抜いて安堵した。


「よかったぁー。実は昨日の晩から猛獣に襲われる夢ばかり見ちゃって。そっかー、キノコ狩りかぁ。キノコね。あはははは、おっきいのが採れたらいいすっよね。あ、ふうー」

 心奥底から安穏とした吐息が出た。ハンティングなんて大げさなこと言いやがって、キノコ狩りじゃんか。楽勝だぜ。


「ふぅ~ん、やっぱおまはんは素人やな……」

 とだけ漏らしたっきり、店主は優しげな目になり、俺の背を押した。

「まぁ、装備の説明したるワ。あの()らの本気を見ておいたほうがエエ。ガレージにおいで……」


 少々気になる言葉だが、俺の頭の中では鼻歌混じりでキノコを探す光景と、ランちゃんと呼ばれる女の子がとびっきりの可愛い子であるはずだと、根拠のない妄想を駆り立てつつ、奥のガレージへと歩んだ。

  

  


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