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ゼロの支配者  作者: 雲黒斎草菜
時の番人
39/109

 時のナビゲーター

  

  

「私の名前は日高ミウ……西暦3027年からやって来た化学局の特殊隊員です」

「う……ウソだろ? うぉっ!」

 強い決意を前面に押し出したミウの背後が、忽然と青白い光で埋まった。それは強烈な閃光で俺の目を射し、眩しくて後ずさりするほどだ。


 その光はすぐに騒がしさへと変化する。

「このバッカ野郎! ミウ。ガウロパの野郎、見つかりやがったぜ」

「それはお前が余計なことを言うからでござる!」

「うるせえぇ。それとは関係ねえ。さっさとゴーグルを捕まえねえからだ!」

 にわかに蒼光が消え、拳を握って組み合うガウロパとイウが現れた。


「静かになさい!」

 ミウの怒鳴り声で瞬時に沈黙する。焚き火がはぜる乾燥した音だけが幾度か散った。


「それで? ゴーグルを捕まえるとは何です? 意味が解かりません。説明しなさい」

 憤然と尋ねるミウへ、ガウロパが妙なものと一緒に色付きの小さなメガネを差し出した。


「ああぁー!」

 目にした途端、ぴょんと飛んだのは柏木さんだった。


「ま……マンドレイクよ!」

 彼女はレストランで見せた狼狽に近い動揺に変化させ、込み上げてきた悲鳴を急いで呑みこんだ。


 ずっと炎を静観していたランちゃんが首を伸ばして連続写真を撮り始めた。何度も点火されるフラッシュに麻由は瞬くものの、採取ケースを荷台のツールボックスから引き出そうと駆け寄った。このあたりの一連の動きは身体に沁みついたものだろう。


「きゃあぁ~。やっぱりマンドレイクだわ!」

 柏木さんは同じ言葉を絶叫と共に吐き出して、ムンクが描いた絵を再現して固まった。


「おっちゃん。この中にそっと入れて」

「危険な生き物でござるか?」

「心配ない。ウチらの大好きなモンや。とくに良子さんの大好物なんよ」

「これを食べるのでござるか?」

「あほ。ペットやがな」

 ちょっとズレた説明だとは思うが、かまうもんか。


「そうでござるか、それなら」

 ガウロパは麻衣の指示で、蠢く物体をケースの中にそっと入れた。


 マンドレイクは俺の腹の上を通過した写真どおりの姿カタチをしており、胴から伸びた2本の脚部はまだ空中をもがくように動かすものの、色が真紅から黒へと変わろうとしている。しかし珊瑚状の頭部はまだ赤紫色をしていて、発見時の色そのままだ。それよりも頭頂部を見て目を疑った。麻衣もそれに気づいたようだ。小声で俺の脇を(つつ)いた。


「このマンドレイク、修一が捕まえ損ねたヤツやんか!」

「だよな。この頭の、ほら、この部分見ろよ。欠けてるだろ。コレって俺が(むし)り取った部分だ」


「ほんとうだわ。研究所に保管されてる破片がここにぴったり収まるもの」

 柏木さんの声が震えている。


「修一くん。これで完全体の標本ができたわ。ど……どうする? 世界でも類を見ないわよ。完璧な標本だもの」

 えー? そっち?

 思わず訊き返そうかと思った。

 俺が言いたかったのは、このマンドレイクを持ち帰ったと言うことは、ガウロパとイウはマジで遠く離れたガーデンへ飛んだ、しかも過去に戻った可能性が著しく高い。逃がした生き物を数日後に行って捕らえるなんて、このマンドレイクに限って不可能だ。


 こいつら本当に過去に飛んで戻って来たんだ。

 普通はこっちに驚かないか? 違うのか?


「そうね。過去かどうかはまだ定かでは無いけど、手品師でなければ瞬間移動ができると言うことにはなるわね」

 うーん。けっこう回りくどい考え方をするんすね、柏木さん。


「二人のことなんか後回しでいいわ。それよりマンドレイクよー。すごいじゃない」

「後回しって……」

 この人から変異体生物を取り上げたら何も残らない気がする。



「ガウロパ!」

 今にも柏木さんの乱舞が始まりそうな現代組と異なり、未来組は悄然としていた。


「どうして過去の生き物を持ち込んだのですか! 時の流れがややこしいことになるのは当然です。しかも現時のこの人たちに見つかるなんて!」

 麻衣が準備したカビ毒の解毒剤を舐めるガウロパとイウを前にして、ミウは怒りを露にして責め立てた。


「それが……。あの気持ち悪い生き物にゴーグルが引っ掛かっておりまして、それを二人で追い掛けるうち、うっかり我々の姿を修一どのに見られたのでござる……」

 まるで大きな小学生が、背の低い教師の前でしょげるような光景だった。


 腰に手を当ててミウの憤怒はまだ収まらない。

「見られましたって……。あなたバカですか! いったい何年タイムパトローラーをやってるの。基本中の基本でしょ」


「申しわけありません。姫さま」

「だいたい、わたしは姫ではありません。パスファインダーです」


「す……すみません」

 ガウロパは地面に膝を折ってしゃがみ込むと、でかい身体を無理矢理に縮めて頭を垂れた。


「それで記憶の消去は実行したのですか?」

「やってたぜ。それで手間取って。暑いし、カビ毒に侵されるのも怖かったんで、しょうがないからこのバケモンみたいのを一緒に持ち帰ったんだ」


 イウの説明でミウは幾分かは態度を緩めたが、それより二人の会話に俺の眉を引きつらせる部分がある。

「おいおい。記憶の消去って穏やかじゃないな」

 ガウロパが俺へ首をねじった。スキンヘッドから大粒の汗が滴り落ちた。

「………………」

 おっさんは無言だったが俺は悟った。記憶を消されたと。


「そんなぁー。脳を破壊されたんだ。ということは俺は誰だ? いや俺は俺だ」


 何も変わっていない。頭痛もしないし思考はいつもと同じで冴えわたってはいないが、まぁ普通だ。

 と言うより……。

「おい、俺はお前らとガーデン内では会ってないぞ。帰り道に会ったんだ」


 ミウが心苦しげに端正な面立ちをしかめた。

「記憶が消されたので憶えてないだけです。でも実際は会ったみたいですね。でもそれは忘れてください」


「てぇぇぇ! それじゃぁいいですってな問題じゃないだろ。めっちゃ気になるじゃないか!」

 大声で喚気散らす俺の肩を柏木さんが引寄せた。


「ちょっとこっち来て……」

 俺と麻衣たちを引っ張って、柏木さんが焚き火の向こうへと誘導する。


「なんすか? ちょっと俺って記憶喪失みたいなんですよ」

「そうや。ウチらも消されたんかも知れんで」

「そうじゃなくて……」


 柏木さんは腰を屈め、炎の向こうでミウの怒りを買っているガウロパをすがめながら、微妙に声を潜めた。

「あのさ。ランちゃんが記録したマンドレイクのデータに哺乳類が混ざってるって報告があったでしょ。あれって、きっとガウさんたちよ」

「うそっ!」

 大声を出しそうになった麻衣を俺は睨みつけて黙らせる。そして、

「きっとそうだ。ランちゃんの検知能力はずば抜けて高い。だから連中を探知してたんだ」


「しーっ」

 柏木さんは赤い唇に指を当てて今度は俺を制した。声を潜めて円陣を組むみたいにして俺たちを引き寄せる白衣から、気が遠くなるような芳しい香りが漂った。

「連続写真の中にガウさんたちを捉えた可能性が高いわ。研究所に帰ったら分析してみる」

「えぇっ」

 柏木さんは俺の頭をカナヅチで殴ったほどの、衝撃的なセリフで驚かせた。


「もし写っていたら……。それって連中が過去に飛んだ証拠になりますよね」

 タイムジャンプの証拠と世界初のマンドレイクの捕獲……。

「すっげーぞ」

 気の遠くなりそうな気分に襲われた。奇跡に近いことが現実になるかもしれない。


「いいこと。これは内緒にしとくのよ。バレたらこれまでの記憶やマンドレイクも取り上げられちゃうかも知れない。向こうは記憶を消したと思って安心してるから、私たちはこれ以上騒ぎ立てないこと。普通にしてなさい」

 普通にできないのは、あなたでしょうと告げたかったが、俺たち現代組は大きくなずいて、サッと円陣を解くと俺は空々しく焚き火に木切れをくべた。


「おっと……」

 炎が大きく揺れて火の粉が派手に舞い上がった。俺の心のうちを映したような炎の揺らぎが夜空をうねって昇る。星の見えない夜空はいつものように奥行きの無い濁りきった黒だった。その下に焚き火に照らされたジャングルの樹木がゆらゆらしている。


「ついにマンドレイクを丸ごと一匹手に入れた」

 ほくそ笑む俺の横で麻衣も何食わぬ顔をして、採取ケースをランちゃんのクーラーボックスに入れ、互いにそれを確認してにんまりと微笑み合った。



 しばらくして未来組の話し合いも終わったようで、焚き火の前にそろい、ミウが神妙な態度で俺たちへ向かって口を開いた。

「まず……。命を助けてもらったのに記憶を操作したことに謝罪します」

 ゴーグルを持ったミウは物柔らかな仕草で頭を下げた。ガウロパも粛々とミウにならって頭を傾けるが、イウは知らん顔。


「お前も詫びろ!」

 無理やり押さえつけられて、

「なんでオレが! 関係ねえだろ」

「あなたもこれから行動を共にするんです。頭を下げなさい」

 ミウにきつく言われて、渋々下げた。


「行動って? どっか行くの?」

 麻由が丸い瞳をキョトンとさせる。ふわふわ丸まった髪が揺れた。



 俺たち現代組は何も解っていなかった。どちらかと言うと愉しい話を聞くような態度だったが、ミウは真剣な表情で語り続ける。

「時空震を起こす原因を探り、取り除かない限り人類の存続はありません」

「おおげさねー、日高さんったら」

 笑った柏木さんへミウは厳しく尖らせた目を転じる。

「いいですか。ガウロパの言うとおり未来との連絡が途絶えたということは時空震が原因で未来が大きく変わってしまったのです。その鍵はきっとカロンだと思われます。未来の状況と齟齬が起きたのはカロン発見日が歴史上と異なってしまったことが原因だと思われます」


「あのさ。日高さん」

「なんですか?」

「時空震の原因なんてあたしたち現代組には興味ないワケ」

「そういうわけには……」

 ミウは戸惑い柏木さんは語気を強める。


「さっきの精神融合だっけ? 未来人はあんなのできるの?」

「未来人だからではありません。パスファインダーであるからこそ可能なんです」

「おうよ。パスファインダー様の芸当さ」と口を挟むイウ。

「芸ではありません!」

「おお怖ぇっ……お前ら女王陛下には逆らうなよ。頭ん中ひっかきまわされるぞ」


 マジ怖ぇえな。


「とにかく……」とミウは話しの軌道を修正にかかる。

「今回の時空震は巨大です。この時点をトリガーにして大きく未来が変化したのです。これはゼロタイムと呼ばれる我々タイムリーパーが最も恐れる事象なのです」


 はいはい。それで……?

 俺は完璧に他人事さ。でも柏木さんは食らいついた。


「そんなことあり得ないわ。時間は不変のものよ」

 そうだそうだ。知らんけどな。


 こっちには聡明なる科学者柏木さんがついているのだ。ミウの意味不明の話なんかひっくり返してもらおうじゃないか。


「時間は不変ですが、歴史が不変だとは言っていません。ゼロタイムから先が一変することは多々あります。以前にもこれと同じことが起きて宇宙がひっくり返ったのですよ。知りませんか?」


「うそぉ。無いわよ~。そんなことになったらあたしたちここにないワ」


「あったのです」

 いやにミウは自信満々だった。でも俺も柏木さんの意見に賛成だな。天地がひっくり返った事はない。もし大昔にあったとしても歴史の授業でも習うはずさ。それともまさか子供の夢物語り的なオチを持ってくるんじゃないだろうな。


 柏木さんもしつこく念をを押す。

「無いわよ~。絶対に無い」

「ありました」


「うっそー。意外と日高さんて頑固ね。私も科学者よ。そんなものは無かったわ」


「それはビッグバンと呼ばれる現象です」

「あ、うっ」

 柏木さんが息を飲んだ。


「お解りですね。宇宙の創成期だと説明されていますが、あれこそがゼロタイムです。時空間が広がった瞬間です。それ以前に何度も起きているかもしれませんが、それは誰も感知できません。ゼロタイム以前の記憶を持つ物は存在できないからです。どうですか? ビッグバン、知ってますでしょ?」


「それは……」

 俺自身は納得できないが、柏木さんは黙り込んでしまった。


「おそらくこの先でゼロタイムが実際に発生したのです。ですから我々の未来が消滅しました」

 言い切ったミウに、柏木さんの視線が当たる。

「ねぇ、日高さん。あなた自分で言ってること解ってるの?」

 おお、不死鳥の目覚めだ。


「はあ?」

 ミウは大仰に吐息をして柏木さんを呆れ見た。


「あのね。あなたたちが未来から時間を飛んで来た人だとすると、ちゃんと未来はあるわ。だってここに存在してんだもの。生まれた未来があるからここに至るんじゃない」


「ふっ……。時空理論を知らない人らしい誤った考え方ですわね」

「な、なによー。気分悪いわね。だって時間の流れってそういうもんでしょ?」

「まず一つ訂正しておきましよう」

 あの弱々しかったミウはどこ行ったんだ? まるで教壇に立つ教師のようではないか。


「時間を水の流れのように捉えるのは大きな間違いです」

「どうして?」


「空間はご存知ですわね?」

「知ってるわよ、上下左右の広がりよ」

「ご名答。よくご存知です」

「バ……バカにしないでよ。私は科学者柏木良子です」

 それってだんだんギャクみたいになってきてますよ。


「空間の位置を表すのに距離と方向があります」

「まだそれに時間も関与するわ」

「そうです。ですから時空間と呼ぶのです」


 うへぇ。脳ミソが燃えそうだ。


「時間も同じです。流れと捉えるのではなく平面として扱うのです」

「じゃ、じゃあ。過去とか未来ってどう説明するのよ?」

「空間と同じで、同じ面にある同一のもの。過去も未来も現在も同じ面に存在するものです。違うのは時間と呼ばれる距離に匹敵するパラメータです」


「う――ん」

 さすがの科学者柏木良子さんも言葉を失った。

 俺たち三人は完璧に蚊帳の外。星を眺める犬と大差ない気分で、二人の難解な講義を見守った。意味もわからず、ただポカーンさ。



 少時もして良子さんが息を吹き返した。

「じゃあ。なんであなたたちが生まれてきた未来が消えてしまったのにここに存在してんの。消えた途端、あなたたちは存在できなくて一緒に消えてしまう運命でしょ?」


 ミウは冷やっこい目で疑問をぶつけた柏木さんを見つめる。

「この修正が失敗すればもちろん我々未来組は消えます」

「死んじゃうの?」

 麻由が勢いよく飛び込んだ。

「死んじゃダメよ」

 麻由は真剣さ。でもミウは物柔らかげな口調で諭すように言う。


「死ぬんじゃありませんよ、麻衣さん」

「麻由よ」

 今はそこにこだわるのはよそうな。


「死は生という原因があったからこそやってくる結果です。我々の場合、『生』そのものがなかったことになるわけですから、『死』もありません。ただ消えるだけです。つまり最初から存在しなかったことになるのです」


「ほらみなさい。生があるからこそ、未来は健在なのよ」

 勝ち誇ったかのような柏木さんへ、しびれを切らしたイウが割り込んだ。


「オレたちの未来が消えてもこうして存在できるのは時間項のせいだ」


 柏木さんの視線がイウへ振られた。

「前にもその話が出たわね。原因が変化しても結果は不変なんでしょ?」

「おしいな。不変なのは時間項のほうで結果は変化する。だから時空修正が可能なんだ」


「ねえ。もっとやさしい説明をしてくれへん。ウチにはついて行かれへん」

 我慢できず麻衣が割り込み、俺も挙手をする。

「右に同じでーす」

 ミウはちらりと俺たちへ視線を振るがすぐに戻し、

「時間項についてはおいおい理解するでしょう。問題は時空震が原因でゼロタイムが発生し未来が変わってしまったことです」


「ちょーっと待って。何だか釈然としないわね。あたしたち現代組にはゼロタイムはどうでもいいことだわ。ビッグバンだって関係ないわ。それ以前の宇宙がどうなっていたって知ったことじゃないもの。なんでそこまでこだわるの? 歴史が変わったっていいじゃない。どっちに転んでも私たちの未来なんだもん」


 ミウはキッと白衣の女性に睨みを利かせると、宝石みたいな双眸を(いか)らせた。

「歴史は正しく流れるべきです! それが正当なんですから当然です」

「何十万人も殺戮(さつりく)される(あらそ)いは無いほうがいいのに決まってるじゃない。それでも人が死んだほうがいいと言うの?」

 柏木さんは引き下がらなかった。このあたりが科学者然としていてとても心強いと思う。


「致し方ございません。歴史は正しく流れなければダメなんです。一度でも例外を作ると、リーパーたちは止めども無く暴走します」

「何か変な話ね。日高さんの言い分だとリーパーたちのために時間規則とやらを作ってるの?」


「これを守らなければ、宇宙の滅亡にまで話は飛躍するんです。それともなんですか。時空理論をマスターした、わたしが間違ってるとでも言いたいのですか?」

「私は大阪変異体研究所の部長よ!」

 柏木さん。変なところにこだわってますよ――。


「あのね。部長の権限で宣言してあげるわ、日高さん」

「なんですの?」

 ミウが攻撃的な視線で見つめた。


「クルマがなければ信号機はいらない!」


 あ――? なんだぁ?

 俺は首を捻った。柏木さんは何を言おうとしたんだろ。

 麻衣たちも黒い瞳をクリクリさせて、柏木さんの横顔を覗き込んだ。


「わたしたちがクルマだとでも?」

「そうよ。大昔から人間は自由に好き勝ってに草原を駆けてたの。それはクルマが無かったからよ」

 ミウは黙り込んだが柏木さんは続ける。

「クルマが発明されてから、必要も無いルールができたのよ」


 柏木さんは背筋を伸ばして深く呼気をすると、声高に言い切った。

「クルマなんて要らないもん」

 何だかよく解らない例えだが、込み上げた迫力に気圧されて未来組が黙り込んだ。


「クルマが無ければ信号機はいらない……」

 奥歯を噛み締めてミウは繰り返した発言を呑み込み、耐熱スーツを着たまま焚き火の前で膝を折った。

 全員が静観する前で静かに正座になると、尖らせた口からゆっくりと息を吐いて力を抜いていく。おそらくその姿勢がいちばん冷静になれて、考えをまとめることができるからだろう。


 再び深い黙考に沈むミウ。口を閉ざし炎の一点を見つめた。その若々しい張りのある肌がオレンジ色に染まって艶々と揺らいでいた。


「そうですわね……」

 落ちていた枯れ枝を火の中に放り込んで、ミウは静かに独白を始めた。

「リーパーがいなければ、歴史が変わることは無い」

 あー、なるほど。そういうことか、って俺って本当に頭の回転悪いな。


「ガウロパ。時間規則って何?」

 銀髪が夜風にさわっと音を出し、巨漢の男は目を白黒させた。

「そ、それは……我々が守らなくてはいけない……えっと、絶対普遍の掟? いやルールでありまして……」

 スキンヘッドから沸々と汗が噴き出して、コメカミから顎に(つた)って落ちた。


「へへへ。面白くなってきやがったぜ。そうさ、時間規則なんてどうでもいいことなんだ」

「お黙りなさい! 犯罪者が口出しすることはなりません」

 ミウは大音声でイウを一喝。すぐに元の音量に落とすと、

「あなたはすでに罪を犯したのです。でも我々はまだ犯していません」

「どういうことなん?」

 栗色の頭をもたげて、麻衣が炎で照らされた赤い顔を向けた。


 ミウは唇を一文字に結んで白磁みたいな滑々した顔に決意の表情を浮かべて言う。

「この先未来がどう変わるか、それを決めるのはあなたたちだということを、わたしたちは知っている――それだけです」

 俺の脳ミソがまたもやグツグツ煮えたぎってきた。おそらく朝の味噌汁ぐらいにはなったな。


「それがなんだよ?」

 と問う俺の質問にミウは答える。

「ネタバレしたマジックを見る心境、とでも言いましょうか……ね?」

 ね? って可愛く訊かれたって意味解らんぞ。脳ミソがさらに加熱するだけだ。誰か解るヤツがいたら説明してくれ。


 何で未来組はこうも回りくどい言い方しかできないんだ?

 麻衣も麻由も目を点にして固まったままなのは俺と同じ脳ミソの持ち主だからだ。


「時間規則ばっかり気にするからミウの説明は抽象的でくどいんだ。オレが単刀直入に説明してやる」

 俺たちの回転しない思考にしびれを切らしたイウが割り込んだ。


「あなた! 下手な説明をすると罪が重くなりますよ」

 制するミウに手のひらを見せて、イウはコホンと咳払いを一つ落とす。


「いいか。今のオレと未来のオレは同一人物なんだ」

「当たり前じゃないか。俺だっておんなじだぜ」と言い返すと、

「だがなオレとは違う。お前の場合、過去から語りかけることはできても未来からのメッセージは伝わらんだろ。だがなリーパーは違う。未来のオレが言いたいことは今のオレにも通じるんだ」


「それは正しい未来が訪れたらの話です」

「っ……まあそうだ」

 正論をかまされたのだろう、自分の言い分をミウから断ち切られたイウは黙り込み、ミウは焚き火に向かってゆっくりと立ち上がり、柏木さんへくるりと旋回して炎を背にした。


「あなたは何をしようとしているのです?」

 柏木さんは一瞬息を呑んで、麻衣と麻由の顔をうかがった。

「私は……川村教授の後を引き継いでカロンを探すの」


 ミウが、すぅと近寄る。

「それが歴史を変えることになっても?」

「歴史を変えるなんて、私に言われたって知らない。だって私の歴史はこれからだもん。未来なんて知らないほうがいい。私たちが切り拓くから未来がやって来るのよ」


 白衣の袖をピンと伸ばして、力強くガッツポーズを披露。ミウはそれでも眉を少しゆがめただけで、さらに居丈高に攻める。


「あなたがでたらめな方向へ未来を進めてしまったら、将来、伴侶となる殿方を死亡させるような悲しい結果になるかもしれませんが。それでもよいと?」

「なるの?」

 柏木さんは豆鉄砲を食らった鳩みたいな目をした。


「あくまでも可能性です。わたしたちはこれから先、どうなって行くのか、まったく予測できません」

「じゃあ、私たちと同じじゃない」

「違います」

 ミウは炎を艶かしく反射する白衣姿の柏木さんにきっぱりと断言した。そしてこう続ける。

「わたしたちはあなたたちを正しい未来へ、つまり私が知っている未来へ導くことができます」


「…………」

 柏木さんはしばらく沈黙を維持したが、

「ガイド付きで山を制覇するか、めくらめっぽうによじ登るかの違いかぁ」


 すげぇ。そういうことか。俺の脳ミソなんかずっと前から(ゆだ)っちまって何の役にも立たない。この人とは頭のできが根底から違うんだ。そしてミウ。この子も柏木さんに負けないほどの思考を持った少女だ。


「そうです。一歩間違えればあなたの未来も一変してしまいます。その変化は遠く未来へ向かうほどに大きく揺らぎ、我々の存在は風前の灯火です」

  

  

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